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カボチャ頭のランタン  作者: mm
17.Holy Days
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 掌に、指先に吸い付く。それは幼い頃、まだ赤ん坊だった頃に握った母親の指に似ている。その時の記憶はないが、でもきっと似ている。

 握りはリリオンの拳、五つ分。

 鍔のない両刃の両手大剣。

 手元にやってきた巨人鋼の剣は、リリオンが最初にランタンに与えられた剣の形によく似ている。刀身は当時より頭一つ分長いが、けれどリリオンもそれだけ背が伸びた。

 だから剣を構えると、あの頃のようだとランタンは懐かしむ。

 様々持ち替えて、再びここへ戻ってきた。

 厚めの刀身は根元で蕾むように膨らんでおり、全体に綺麗な籠目模様が浮かび上がっていた。

 そこだけが少しだけ違う。それから楯を持っていないことが。

 リリオンはまだ何一つも斬っていない、真っ新な剣に己を映し初心に返ったような気持ちになる。

 剣は握るだけで自分が強くなったような錯覚をくれる。それは希望や勇気と呼び代えてもよかった。生きていくためにそれは必要なものだ。

 だが同時に上手くやれるだろうかと、不安にもなる。

 これほど素晴らしいものに見合う自分はいるだろうか。

 また壊してしまったらどうしよう、とその不安は拭いきれない。

 所詮は道具だとグランは言う。

 壊れたらまた打ってくれると、店のことを考えればその方が儲かっていいと、冗談めかして、けれども本心から。

 しかしこの剣の製作するために心身ともに消耗してくれた老職人の姿を見ると、とてもそんな風には思えない。

 逞しいあの老人は一回り小さく見える程に疲れ切っていた。

 三度の夜を越えて折り返し鍛錬された鋼の層は幾万幾億となっている。

 焼けた鋼を睨んだ瞳は赤く充血し、鎚を振るい続けた腕は爆ぜた熔滓(スラグ)を浴びて火傷だらけだった。

 グランはリリオンに剣を渡すだけ渡すと、工房を弟子に任せて休息に入った。

 あの説明好きの老人が語ることはないと言うように。

 いや、一つだけリリオンに告げた。

 初めてのことだ、と言った。完成してないものを客に渡すのは、と確かにそう言ったように思う。耄碌とした老人のように、髭に絡め取られたみたいにもごもごと。

 鍔を付け忘れた、という事ではないだろう。

 この剣にそれは不要だ。柄頭に結ぼうかと考えて用意した竜髭の飾り房も不純物のように思えて棚にしまったままにしてある。

 一体あの言葉の真意は何だろうか。

 リリオンは深く考え込む。

 剣を手にしてから、それを鞘に収めることもせず、素振りすることもせずに、まるで剣と対話するように向かい合っている。

「……オン、……リリオン!」

 呼びかけられたリリオンは夢から覚めたように顔を上げる。

 ランタンが呆れるような半眼の視線を向けて、ひらひらと手を振った。

「新しい剣が嬉しいのはわかるけど、今はこっちに集中してね」

 リリオンは少し恥ずかしい気持ちになって、左右に視線を巡らせる。

 そこには一緒に探索に行く仲間がいて、興味深そうにしたり苦笑したりしてこちらを見ていた。

 リリオンは頬を赤くして、すぐ脇に置いてある鞘をいつまでも見つけられずにあたふたする。

「おねーちゃん、これ」

 ローサが渡してくれた鞘にようやく剣を収めて、それを膝の間に抱えた。

「ありがと、ローサ」

 手助けしてくれた妹にひと言、礼を告げ、リリオンはランタンに視線を向けた。

 だがやはり意識はその剣に囚われたままだ。




 探索者、魔道ギルドへ頼んだ迷宮から持ち帰った迷宮文字の解読が終了した。

 ランタンは羊皮紙を手に取り咳払いを一つ、それを読み上げる。

「新月の夜、湖を血で満たし、水底に開き、顔のなきものの顔、掲ぐ、――これが探索者ギルドの解読」

 一度視線を外し、みんなの顔へ視線を巡らせる。そして紙に視線を戻す。

「で、もう一つ。無明をもたらす、顔を奪いし者、水底の月をすくい、祈りおり、――これが魔道ギルド」

