329 迷宮
329
迷宮を照らすその光源をランタンは蛍光灯と呼んだ。
なるほどその光は蛍の光に似ていると誰もが思った。
白い光は眩しくも寒々しい印象を与える。照らしているはずなのに、部屋全体はどうしてか薄暗いように思える。
その薄暗さは妙な不気味さを煽った。
人を心細くさせる光だった。異国では蛍を死者の使いに見立てることがある。その姿を借りて思い人に会いに来たという話しもあれば、冥界への誘いだという話もある。
棒状の硝子容器に囚われた蛍。
ローサなどはそれを本気にして蛍を助け出そうとしたほどだった。もしかしたら自分がそう言った容器の中にいたことを気にしてのことかもしれない。
しかしその中には生命は囚われていない。
試しにそれを割ってみると、硝子は内部から爆ぜたように盛大に砕けローサを驚かせた。白い粉が舞う。吸わないようにランタンが注意した。
レティシアはむしろその硝子の薄さにいたく感動したようだった。
「こんなにいっぱいの机を並べて何をするのかしら?」
「仕事だよ。事務仕事。……くわしい内容は知らないけど」
迷宮を探索しながらリリオンが口にする言葉にはランタンが答えた。
この迷宮はランタンの記憶の中にある世界の気配が濃厚にした。
しかしランタンはその表層的なことに答えられても、深層をよく知らない。その光源を蛍光灯と呼ぶが、その原理などまったくわからないのだった。
けれどランタンはリリオンばかりではない、レティシアやローサの疑問に答えられるだけ答えた。
消火装置、監視機能、空調設備、配電盤、警報器。
迷宮の情報を共有するのは探索者としては当然のことだった。
そして説明するほどに、ランタンは迷宮というものがわからなくなる。理解が深まったと思えばまた遠ざかる。そしてその距離は自分自身への理解の距離と同様だった。
法螺吹きだと自覚しながらも、自分で自分を信じ込ませるように繰り返した、迷宮生まれ、という言葉に揺らぎが生まれる。
「これは電話。遠話結晶の有線版」
机の上にあった電話機の受話器を取ってランタンは耳に当ててみせた。
「話した言葉が、電気になって、この線を通って、向こう側に繋がって、また言葉に戻る。線が繋がってればどこまでも通じる。世界中にその線が張り巡らされてる」
「このまえのおうちみたいに?」
ローサは蜘蛛に真っ白にされた屋敷のことを思い出しているようだった。
「ふうむ、どんな人間がこのようなものを思いつくんだ。ここに雷を流し込んだら向こうの奴が痺れるのか? 危なくないか?」
レティシアの表情は探索者から為政者のものへと代わりつつあった。電話機の一つを机から毟り取って、荷物鞄の中に詰め込む。
「通じるかな」
ランタンはなんとなしに電話機のボタンを適当に押した。
ぷるるる、ぷるるると呼び出し音がする。驚くより早く、ぶつ、と向こう側で受話器が持ち上がった。
何かの気配がある。
驚くこともできなかった。
「……もしもし」
ランタンが問い掛けた瞬間、がちゃんとそれは切られた。
ぞわ、とランタンの全身の毛穴が隆起した。
「……電話とった奴がいる」
ランタンの声に珍しく恐怖が混じった。目に見えるものへの恐怖ではない。久し振りに感じる得体の知れぬものへの恐怖。
天井の顔が人の顔に見えたり、夜の風鳴りが叫び声に聞こえたりして、幼子が怯えるもの。
実体のない生々しさ。
不安による恐怖だ。
反射的にリリオンがランタンに寄り添った。
「大丈夫よ」
ランタンの手から受話器を受け取り、自分の耳に当てて、ランタンが押した通りの順番にボタンを押した。
ぷるるる、と受話器から呼び出し音が漏れ聞こえた。二度の呼び出しでまた向こうの受話器が持ち上がった。
ひゅっとリリオンが息を吸った。
いつもより声が一つ低い。
「今からやっつけに行くわ。覚悟しておいて」
