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カボチャ頭のランタン  作者: mm
15.Memories
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 下げた頭の、視線の先の地面に、ぽろぽろと濡れた跡があった。

 ゆっくりと顔を上げたランタンの目が赤い。焦茶の瞳が炎に染まっているわけではない。

 泣いたかのように充血していた。

 それを見られまいとして、ランタンはリリオンに向き合うや愛しい少女を抱きしめた。

 リリオンは泣いている。

 今まで迷宮を生き長らえさせた、絶えず生と死を繰り返して循環していた魔精は、リディアが、巨影が打ち倒した鬼の数ほどの結晶となって雹のように迷宮最奥に降りしきった。

 迷宮は攻略された。

 魔精酔いの前兆があり、迷宮核が背後に顕現しかけている。

 それはリリオンにとって、はっきりとした母の喪失の実感だった。

 だが涙の理由はそれだけではないだろう。

「ランタン、……ランタン」

 リリオンは何度もランタンの名を涙に濡れた声で繰り返し呼んだ。

 ランタンのその度に、うん、うん、と答えてやった。

 二人は今まで感じたこともないような魔精酔いに襲われていた。

 平衡感覚が消失し、大きく、ゆっくりと世界が揺れている。けれど不快ではない。揺り籠に揺られるような、穏やかさと気怠さがある。

 ランタンはリリオンを抱きしめたまま、仰向けに倒れた。

 肉体の重みが心地良い。

 青みがかった魔精結晶が空間に結露するように産まれ、落下する。

 いくつも、いくつも。

 地に落ちて砕け、雨が足元で煙になるように、結晶は魔精の霧となった。次第に包まれてゆく。

 もしかしたら意識を失っていたのかもしれない。

 平衡感覚だけでなく、気がつくと時間の間隔も曖昧だった。

 ランタンはリリオンを抱きしめたまま身体を起こした。

「リリオン」

 抱きしめていた身体を離し、両肩から首筋へ、そして白い頬をそっと両手で支え顔を覗き込んだ。

 頬には乾いた涙の跡があった。

 潮風に吹かれたように少しべたついて、長い睫毛も縒り合わせたみたいにくっついている。充血した眼差しが、何度も瞬きをしてランタンを見つめ返した。

 関係性が変わったわけではない。ただ言葉にしただけだ。なのになんだか誇らしい気持ちになった。

 ランタンは思わず頬を緩めた。

「ランタン、……目が赤いわ」

 リリオンがぽつりと呟く。

 途端にランタンはぎくりとした。自分の目を見ようとするみたいにきょろきょろと視線が動き、困ったような顔になる。

「そりゃあ、ね。リリオンだってそうだよ。ああ、もう。こんなにして」

 照れ隠しに乱暴に涙の跡を拭ってやり、それから優しく泣き腫らした目元を撫でてやった。

「リリオンのお母さんに――」

 ランタンは言葉を飲み込んだ。それからもう一度言い直した。

「――僕らのお母さんに、ちゃんとご挨拶できたかな? おかしなやつだって思われたら嫌だな」

 リリオンの頬が薔薇色に染まった。

「夢じゃあ、ないのね。――そんなこと、思うはずないじゃない。だってわたし、うーっ!」

 言葉にできない感情に顔をくしゃくしゃにして、また泣きそうになるのを歯を食いしばり、ランタンに抱きついた。

「うれしくて、死んじゃうかもしれない!」

「ちょっと、しばらくは死なないでよ。これからもずっと一緒にいるんだから」

「うん!」

 リリオンと一緒に立ち上がり、すっかり様子の違うあたりを見渡した。

 鬼たちの死体どころか、その血溜まりも、もちろん巨影の姿も、戦いの痕跡の一切も全て失われていた。

 幻だったみたいに降り積もった魔精結晶もほとんどなく、飽和した魔精の行方はどこに行ったのだろう。

「わたし、ランタンにひどいこと言っちゃった」

「そう?」

 ランタンは首を傾げる。戦鎚を腰に差し、ようやく肉体の疲れと痛みを感じる。

「ランタンにはわからないって」

「気にしちゃいないよ。実際そうだったし」

 ランタンは迷宮に敏い。

 様々なものが経験に基づいて感覚される。

