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カボチャ頭のランタン  作者: mm
15.Memories
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 ランタンは探索者ギルドから家に帰る途中で、同じく家に帰る途中のリリオンとばったりであった。リリオンはグラン工房からの帰りだった。

「あ」

 二人は立ち止まって、同じように声を上げる。

 リリオンが眩しいほどの笑顔を浮かべたので、ランタンは思わず視線を逸らしてしまった。いつも見ている笑顔なのに、いつも不意打ちを食らったような衝撃を受ける。

「ランタンっ」

 声を弾ませて、リリオンが駆け寄ってくる。

 いつもなら腕でも広げて待ち構えるところだが、ランタンは慌てて掌を突き出した。

「待て」

 そのひと言に絡め取られるようにリリオンが立ち止まり、そして勢い余ってつんのめった。咄嗟に重心を後ろに倒し体勢を立て直そうとして、今度は尻餅をつきそうになる。

 何度も見た光景だ。

 リリオンは大きな荷物を抱きかかえていた。それが馬鹿みたいに重たいせいだった。

「大丈夫か? すぐ転びそうになるんだから。気をつけなよ」

「――だって重たいんだもん」

 気合いで一歩踏み出してどうにか持ち堪えたリリオンがほっと一息、溜め息交じりに言って唇を尖らせる。

 秋空の下、拭うこともできない汗がリリオンの額で輝く。

 ランタンは呆れるように肩を竦めた。

「重たいのはわかってただろ。ほら、寄越しな」

 ランタンが受け取ろうとすると、リリオンは身体を捩ってそれを躱した。まるで我が子が奪われるかのように、荷物をぎゅっと抱きしめる。

 尖らせたままの唇が呟く。

「いいわ」

「なんで」

「だって重たいんだもん。ランタン潰れちゃうわよ」

「潰れないよ。ええい、寄越せ」

「いーって」

 ランタンが荷物に手を掛け強引に奪おうとすると、リリオンはそれを頭上まで持ち上げて、踊るような足運びで逃げ回る。

「馬鹿、また転ぶぞ」

「平気よ――、あっ!」

 転びはしなかった。だが荷物が転げ落ちた。

 高い身長と長い腕のその先。三メートル近い位置から落下した荷物は危うくランタンの爪先を潰しかねなかった。

 どん、と鈍い音を発したそれは敷石を砕き、地面を少し陥没させた。

 包んでいた布がほどけ、中から覗いたのはかつて攻略した迷宮の最終目標(フラグ)である大亀の甲羅、その一欠片だった。外側はごつごつとした深緑をしており、その反面、内側は緑が鮮やかな真珠色に輝いている。甲羅だと知らなければ貝殻だと思うかもしれない。

 ランタンの戦鎚にもびくともしない甲羅だった。苦労して砕き、持ち帰った。武器や防具の素材になるかもしれないとグラン工房に預けていたものだった。

 預けた当初のままの形で、再びリリオンの手に返ってきた。

「ほら、言わんこっちゃない。あーあー、割れちゃって」

 砕けたのは敷石だけで、甲羅はまるで無傷だった。

 リリオンは誤魔化すように笑いながら、慌ててほどけた包みを結び直し、甲羅を抱えた。

 ランタンは砕けた敷石を組み直し踏み付ける。一瞬の閃光が靴底に輝いた。足を退かすと敷石が溶解していた。秋風に晒されて冷え固まる。多少、歪だが馬車が通っても、馬が足を挫くことはないだろう。