リリオンは捲し立てて、向こうが切るよりも早く受話器を叩き付けた。叩き付ける力が強すぎて電話機が粉砕した。
そしてどうだと言わんばかりに胸を張った。
ランタンは唖然としてリリオンを見上げる。
「ランタン、迷宮よ」
リリオンはそう言った。ランタンは思いだしたように頷く。
そうだった。ここは迷宮だ。何でもありの迷宮だった。
「物質系、植物系、不死系。さて、どれだろうか」
ランタンが余裕を取り戻すための軽口を叩く。迷宮にある生命の気配は、魔物の気配に違いない。目に見えぬから怖いと思った。自分を怖がらせたのは、自分の想像だ。
「どれが出てもわたしがやっつけてあげるわ」
「私もいるぞ」
「ローサもいるよ!」
ランタンはいかにも頼もしそうに深く頷いた。
それから四人は一塊になって迷宮を探索した。
ランタンとリリオンが前列で、レティシアとローサが後列だった。
背後のローサはランタンの外套の端を握っている。レティシアはともすればリリオンの踵を踏みそうだったし、リリオンはランタンに寄り添っている。
体温が近いことは心強かった。
人工物を模した迷宮であるのに人の、生命の気配はまったく稀薄だった。
地下一階、地下二階と下ると魔物は徘徊しておらず、部屋ごとに設置してあるという感じだった。探索者が近付くとそれを察知して目覚め、襲いかかってくる。
探索者は迷宮への侵入者だ。機械の獣は侵入者を排除するための防衛設備だった。
「……ローサ。レティ」
ランタンが小声で囁く。ローサは元気よく返事をしようとして、慌てて口を押さえた。荷物を運ぶ以外の役割があることが嬉しいようだった。
地下三階の扉で隔てられた一室だ。
機械獣はまだこちらを知覚していない。
獣が探索者を発見する要素は三つ。動体感知、熱感知、音感知だ。その三つを有しているかもしれないし、その内のどれか一つかもしれない。けれど今までの戦闘で、少なくともこれらの内どれか一つは確実に有しているとランタンはみていた。
「植物なし。タンク背負ってる。火炎放射型か、毒ガス型か。奥にもう二体いる。詳しい装備はわからんな。数、数えられるか?」
部屋の大きさに対して蛍光灯の数は足らない。しかしローサの瞳孔は僅かな光を効率よく取り込むために大きく広がっている。
「机、手前から数えて九つめ。狙えるな」
ローサは声なく頷いた。
「あれが尻向けたらレティ、速攻でぶち込んで。こっち向いても同様」
そしてリリオンは背後の警戒に当たっている。
ローサが頬を膨らませた。そして炎の一塊を勢いよく吐き出した。ランタンの爆発のように派手な音は立てない。ただ呼吸の音があるばかりだ。
拳大の炎は大らかな弧を描いて、狙い通り九つ目の机の上に着弾した。
途端に机を燃やし、溶かし、黒々とした煙を上げて広がる。
炎の揺らめきか、それとも熱か。獣が反応した。正座するみたいに畳んでいた四つ足を伸ばして立ち上がり、閉ざされていた顔面が四つに分かれ、中心の単眼が炎に向かって照準した。
こちらに背を向ける。
しっかりと狙いを定めてレティシアが雷を放った。その瞬間こちらを感知したかもしれない。だが雷速である。振り返る余裕を与えなかった。
紫電が獣の背負っているタンクを貫いた。
ランタンは扉を閉める。肩を押し当て、身体で支える。その身体を扉の向こうから押し返そうとする強烈な圧力が爆発音とともに襲ってきた。獣が背負っていたタンクの内容物に雷が引火したのだ。
無事では済まないだろう。ローサが目を瞑って耳を押さえている。扉越しにもひどい音がした。
「レティ待機。ローサを頼む」
ランタンは部屋の反対側にいるリリオンの方へ駆け寄り、だが部屋の真ん中で止まった。
リリオンは剣を抜いて、扉の脇に身を潜め上段に構えている。
足音だ。機械の、獣の足音がする。
爆発音を聞きつけた他の部屋の獣が扉を突き破って飛び込んできた。最初に認識したのはランタンだった。そしてそれが最後だ。
