328 迷宮
328
ランタンはリリオンの膝枕に頭を預ける。
服に包まれた平らな腹に向き合って、細い腰に腕を回す。
人肌の温もりが首筋に纏わり付く。ランタンの背中がはっきりと弛緩して、もうしばらく経つ。
温かさが眠気となって、それがそのまま襟口から忍び込んでくるのを感じながら、ランタンはその侵入を拒まなかった。
目蓋は重い。
目を閉じるとどうしてか陽射しを透かしたように目蓋の裏が赤くなる。
体内を巡る血の色だった。
それがランタン自身の目蓋に流れる血の色なのか、それともその更に向こうにいるリリオンの内側を流れる色なのかを区別しない。
そんな風に無防備になるランタンをリリオンは愛おしく見下ろした。
リリオンはベッドの上でランタンの黒髪を優しく撫でる。息抜きのはずのその行為に、いつの間にか没頭している自分にリリオンは気付く。
「あぶない、あぶない」
リリオンは独り言を呟く。
しかしそれでも名残惜しく、あと三回、と心に決めた数よりも二度多くランタンの黒髪に指を通した。
ベッドの上に何種類もの金属の塊が転がっている。
迷宮由来の金属だが探索で見つけたものではなく買い集めたものだった。柔硬軽重。様々な形質をもっている。リリオンの剣の素材候補だった。
リリオンは金属塊の一つを手に取った。
青みがかった鉄で、林檎ほどの大きさだがかなり重い。
低難易度物質系小迷宮から産出したものだった。
魔物の素材であれば、基本的に攻略難易度が上がるほど上等なものが手に入る。だが迷宮の構造材の品質は攻略難易度とは無関係だ。
強い魔物ばかり出現する泥の迷宮もあれば、弱い魔物ばかり出現する低難易度の黄金の迷宮もある。
リリオンは金属塊を左手に握り、そのままゆっくりと力を込める。金属の冷たさに体温が乗り移る。
リリオンの爪が白くなった。
そのまま力を込めつづけると指と指の間から泥の塊を握ったように、青い鉄がぬっと盛り上がった。
軟鉄といえども、その柔らかさだけではこうはならない。リリオンの握力があってのことだった。
リリオンは指を広げた。鉄塊に指の跡がくっきりと浮かんでいる。
柔らかすぎる。剣とした時、折れはしないかもしれないが曲がるだろう。
リリオンは少し残念そうにしながらそれを手放し、また別の金属を手にした。そして同じように力を込めていく。
「――あ」
ぱきん、と破裂音を響かせてそれは砕けた。
金属の破片がランタンの黒髪の中できらきらとする。硬いが脆い。
ランタンはびくりと小さく肩を震わせ、喉がむうむうと唸る。そういう珍しい鳴き声の生き物のようだとリリオンは思った。
「おこしちゃった?」
「……んー、ねてないよ」
ランタンは寝起きそのもの声で呟く。もぞもぞ身体を動かして、椅子に深く腰掛けるみたいにリリオンの腹に顔を密着させた。腰を強く抱きしめる。まるで腹の音に耳をそばだてるようだった。
「あ、うごいちゃだめよ」
「なんで」
「なんでも、……大人しくしていて」
ランタンは珍しく素直にリリオンの言うことを聞いた。リリオンはランタンの髪をきらめかせる金属片を丁寧に取り除く。
金属の塊を容易く砕く自分の力が少し呪わしく思えた。
剣に限らず、探索者の武器はどうしたって消耗品だ。
愛着はあっても、ランタンのように一つの武器を長く使う探索者の方が珍しい。どれほど金貨を積み重ねようとも、戦いの中でそれが摩耗してゆくのは避けられない。
しかし一つの迷宮はおろか、一度の探索で武器を使い潰してしまう探索者もまた珍しい。
迷宮の難易度にかかわらず、リリオンの力が破壊の原因だった。
今はまだ大丈夫。
だがランタンを抱きしめる時、いつか手加減をしなければならない日が来るのだろうか。そういうことを考えると寂しい気持ちになる。
ただ無邪気にランタンに触れることが躊躇われた。
熟れた桃のようにランタンの頭を握り潰してしまうのではないか。そうでなくともこの黒い髪を毟り取ってしまうのではないか。そういう想像が頭の片隅を過ぎる。
リリオンの手の動きが鈍った。
そんなリリオンの心を知ってか知らずか、ランタンは腰に回していた手をこっそりと下へずらし、リリオンの尻の柔らかさを十指で揉みしだいている。
まったく遠慮のない触り方だった。