「じゃあ、もういいよ。リリオンが自分で持って帰って」

 ランタンはわざとらしくふんと顔を背けた。

「僕は先に行くから」

「えー、ひどい! 待って、一緒に帰りましょ!」

 半ば本気で追い縋るリリオンに、ランタンはしょうがないなと立ち止まる。リリオンが隣に並び、ランタンは少女の足取りに合わせて歩き始める。

「で、解析はどうだったの」

「あんまりよくなかった。素材にはならないって」

「そうなの? そんなに硬いのに」

「変に硬すぎて加工に向かないんですって。加工したとしても、物凄く時間もお金もかかるって」

「金属変換は?」

「それするぐらいなら最初から硬い金属使った方がいいんですって。もっと金がかかるだけだって言ってた」

「ふうん。他になんか言ってた?」

「えーっと、……なにか、いろんなこと」

 リリオンは困ったように眉根を寄せて、視線を空に向けた。グランの言葉を思い出そうとしているが、あの老職人は難しいことを色々言うのでその内容をランタンもリリオンも理解はできない。

「うーんと、たしか装飾には使えるかもって。外側は鼈甲(べっこう)細工に、内側は螺鈿(らでん)細工みたいになるかもしれないから、必要なら宝石屋さんを紹介してくれるって」

「そうか、どうしようかね。売り払ってもいいけど、重くて邪魔だし。ローサは思い出だって言って残したがるだろうな」

 腕組みをするランタンに、リリオンがふと鼻を寄せた。

「ランタン、お酒飲んだ?」

「……匂う? まあ、ちょっとね。飲まないかって誘われたから」

「へえ、珍しい。どうしたの?」

「どうしたのって、人を病気みたいに。探索者同士なんだから酒飲みながら情報交換ぐらいはするよ。普通のことだよ」

 それは確かに普通のことだった。ランタン以外の探索者にとっては。

 迷宮には流行廃りがある。それぞれ迷宮はそれぞれ固有の特徴を有するが、俯瞰して見ると時期によって偏りがあった。

 例えばこの秋は獣系迷宮が比較的多く発生している、あるいは何年か前の冬も獣系迷宮が多く発生しかつ出現する魔物は群であることが多かった。

 そういう情報を探索者たちは交換し、迷宮の攻略に役立てるのだった。

「まあ一杯だけだし、奢ってもらったし」

「楽しかった?」

「――普通」

 ちょっと考えた挙げ句そう答えたランタンの、その答えがあまりにもランタンらしくてリリオンはくすくす笑った。その酒会はそれなりに楽しいものだったのだろう。

「どんなお話したの?」

「やっぱり開放型迷宮だよ。結構みんな苦労してるみたい。道に迷ったり、最下層見つけらんなかったり、荷車がむしろ邪魔になる迷宮も多いらしくてさ」

「あら、そうなの?」

「山あり谷あり沼地有りだもん。せっかくローサに荷車買ってやったのに」

「残念がるわね」

「それで同じ量の荷物を持っていこうと思ったら人数雇わないとダメだろ? それだけでも金かかるのに、攻略までの試行回数も増えると更に嵩むだろ。まあ愚痴だな。男同士の愚痴会なんて碌なもんじゃないな。前言撤回。やっぱり楽しくなかった」

「その点ランタンはすごいわね。一人で全部やってたんだから」

「まあね」

 ランタンは子供のように胸を張った。

 実際に酒会で単独探索の話をせがまれた。どのようにそれを成すのか。半分は自身の迷宮探索に何か活かせないか知るためであり、もう半分は幼子が寝物語をせがむのと同じ理由だったのだろう。