ランタンに照準した頭部が上段斬りの一頭で綺麗に両断されていた。そして更に奥からもう一体。
今度はリリオンがランタンの姿を隠していた。切り落としからの横振り一閃。リリオンは扉を壁ごと真一文字に両断して獣を牽制した。駆け寄ってきた獣が急制動をかけて後ろに大きく跳ぶ。
砲身を背負っていた。
だがリリオンを跳び越えたランタンが、獣の着地と同時にその頭部に戦鎚を叩き込んでいる。
「よし。向こうの部屋の魔精結晶は放置。おいで、移動するよ。静かに早足で」
取得できる魔精結晶だけを獣の頭部から抜き取り、四人は口噤んだままそそくさと部屋を後にする。獣の知覚範囲は、未だに以て不明だ。未踏破の部屋から集まってくるかもしれない。
階段を見つけてまた下階に降りる。
この迷宮は階段を下り、また次の階段を探すことの繰り返しだった。
一つの階層は少なくとも十を超える部屋から成り立っており、部屋は広さや形は様々であり、それが無節操に連結されているという感じだった。
事務的で、無機質な室内の装いからしてみると、違和感を覚えるほどの無節操さは下街の貧民街を思わせる混沌だった。ぐるりと回廊構造となっていることもあったが、無数に枝分かれして行き止まりになっていることもあった。
階段を降りた先に、またすぐ下りの階段が待ち構えていることは地下六階まで降りてきてまだなかった。おそらくこの先もないのだろう。
階を一つ降りると方向感覚を見失った。
階段を探しながら、同時に昇降機を探した。
昇降機はこの迷宮の背骨だった。迷宮を真っ直ぐ貫いている。
長かったり短かったりする階段を下るたびに、あの昇降機の穴に飛び込んだらどうなるのだろうと思う。
もしかしたらあっという間に最下層まで辿り着けるかもしれない。だが最下層を通り過ぎてそのまま冥界まで真っ逆さまになる可能性ももちろんあったし、幾つか検証するとその可能性の方が高いように思われた。
床の抜けた昇降機を見つけるたびにランタンたちはその縦穴に機械獣の残骸や、椅子や机を投げ込んだ。
そして落下音までの時間を数えるのだ。
例えば地上一階ならば机の残骸が昇降機の底で砕ける音が響くまで、ほんの三秒か四秒だった。六十メートル前後だ。しかし別の階では音が帰ってくるまで十秒以上を要することもあったし、どれだけ待ってもなんの音沙汰もないこともあった。
「その計算、本当にあってるのか?」
「たぶんあってるよ」
地下十階も音が帰ってくるのに十二秒ほどを要した。上階のどの計測ともまた異なっている。
「七百とか、八百とか一秒違うだけでそんなに加速するとは思えないな」
腕組みをしたレティシアが胡散臭そうに首を傾げた。
「僕もそう思うけど、そうなんだから仕方ないだろ」
「それに下れば下るほど深くなってはいつまで経っても底に辿り着かないじゃないか」
「それは迷宮だから大丈夫。ここって迷宮だよね?」
「そうよ。迷宮。安心して」
ランタンが冗談めかして尋ねると、リリオンが母性的な笑みを浮かべて答える。
「迷宮は攻略できる。生きてればね」
レティシアは納得した。ランタンがそう言うのならば、迷宮とはそういうものなのだろう。
「空間が歪んでるのか、重力がおかしくなってるのか」
昇降機を覗き込んでいたリリオンが振り返った。
「重さの違いじゃないの?」
「重さ? なんの重さ?」
「なんのって今投げ込んだものの」
問い返されるとは思っていなかったのかリリオンは怪訝そうな顔をする。
「だって上の階だと椅子を丸ごとでしょ? いまは空のゴミ箱だったじゃない。重さがぜんぜん違うわ」
リリオンの大真面目な顔に、ランタンは思わず苦笑した。
そんなランタンの反応が納得いかぬのかリリオンはむっとして唇を尖らせる。
形の良い唇にランタンは少しだけむらっとする。形だけではなく、その感触も素敵なことを知っている。
