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カボチャ頭のランタン  作者: mm
17.Holy Days
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 例えばこの剣は何のためにあるのか。

 何のために求めたのか。

 萎れた花に水をやると見る間に生気を取り戻すように、魔人を断った剣はリリオンの手の中で息吹くような力強さを漲らせた。

 だがリリオンがそのまま剣に思いを馳せることはない。

 血振りも素っ気なく揺籃の大剣を鞘に収めると、すぐにランタンの怪我の具合を確かめる。

 自分も、みんなもずいぶん手酷くやられてしまった。

 その中でもランタンは特にひどいと思う。

 いくらでも幼く見える童顔が斜めに裂けているさまは目を覆いたくなる。ローサなんかは顔面蒼白になっておろおろしている。あやしてやりたいところだが、それどころではない。

 ランタンは平気そうにしているが、それは慣れだし、強がりだった。

 いくらランタンでも怪我が痛くないわけではないのだ。

「別に大丈夫だよ」

 ランタンの言葉を無視し、リリオンは顔や腕に刻まれた傷口を確かめてローサの尻を引っぱたく。

「ローサ、置いてきた荷物を運んできて。急いで」

「――うん!」

 ローサははっとして駆けだした。

 ランタンは首を巡らせる。

「ルー、動けるか? 一応、頼む!」

 リリララは魔精を絞りきってくたばっており、ベリレもかなり消耗している。

 ルーは比較的ましだったが、それでも疲労困憊には違いない。だがそれでも彼女は不満一つ言わずにローサを追いかけた。

 荷物を取りに行っている間に、できる限り傷の処置をする。血を洗い流し、顔の傷は塗りすぎた血止め軟膏を拭き取り、あらためて薄く塗り包帯で巻いてゆく。

 もっともひどいのは腕の傷だ。

 軟膏程度では止まらぬほど血が流れている。

 肘の辺りで袖を切り、二の腕をきつく縛って止血をする。圧迫されて絞り出すように黒い血が溢れ、ようやく出血量が少なくなった。

「こんなに血が出たら干涸らびちゃうわよ」

「水ならいっぱいあるよ。まあ、飲みたくはないけど」

 ランタンは湖に目をやって肩を竦める。青々とした湖は朝日を反射してきらめいている。

 魔人が出現したときのような不穏さは一切無いが、あの生け贄の儀式を目にするとそれに口を付ける気にはならない。

 腕の血をもう一度洗い流すと、いよいよ傷口が露わになった。

「もってきたよ!」

 はあはあと息を荒らげてローサが戻ってくる。ルーは荷物を取りに行かせた理由を悟っていたようで、その手にはすでに治療の道具が用意してあった。

「どうぞ」

「ありがとう、ルーさん。じゃあランタン、やるわよ」

「お願いします」

 針と糸を取りだした姉を怪訝そうに見ていたローサは、リリオンが何かするか理解してぎゅっと目を瞑った。

 リリオンはランタンの傷口を縫合してゆく。

 慣れた手つきだった。リリオンは刺繍や裁縫を嗜むし、こうやって傷口を縫合するのも初めてのことではない。

 ここ最近の探索は安定しているが、そもそもランタンの探索とはこういうものだった。傷と引き替えに勝利を得ることなど日常茶飯事なのだ。

 よりいっそうの実力を身に付け、探索をともにする仲間も増えて傷つくことは減ったが、ランタン自身の戦い方が大きく変わったわけではない。

 刺し違えるような真似こそしないが、それでも怪我や痛みを厭わぬところがある。

 ランタンの肌に針を通す感覚は、それが治療だとしても気持ちのいいものではない。むしろランタンを傷つけているようにも思える。

 ローサはゆっくりと片目を開けて、それから本当に姉が兄を縫い付けているのを見て、見ていられないというように手で顔を覆った。

 そんな仕草が珍しく、ランタンは意地悪く問い掛ける。

「ローサ、やってみるか?」

 ローサは指の隙間から恐る恐るこちらを窺い、心底怯えた様子で小さく首を横に振った。

「いい」

 しかしそれでもローサは兄姉の側を離れようとしなかった。

「だいじょうぶ? いたくない? へいき?」

 そんな風に何度も繰り返す。

「大丈夫だし、痛いけど平気だよ」

 ランタンも同じように繰り返し答えた。

 痛み止めの薬こそ服用しているが、まったく痛くないわけではない。それどころか肌にぷつりぷつりと穴が空く感覚と、そこに糸が通っていく感覚はどうにも落ち着かない。背中がぞわぞわする。