 自分の話をするのは苦手だったが、自分の倍ほども年を重ねた探索者たちが感心するやら呆れるやら、酒杯に手をつけるのも忘れて唸る姿を見るのは悪いものではなかった。

 もちろん照れくさかったが。

「ま、無理してただけなんだけどね。せっかく話してやったのに、参考になんねえって言われたし。リリオンも無理してないか? 疲れたら言いなよ」

 ランタンはリリオンが臍の辺りで支える甲羅をぽんと叩く。

「まだ大丈夫よ。でも荷車がつかえないと、こういうのを持って帰るのが大変になっちゃうわね」

「何が金になるかって話もしたな。小さくて軽くて、――魔物の子供とか」

 開放型迷宮が発生するようになって、今までは例外なく探索者に牙を剥いた魔物がそうでなくなった。

 これまでの探索で魔物の生け捕りは迷宮攻略のついでに行うものではなく、それのみを目的として迷宮に行く必要のあることだった。

 だが魔物の質が変わったことで、()()()安全に魔物の生け捕りが可能になり、しかしそれは様々な問題を引き起こしつつあった。

 もしかしたら魔物はわざと探索者に捕らえられるのではないかとランタンは想像する。

 地上に持ち出された魔物が逃げ出すという事案は増加している。

 それなりの大きさのある魔物ならばこれを捕らえたり殺したりというのは難しくはない。だが小さな魔物を一度逃がしてしまうとなかなかこれを見つけることはできない。

 どのような魔物も人に害を与える可能性は大きい。虫系の魔物は農作物はおろか家屋を食い荒らすこともあり、獣系の魔物はそれこそ家畜や人に襲いかかる。未知の病が広がる可能性もあった。

 生け捕りは、未攻略迷宮の崩壊以外の手段による、魔物の地上への進出だ。生け捕りはむしろ魔物が、迷宮が望むことなのかもしれない。

 魔物の生体取引に許可を必要とするべきか否かの議論や、あるいはそもそも魔物の地上への持ち出しそれ自体への規制の議論が行われていた。

「それが一番厳しく可決されたら、うちの家庭菜園は根絶やしだろうな」

「もう半分以上根絶やしじゃない」

「寒くなったからなあ」

 ようやく館について、ランタンが扉を開けると辺り一面が糸だらけだった。

 あまりの状況にリリオンは荷物を落っことした。

 それは張り巡らされた蜘蛛の糸だろうか。出かけの時にはこんなことにはなっていなかった。まともな蜘蛛ではあるまい。

 何もかもが真っ白になっている。

 ランタンの額に青筋が浮いた。思い当たる節があった。

「――ローサぁ!」

 ランタンが怒鳴り声を上げると、手に槍を握り締めたローサが階段を転げ落ちるように駆け下りてきた。

 ランタンが何か言うよりも早く言い訳を口にする。

「おにーちゃん。だ、だいじょうぶ。やっつけたから! ほら!」

 ローサは槍の穂先に串刺しにされた、大きな蜘蛛をランタンに示した。

 ふさふさとした銀の毛に覆われた、真っ黒い殼を持つ蟹のような形の蜘蛛だった。

 八つの脚の先が鎌のようになっている。これが蟹であれば食いでがあると言う大きさだが、蜘蛛なので気味が悪いだけだった。

 貫かれた胴体から青い血が滴って、槍の柄を伝いローサの手を汚している。

 魔物だった。

 ローサはあれから何度か迷宮に行っている。その度に何かを拾って帰るのだ。綺麗な色をした石や、鳥の羽、化石、何かの部品、花や種、そしてポケットに忍ばせられるほどの小さな魔物を。

「何が大丈夫なんだ。まわりを見ろ」

「――うう、ごめんなさい。ローサがおそうじします」

「これ一匹か? 前みたいに、卵から孵化した訳じゃないだろうな」

 夏の迷宮では、最終目標を討伐したあとにそのまま樹海内を探索した。そこでローサは初めて目にしたカマキリの卵鞘を密かに持ち帰り、それが孵化し自室がカマキリまみれになるという事件を起こしていた。

「だいじょうぶ。ほら、だいじょうぶだった」

「なにが、ほら、だ」

 ローサを追って階段を下ってくるガーランドが同種の蜘蛛を二匹、左右の手にぶら下げていた。

「これで全部だ。食うか?」

「いらん」

 ランタンは鼻に皺を寄せる。ガーランドは半ば本気でそう尋ねたのかもしれない。何故拒否したのかわかりかねるように首を捻った。

「茹でれば食えるぞ」

 リリオンに向かってそう言った。

「焼いた方がいいのじゃないかしら。その方が毛が邪魔にならないわ」

 リリオンは糸だらけの広間に入って、辺りを見回した。繭に包まれたように糸巻きにされた迷宮由来品の数々に視線をやり、雲に乗っているみたいに足元を真っ白にしたローサを頭にぽんと手を置いた。

