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カボチャ頭のランタン  作者: mm
02.Some Day My Prince Will Come
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 そろりと黒い部屋を覗き込んで受付口に視線を向ける。そこに見えるのは白い衣服の胸元と手袋に覆われた手だけで、その中身が先日のあの司書なのかは判別できない。

 どうしようかな、とランタンは立ち止まって逡巡した。だがそんなランタンをよそにリリオンは扉をくぐり抜けて足を止めず、ランタンの手を引っ張って受付口まで一目散に向かった。

「こんにちは!」

 リリオンが長身を折り曲げて、受付口の中を覗き込んで元気よく挨拶をしている。

 ごとり、と音がしたのでランタンもこっそりと受付口を覗き込むと、中に居る司書が椅子ごと身体を引いている。リリオンの勢いに気圧されたようだ。

「……おい、どうにかしろランタン」

「あ、はい」

 どうやらこの司書はこの前と同じ人物のようだ。ランタンはほっとしながらも、すぐに慌てたようにリリオンに手を伸ばした。鼻先を餌皿に突っ込む犬のようになっているリリオンの首根っこを掴んで、前のめりのその身体を引っ張る。

 それでようやく司書は元の位置に戻り、ごほん、と咳払いをした。その咳払いさえも二つの声音が重なっている。

「それで何か用か? テスなら居ないぞ」

「あ、そうなんですか? それは残念ですが、その――今日は司書さまにご用がありまして」

「……何の用だ。これでも仕事中なんで手短にな、業務に関わることなら別だが」

 司書はそう言って、人差し指で一度机を叩いた。苛ついているわけでも、急かしているわけでもなく、ただ少し落ち着かないというように。

 ランタンは一つ間を置いて、ゆっくりと口を開いた。

「先日はお部屋をお貸しいただいて、ありがとうございました。ご相談にも乗っていただけて大変助かりました」

「お、おう」

 ぺこりと頭を下げたランタンに司書は戸惑ったように少しどもりながら頷いた。

「それでですね」

 ランタンがリリオンに目配せをするとリリオンは手に持った箱を受付の上にそっと置いて、どうぞ、と言いながら恭しく差し出した。それは綺麗な包装紙に包まれた両手の上に載るほどの小箱だ。

 視線を遮っているはずなのに、(いぶか)しむような司書の視線を感じだった。

「少しばかりですがお礼をと思いまして、チョコレートケーキですので良かったら召し上がってください」

 グラン工房を後にして休憩に立ち寄った喫茶店で頼んだケーキが美味しかったので包んで貰った。少しほろ苦さのあるビターチョコが、オレンジピールの練り込まれた生地を包んでいて大人びた味がした。

「すっごいおいしいです!」

 ランタンが言うとその脇からリリオンが続けた。リリオンは喫茶店でアップルタルトを頼んだので、ランタンの食べるそれを一口摘まんだだけだったが何故だか妙に自慢げだ。今すぐにでも食べて欲しいとでも言うように受付に手を突いて身体を揺すっている。

「こら、大人しくしなさい」

 ぺちんとリリオンの尻を叩いて大人しくさせると、ランタンは少し申し訳なさそうな顔になって沈黙している司書に声をかけた。

「もしかして、甘い物はお好きではありませんでしたか? 司書さまは」

「……そうなんですか、ししょさま」

 さすがのリリオンも、じゃあわたしが食べてあげましょうか、とは言わなかった。

「……いや、嫌いじゃないよ。ただ、ああ、なんだ」

 司書は小さく首を横に振るとケーキの箱を受け取った。それから何か奥歯に物が引っかかったような物の言い方をした。

「その呼び方、どうにかならんか」

「ししょさま?」

「それだ。なんなんだよ司書さまって、初めて言われたぞ」

「……僕も初めて言いました」

 なんと呼ぼうかと迷ってつい口に出た呼び方だった。来るときに出会った緑髪の女がランタンのことをランタン様と囁いた、あの甘い響きが耳の奥に残っていたのかもしれない。

「ししょさまは、ししょさまじゃないんですか? ししょさま」

「おい、わざととか? わざとだろ。少し黙れ」

 ししょさまししょさまと舌足らずに連呼するリリオンを、司書が面倒くさそうに手を振って追い払う。そしてその手を薄ら寒いとでも言いたげに、これ見よがしにこすり合わせて暖めた。