「いたずらしないの」
リリオンは嫌がりもせずにそう言った。
ランタンは悪戯っ子の笑みを喉で転がし、まったくそれをやめなかった。
それどころかパン生地でもこねるみたいに乱暴に指を動かす。リリオンの小振りの尻が、軟鉄の塊のようにランタンの指の隙間から溢れた。
「もう」
リリオンは満更でもなく呟き、ランタンの髪から破片を取り除く作業の続きをする。
ランタンの遠慮の無さが、リリオンの指先に乗り移った。
黒い髪と白い指と銀の破片たち。
大きな欠片を、そして小さな破片を取り除き、最後に手櫛で髪を梳る。抓めぬほど小さいきらきらとした粒が黒髪からぱらぱらと零れた。
ようやくランタンはリリオンが何をしているのかを知ったようだった。
ランタンは目の前に降ってきたその小さな粒を指先に抓む。
「ふうん」
ランタンの呟き。
リリオンは思わず自分の手を広げて見た。
ランタンのそれよりも一回りも大きな手だった。指はまだ細い。女の指だ。だがランタンの指よりは太かった。気にすることではない。ランタンはこれも好いてくれる。でも少し気になるのはやはり女心なのだろう。
「この前、買ったやつか」
「うん」
「壊れた?」
「ううん、壊しちゃった」
「力持ちだな」
ランタンは膝枕の上で寝返りを打つ。少年の背中が並べた金属塊の上に乗り上げそうになったので、リリオンは先んじてそれらをどかした。
ランタンが手を差し出す。その中に金属の一つを握らせると、ランタンはそのまま力を込めた。びくともしない。
「あれ、本当に力持ちだ。ぜんぜん壊れないんだけど。ぜんぜん壊れないんだけど――」
ランタンは意地になって更に力を入れる。眉間に皺が入り、食いしばった奥歯と膨らんだ頬。
諦めの顔は子供っぽく拗ねている。
「――リリオンやって」
リリオンは突き返された金属塊を鷲掴みに受け取る。削ったように面の平らな多面体はランタンの体温にぬるくなっている。
「えいっ!」
リリオンは一気に力を込める。
あれ、と思う。途轍もなく硬い。あるいは求めていた硬さかもしれない。だと言うのにリリオンは悔しそうにした。負けるか、と思う。ランタンにお願いされたのだ。
「うううううっ!」
息を止めて、唸り声が絞り出される。頭がくらくらして、二の腕に痙攣の気配があり、前腕には重い怠さが感じられる。
その瞬間に多面体が悲鳴を上げ、夥しい数の亀裂が刻まれた。多面体では、もうない。少しでも指を開けば途端に崩れるだろう。一掴みの無数の金属片がリリオンの手の中に握り込まれている。
「――ふふん、どうかしら?」
内心驚いており、肩で息をしたいぐらい疲れていたがリリオンはおくびにも出さない。
「お見事」
ランタンはそれだけ言って短い拍手をする。ちょっと悔しそうにするのは賛辞も同然だった。
自慢げににやにやするリリオンの顔から視線を逸らすようにまた寝返りを打ち、先程と同じようにリリオンの腹に顔を埋めた。そして悔し紛れにまたリリオンの尻を揉みしだいた。
リリオンは広げた敷布の上で、そっと指を開いた。金属片がぼろぼろと崩れ落ちた。
手の中に小さな球体が残されている。青みがかった黒地に、シャボンの膜のような虹色が浮かび上がっていた。
多面体の芯なのだろうか。それとも多面体が卵の殼ようにこれを守っていたのか、それとも宝箱のようにこれこそが本体だったのか。
リリオンが押し黙ってそれを見つめていると、ランタンがふと声を上げる。
「リリオン呼んでるよ」
「え?」
「呼ばれてる」
「ローサ帰ってきた?」
「ほら、外から」
リリオンが怪訝そうな顔で耳を澄ますと、窓の外で秋の虫が、りり、りり、と鳴いていた。
ランタンの背中が笑って震えた。リリオンはその背中を黙って見下ろし、球体を親指と中指で抓み、ランタンの頭上に掲げた。
指を開く。
かん、と骨を打つ音がする。
「――痛った!」
「あら、かわいそうに。いい子いい子」
リリオンは少年の後頭部で跳ねてベッド上に転がった球体を拾い上げて、それを指の腹で撫でてやる。
探索者ギルドに条件を伝えると、それに見合った迷宮を幾つか見繕ってもらえる。