 次回の迷宮探索にはランタンとリリオン、ローサ、リリララにルー、そしてベリレが参加してくれることになった。

 ベリレはローサから猫の集会所の場所を教えてもらうことによって、猫探しに一段落付いたようだった。その礼を込めて探索に参加してくれることになった。心強い味方である。

 席に着いた探索をともにする仲間たちの反応はあまりない。

 ランタンは早くもめげそうになりながらも、気持ちを奮い立たせる。

「この二つの差は不鮮明な文字の復元精度や、それぞれが持ってる迷宮文字の知識、それらの解釈の違いによるものだと思う。その中でもいくつか一致する部分、例えばこの水底、新月と無明、顔のない、こういう所は正確だと思っていいと、思う」

 机に片肘を突いたリリララが欠伸をする。

 ランタンが睨むと肩を竦めて、上体を起こした。言い訳するようにそれぞれに配った写しを手に取り、口を開く。

「つまりやっぱり、あの湖、その底に最下層があるって事でいいのか?」

「行動指針にするには充分だと思う。けれどただ湖に行って、最下層に辿り着けるのか? 湖を血で満たす。この部分は一種の儀式的なものを暗示しているのではないか――」

「それ、自分の解釈?」

「――って魔道ギルドの注釈がある」

 迷宮文字はその名の通り迷宮で発見された文字を指す。

 それはこの世界と共通する部分もあれば、未だに解読の手がかりすら掴めていないものもある。

 迷宮文字で記された内容は意味の通じない言葉の羅列から、日記や神話、物語的なもの、薬の調合、料理のレシピ、先進技術の情報まで内容を問わない。

 これまでの迷宮文字、迷宮文章はそれが発見された迷宮とほとんど関係を持たなかった。

 どこからか迷い込んだように文字があるだけだった。

 だが今は異なる。

 迷宮は異界であると誰かが言った。

 しかし閉鎖型迷宮は世界と呼ぶにはあまりにも単純なものだった。

 開放型迷宮はより複雑になっている。

 最終目標(フラグ)と呼ばれる魔物を討伐することが、その迷宮の攻略を意味する所は変わらない。だが一本道の閉鎖型迷宮と異なり、その最終目標に遭遇するまでが困難になっている。

「僕はこれが、その迷宮の規則のようなものだと思う」

「規則、ですか?」

 ルーが小首を傾げる。

「そう。例えば迷宮に物を置いたとき、人が観測していればそのままあるけど、その側から離れて一定の時間が経過すると迷宮に呑まれる。破壊された迷宮の構造物は時間によって復元されるが、破壊の度合いによっては迷宮の崩壊を招く。最終目標をやっつけることが、迷宮崩壊のきっかけになる。これは迷宮全体における規則、――(ことわり)と言ってもいい」

 それらは探索者が長い年月をかけて経験則から導き出したものだった。あるいは長い年月をかけて形成された固定観念が迷宮をそういうものにしたのかもしれない。

 だがそういった迷宮の理は開放型迷宮の発生によって破壊、変化されつつある。

 そもそも開放型迷宮自体が、これまでの理から外れたものだ。

「例えば魔物、これは以前は問答無用に襲ってきたけど、今はそうじゃないのもいる。これは理の変化だ」

「ともだちになれる?」

「なれるかもしれない。だけど迷宮で友達を作ろうとは……」

 思わないことだ、と告げようしてランタンは言葉を飲み込んだ。最初から敵と決めつけた方がいざという時の迷いは減るが、しかしローサの期待に満ちた目を見ているとその言葉は間違いのように思えた。

 ローサが世話をする陶馬は魔物だが、ランタンが背に乗っても振り落とそうとはしない。

「やり直し。なれるかもしれない。でも友達を作ろうと思って迷宮には行かないこと。目的はあくまでも迷宮攻略だから」

「はぁい」

 ランタンは言葉を選んで、ローサに言い含める。

「どこまで言ったんだったか。そう、規則の話だ」

 ランタンは石版の写しをひらひらと扇いだ。

「迷宮は今、様々に変化をしている。それぞれの迷宮に、それぞれの理がある。国によって法律が違うみたいに。で、これはその迷宮それぞれの理を明文化したものなんじゃないか、と」