「痛くても我慢するのよ」

「してるよ。ローサみたいに泣いてないじゃん」

 両腕ともすっかり縫合が済むと、ランタンは指を閉じたり開いたりする。

「あんまり動かさないの。ローサ、お手伝いして。大丈夫、包帯を巻くだけよ」

 傷口にガーゼを当て、押さえつけるように包帯を巻く。ローサに巻いてもらった包帯をリリオンが結び、ランタンは思いだしたように二の腕の止血帯を解いた。

 塞き止められていた血が一気に流れて、指先がじんと痺れる。

 リリオンは自らの傷の手当てを開始して、ランタンはローサの目を覗き込む。

「目、おかしくないか? ちょっと充血してるな。痛かったり、二重に見えたりはしないか?」

「だいじょうぶ」

 目の中に入ってきた魔人の指の感覚を思い出したのだろう。ローサはぶるぶると震えた。

 これまで迷宮探索が順調だったから、少しばかり迷宮を侮っていた。そしてそんなローサにそんな探索ばかりを経験させてきてしまった。

 傷だらけのこの身を以て、ローサが迷宮探索の怖さにあらためて気づけばいいと思う。

 ローサだけではない。自分自身もだ。

 無貌の魔人はこれまでランタンが遭遇した魔物の中でも五指に入る強さだった。そんな魔物が急に出てくるのが迷宮の怖いところだ。

 迷宮探索はやはりもっと慎重に行わなければならない。そんな当たり前のことを再確認させられた。

 最終目標である無貌の魔人は、迷宮核だけを残して消滅した。回収した魔精結晶はそれが迷宮核であると確信させるだけのものだった。

 ランタンは湖を覗き込む。

 血に染まらぬ、透明な水を湛えている。

 ベリレは鎧を脱ぎ、裸になって湖で身体を清めていた。

 ランタンと違って鎧を身に纏っているので切り傷こそ少ないが、それでも鋼の肉体には青痣や火傷が浮かんでいる。魔人と力比べをした背筋は毛細血管が破裂して、背中一面が紫色になっていた。

 その濃い紫が湖の透明感をいっそう感じさせた。

 湖は水底まですっきりと透き通っていて、そこに生首も月も沈んでいない。

 最下層の入り口も勿論ない。

 やはりあれは新月の夜にこそ開くものなのだろう。

 次の新月まで待てばその謎も解明することができるかもしれない。だが最終目標を喪った迷宮はその夜が来るのを待たずに崩壊するだろう。

 あたりには骸の一つもない。

 身体に刻まれた傷と、地面に残された戦闘の痕跡がなければ、みんな揃って白日夢でも見ていたのではないかと思うだろうか。

 朝日の穏やかさ、鳥のさえずり、風が凪ぐ湖面に陽射しが反射してきらきらとしている。

 あの恐ろしい夜はもうどこにもない。

 ランタンはローサをともなって祭壇を上がった。

「おー、結構高いな。あんまり前に行くと落ちるぞ」

 頂上の首狩り場で足を投げ出すように腰掛ける。木々の緑がちょうど目線の高さにある。

「跳び込んだら気持ちよさそうだな」

 生首になった蛮族たちは、最後のこの光景を見てなにを思ったのだろう。

 ベリレが湖から上がり、身体を拭っている。ルーが気を利かせて背中を拭いてやると、七転八倒するように湖の中へ逃げ込んだ。風呂を覗かれた乙女のようだ。ルーが着替えを置いて去って行くまで、ベリレは湖の中から出てこない。