 しかし巨影がリディア自身であると思ったのは、そこに一欠片なり彼女の意識のようなものが残っていると信じたのは、あまりにも切実なリリオンの存在があってこそだった。

 今になって思う。

 自分だってそうなるだろう。

 リリオンのために迷宮に残り、そこで果てたのならば、リディアに負けず劣らず頑張ってしまう。無関係な探索者にとっては悪夢のような存在になるだろうという自負がある。

「でもいつか、わかるようになるんだろうな」

 リリオンは言葉の意味にまだいまいちぴんと来ていないようだった。ランタンは照れ隠しに、まだほっそりとした腹を、臍のあたりを突いてやった。

 やあん、とリリオンが猫のような声を上げる。

「ははは、これで許してやろう」

 あまりいじめると去っていったはずの巨影が再び姿を現して、襲いかかってくるかもしれない。

「僕の方も悪かったよ。リリオンの言葉を土壇場まで信じなかった」

 リリオンを振り返り、両腕を広げた。リリオンは無防備なランタンの臍をくすぐった。

 うへへ、とランタンにしては情けない声で笑いながら身体を折り曲げる。

「あー、お腹痛い。これでおあいこだ」

 二人はまだ残っている魔精結晶を一つ一つ拾い集めた。

 結晶は(つの)の形をしたものもあれば、破片の形をしたものもある。それは鬼の角であり、黒剣の破片である。迷宮核はそのどちらでもなかった。

 そしてそれら結晶の中に、結晶化しなかった金属片があった。

「全部、揃ってる」

 それはリリオンの大剣の破片かと思われた。だが破片を全て拾い集め、それを組み合わせるとあまりが出た。もしやと思い、魔精結晶と組み合わせると繋がる破片が存在した。

 それは結晶化しなかった黒剣の破片だった。

 影は既に払われ、雪のように白い鋼であった。

「泣き虫」

「まだ、泣いてないもん!」

 ランタンが言うとリリオンは眼に力を入れて涙を引っ込めた。

「リリオンが欲しいものは、なんでもくれるね」

「……うん」

 リリオンはことさら丁寧に破片を包み、それを胸に抱えた。きゃらきゃらと硝子がこすれるような音がする。

 二人は最後に背後を振り返り、去っていった気配に向けて頭を下げた。

 シーギスのところに戻る間に、リリオンは何度も名残惜しそうに後ろを振り返った。ランタンはその度に立ち止まって同じ方へ視線をやった。

「ああ、よかった!」

 二人の姿をシーギスが見つけると、彼は立ち上がって喜び、天井に頭をぶつけた。壊れたのは天井の方だ。

 彼は手に木砲を構えており、あたりにはそれを放った形跡が残されていた。

「魔物が何体かやってきたんだ。倒されたなんて思っちゃいないが、何かあったんじゃないかと心配したぞ」

 それはあの巨影が既に限界に近かったこと、つまりは迷宮そのものの寿命が近いことを意味している。

 本当にぎりぎりのタイミングだったのだろう。間に合ってよかった、と思う。

「シーギスさん、ありがとうございます。おかげでママにあえました」

「リディアに?」

 シーギスは驚いた様子で、もう一度天井に頭をぶつけた。落石にランタンとリリオンが慌てふためく。

「ああ、悪いっ! でもリディアが? くわしく聞かせてくれないか?」

 庇うように二人の頭上に大きな手で傘を作ると、覗き込むように、頭をぶつけぬように腰を屈めてシーギスが尋ねる。

 リリオンは、ぜひ、と張り切ったがランタンが横やりを入れる。

「戻りながらでいいか? たぶんこの迷宮、それほどもたない」




 背後に低い音が響いている。

 ランタンをもってして初めてのことだった。

 迷宮を構成する魔精が崩れていく。それは消失ではない。波が引くように、渦が飲み込んでいくように、ただ落下するように、どこかに魔精が吸い込まれていく。

 四日もかけて踏破した迷宮を、一日と半分ほとんど寝ずに駆け抜けたのはランタンの読みが当たったからだった。

 三人が迷宮から飛び出した。

 あまりの速度に牽いていた荷車がシーギスを轢いて、乗っていたランタンとリリオンが露天掘りの崖肌へ放り出される。

「つかまれ!」

 リリオンがランタンにしがみつき、ランタンは爆発を蹴り、その力で崖肌へ齧り付いた。