 その様子にランタンは苦笑を漏らした。心なししゅんとしたリリオンの背中を慰めるように撫でる。

 リリオンはなんだかテスとこの司書の二人に憧憬のような物を抱いているようだった。ランタンは先日から何度もリリオンに()()を尋ねることを強要されている。

「それではどのようにお呼びすれば?」

「あ? 呼ばなくていいよ、必要ないだろ」

 ランタンが尋ねると司書は素っ気なくそう吐き捨てた。確かに呼び名がなくとも会話をすることは、多少の不便さはあるが、出来るだろう。本人が呼ばれることを望んでいないのなら、それで良いかとランタンが思っているとリリオンがぽつりと呟いた。

「……おねえさま」

 その響きに司書は自分の身体を抱きしめて震えた。

「――これでも性別不明で売っているんだがな」

 甘ったるく呼んだリリオンに司書は皮肉気に言い放つ。テスが女性だったので何となく同じように考えていたが、声音を変え、肌を覆い、身体の輪郭を隠すゆったりとした衣服に身を包む司書は確かに男か女か定かでない。

 そう言えば一人称さえも聞いていないな、とランタンがそのプロフェッショナルな徹底ぶりに感心して、これ以上は迷惑になるとリリオンを説得しようと司書から視線を外した。

 その矢先。

「まぁ女なんだけどな」

「うえ!?」

 あっさりと司書は性別を明かした。ランタンは思わず変な声を漏らして、その口を遅まきながら隠した。

「ギルド職員の半分は女だぞ。別に知られたからと言っても問題ではない」

 驚いたランタンの様子に満足したように司書は言い放った。

 そんなものなのか、とランタンが驚愕に歪んだ顔をさらに引きつらせている横でリリオンはまるで、おねえさま、と呼ぶ許しを得たかのように顔に花を咲かせた。

「無論、誰彼構わず吹聴もしないがな」

 司書はそう言うと人差し指を招いてリリオンを呼んだ。リリオンはその妙な雰囲気に急にしおらしくなって、おずおずと受付口に顔を寄せた。司書はその花も恥じらう少女にそっと囁く。その二音が重なるその声が奇妙なものから、不思議と魅惑的なものであるかのように響いた。

「つまり私が女だと言うことは、リリオンと私の秘密と言うわけだ。不用意に私を、おねえさま、などと呼ばないように。約束できるか?」

「はいっ」

「よろしい」

 何という見事な手口だ。素直に返事をしてうっとりとした様子で口を噤んだリリオンを見ながらランタンは感嘆のため息を漏らした。

 司書は自分のことを女だと言ったが、もしかしたらそれすらもその身を欺くための嘘なのかもしれない。あのマスクの下に女たらしの男の顔があっても不思議ではない、とランタンは思った。

 目尻を下げるリリオンを見てランタンは何となく、自然と手を伸ばしてリリオンの手を掴んだ。リリオンは、どうしたの、とでも言うような感じでランタンを見て小首を傾げ、その手をいつものように握り返す。

 そしてそこが居場所であるかのようにランタンの隣にちょこんと収まった。

「ふふふ、……さて、これで用事は済んだかな」

 お礼も伝えてケーキも渡した。ランタンは小さく頷いた。

「はい。なんだかお仕事の邪魔をしてしまったようで申し訳ありませんでした」

「いや、いいさ。……しかし本当に、テスも言っていたがお前は探索者とは思えないな。この部屋にチョコレートケーキが持ち込まれたのはきっと初めてのことだろうよ。まったく、どうせなら全部が終わってから来い」

 司書はそう言うとケーキの箱を指で軽く弾いて、含み笑いを漏らした。

「ああそうだ、テスに用があるならあいつは今頃ギルド内を巡回しているよ。広い建物だから会えるかは知らんがな」

 司書はそう言うと、早く行けと言うように手を振って追い払う仕草をみせた。

「それでは、お邪魔しました」

「さようなら――おねえさま」

 リリオンは囁くように最後に付け加えた。それは司書の耳に届いたかは判らないが、司書は黙ってもう何も言わなかった。少しだけ寂しげに司書を振り返るリリオンの手を引いて黒い部屋を出る。

 リリオンはちょっと頬を膨らませた。

「どうしてししょさまはダメなのかしら」

 そんなリリオンにランタンは肩を竦める。

「さぁ? なんでだろうねリリオンさん」

「急になあに?」

「何がだいリリオンさん」

「なんでそんな風に言うの」

「なにかおかしいのかな? リリオンさん」

「そんな風に言わないで」

「何故だい? リリオンさん」

 ランタンがくくくと意地悪な笑いを押し殺しながらしつこく続けると、リリオンはランタンの腕をさっと胸の中に抱いて立ち止まった。その顔には拗ねているような苛立っているような混沌とした表情が張り付いている。