そして落下速度が物体の重さに左右されないことも知っていた。
「重いものも軽いものも同じ速度で落下するんだよ。空気抵抗とか無ければ」
「う、――っそだあ。そんなことないわよ。ね」
「ローサもおねーちゃんとおんなじ」
リリオンはしきりに頷くローサに同意を求める。二対一の構図になったランタンは、けれど少しも怯まない。レティシアに視線を向けると、彼女もまたリリオンの説を信用したようだった。あるいはその振りをしたのかもしれない。
しかしレティシアも物体の落下速度をいちいち気にとめたり、それぞれを比較するなど、これまでの人生でしたことはなかったし、する必要もなかった。
そしてそれはランタンも同じだが、どうしてかランタンは知っているのだ。
どうして知っているかを、いちいち考えることはリリオンと出会ってから減り、また増えて、そしてほとんどしなくなった。
それは答えの出ない問いだったし、疑いようのない自分を自覚したからだった。
どのように生まれたかではなく、どのように生きるかが問題だ。
そんな風に思う。
「だって重たいのよ。じゃあ重たいものの方が早く落ちるに決まってるわ」
ローサがうんうんと鼻息荒く頷く。
「なら試してみるか。僕が間違ってたらなんでも言うことを聞いてやろう」
「ぜったいよ!」
リリオンがローサに負けじと鼻息を荒くした。
「ランタンが正しかったら、ランタンの言うことなんでも聞いてあげる」
暢気な対決である。
しかし少なくとも昇降機のあるこの部屋の安全は確保されていた。この昇降機の縦穴に飛び込みでもしない限り。
どの階層であっても昇降機の近くには魔物が存在した。
この迷宮に出現する魔物は機械であり、四つ足の獣の形をしていることがほとんどだった。
それが基本的な形だった。四つ足の獣で、頭部から熱線を放射する。そして獣はそれぞれ様々な兵装によって役割を変えた。
大型の砲身を背負い爆発物を投擲する個体もいれば、タンクを背負い火炎や酸、毒ガスを放射する個体もいる。障壁を張り、レティシアの雷を防ぐ固体もあれば、牙や爪が鋭かったり、骨組みだけの軽量個体や、ごてごと鋼板を全身に張り付けた耐久個体の近接戦闘特化型もあった。補助脚を持ち、壁や天井を這い回る個体もいる。それは獣というより蜘蛛のようだった。
「これでいいか」
ランタンは機械獣が背負っていたタンクを手に取った。火炎放射の燃料を溜めていた容器だが、中は既に空である。金属製の容器はそれだけでずっしりと重たい。
ランタンはリリオンの左手にそれを持たせ、右手に一輪の切り花を握らせた。
機械獣に着生する植物だった。
これは魔物ではなく、迷宮を構成する要素の一つだ。機械獣だけではなく、迷宮に張り巡らされた電線に根を張り、電力を吸い取って花を咲かせる。
鉱物に根を張り、花を咲かせるアシュレイの刺青を除去した植物に似た性質を持っていた。
小さな花を群生させるものもあれば、大輪を一つ咲かせるものもあった。
それは緋牡丹に似ている。血のように鮮やかな赤色だ。
「じゃあやるわよ。ローサ、ちゃんと見ていてね。ランタンがずるしないように」
「うん」
「うんじゃないよ。ずるなんかしたことないよ。ねえ」
「さて、どうだったかな。ランタンは負けず嫌いだからな」
レティシアにそう言われてランタンは演技じみた舌打ちをした。リリオンがくすくす笑い、両手を頭より高い位置に掲げて、タンクの底と花の位置を合わせ、背伸びをした。ローサが床に伏せ、到達の瞬間を見逃すまいとする。
「いくわよ。いち、にの、さん」
ぱっと手を離し、ローサが瞬きせぬように目を丸く見開いた。
ごおんとタンクの重さが床をへこませる。花はまったく音を立てず、花弁が崩れる。
「どっちだった?」
「……おんなじぐらい」
ローサが信じられぬとでも言うように、不安いっぱいな声でどうにか応える。ちゃんと見てたの、と言うリリオンに自信無さそうに頷いた。