「おもしろい考え方だな」

 少しばかり肩身が狭そうに黙っていたベリレが感心して呟く。

「迷宮がこちら側に何かを伝えようとしてるってことか?」

「そうとも取れる」

 迷宮は魔精から生り、魔精は人の意識を呑み変化する。それ故に人の意識が変われば迷宮は変わってゆく。かつて迷宮はもっと混沌としていた。

 未知のものへの興味、恐れ、あるいは欲望。そういったものの原形が目に見える形となったものが迷宮であった。そこに理などはない。何でもありで、ゆえに何ものでもなかった。

 そんな時代に迷宮とも呼べぬ迷宮を、探索とも呼べぬ探索をする人々があり、彼らがあんなものを見た、こんなものも見たという言葉は迷宮を知らぬ人々にさえ伝わり、そして次第に迷宮というものは固定化されていった。

 それが一世代前の迷宮だ。

 今は新世代への転換期だろう。

「もっと言えば迷宮がこちらの意識に影響を与えようとしているのかも知れない」

「迷宮に意思があるって?」

「そうまでは言わない。いや、――意思があるのか?」

「俺が聞いたんだよ」

「じゃあ、わかんない。回答不能」

 大人数を率いる探索の指揮者として、どうにか威厳を保とうとしていたランタンはそれをすっかり諦めて溜め息を一つ吐いた。

 当初に話そうとしていたところからずいぶんとずれてしまった。

 そんなランタンの苦労を察したのか、ルーがわざわざ挙手をする。

「はい、どうぞルー」

「ランタンさま。この写しが迷宮の規則(ルール)であるとするなら、探索で注意すべき点はどこでしょうか?」

「――まず一つ、新月、顔のない月。これは最下層へ行ける時期を指していると思う。なので最低でも新月当日の夜に湖に辿り着いている必要がある。迷宮に新月が訪れるのは地上時間で五日後になる」

「なるほど」

「二つ。湖を血で満たし、――最下層への鍵がこの文言通りなら、あの蛮族を一匹残らず絞らないといけない」

「それは、さすがに、その難しいのでは」

「僕も不可能だと思う。でも試しに一体二体ぐらいは血祭りに上げるべきだろう。満たすは大げさな表現の可能性もある。三つ。水底。潜水用具が必要になるかもしれない」

「考えすぎにはならねえかな?」

「それならそれでもいいよ。今回は大容量の荷物持ちがいるから、余計な荷物を持って行ける」

「ローサにもつはこぶよ! なんでもはこんだげる!」

「期待してる。がんばってくれ。――そして最終目標について。ほとんど不明。この顔を奪うものとか、顔のなきもの、のところ辺りがあやしいんだけど。それぞれ解釈が真逆だし、具体性がないのでなんとも。顔を奪われないように注意しましょう。――注意しましょーっ!」

 ランタンが羊皮紙を丸めて声を放つと、ぼんやりしていたリリオンがびっくりして顔を上げた。

「聞いてた?」

「……聞いてた。注意しましょうって」

「なにに?」

「えっと怪我しないように……?」

 リリオンは言ってから正直に、ごめんなさい、と頭を下げる。

 銀の髪がさらさらと、肩を撫でるように背中から胸元へと流れ広がる。

 ランタンは首を小さく振った。

「いや、まさにそう。怪我には注意しよう」

「おい、甘くねーか」

 リリララが行儀悪く背もたれに身体を預けながら野次を飛ばす。

「リリララ私語。注意、一つね」

「おい、あたしにはきびしくねーか? なあ?」

 同意を求めたルーは苦笑するばかりだ。

「注意二つ目ね。あと一つで罰があります」

「へえ、そりゃ楽しみだ」

 リリララはなげやりな口調で答える。

「さて、迷宮探索の指針は以上の通り、この写しに基づいて行います。必要なものは基本的に僕が用意するので、個人個人の装備と心構えだけをお願いします。そして次、――リリオンこっからはちゃんと聞いてね」