 少しからかいすぎた、とランタンは小さく舌を出した。

「わからないけど、なにかむずむずして嫌なの」

「そうだねリリオン、たぶん司書さまも同じような気持ちだったんだよ」

 リリオンさんと口にする度にランタンも何だか喉の所がむず痒かった。リリオンはランタンが呼び捨てにするとほっとしたように胸をなで下ろして、ランタンの腕を解放した。

「……僕のことをランタンさまって呼んでも良いよ」

「えー呼ばないよ。ランタンはランタンよ」

「ああそう」

 冗談で言ってみただけだが拒否されるとそれはそれで微妙な感じだ。ランタンは気のない感じで相づちを打った。

「ねぇランタン、これからどうするの? テスさん探すの?」

「んー、そうだなぁ」

 テスを探しても良かったが、ランタンの経験上こういった場合には探しに行くと出会えないことが多いような気がした。それにランタンの知る限り、探索者の立ち入り可能区域だけでも地下二階地上四階まであるギルド内を歩き回ることはとても面倒くさかった。

 迷宮で魔物に出くわしても叩きつぶせば済む話だが、ギルド内で勧誘者に出会ったらランタンになす術はない。そうなればテスがまた助けに来てくれるかもしれないな、とふと思い浮かべた。

 なんとも情けない考え方だ、とランタンは自嘲気味に唇を歪めて、その考えを溜め息と一緒に吐き出して気持ちを入れ替えた。

「よし、迷宮の情報を見に行こうか」

「迷宮の?」

「うん。リリオンはまだ迷宮選びってしたことないでしょ?」

 前回の探索終えて七日になる。

 多くの探索者にとってはまだ七日だが、ハイペースで探索をし続けるランタンからするともう七日だ。好みの迷宮との巡り合わせもあるので探索を開始するかはまた別だが、七日も経ってまだ迷宮の情報に目を通していないのはランタンにとって珍しいことだった。

 襲撃のこともあるが、稼がなければ食べていけない。

 と言うのは充分な蓄えがあるので完全な建前で、探索をしなければ落ち着かないと言うのが本音だった。探索中毒なのか、それともルーティンワークが崩れることに苛立ちを感じているのか。まさかリリオンが言ったように知らず知らずのうちに迷宮が趣味になっているのか。

 前者だったら病的だし、後者だったら神経質が過ぎる。趣味だったらマニアックと言うほかない。

 ランタンはリリオンに視線を向けた。リリオンの表情は少し硬い。

 迷宮予約受付は常に探索者が溢れている。

 ここに来る探索者の多くは探索班の主宰者や参謀担当者だ。皆それなりの雰囲気を持っていて、誰も彼もが強面で、それはリリオンの恐怖心を煽るには充分すぎる効果を発揮しているようだった。ランタンですらこれらの探索者に不意に出会ったら驚いて叫んでしまうかもしれない。

「みんな迷宮に夢中だから、こっちなんか見てないから気にしなくて良いよ」

「……うん」

 本当はランタンに気がついた探索者がちらちらと視線を向けていたが、不幸中の幸いと言うべきか(うつむ)いたリリオンはその視線には気づいていないようだった。ランタンは手を引いたまま部屋の中央にある迷宮特区の地図へと向かった。

 大地図と呼ばれるそれを取り囲む探索者たちの隙間に少しばかりお邪魔して地図盤を覗き込んだ。まだ俯いているリリオンの脇腹をちょんと突くと、リリオンはひゃんと悲鳴を漏らす。慌てたように口を塞いで顔を上げた。

「ふふふ、ほらリリオン、前に探索したのはどの迷宮か覚えてる?」

「えっと、……にぃ、ろく……あ、あれよ! 二六二」

「お、正解。良く覚えてたね」

 指さした区域にはまだ迷宮口を表す点が存在していたが、それは攻略中を表す黒色から攻略済を表す灰色に変えていた。ランタンがそう教えるとリリオンは、クマやっつけたものね、とようやく微笑んでみせた。

「見るべきは基本的に白点だね。色が付いているのもあるけど、それはまぁちょっと難易度が高かったり、特殊な迷宮だったりだから」

「へぇ」

 地図には迷宮を表す点と、ランタンのように字の読めない探索者に対する配慮なのだろうが、それに付随する迷宮の情報を表す記号がいくつか存在している。表示されている情報はいつ迷宮が生まれたか、そしてギルドの推定するその迷宮の難易度と、そこに生息する魔物の種類である。

