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カボチャ頭のランタン  作者: mm
15.Memories
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 ネイリングの御用商人が持ち込んだ防寒着が床一面に広げられている。

 様々な獣の、そして様々な魔物の毛皮で作られた外衣は見ているだけで汗ばみそうなほど温かそうだった。

 中には毛皮ではなく魚人の皮を、そっくりそのまま鞣したものもある。かなりの不気味さだった。

 ものによっては外衣一着で家が建つ。家一つを身に付けていると思えばその温かさもひとしおだろう。

 怖い物知らずのローサでさえ、それらを踏み踏み歩くことはない。塀を行く猫のような器用な足取りで興味深そうにそれらを見回っている。

 レティシアが無造作に黒貂の外衣を拾い上げ、ランタンの身体に当ててみせる。

「ひどく寒いと言うからな。うむ、こっちのほうがいいか?」

 まるで着ぐるみだ、とランタンは思う。

 ふかふかした毛皮の外衣を身につけると、背の低いランタンはひどく着ぶくれしてしまう。なんでもいいよ、と言いかけた口を噤む。一度それを口にした途端、なにを着せられるかわかったものではなかった。

 しかし、もっと身動きの取りやすいものがよかったが、ランタンが口を挟む隙もなかった。

 ランタンがどうこう言うよりも早く、リリオンが別の外衣を選んでくる。

 波状攻撃だった。

「これはどうかしら?」

 鱗鎧(スケイルメイル)のように海鳥の羽根がびっしりと並んだ外衣だ。軽く、風を通さず、熱を溜め込む性質がある。腕を広げると、大きな鳥が翼を広げたようだった。

 肩に羽織らされたランタンは鏡の中に人面鳥の姿を見てげんなりした。

 夜に出会ったら問答無用に剣を抜かれそうだ。

 ランタン自身の思いとは裏腹にリリオンとレティシアは盛り上がっている。

「ローサとおそろい」

 そしてローサが持ってきたのはもちろん虎の毛皮だった。綺麗な橙色にはっきりとした黒の縞模様が入っており、ご丁寧に牙を剥いた顔がそっくりそのまま残っている。

 これこそ着ぐるみだ。

「……いやだ」

 取っ替え引っ替え着替えさせられたランタンは、いよいよ音を上げて呟く。

 ローサが頬を膨らませた。生意気そうなその顔を、ランタンは頬を潰すみたいに掴んだ。空気を抜かれたローサが文句を垂れるが無視をする。

「もっと動きやすいのがいい」

 水を差されたリリオンとレティシアが、まるでわがままを言われたみたいに顔を見合わせて肩を竦めた。

「もう、これでいいよ。暖かそうだけど、そんなに厚くないし」

 ランタンは適当な一着を拾い上げる。裏地に兎か鼠か、そういった小動物の毛皮を使った外衣だった。この場に用意されたものなのできっと高級品なのだろうが、何だか面白味のないものなので二人はつまらなさそうな顔をする。

「いや、もっといいものがあるはずだ」

「でも」

 レティシアは言い聞かせるようにそう言うと、ランタンの手からその外衣を取り上げるみたいに奪い取った。あ、とランタンが呟いて取り戻そうとすると、外衣はレティシアの手からそのまま竜尾の先に絡め取られ、手の届かぬところへと追いやられてしまった。

 レティシアは突然生えたこの竜尾を、第三の手のように使いこなすようになっている。

「ランタンが思ってるよりも、もっともっと寒いのよ。もーっと暖かいのにしなくちゃ風邪を引いちゃうわよ」

 リリオンは真面目な顔をしてそう言った。

 思い出はいつでも誇張されるものだが、その寒さを体験したことのあるリリオンに対する反論をランタンは持ち合わせていなかった。

「あんまりもこもこしたのは嫌だ」

 ランタンはへの字に曲げた口を開き、せめてそう伝えた。

「どうせ戦闘があるんだから、動きやすい方がいい。それから水に強い方がいい」

「もう、わがままね」

 リリオンは苦笑して、ランタンを見つめた。頭の中で好き勝手に着せ替えているのだろう。

 二人はまた、ああでもない、こうでもないと防寒着を選び始めた。

 やることのないランタンは、少し飽き始めているローサの相手をしている。

「ローサは柄物じゃない方がいいよ。こっちに柄があるんだから、水玉と縞模様で目がちかちかする」

 そんな風に言っていたのは最初の三着までで、今はどういう訳かがっぷり四つに組み合っている。まだまだおしゃれよりも身体を動かし遊ぶ方に気があるようだった。

 上手(うわて)を取ったローサがランタンを投げ飛ばそうとするが、ランタンは重心を低く落としびくともしない。むしろランタンを持ち上げようと重心を浮かせた一瞬の隙を突かれて寄り切られてしまった。