簡単に攻略できてがっぽがっぽ儲かる迷宮をよろしく、などとふざけたことを抜かしても、探索者ギルドはそれを拒まないが、条件に完璧に合致する迷宮などそもそも存在しないので、簡単に攻略できるが稼げない迷宮や、儲かるかもしれないが死ぬ確率の高い迷宮を提示される。
世の中はそれほど甘くない。
リリオンが探索者ギルドに突き付けた条件は、金属塊から現れた球体だった。
そして提示されたのは妙な迷宮だった。
その迷宮は階層構造であり、ミシャによって送り込まれた迷宮口直下は天高く伸びる高層建築物か地下に沈む深層建築物の最上階に違いなかった。
中難易度の迷宮だった。ギルドからの事前情報はそれだけだった。
降り立ったのはランタンとリリオンとローサ、そしてレティシアだ。
レティシアは久し振りに迷宮に降りた。
騎士団を指揮し、騎士団そのものの規律の再構築と街の治安の維持、そして管理外迷宮の捜索と探索に明け暮れた夏であったが、探索そのものには参加していなかった。
騎士団における指揮官とはそういうものだった。
朽ちた、しかしそれでも地味だと分かる絨毯を踏み付ける。その下にある床は石材でも木材でも鋼材でもあない。妙な感触だった。
その奇妙さはむしろ迷宮らしい。
埃じみた空気を吸い込み、魔精酔いが訪れる前に気付け薬を奥歯で砕く。
「なるほど変な迷宮だな」
人工物を模した迷宮は多く有り、この迷宮もそうだったがどうにも見慣れぬ感じだった。あらゆるものが直線的で、あまりにも不自然だ。温もりというものがない。
リリオンもローサもきょろきょろしているが、ランタンだけがむしろ見慣れたものであるかのように落ち着いている。
「こういう迷宮を攻略したことがあるのか?」
「いや、ここまではっきりこういう感じの迷宮はない。でも僕はこの感じを知ってる」
それはランタンの記憶の中にのみあるここではない世界の感じだった。
「それは心強いな」
「とは言え迷宮だ。知ってるのは表面だけ。一枚剥げば、どうせ未知の世界だよ」
並べられた同一規格の机と棚はなんの意匠もなく、ただ機能と安価さのみを求めた味も素っ気もない造りをしている。天井には棒状の光源が幾つも備え付けられているが、点灯しているのは数本だけだった。色も熱もない光だった。
ランタンはつるりとした机の表面を撫でた。冷たい感触。樹脂素材。ランタンが指先に熱を灯すと、その表面がぬるりと溶けた。つんとした匂いがする。
「化学の匂いだ。……あんまり燃やすと身体に悪い。気をつけないと」
「ローサそれきらい!」
「気が合うな。僕もだ。黒い煙が出たら吸わないように。燃やすんなら煙が出ないぐらい熱く」
「うう、わかった」
ローサは鼻を押さえながら鼻声で頷いた。今回は荷車を牽いてない。その代わり今はまだ空の背嚢を背負い、虎の胴体の左右に俵のように丸めた荷物をくくりつけている。
リリオンはさっそく部屋の中をうろうろしていた。机の引き出しを一つ残らず引っ張り出し、棚という棚を開け放った。
「なんにもないわ」
「そりゃさすがにここはギルドが回収済みだろう」
ランタンが素っ気なく言うと、リリオンは扉の一つに近付いた。金属製の両開きの引き戸だったが、把手はどこにもなかった。
「こら、乱暴するな」
リリオンが中心の隙間に指を突っ込んでこじ開けようとするのをランタンが止める。扉から一歩離れて、その全体を見やった。
「十五、十六階層か」
「どうしてわかるの?」
「数字が上に書いてある」
「十五までよ」
「ここが一階、で、この下が地下一階。数字の前のあれは地下記号だな」
「どうしてわかるの?」
「僕を誰だと思ってるんだよ」
ランタンは自慢げに答える。有無を言わせぬ台詞だったし、ランタンはその台詞を言う資格がある探索者だった。
扉の脇にあるボタンを何度か押した。かちゃかちゃと軽薄な音がする。
「死んでるな――っと」
乱暴にするなと言ったランタンが、乱暴にボタンのカバーを外した。そこには被膜された金属の繊維が絡み合っている。
「レティ。ここにやって」
「本当に大丈夫なのか?」
「ダメだったらリリオン方式にするだけだから」
レティシアはリリオンに向けて肩を竦め、それからその金属繊維を解すみたいに指先を触れさせた。
紫電が迸り、部屋を照らす電光が激しく明滅した。焦げ臭さが鼻を突き、繊維から火花が散ってレティシアは指を離す。