 木陰ではリリララがくたばっている。

 肉体的に最も消耗したのがランタンならば、精神的に最も消耗したのがリリララだった。攻守に渡って魔道で戦闘を下支えした彼女は、精根尽き果ててぐったりしている。

 閉鎖型迷宮と開放型迷宮で大きく変わったことといえば帰還の困難さだった。

 閉鎖型迷宮では魔物を掃討して進むことになる。結果としてその帰路に戦闘の心配はあまり要らない。

 対して開放型迷宮ではそうはいかない。開放型迷宮は閉鎖型と比べて圧倒的に広く、全ての魔物を見つけ出すことは不可能だ。いつどこで魔物が出現するともかぎらない。

「森を抜ける。けどリリララはこんなんだから、各自警戒は怠らないように。儀式に参加してないのがいるかもしれないし、まだ見てない犬っころがでてくるかもしれない」

 リリララは荷車に乗せられ、四人でローサを囲み一気に森を抜けた。

 泥濘む森を進む間、荷物と一緒にぐらぐらと揺られてもリリララは文句の一つも言わない。

 蛮族の生き残りも、どこかへ消えた番犬たちも結局姿を現さなかった。


「……わりぃな」

 ようやくそう口にしたのは、森を抜けた頃だった。

 服用した魔精薬が効き始めてきたのか、多少顔色がよくなっている。

「だいじょうぶ! ねてて!」

「ありがてぇが、あんだけ揺れると難しいな」

 憎まれ口を叩けるほどには回復したようだった。荷車から降りようとする素振りを見せたが、身体を起こすよりも先にルーに抑え込まれた。ルーはにっこりと笑う。

 潮風に身体を撫でられながらゆっくりと海岸線を歩く。急ぐほどの体力が残っていないのだ。

「ローサ、海で泳ぐの楽しみにしてたのにな」

 浜辺で食事を摂りながら、湖よりもなお青い海に視線を向ける。

「ランタンもでしょ。濡れてもいいようにって着替え、ずっと選んでたじゃない」

「おかげで役にたっただろ」

 もっとも海ではなく血に濡れたのだったが、役に立ったことに違いはない。ランタンは胸を張った。リリオンは呆れる。

 行きで少しばかり浜遊びをしたが、本格的に海を楽しむのは帰りだと思っていた。だがこんな傷だらけで海に入るのは、傷口に塩を塗るのとさして代わらない。

 ランタンは包帯で汗ばんだ頬を掻いた。それだけでもずいぶんと染みる。

「ローサ、だいじょうぶだよ。ざんねんじゃないよ」

「また今度な」

「うん」

 頷くローサはそれでも少しばかり名残惜しそうに海を振り返った。

 食事を摂ってすぐに歩き始める。日が高い内に山を登らなければ、寒さの中を進まなければならなくなる。今の状態でそれは困難なことだった。

 緑の丘陵には行きで見ることのできなかった馬に似た魔物が群れをなして走っていた。

 もしかしたら魔人の出現を怖れてどこかに隠れていたのかもしれない。今はもう怖れる必要がない。そう思わせるようなのどかな光景だった。

「おーい!」

 ローサが呼びかけると草食動物に似て首を伸ばし、こちらをじっと見る。手を振ると、踵を返して一斉に逃げていった。

「友達になれそうだったか?」

「むずかしい」

 無理と言わぬのがローサらしい。

 前回の倍の時間をかけて、山を登り切った。あとはミシャの迎えが来るのを待つばかりだ。

 夜が来て、繊維のように細い月が夜空に昇った。

 ランタンは枯れ枝を使い地面に絵を描く。

「ここに月があるだろ。で、ここに僕らの住んでる星がある。月がこの位置だと、太陽はこっち」

「じゃあ、じゃあローサがよるだと、こっちはあさ?」

「そう。夜が暗いのは、こっちが影になってるからだ。それで、この星の影は月にも映るんだよ。ほら、天井に影絵を映して遊んだだろ」

 ローサは両手で蟹の形を作った。指を忙しく動かして、影に横歩きをさせる。ルーがこっそり蛙の影絵を作り、影蟹をぱくりと食べた。ローサはびっくりして手を解く。

「ランタンさまは、色んなことを知っていらっしゃいますわね」

 ルーは感心するが、ベリレやリリララはランタンの話を疑っているようだった。

 月の満ち欠けが星の影だとはなかなか理解しがたい話である。

 太陽はいつも同じ位置にあるわけではなく、少しずつずれるからこそ月はその表情を様々に変えるのだと、ランタンはもっともらしく語った。

 ミシャを待つ間、焚き火を囲み細い月と満天の星空を眺める。月こそあれども、これは迷宮の夜空だ。星の位置は地上と異なる。

 リリオンはようやく大剣を鞘から抜き籠目模様の刀身を見つめた。

 鋒の近くが魔人の血脂で曇っている。それを袖で拭った。

「そういえば、使い心地はどうだった?」

 ランタンが尋ね、リリオンはひと言答える。

「素敵よ」

 炎の光を浴び、模様が様々に美しく表情を変えてゆく。


あつすぎる

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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白かったです。
[一言] 武器の使い心地を「素敵」と表現するのが、またいいですね
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