「ここで適当にいくつか当たりを付けて、あっちの受付に番号を言うとその迷宮について詳しく教えてくれる。それで職員と相談しながらどの迷宮を借りるか決めるんだよ。リリオンも気になる迷宮があったら教えてね」

「わたしも選んでいいの? わぁどれにしようかしら!」

 ランタンが告げるとリリオンは小さく両手を叩いて喜んだ。そして目を輝かせながら地図を覗き込むリリオンを横目に、ランタンも顎に手を当てて地図を見つめた。

 地図上には一〇〇〇個以上の迷宮が点在しており、現在賃貸可能の迷宮はだいたい三割強、三〇〇から四〇〇個程だろうか。多からず少なからずと言ったところで、ようはいつも通りと言うことだ。

 戦力としてリリオンが加入したとはいえさすがに高難易度迷宮や、迷宮構造の長大な大迷宮は攻略対象として見るには荷が重い。また色付きと言われる白点以外の迷宮も、リリオンの探索二度目の迷宮とするには少しばかり不安があるし、ランタンにとってもそれほどそれを攻略するメリットを見いだせないので今回は攻略対象にはしない。

 そうして幾つもの迷宮を選別するが、けれど攻略対象となる迷宮は少なく見積もっても二〇〇を下ることはない。大迷宮はその道行きの険しさから高難易度に設定されることが多く、それでなくとも高難易度迷宮の発生率は低い。

「ねぇあのマークはなに?」

 リリオンが指さした記号は少し可愛らしい感じの花の記号だ。

「あれは植物系魔物が出るって事、他にも例えば隣の爪の記号は獣系、あとえっと――あの魚のは水棲系、他にも色々だね。……まぁおおよそだけど」

「おおよそ?」

「うん、例えば植物系の迷宮に潜っても、別系統の魔物が出ることがあるよって話。偵察隊の仕事なんてそんなもんだよ」

 ランタンは口ではそう皮肉ったものの、仕方が無いギルドの現状もある程度は理解している。

 地図上に一〇〇〇以上の迷宮があることからも判るように迷宮は次から次へと無尽蔵に湧き続けるが、ギルドの人的資源は当たり前のことだが有限だ。それに前情報なしで迷宮に潜る危険性は、本来ならば探索者は誰もが知っていることなのだが、ついつい忘れがちだ。こうやって当たりを付けて貰うだけでも本来ならば随分とありがたいことなのである。

「リリオン選んだ?」

「うん、まずね、あれでしょ」

「まず……?」

「それから、あれも。あと、あっちのやつ」

 リリオンが指さした迷宮はどれも中難易度の中迷宮だ。獣系が二つと植物系が一つ。前回に探索した迷宮が中難易度の獣系小迷宮だったので、それを踏まえての中難易度、獣系には自信がついたので中迷宮、少し色気をだして植物系も足してみましたと言ったところだろうか。

「ねねねランタンはどれにしたの?」

 いや、これはそんなことは考えてもいない顔だな。リリオンはせっつくようにランタンの肩を揺すり、ランタンが人差し指を立てると蜻蛉(とんぼ)のようにその指を見た。指さしたその先を視線が追いかける。

「あの二つのどっちかかな」

 ランタンが指さしたのは特区の門からほど近い区域の低難易度の小迷宮だった。その記号を見つけるとリリオンは拍子抜けしたような顔をした。低難易度小迷宮ではご不満のようだ。まだまだ新米(ひよこ)のくせに生意気なことである。

 そんなリリオンにランタンは呆れたようにため息を漏らして手を引いて地図盤から外れた。ランタンの雰囲気がほんの少しだけ硬くなったのを敏感に感じ取ったのか、その手をリリオンが少し強く握りしめた。

「……ランタン、怒ってるの?」

「怒ってないよ」

「わたし、ランタンが選んだ迷宮で良いよ」

 そう言うことじゃないんだけどな、とランタンは苦笑を漏らした。

 前回の迷宮はリリオンは途中参加だったこともあり、割ととんとん拍子に攻略を済ませてしまった。自信を付けるのは良いことだが、自信を持つことと迷宮を侮ることは同意ではない。

 最初の迷宮で()()()を引いた新人探索者が、己の力を過信して破滅するというのはもうすでに様式美のようなものだ。それを防ぐためにわざわざ職員が迷宮選びに助言をくれるわけだが、天狗になった探索者は聞く耳持たない者も多い。