「もっかい、もう一回よ!」
リリオンとローサが役割を変えて、同じことをもう一度繰り返した。タンクが床に跳ねて、その空洞にいんいんと音を響かせる。
「どうだった? おねーちゃん」
「……おんなじぐらいだった。不思議。どうしてなの? 迷宮だからかしら?」
「ふしぎ」
二人は化かされたように首を捻る。
ランタンは足元に転がってきたタンクを踏み止める。何度も落としたのに亀裂もへこみもない。それをローサの荷物袋に突っ込んだ。
「地上でも同じだよ。同じ速さで落ちる」
「え、ほんとに?」
「ほんとに?」
「本当にそうだよ」
ランタンが頷くと、二人はまったく同じ表情のまま顔を見合わせて、帰ったら試してみようと相談し合っている。
「ふうむ、本当にそうなのか」
レティシアは感心したように顎に手を当てる。
「地上も迷宮も同じ原理が働いているんだな。それを知っている人間はどれぐらいいる?――迷宮の発生と人の心の因果関係。探索すればするほどこんがらがるな。科学技術とやらが高度に発展した迷宮があるなら、我々の世界ともこれ地続きだろうか?」
「ううん、どうだろうね」
ランタンはふとローサの背中に腰掛けた。ローサは驚いたように首だけで後ろを振り向き、しかし嬉しそうに兄の重みを背中に感じる。眠る機械獣のように足を折り曲げて座り込んだ。
「この迷宮は僕の知ってる世界の気配が物凄くするんだけど、このまま文明が発展していってもこうはならないと思うよ。そのための前提条件があまりにも違いすぎる。魔道があるし、資源が少ないし。僕の世界と、この世界は繋がってない」
ローサの柔らかな虎毛を撫でながら、ランタンは続けた。
「どうしてこんな迷宮があるんだろう」
まったく色のない、無色透明な魔精溜まりというものに人が触れることで生まれたとされる迷宮。
これまでの歴史の中で膨大な数の人間が迷宮に身を投じてきた。
人というものの集積。
それらをぐちゃぐちゃにかき混ぜて出来上がった。
それが迷宮だ。
そして偶然というものが重なり合った結果、たまたまランタンの知る世界によく似た迷宮ができたのか。
それともランタンの頭の中に影響を受けたのか。
もしそうならば嘯いた迷宮出身が、本当に法螺だと言うことになる。
卵が先か、鶏が先か。迷宮が先か、ランタンが先か。
それとも自分以外の先人がいるのか。過去にいたのか、今もいるのか。もしそうなら先人はどこから来たのか。
そして結局ここに辿り着く。
自分はどこから来たのか。
繰り返された自問自答だった。
「ランタン」
リリオンが小さくランタンに呼びかけた。
ランタンはにっと口角を吊り上げて不敵に笑った。
「ま、どうでもいいんだけど」
ローサの背から降りる。レティシアが少し哀しげに眉を寄せる。
「本当にどうでもいいのか?」
「いいよ。だって他に考えることあるもん」
ランタンは軽い口調で答えた。
「さっきの賭け、忘れてないよね。僕が正しかった。ああ楽しみだな」
ランタンは一人ずつ指差す。
「リリオン、ローサ、それからレティも。なんでも好きに命令していいんだよね。なにさせてやろうかな」
ランタンは悪戯な笑みを浮かべる。
「え、おい、私もか?」
「そうだよ」
身構えたレティシアは、その瞳の奥で笑っている。それはリリオンもだった。
賭けなどしなくても二人はランタンの頼み事をことを断らなかったし、ランタンも二人のお願いをよく聞き入れた。そういう関係だった。
ローサだけが何をさせられるんだろうと不安にしている。
「さあ、楽しむのは地上に帰ってからにしないと。迷宮攻略中だよ」
ランタンは昇降機の穴を見下ろす。
先のことを考えるのに忙しい。
過去を振り返っている暇は、今はないのだ。
「リリオンの武器に使えるものがあればいいんだけどな」