「ランタン、上!」

 ほっとしたところで頭上を見上げると、荷車に押し出されたシーギスが一足遅れて滑るように落下してくる。

 隕石でも落ちてきたような絶望的な大きさだった。

 シーギスは四肢を突っ張っり、崖肌に指という指を立てて速度を殺そうとした。

 ランタンは咄嗟に崖肌に身を寄せる。シーギスをやり過ごして、よじよじと崖肌をよじ登った。一息吐いて、穴底を見下ろす。

「おしい男を亡くした」

「死んでねえよ!」

 這い上がってきたシーギスは口に入った岩を吐き出し、髭をはたいた。もうもうと土埃が舞う。汗と混じり合って泥になった。

 普通の人間なら骨まで磨り下ろされそうな滑落だったが、怪我らしい怪我は擦り傷と爪が二枚ほど剥がれただけのようだった。

「無事か、シーギス!」

 戦士や炭鉱夫の巨人たちが、慌てて駆け寄ってきた。

「手酷くやられたな」

 シーギスの姿を見て、そう呟く。彼らは滑落のせいではなく、迷宮のせいでこのようになったと思っているようだった。それもしかたないだろう。

 何せ迷宮から飛び出てくる三人の様子と言ったら、命からがら慌てて逃げ出してきた探索者のそれである。その認識は間違ってはいないが、根本的な原因を勘違いしている。

 シーギスは仲間に肩を借り、ランタンとリリオンは自分の足でようやく地上まで戻った。

「それじゃあ迷宮を攻略したのか!」

 まだ残っていた雪でシーギスは傷を洗い、身体を清めている。

 その間ランタンは彼らに頼まれて迷宮内での出来事を語った。坑夫たちは穴底へ落ちた荷車やそこに積まれていた荷物を引き上げてくれている。

「そいつは凄えなあ。こんなちびすけたちが」

 賞賛と、羨ましさのような色が声に滲む。彼らとて迷宮を放置することをよしとはしていなかったのかもしれない。ただ身体の大きさがそれを許さなかった。迷宮の攻略も、リディアの救出も。

「だからしばらくは迷宮口には近付かない方がいいと思う。――いいと思うよ!」

 穴の縁から迷宮口を見つめるリリオンに向けてランタンは言った。

「わかってるわ」

 リリオンはうるさそうに振り返って、同じぐらいの声で言い返した。ランタンは肩を竦めて、リリオンの隣に立った。ぞろぞろと巨人たちもついてくる。

「リディアな。ありゃあ、女にしとくのが勿体なかった。いい奴だったよ」

「女でよかっただろ。だから俺らは張り切ったんだから」

「なくなっちまうのか。忌々しいだけかと思ったが、少しさみしくもあるもんだ」

 巨人は神に祈らない。それらが自分たちを助けることがなかったからだ。

 常に自分自身と、傍にいる仲間たちが、自分たちを生き長らえさせてきた。

 リリオンが胸の前で手を組んだ。彼らはそれに倣う。坑夫たちも今は仕事を中断し、迷宮口を向いていた。すっかり汚れを落としたシーギスが、それに加わった。

 遠くへ行ってしまった魂に向けて。

 ランタンが何事か呟く。

 だが、それを聞いたものはいない。

 音を立てて迷宮口が閉ざされた。

 崩落して入り口が塞がれるのではない。気がつけば最初からなにもなかったように、ごつごつとした崖肌がそこにある。ただ残っている荷車の轍だけが、そこに何かがあったことを告げている。

 リリオンがゆったりと息を吐いた。

 真白い息が風に流される。

 空を覆う鉛色の雪雲は遙か彼方まで続いている。




 夕暮れを過ぎて、ようやく集落へ戻ってきた。朝だろうが夕方だろうが、ぶ厚い雲に覆われている集落はさして景色が変わらない。

 だが夜だけは違う。

 集落は敷き詰めたような闇の中に沈んでしまう。駐留兵の兵舎にだけ、微かに魔道の光が灯っている。

 だがランタンとリリオン、そして巨人たちの集団が集落へ戻ると広場に篝火が焚かれていた。

 そこではハーディを中心に、巨人たちが車座になっている。

 ハーディは三人が迷宮探索をしている間、ずっと巨人たちと生活をともにしていた。

 同じ時間に起き、一緒に食事を摂り、そして仕事に同行する。ハーディは卓越した剣技と、その力でもって何本もの巨木を独力で伐採し、巨人たちからも一目置かれるようになっていた。