「もういっかい、もっかい!」

 悔しそうに地団駄を踏むローサを宥めながらランタンはふと思ったことを尋ねた。

「リリオンはさ、どんな服を着てたの?」

「わたしの?」

「ちっこい頃」

「そうねえ」

 リリオンは懐かしむように目を細める。

 レティシアも興味深そうに選ぶ手を止めた。

 暖かいものを着せてもらっていた、という思い出はあるが、それが何であったかを認識できるほどの歳ではなかった。リリオンは無くしたものを探すみたいに、防寒着の中をうろうろとした。

 やがて一着を手に取る。

「こういうの、だったかしら?」

 リリオンがその中から選んだ外衣は、ランタンが選んだものに負けず劣らず地味なものだった。獣から剥いだ毛皮を、そのまま裏返したような野趣溢れる仕立てをしている。

 裏地になった短い毛は青みがかった暗灰色で、所々に色抜けのような斑模様が浮かんでいた。てらてらした光沢がある。

「これは、――海獣のものだな。アザラシに似ているが」

 レティシアが博識を披露する。

「あの辺りの海は魔物も多い。これも、うん、おそらく混ざっているな」

 逆立てるように毛並みを撫でると、毛の根元がきらきらと輝いた。

「着てみて」

 リリオンに言われて、ランタンは大人しくそれに袖を通した。前を合わせて、ベルトでしっかりと固定する。袖は長く指先まで隠れてしまい、裾の丈は膝まであったが、肩の幅はちょうどよかったのでそういう仕立てなのだろう。

 自分から発せられる体温が外衣の中に溜まってゆくのがわかった。

「どう?」

 不安そうにリリオンが尋ねる。

「あったかいよ。でも袖は短くてもいいかな。裾はどうだろう、まあいいか」

 ランタンは袖を折り縮めながら答えた。

「――よし、こい!」

 ローサともう一戦、相撲を取る。ランタンが下手(したて)を取って、それでも力のままに押しきろうとする妹との力の応酬の末に、ローサをごろんと転がした。見下ろす兄と見上げる妹の視線が交差する。