「取り敢えず迷宮の情報だけでも貰ってこようか。リリオン番号覚えてる?」

 ランタンが聞くとリリオンはぎこちなく首を振った。番号を覚えていないことを怒られるとでも思っているのだろう。

「ほら、怒ってないってば。じゃあ一緒に行くよ」

 受付に迷宮の番号を伝えれば、その子細を教えてくれる。そのままその場で職員と相談しても良いし、しなくてもいい。中堅以上の探索者の多くはその場で迷宮情報の記載された用紙だけを受け取り、仲間内で相談して決める。

 ランタンも今では用紙だけを受け取るタイプの探索者となった。文字を読むことが出来ないランタンだが、その用紙を読み取る必要最低限の語彙だけは習得している。

 ランタンは受付に行くとギルド証を見せ、名を名乗り、用紙だけを受け取る旨と共に迷宮の番号を伝えた。

 受付の職員は少し席を外して、すぐに用紙を持って戻ってくる、ランタンは用紙の番号に間違いが無いことを確認すると、用紙代なのか情報代なのか判らない金を払い、そのまま迷宮探索受付を後にした。

 怒ってはいないが説教をしよう、とランタンは社交室(ラウンジ)を目指した。幾つかあるうちの第一社交室はここから距離は近く座席数も多いが空間が開け放たれているので、少し離れた第二社交室に向かった。そもそもランタンは社交室を利用したことがないが、第二社交室は確か間仕切り(パーティション)で区切られていたはずだ。

「あっ!」

 その道すがらリリオンが声を上げた。少し落ち込んでいた顔をぱっと綻ばせた。

「ランタンランタン、テスさんよ!」

 指さしたその先には背筋の伸びた背中があった。後ろ姿だがあの特徴的な兜はテスのものだろう。かっちりと鎧に身を包み、その中で優雅に揺れる尻尾に妙な色気がある。ランタンがその尻尾に気を取られていると、リリオンがランタンを引っ張るように走り出した。

「うわ、ちょっと、ま――」

 ランタンが驚きの声を上げると、それを不穏な気配として感じ取ったのかテスが振り返った。立ち止まり、駆け寄るリリオンを軽く手を上げて制した。

「こんにちは!」

「ああ、こんにちは、――ランタンも。リリオン、廊下は走らないように」

「はい!」

 良い返事だな、と引きずられたランタンが疲れた笑みを浮かべていると、そんなランタンにテスが兜の中で苦笑したのが判った。

「こんにちは、テスさん。先日はありがとうございました」

「ああ、あれから何かあったか?」

「いえ、特に変わったことは」

 テスはランタンの言葉に、がちゃりと鎧を鳴らして肩を竦めた。

「――ふむ、ランタンはこれから何か用事は?」

 テスの視線が一瞬だけランタンの持つ用紙に向けられた。ランタンは筒状に丸めていたそれを、さらに絞って細くした。

「ありませんが」

「そうか、ふふ、――あれから私も色々調べてな」

 その言葉にランタンが頭を下げようとしたがテスはそれをさせなかった。ちょうど撫でやすい位置にあるのかランタンの頭に手を置いて言葉を続けた。

「情報の共有をしたいところだが、まだ仕事中なんだ。少し時間が空いてしまうが、六時には仕事が終わるから、どこかで話さないか?」

 願ってもない話だった。テスは共有と言ってくれてはいるが、それが完全に一方的なテスからの情報提供でしかないことは明白だった。

 是非お願いします、と頭に手を置かれたままのランタンがテスの顔を見上げていると、そんなランタンの代わりをするかのようにリリオンが、ありがとうございます、と頭を下げた。

 リリオンの頭をテスが一つ撫でた。テスはそんなリリオンを、ではなく何故だかランタンに微笑むような視線を向けた。ランタンは取り敢えず曖昧な笑みを口元に浮かべた。

「この先の社交室(ラウンジ)なら混み合った話をするのにもちょうど良いし、そこで待っていてもらっても良いかな」

「――わたしたちも今からそこに行くんですよ。わぁすごい偶然ですね。ね、ランタン」

 喜ぶリリオンを横目にランタンは小さくテスに目を伏せた。

「そうだね。でも、ほら、お仕事の邪魔したらダメだよ」

 そしてじゃれつくようにするリリオンを宥める。

 畏怖されるべき存在である職務中の武装職員にあまり馴れ馴れしくするもの良くないだろう。恐怖や威圧感は武装職員の仕事道具なのだから。

「それじゃあ、また後でな」

「さようならテスさん」

「はい、ではまた後で。――あ、そうだ」

 別れの挨拶をして、そしてランタンは思い出したかのように声を上げた。踵を返そうとするテスが立ち止まって、ランタンを見つめた。

 ランタンはその灰青の瞳に問いかける。

「――甘いものはお好きですか?」


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