 もともとがずいぶんな人たらしだ。

 巨人たちも彼のことをすっかりと信用したようだった。

「俺はお前たちと友になりたいのだ!」

 そんなハーディの言葉が聞こえてくる。ずいぶんと明け透けな言葉だったが、しかし巨人たちは苦笑するばかりだ。白や銀の髭の中で唇が曖昧な形になる。

「お前は人間で、俺たちは巨人だ」

 それが絶対の理であるかのように、一人の巨人が答えた。

 ハーディを認めているが、人間とは友人になれない。

「それは何故だ? 毎回そうじゃないか」

「答えは一つだ。日によって変わるものじゃない。俺は明日も明後日も巨人で、お前は明後日も明明後日も人間だ」

 それは未来よりも、過去の出来事を示唆していた。

 ああ、きっと彼は知っているのだろう。過去に人間が巨人族に何をしてきたのかを。リリオンがどのように生まれたのかを。

 ハーディは業を煮やし、大きく溜め息を吐いた。

「言いたいことがあるのならば言え。でかい図体のくせして煮え切らん」

 巨人がむっつりと黙った。

 見上げるハーディを一瞥もせず、篝火に視線を向けたまま石像のような顔つきになる。

 怒りの気配を察して、集団に緊張が走った。

 沈黙がこちらまで聞こえてくるようだった。

「……本当に言っていいのか」

 低く唸るような声だった。

「そう言うところだ。本当はやりたいことがあるくせに、どうして我慢をする」

「お前ら人間が、俺たちに何をしてきたのか、本当に言っていいのか?」

 声はますます低くなった。

 先程までの楽しげな気配は微塵も感じられない。

「――あっ! 戦士団が帰ってきたぞ。おお! シーギスが帰ってきた。よく戻った!」

 巨人の一人がそれに気がつく。空気を変えるきっかけがないかと探していたのだった。

 車座になっていた一団が弾かれたように立ち上がり、一斉に駆け寄ってきた。みな、シーギスが迷宮に行き、戻ってこないことを心配していたようだった。

 ただハーディと男だけが立ち上がらなかった。

 集団は本当に喜んでいたようだったし、わざと大げさに騒ぎ立てているようでもあった。

 騒ぎを聞きつけて家々の扉が開き、ぞろぞろと巨人たちが姿を現した。

 そんな巨人たちの中から、一人の女性が飛び出してきた。

 長命の種族である巨人族の正確な年齢を量ることは難しい。だがシーギスよりは年上のようだった。

「ああ、シーギス。よく無事で!」

「母ちゃん。……悪い、心配かけた」

 それはシーギスの母親だった。

 帰ってきた息子を人目も憚らず抱きしめて、シーギスは困ったようにしながらもその背中に腕を回した。悪かったよ、ごめんよ、とシーギスは繰り返した。

 彼はランタンたちに同行するために、母親が引き止めるのを半ば無視するように迷宮に向かったのだ。

 母親はシーギスの手指が血染めの布で巻かれていることに気がつくと、それを隠すように胸に掻き抱いた。

「なくしちまったんじゃないだろうね」

「やめてくれよ。爪が剥がれただけだよ。しかも迷宮の外で。言わせるなよ、格好悪いだろ」

 シーギスは照れくさそうに視線を巡らせた。

「本当に悪かったって。でも行ってよかった。――迷宮にはリディアがいた。俺は会ってないけど。ほらリディアの娘だよ。リリオン、こいつが会ったんだ」

 シーギスは視線を向けて、巨人たちはようやく足元にいる小さな二人に気がついたようだった。

 すると集団が一斉に後退った。危うく踏み潰してしまいかねないからだ。

 そして巨人たちは言葉を失った。

 リリオンの存在は彼らの中で禁忌のようなものだった。

 ずっと、ないものとしてきた。

 だからどうしても戸惑ってしまう。罪悪感のようなものもあるだろう。どうしていいかわからない存在だった。

 ランタンもリリオンも、たくさんの巨人に囲まれ、穴の空きそうなほどの視線を向けられて困っていた。

 挨拶をするのも、なんだか変な感じがする。

 沈黙を破ったのは怒鳴り声だった、

 残っていた男が立ち上がり、篝火を押し倒した。火の付いた木々があたりに散らばり、煙に混じって火の粉が夜空に吸い込まれていく。

「これでわかったか! 友にだと! なれるわけないだろうがっ!」

「いいや、なれる!」

 ハーディも立ち上がり、男に向き合っていた。

「確かに人間は非道なことをした。だが見ろ!」

 ハーディはランタンとリリオンの二人を示した。

 巨人に負けぬ大声だった。

「あの二人を見よ! 夫婦(めおと)である! ――ならばどうして我々が友になれないというか!」

 迷宮の中を見通せるわけでもないだろう。

 ただハーディは一貫して、二人をそのように見ていた。

 有無を言わせぬような説得力だった。

「人間に対して怒りを持つのももっともだ。お前たちには、その理由がある。ならば何故それを押し殺す。優しさからか? いいや、違う」