「ぜんぜんかてない!」

 ローサはのそりと起き上がると半分涙目になりながらリリオンに抱きついた。顔を隠すようにリリオンの胸に顔を埋める。リリオンはその頭を撫でて慰めてやる。

「動きやすいし、ここだとちょっと暖かすぎるけど」

 風が入らぬように縁取られた合わせに指を入れ、ランタンは熱気を逃がすように襟元を仰ぐ。首筋がしっとりと汗ばんでいる。

「でも、いいよ、これ。変じゃない?」

 ランタンは腕を広げてみせる。リリオンとレティシアが並んで、品定めするみたいな目つきで頭の先から爪先まで視線を往復させる。

「似合ってるわ」

「じゃあ、これにする」

 言うが早いか、ランタンはそれをさっさと脱いでしまった。

「じゃあ、わたしもおなじのにする」

 リリオンはそう言ってレティシアを振り返った。

「ああ、それでいいだろう。だが、次は私が選んだものを着てもらうからな」

 レティシアは緑色の瞳を細め、反論を許さぬような口調で言った。ランタンは従順に頷く。

「次は帽子だ」

 品良く肥えた白髪の老商人が、気配を消して部屋の片隅で佇んでいる。老いた御用商人の物言わぬその様子はまるで土着神の石像のようだった。

 それでいて柔和な表情はいっそ孫を見るようですらある。

 レティシアに視線を向けられた途端に、そのままの表情で動き出した。

「はい、もちろんご用意させていただいております」

 老商人は準備万端と言った手つきで、頭がいくつあっても足らぬほどの帽子を手際よく広げる。

「ご用命があれば何なりと。奥さま」

 老商人はリリオンとレティシアに向けてそう言った。




 旅の準備をすっかり整える。

 最後に用意されたのはリリオンの剣だった。隕鉄を主体にして打った大剣だった。

 この頃は弟子たちの打った剣ばかりを使用していたが、さすがはグランの作である。

 鞘から抜くだけで、辺りの空気が斬れるように思える。柄を握るだけで頼もしさが湧いた。刀身には水晶を閉じ込めたみたいな、多角形の模様が浮いていた。

「少し柔らかいかも知れんが、あっちで使うにはいいだろう。ずいぶん寒いと言うからな。嬢ちゃんはどうせ知ってるだろうが、鉄を素手で持つなよ。冷えた鉄はくっつくから」

 グランはランタンに向けて、そう言った。

「気をつけます」

 それぐらいのことはランタンも知っていたが、気遣いに頭を下げた。しかしすぐに生意気な口を聞いた。

「巨人鋼を持って帰ってこられたら、すぐお役御免ですけどね」

 グランは気を悪くした様子もなく、肩を揺らして笑った。

「期待してるよ。だが無事に帰ってくれんならそれでいい」

 グランはごわごわした髭を撫でる。

「その剣だって、お守りみたいなもんだ。鞘に収まったまま、一度も使われず帰ってきた方がいいんだ。せっかくの里帰りなんだからよ」

「はい」

 リリオンは剣を鞘に戻し、大切そうに胸に抱いて頷いた。

 だがきっと戦いはある。

 ランタンとリリオンの旅とはそういうものだった。そしてそれをグランも理解しているからこそ、あれほど鋭く刃を研ぎ出したに違いなかった。

「ああ。そう言えばあのハーディとかいうのがうちに来たぞ」

「そうなんですか?」

「おお、いくつか商品を見ていったが結局、研ぎだけだったな。あれもなかなかもんだな」

 あれというのは武器を指しているのか人を指しているのか。

 グランは思い出し、あらためて感心したように頷く。

「一緒に行くんだろ? 心強いもんだなあ」

「ええ、僕らとハーディの三人で」

 リヴェランドへの旅は、その三人だけで行くことになった。

「もう、すぐなんだろ?」

「ええ、ハーディが捕まれば明日にでも」

 すでに旅の用意は準備万端済んでいた。竜籠は数日も前から用意され、必要な分の食料品も積んである。足りなかったのはリリオンの剣とハーディぐらいのものだった。

 あれほど目立つ男だが不思議と見つからぬことも多い。

 ハーディがランタンの館を出て行ってから泊まっているのは花街近くにある安宿だった。

 ほとんど寝るためだけの宿であり、いくつかの個室の他には雑魚寝をするだけの大部屋があるばかりの、女も連れ込めぬような宿である。

 寝床に頓着がないのか、あのように派手な生き方をする男には似合わぬ宿だった。しかも個室ではなく大部屋で雑魚寝をしているという。

「ハーディはいるか?」

 ランタンは扉をくぐるなり店内に向けてそう言った。リリオンが後ろから扉を押さえる。立て付けの悪い扉だった。

 室内は黴臭さがこびりつき、昼中であるのに薄暗かった。

 受付は無防備にも空であるのは、この宿に盗む物などなにもないからだ。

 床に一人の男が行き倒れのように伏しており、いびきを立てて眠っている。

 ランタンはリリオンをその場に残し室内に踏み込み、受付の机を叩いた。奥の部屋から老婆がのそのそと出てきた。昼寝をしていたのかもしれないし、あの世へ旅立ちかけていたのかもしれない。そういう足取りだった。

「おやすみの所、失礼。最近こちらで寝泊まりをしているハーディという男は、今いますか?」

「――さあ、客のことは、よくわからんね」

 老婆は独特の訛った口調でそう答えた。

「そうですか。では伝言を頼みます。用意が済んだので館へ来るように。ハーディという大男です」

 よろしくお願いします、とランタンは受付に銀貨を一枚おいた。老婆はそれを拾い上げ、そそくさと袖の中にしまい込む。

「伝わったのかしら?」

「どうかな。呆けてはなさそうだけど」

 ランタンとリリオンは館に戻ってハーディが来るのを待った。

 二人は旅装に身を包み、そんな様子をローサは見ている。

 しばらくの別れを惜しむように、ひどく甘えた。風呂も寝るのも一緒だった。目覚めてからも、二人から離れなかった。

「やっぱり一緒に来るか?」

 ランタンがそんな甘い言葉で誘うと、たっぷりと迷った挙げ句にガーランドに抱きついた。

 抱きつかれたガーランドは戸惑っている。抱きしめ返すこともできずに、腕を広げるみたいに触手を広げて固まっている。

「すぐ戻ってくるからね。みんなの言うことをちゃんと聞いて、いい子にしているのよ」

 リリオンがその背中に向けて語りかけると、ローサは何度も頷いた。

 結局ハーディがやってきたのは夕方になってからだった。

「遅くなったか?」

「なった。どこへ行っていたんだ」

「いつも通り、魔物と戦ってきた。約束事をほっぽらかす訳にもいかんだろう。路銀の足しにもなる。む、どうした?」

 堂々とそう言ってのけるハーディをローサが睨んでいるのは遅れてきたことを怒っているわけではない。むしろやって来たことを怒っている。ハーディが来なければ、兄姉たちはいつまでも旅に出かけることはないからだった。