ぐうん、と鳴り始めた鈍い音は起重機の動力音に似ている。
扉が震えて、それは自動的に左右に分かれた。
「おー、通電した。何とかなるもんだな」
「私を呼んだのはこのためか」
「ははは、まさか。久し振りにレティと一緒に探索したかった、それだけだよ」
にべもなく言うランタンの背中をレティシアは睨んだ。なんとも小憎らしい背中だった。少し喜ぶ自分が恨めしい。
開いた扉の先は穴だった。
リリオンとローサがその穴を覗き込む。縦に真っ直ぐロープが垂らされて、いや張られていた。それは起重機のロープによく似ている。穴の底から生温い空気が噴き上げてくる。二人の前髪が揺れる。
「これを伝って降りる?」
「いや、ほんとは箱があって、それに乗って上に行ったり下に行ったりする仕組みだよ」
リリオンはよくわからないと首を捻る。
「起重機の仕組みによく似てるな。もっとやればその箱が上がってくるんじゃないか?」
レティシアは指先に雷を光らせる。
よく似ているどころか、その原型だった。
こういう迷宮は珍しいが、過去に例を見れば幾つも存在した。
迷宮技術の転用や応用は珍しくない。
昇降構造の機械化は迷宮からもたらされた技術だった。だがそれを知るものは少ない。それは何世代か前に見つかった技術であり、しかし再現できるようになってからは五十年も経っていない。発見から再現の間に由来は忘れ去られた。
ランタンがリリオンとローサの首根っこ掴んで後ろに引き倒した。
レティシアの大電流が流された途端、扉が跳ねるほど強く閉じられた。
ごうごうと風の吹くような音が無扉の向こう側に聞こえる。昇降機構が息を吹き返した。物凄い勢いで地下から迫り上がってくるのが扉越しに感じられた。
「レティ」
「う、すまん。大丈夫か、二人とも」
レティシアがばつが悪そうに二人に手を伸ばし、立ち上がらせた。
ランタンは手振りで三人を下がらせる。リリオンとレティシアが剣を抜き、ローサが槍を構えながら一番後ろでいつでも火を吹けるように深呼吸を繰り返す。
ちん、と扉から音が鳴る。
気の抜けるような、あるいは楽しげな音にローサの尻尾が反応した。ぬっと扉が開く。昇降する箱があった。目が眩むような光が溢れ出す。
何かが乗っていた。
それは四つ足の獣だ。獣の形をした金属の塊だ。金属の塊の背に植物が根を張っていた。
小さな赤い花とその蕾が幾つも背に群れている。
目を奪われたその一瞬だった。機械獣が飛び出す。
犬のような大きさで、猫のような体捌きだった。
扉が開いた瞬間に蹴り込まれたランタンの右脚をかいくぐる。
ランタンの小さな身体に、しかし完全に目隠しされていた三人がそこにいることを端から知っていたように獣が横に跳ぶ。
咄嗟に追ったリリオンとレティシアの一撃が机だけを切り裂いた。
しかし間髪容れず指先から放たれたレティシアの雷撃を獣は受け入れた。全身を帯電させ、背の蕾が解け、花開く。
ランタンが狩猟刀を投擲する。
獣が放電した。放たれた雷が狩猟刀に吸い込まれる。
リリオンの踏み込み。雷の残滓に産毛がそよぐ。
獣が後退し、間合いを外し、机の下の影に身を潜める。影の中で頭部が四つに分かれる。
中心に赤い宝石がある。
口内のようでもあり、単眼のようでもある。
リリオンの踏み込みは、獣の読みよりも更に深い。上段からの斬り落としと同時に、リリオンは左半身に身体を開く。宝石が光る。放たれた熱線がリリオンの影を貫く。
射線上にローサがいた。ランタンが割って入り、戦鎚でそれを受ける。先端が瞬く間に赤熱する。だが溶けはしない。膨大な熱量を蓄えた戦鎚がローサの頬を炙る。
「下がってな」
ローサは素直に後退る。互いに互いの行動を先読みした高速戦闘の中で、ローサだけがのけものだった。戦う兄たちへの憧れの中にどうしようもない悔しさが小さな産声を上げる。
その最中リリオンの大剣が微かに宝石を掠めた。
放たれる熱線が拡散し、ばらりと解ける。ランタンがリリオンと入れ替わり、乱暴に戦鎚を横振りした。獣を巻き込めば御の字。それは整然と並んだ事務机を竜巻のように薙ぎ払った。隠れる場所を吹き飛ばした。
レティシアが狙いを定める。