 ハーディは鞘を払った。炎が剣がぎらぎらと反射する。

 ハーディは胸が膨らむほど息を吸った。

「そのでかい図体はなんのためにある! 戦うためだろう!」

 それはつまり生きることだ。

 寝て起きる。食事をし、仕事をする。時に歌い、時に踊る。喜びもあり、怒りもある。泣いたり、笑ったりする。憎むこともあれば、愛することもある。

 それはあらゆる営みだった。

 だが巨人たちは、戦うことを半ば放棄している。

 夢物語の反抗計画。

 おもちゃ同然の木砲。

 本気になればもう一度世界征服すらできるかもしれないというのに。

 夢には見ても、それだけだ。

「――シーギス。剣を彼に」

 ランタンはシーギスの脛に手を触れて、そう頼んだ。

「しかたないな」

 シーギスは少し笑い、自分の剣を男に手渡した。

「人間ってのは、思ってるよりも強い」

 そう言って肩を叩いた。

「一人じゃなくってもいいぞ」

 ハーディは巨人もかくやという大きな笑みを浮かべて、成り行きを見守っている巨人たちにも向かって挑発的に言った。

「千年の恨み、晴らしてみるがいい! さあ、来いっ!」

「――人間風情が!」

 取り繕っていたものをかなぐり捨てて、男が大上段から剣を振り下ろした。

 ハーディはそれを躱し、鋭く巨人に斬りかかった。寸止めなどしない。巨人の脛から血がしぶいた。しかし巨人は少しも怯まない。

 引き足一歩でハーディを置き去りにし、遠間から一方的に打ち据える。それを剣で受けた。止めることはできない。腕で支えて剣が折れるのを防ぎ、踏みとどまれず炎の近くまで押し戻される。

「はっはっはっ! できるじゃないか!」

「うるせえ!」

「男に生まれたからにはこうでなくては」

 刃を交えるほどに男は剣を振り回すことに夢中になってゆく。ハーディは笑みがこぼれるのを止められないようだった。打ち合って弾けた火花が大きい。

「ねえ、ランタン。混ざり合いたいって思ってる?」

 リリオンに尋ねられて、ランタンは肩を竦めるだけにした。

 棒っきれを振り回すのが一番楽しい。

 まさしくそんな風に二人は斬り合っている。

 当初ははらはらしていた巨人たちも、その戦い振りに次第に興奮しだし二人を取り囲んで声援を送っていた。

 ハーディが強気に踏み込んだ。体格差ゆえに一辺倒になりがちな上段切り落としを読み、剣を合わせた。

「ああ、俺の剣が!」

 シーギスが叫んだ。

 剣の先端がすっぱりと斬り払われた。

 動き詰めで汗だくになった男が、すてんと尻餅をついた。

 恨めしそうな眼でハーディを見つめた。

 その眼は人間ではなく、ハーディだけに向けられている。

「昼間、俺の方が多く木を切った。お前は切るだけだったが、俺は運びもした。そのせいだ。疲れの。万全なら遅れはとらん」

「つまり?」

「ああ、負けだ。くそっ」

 男が地面を叩いた。

 ハーディは笑い、周りの巨人たちを見た。

「さあ敵討ちはおらんか!  勇ましい伝説の巨人の末裔は!」

 次は俺だ、と戦士団の男たちが名乗りを上げた。

「まとめてきてもいいぞ。千年前の伝説を再現してやろう!」

 なにおう、と戦士たちはいきり立って、しかし一対一の勝負にこだわった。

 ハーディそっちのけで順番決めをしている。

「シーギスは行かなくていいの? 今なら横入りできそうだよ」

 ランタンは剣の欠けた先端を見て溜め息を吐くシーギスに声をかけた。

「これ以上に短くなったらたまらん」

 シーギスは剣を脇に置いて、肩を竦める。

「それに俺には必要ない」

 ランタンが酒の入った酒杯を掲げると、シーギスが酒樽みたいな杯をぶつけてきた。

 そこにリリオンがリディアの手彫りのコップを合わせる。

「お、順番が決まったか」

 火を囲み、戦いの影が踊る。

 打ち鳴らされる剣の音色が鐘のように大陸まで響き渡った。

 夜が明けても、ずっと戦い続ける。

 営みは続く。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白かったです。 迷宮の消えるシーンって初めてだと思うんですけど、そういうふうに消えるんですね。ランタンたちの世界の理解が進みました。 迷宮都市でもそうなら都市が穴ぼこにならずに済みそうで…
[一言] とても…とても良かったです。 リリオン周りだったり、巨人と人間の関係だったり、冷え付き凝り固まっていたものが緩むのが凍てついた極北の地ってのがまたいいです。
[良い点] 毎回、章タイトルが明かされる時がむっちゃ好き。 [気になる点] 書籍版からルー・ルゥさんが好きなんだけど、もっと出番増えないかなぁ。 [一言] 初期からずっと読んでたけど、ランタンが本当に…
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