「ごはんの前にお掃除、それからお風呂ね。わたしも手伝うから」

 ローサは館を駆け回り、自らの虎毛に蜘蛛の糸を絡め取っては、庭に出てせっせとそれを燃やした。

「家庭菜園どころじゃなく根絶やしだな」




 月に一度か二度、魔道ギルドのアデルが館に訪れる。

 それは迷宮から持ち帰った品々を鑑定してもらうためであり、復元した馬像の経過を観察するためだった。

「――使役と呼べるほど言うことを聞かせられるわけではないのです」

「そうなんだ」

「ええ封印にわざと穴を開け、そこから溢れた力を相手にぶつけているだけで」

「鉄砲みたいなものか」

「かもしれません。力の行く先を制限しているという意味では。爆発力が強すぎたり、銃身に綻びがあれば容易く暴発するところも似ておりますね。――目を入れたのですね」

 アデルが馬像の頬を撫でながら言った。

「いつまでものっぺらぼうじゃ可哀想だからな」

「感傷的なことをおっしゃいますのね」

「僕じゃなくてローサがね」

 広間に飾られた陶器の馬像は一回り大きくなっていた。罅は一つ残らず失せている。小さな頭部に長い首、短めの体躯の背に小さなこぶが膨らみ始めている。

「アダムスに描かせたんだ」

 青墨で書かれた目は閉じられている。しかしそれでなおその鋭さが見て取れる魔物らしい目だった。

「よく描けている、今にも目を開きそうな。……迷宮は人を成長させますわね」

「そう? 一回り小さくなってたていうか、やつれていたけど。絵描きとは言え迷宮仕事だし、鞭打って働かせてるんじゃないの?」

「無理はさせませんよ。するのを止めもいたしませんが。お金が必要なのでしょう」

「ふうん、マリさんに搾り取られているのか」

「おかげで私どもが鞭を打たずともよく働いてくれております」

 ランタンは()()と唸って震えた。

「……女は怖い」

 アデルは声無く微笑む。馬像の確認を終えると、最後に首に巻かれた奴隷の首輪を結び直した。

「まだしばらくはよろしいでしょう」

 アデルがそんなことをランタンと話していると、食堂の方からローサが盆を支えてやって来る。

 ランタンとアデルに茶を配った。

「まだうごかないの?」

 つまらなさそうにアデルに尋ねる。

「今のところその気配はありませんね」

 ローサは盆を床に置くと、馬像の身体を撫で回した。ランタンが自分にそうするように、乱暴だが優しい手つきで全身を掻いてやる。閉じた目をなぞり、閉ざされた口元をこじ開けるように爪で引っ掻いた。

 それは結局、動かぬことを確認するだけだった。

 ローサは不満気に顔を逸らした。逸らした先に何かを発見して興味を示し、前のめりに近付いた。

「これなに? おみやげ? たべられる?」

 アデルの荷物だった。

 上体を倒して顔を近付け、猫のように匂いを嗅ぐ。ランタンはローサの尻尾を引っ張った。

「こら、あんまり失礼な真似をするんじゃない」

「いえいえ、お気になさらずに。お土産でございます。食べられるものではございませんが」

 アデルは包みを解いた。

「なにこれ?」

 ローサの無邪気な問いかけは、ランタンの心の代弁でもあった。

 それは一見すると鳥籠だった。銅色の格子が斜めに組み合わされた鳥籠だ。中には何もいないようにも見えるが、顔を近付けたローサが驚いて後ろに跳び下がり、ランタンの背中に隠れた。