「うん」

「あとベリレとローサも。出現する魔物の情報を共有したいと思いますので、お手元の資料をご覧ください。リリララとルーは必要なら補足をお願いします」




 ランタンはぐったりした様子で、湯船の縁に俯せるように身体を預けた。

「あー、無駄に疲れた。みんなやってるって言うからやってみたけど、必要なのか?」

「おつかれさま」

 リリオンが労うようにランタンの肩を揉む。細いランタンの肩は、リリオンの大きな手にすっかりと覆われてしまう。

 薄い皮膚、柔らかな肉、指先に華奢な骨が触れる。

「リリオンはぜんぜん話聞いてくれないし」

「う、ごめんなさい」

 ランタンは探索者生活の中で、迷宮探索のための作戦会議を行ったのはほとんど初めてのことだった。

 これまでの探索でもリリオンや他の仲間たちと情報の共有や行動方針の決定を事前に行ったことはある。しかしそれらは会議と呼べるほどしっかりしたものではない。世間話の延長線上にあるものだった。

「あんまり向かないのかなぁ。こういうの」

「ルーさんは褒めてくれてたわよ」

「……ルーは何でも褒めてくれるから当てにならない」

 傭兵探索者であるルーは多くの探索者と行動をともにしたことがある。

 彼女が言うには作戦会議と言っても千差万別で個人技頼みの出たとこ勝負の探索班もあれば、一つの生き物のように組織化された探索班もある。傭兵探索者にも分け隔てのないこところもあれば、そうでないところも。

「変じゃなかった?」

「変じゃないわよ。……言葉遣いはちょっと変だったけど」

「リリオンは上の空だったね。吹っ切れてないの?」

「そのつもりだったんだけど……」

「いざ現物を目にしてびびっちゃったんだ」

「だって、握っただけでわかるわ。新しい剣は本当にすごいの。でもだからこそ、今度こそ壊れちゃったらどうするの? もう次はどうしたらいいの? もうなにもないわ」

「ルーに格闘術でも習うか」

 肩を揉むリリオンの手が止まったかと思うと、抓るみたいに力がこもる。

 折れず曲がらずと謳われる大剣をぽきぽき折るほどの力を持て余しているくせに、しかし肩は痛くも痒くもなくて、拗ねるようないじましさだけが伝わってくる。

 本当はもう自在に力を使えるに違いない。

「肩揉んでよ。手、止まってるよ」

「わたし、本気で言ってるのよ」

「僕だって本音だよ。戦鎚が折れたら、拳で殴るし、手がだめになったら噛みつくよ」

 ランタンはリリオンと向かい合った。二人の間にある湯をすくい、顔を洗った。額に張り付いた前髪を掻き上げる。リリオンは肩を揉む代わりに、ランタンの鎖骨回りを揉みほぐした。

「そりゃ得物があれば心強い。でもそれだけじゃないだろう? 素手だと何もできません、なんて可愛げはないくせに。……それに、それこそ探索者辞めて家にいてくれてもいいんだし」

「いやよ。わたしはランタンの一番近くがいいんだもの」

 それはリリオンの偽らざる本音だった。

 ランタンはずっと探索者のままだとリリオンは思う。それこそ迷宮で死んでしまうまで、この少年は迷宮探索を辞めないだろう。

 理屈はなく、リリオンはそう思う。

 魚が水中を泳ぐように、鳥が空を飛ぶように。

「リリオンが側にてくれたらそれだけで心強いよ。たとえ剣がなくてもね」

「そうだといいんだけど。そうじゃないの。そうじゃないのよぉ」

 いじけてぶくぶくと沈むリリオンを引き上げる。そのまま膝の上に抱きかかえた。

「今、底に沈んでも何にもならん。底に沈むのは迷宮まで我慢しな」

「底って?」

「リリオン、……ほっんとうに、何にも聞いてなかったんだな-っ!」

 こいつめ、とランタンはリリオンの頬を引っ張った。

 痛い痛いとリリオンは喚きながら笑う。


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