ランタンが身を晒し、獣の行動を誘導する。レティシアに正対させる。
紫電一閃。
雷撃は宝石の傷を直撃し、雷光は宝石の中で散乱し、獣の身の内を逆流する。金属を引き裂くような音を立てて獣が放電を繰り返し、背に咲く赤い花々が満開となり、それでもさらにレティシアは雷を与え続ける。
飽食の代償だった。血を噴き出すように火花が散った。
レティシアは与えた雷を取り戻すかのように腕を引いた。
細い糸のようだった雷が女の掌中で塊となる。
「終いだ」
レティシアがそれを握り潰す。手の中にあったものが獣を取り囲んでいる。四方八方から獣へと降り注いだ。
雷が落ちた。
光に打ち据えられた獣が、床に倒れ伏す。
リリオンが素早く首筋に刃を叩き込んだ。
頭部が転がる。
焦げ臭い匂いだけが残り、戦いの気配がすっかり霧散する。
ランタンが転がった首を拾い上げた。
「あちちち」
そんなことを言いながら熱線を放った宝石を取り出す。すると宝石と一緒に、神経のような皮膜線がずるずると抜け落ちた。花の根っこと絡み合っている。
「物質系かと思ったけど、植物系なのか?」
そう呟く内に、宝石が魔精結晶に変じ、赤色が青く色を変える。
「ランタン、こっち触っていい?」
「ああ、でも気をつけて」
リリオンが胴体を拾い上げた。関節の部分ががちゃがちゃと金属的な音を立てる。
「機械でできた動物ね。石獣とは違うのかしら? 爪が鋭いわね」
「さすがに別種だろう。ううむ、これはなんとも。動くための理屈がありそうな感じだな。兄上やウィリアム王子が好みそうだ。血の代わりに油が流れているのか? 奇妙なものだな」
レティシアが様々な部品が複雑に組み合った構造を目にして、それだけで頭痛がすると言うように目を逸らした。
リリオンは間接の可動域や、他の攻撃の仕組みを見つけだそうとするようにいじくり回している。
「ローサ、一応これ回収。王子に高く売りつけてやろう」
「もう、うごかない?」
「たぶんね。レティがビリビリってやったら動くかもしれないけど」
「そんな目で見るな。死体に鞭打つような真似はせん」
ローサの視線に射貫かれてレティシアは弁明する。
ローサはランタンから受け取ったそれを、空の背嚢に詰め込んだ。
それから四人は戦闘痕も解析する。
熱線による溶融、放電による焦げ付き、足跡は絨毯に刻まれている。
「一体でもそれなりに強いな。下層の魔物だからか? ったくよくわからん時は中難易度って付けるんだよな、探索者ギルドって」
「昇降機で行き来するのなら上も下もあるまい。これ以上が出てくる可能性は高いだろう」
「あの熱線、直撃はダメよね。炭になっちゃう」
「……かみなりでおはながさくよ」
「お、よく見てたな。えらい。帯電放電を司ってるっぽいけど、寄生植物だ。どうせ他の機能を持つのもあるだろうから注意だな。物質系と獣系の複合迷宮ってことになるか」
恐る恐る口を挟んだローサをランタンは撫でてやる。ローサはまずほっとし、それから嬉しそうに笑う。
「この迷宮の攻略の鍵か。あらゆるものが電気で動く」
「そうだよ。鍵」
ランタンはレティシアを指差す。
「落っことしたら家に帰れなくなっちゃうから気をつけないと。あれなら一気に下までいけるし――」
ランタンがそう言うと開け放たれていた昇降機の扉が突如、閉まった。
四人が一斉に戦闘状態へ精神を巻き戻し、それを嘲笑うかのように、ちん、と気の抜けた音が鳴る。
扉がまた開いた。なにも乗っていない。
四人は顔を見合わせ、ゆっくりと昇降機に近付く。
「乗れってことかしら?」
そうだとしても迷宮である。ほいほいと誘い込まれるわけにはいかない。つい先日の猿の例もある。
ランタンは机の残骸を昇降機に乗せた。
途端に昇降機は落下した。
ロープが摩擦で火花を散らし、遥か底の闇で一瞬の光があったかと思うと、もし乗っていたら到底無事では済まなかっただろう破壊音が縦穴を這い上がってきた。
「落っことしたら家に帰れなくなるんだったか?」
「勝手に落ちたんだよ。落っことしてないから」
ランタンは穴の底から視線を外し、迷宮へと首を巡らせる。
「さて階段で行くか」
「まあ、迷宮だものね」
さして残念がることもなく四人は階段を目指した。