「改良を施した不定型生物(スライム)を封じております」

 鳥籠の中には透明なぶよぶよとしたものが封じられていた。思い返せばその鳥籠はアデルの杖の先端に似ていなくもない。

「こんなのもらっても困るけど」

「いえいえそうおっしゃらずに、これはなかなかの優れものなのです」

 アデルは自慢げにそれを抱える。

「ランタンさまは湯浴みが趣味だとお聞きしましたので。これには水の浄化能力があるのです」

「へえ」

「湯の中に沈めて置いてもらえれば、あとはもうなにもする必要がございません。いつでも清浄な湯を楽しんでいただけるかと思います」

 ローサが恐る恐る鳥籠に指を伸ばした。格子の編み目から押し出されるようにはみ出すぶよぶよを指先で突いて、ぞわりと毛を逆立てる。

「ちょっと僕で拭うなよ」

 ガーランドの髪と同じ感触かと思いきや、似て非なるものだったらしい。ローサはランタンの上着で指を拭い、指先の匂いをしきりに嗅ぐ。

「ふうん、浄化ってどれぐらい。触っても平気なの?」

「長く触ると皮膚が溶けます。もっと長く触れれば骨まで。――直接、触れなければまったく害はありません」

「これ、おふろにいれるの?」

 ローサが不安げに尋ねたのは、ランタンが思いがけず乗り気なのを悟ったからだった。

「どうしようかな。興味はある。本当に安全なの?」

「もちろんです。汚れを食べて成長いたしますが、ほら、ごらんのように」

 籠の内側に無数の棘が生えている。それがすでに不定型生物に食い込んでいた。成長すればするほど棘は不定型生物を傷つけ、そして傷ついた不定型生物は体積を減少させる。

 なかなか残酷な仕組みだった。

「不要ならば返していただいて構いません。それこそ焼いてくださっても。しばらくお試し頂けませんか?」

「じゃあ、ありがたくお借りします」

 ローサがもう一度、腕を目一杯伸ばしてそっと不定型生物に触れ、性懲りもなくぞわぞわと身震いした。




 裸のリリオンが鳥籠を眼前に掲げる。

「効果あるのかしら?」

「あれば御の字だね。掃除の手間が省ける」

不定型生物(このこ)たちは色々役に立つのね。薬にもなるし、建物にもなる」

 そう言って湯船の中に沈めた。

 もともと透明な生き物である。湯の底に鳥籠が沈んでいるだけのようにしか見えない。

「ガーランドにも注意しておかないとな」

「そうね」

 興味深そうにそれを覗き込んでいるリリオンの背中に湯をかけてやり、ランタンは先んじて湯船に浸かった。リリオンがすぐにあとを追う。

 一番風呂である。不定型生物が効果を発揮しようもない。ランタンは鳥籠を蹴って風呂の隅へと追いやった。

「問題は薬湯とかの効果が消えることだな」

「そうなの?」

「水に溶けている汚れ、――成分を食うって言ってたから良いも悪いも区別はしないだろ」

「便利なんだか不便なんだかわからないわね」

「便利だよ、仕事が減る。ガーランドの。やっぱりメイドだけにしとくのはもったいないな、あの戦闘能力。でもメイド仕事に加えて、迷宮探索までさせたら過労で倒れるかも」

 ランタンは顔を洗った。

「リリオンの武器の問題もあるし。困ったな。ああ、責めてる訳じゃないよ」

「でも剣を壊すたびに作ってくれた人に申し訳なくなるわ」

「向こうも申し訳なさそうな顔をするしね」

「でも力を抜くことはできないし」

 リリオンが技術練習を怠っている訳ではない。ローサに負けじと剣を振っている。ただどうしても技術が身に付くには時間がかかるものだし、巨人族の血による肉体の成長は加速度的なものだった。