「これを。ガッシュの世話をよろしく頼む」

 ハーディは山ほどの菓子をローサに突き渡した。温かく、甘い小麦の焼けた匂いが包みからは漂っている。

 ガッシュとはハーディの愛馬の名前だった。竜籠に乗せて連れていくわけにもいかないのでネイリングの厩に預けてある。ローサは怒りと、嬉しさと、寂しさの綯い交ぜになった表情になって頷いた。

「お前の兄姉を借りてゆく」

「ちゃんとかえしてね」

「無事返すゆえ安心しろ」

「なくさないでね」

「無論」

 ハーディはいちいちローサの言葉に真面目な顔をして返答する。

 竜場までの夕暮れの街道をローサの牽く荷車に乗ってゆく。

 景色は赤く染まり、影が名残惜しくティルナバンへと伸びる。いつだって駆け出すローサはゆっくりと歩いた。

「りべらんどはー、みなとがあってー、みなとにはふねがあってー、ふねはうみにうかんでいてー、うみのむこうでおねえちゃんはうまれてー」

 独り言のような、歌うようなローサにリリオンが寄り添いながら、うんうん、と頷く。

 誰もその背中を急かすことはない。

 ランタンはたっぷり膨らんだ背嚢にもたれかかり、夕焼けに包まれるリリオンの横顔を見つめる。

 やがて木々に覆い隠された竜場で辿り着いた。

「おお、立派な竜種だ。籠も! 何から何まで迷惑をかけるな」

「その分、働いてもらうからいいよ」

「任せておけ。が、あれはもう俺にはどうしようもない」

 ハーディは言って、頭を掻きながら先んじて籠へ入っていった。

 二頭牽きの竜籠だった。

 竜種は濃緑の鱗がごつごつとした成竜の兄弟だった。

 それぞれの背中に騎手がいる。飲まず食わず、眠らずで何日も飛行可能な竜種と違い騎手はそうではない。彼らは交代しながら睡眠を取り、片方が眠っている間、もう片方が竜種の手綱を握りこれを制御する。

 今回の旅は補給無く一気にリヴェランドまで行ってしまう。時間に制限があるわけではないが、早く着くに越したことはない。早く着けば、それだけ早く帰ってこられるからだ。

 やはりローサはわんわん泣いた。

「ううー……っ、おにーちゃん、おねーちゃん……!」

 耳まで真っ赤にして、大粒の涙をぼろぼろ流した。

 あまりの泣きようにリリオンまで涙目になってしまっている。ランタンはそっとリリオンの背中を撫で、それからしっかりとローサを抱きしめてやった。

 ひっくひっくとしゃくりあげる妹が落ち着くまで、ランタンは黙ってそうしていた。

 すっかり涙も涸れて、ローサは充血した目で兄を見つめる。

「ほら、約束。ちゃんと帰ってくるから。泣き虫を直しておけよ」

 うん、と頷いたローサと小指を絡め合う。

「……やーくそく」

 涙声でそう言って、ローサのほうから小指を切り離した。

「約束。もう約束したよ」

 ローサは最後に一つ鼻を啜り上げて、意地を張るみたいに唇を結んだ。

 ランタンはすっかり兄の顔で優しく頷き、まだ濡れたままの目元を拭ってやった。

「約束したからもう大丈夫だな。――ガーランドも、よろしく頼む」

「ああ、――まかせておけ」

 影のようにローサに付き従っていたガーランドが頼もしく頷いた。

「じゃあ、行ってくるわ」

 リリオンが小さく手を振る。

「いってらっしゃい。おねーちゃん」

 ローサが手を振りかえした。

「おねーちゃん。おねーちゃんの、ママにあえるといいね」

 リリオンは一瞬びっくりしたように手を止めて、それからゆっくりと頷いた。

 ランタンはそっとリリオンの背中に手を添え竜籠へと押し込んだ。

 籠が閉じられ、竜種が羽ばたき、空へと上がった。

 竜籠は北へと向かう。

 リリオンは備え付けの小さな窓に額を押しつけて、ティルナバンへ帰る妹の姿を探した。

 帰り道のローサもまた、姉を故郷へと運ぶ竜種の姿を夜空に探していた。


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[良い点] 面白かったです。 旅が良いモノで早くローラとランタンたちが会えますように。
[良い点] ローサはいい子だしハーディはいい男だなあ
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