 ランタンはリリオンの白い二の腕を抓んだ。それは柔らかい。ランタンがふにふにと揉むように抓んでいると、リリオンは肘を曲げて力を込める。

 真っ白で柔らかな二の腕が、卵を抱く白魚のようにぱんと膨らんだ。

「おお硬い。力抜いて」

「――くすぐったいわ、ランタン」

「僕はくすぐったくないもん」

「なによ、それ。そんなこと言うランタンは、――こうよ!」

「ああっ、やめろ。腋は、――あはは、くすぐっ」

 互いに身体をくすぐり合って、二人は湯の中でもつれ合った。

 それはまるっきり子供のじゃれあいだった。

 湯から顔を出して笑い合う。

「――あ、同じやわらかさだ」

 ランタンはリリオンの膨らみを手の中で弄びながら、大発見したみたいに言った。

 笑っていたのに、急に真顔になった。

「――ランタン」

「ほら、同じだよ。不思議だ。一つの身体なのに色んな柔らかさがあって、ぜんぜん違う場所なのに同じ柔らかさがある。ここはどうだろう、――ここは?」

 ランタンは意味不明なことを言いながら、それを理由にリリオンの身体を好き放題に触った。

 リリオンは身を捩り、しかし逃げ出そうとしなかった。むしろランタンの胸の中でだけ身体を動かして、触れてほしいところを差し出すみたいだったし、実際にその通りだった。

「どこがくすぐったい?」

 ランタンはそれらに触れ、時に焦らした。

 あるいは我慢した。差し出された肉体に素直に触れたい気持ちがあったが、しかしそうしないことが時に快楽に繋がることを承知している。

 ランタンがもどかしそうな顔をするのと同じぐらいに、リリオンがもどかしく呼吸を喘がせた。

「ランタン、ランタン。や、ぜんぶ。ぜんぶ」

「全部くすぐったいの?」

「う、――ううんっ、ぜんぶ、――きもちいい」

 リリオンが仰向けに湯に浮かんだ。白い肉体がまるで無防備になっている。

 浅く窪んだ鳩尾、柔らかな腹が呼吸に上下するたびに、腹に浮いた汗が湯の中へ滑り落ちたり、臍に溜ったりする。

 ランタンは細い腰を抱き寄せる。

 湯に横たわる。

 透明な寝台に上がったように、ランタンはリリオンの長い脚の間に割って入った。リリオンは内腿を合わせるように閉じた。ランタンを挟み込む。

 それは抱き寄せるようでもあり、それ以上に近付けぬようにするようでもあった。

 ランタンは腰に回した手を滑らせる。

 骨盤の形を確かめるように撫で回し、脇腹から臍をくすぐり、下腹部の柔らかさから閉じきれぬ内腿の隙間に手を滑り込ませた。

「んぅ――!」

 声が漏れかけて、リリオンが顔を赤くした。下唇を噛んで、よりいっそう脚を閉ざそうとする。

 ランタンは優しくくすぐった。くすぐるまでもなくリリオンは柔らかい。

「んうう、んっ、ん……っ、――あ」

 リリオンから力が抜けていく。

 ランタンは腰をいっそう引き寄せ、そして自分からもリリオンの中心へと近付いた。

「ランタン、だって」

 リリオンが顔を背ける。首に浮いた青い血管が緩い螺旋を描いて巻き付くようだった。

 ランタンはそこに唇を落とし、赤い舌が少女の首を舐め上げる。リリオンが甘い声を上げる。

「だって、なに?」

「だって、――お湯が、汚れちゃうから」

「そんなことを心配してたの?」

 ランタンは一度リリオンの身体を起こし、向かい合って少女を抱き寄せる。

 リリオンは素直にランタンの腰に跨がって座った。

 ランタンは両手を腰から背中を撫でるように滑らせて、リリオンの頬を挟み込んだ。

「心配は要らないよ」

 顔を引き寄せ、口付けと一緒にそう言った。

「魔道ギルドのお墨付きだ」

 リリオンはほんの僅かに腰を浮かし、それからゆっくりと落とした。

 堪えられず声が漏れた。ランタンの喉からも絞り出されるように、甘い声が。

 呻くような二人の小さな声が、ほどなく遠慮を忘れて浴場に響いた。

 何度も名を呼び合う。そうしなければ互いに我を忘れてしまいかねない。

 やがて湯面が荒々しく波打ち、二人は一つになって快楽に肩まで浸かる。

 湯の底で鳥籠が沈む。

 沈黙し、ただ湯を清め続ける。


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