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カボチャ頭のランタン  作者: mm
14.Day By Days
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 リリオンの髪を編んでやれば自然とローサの髪も編むことになる。長いリリオンの髪を編むことは容易だが時間がかかり、ローサの短い髪を編むことは単純に難しい。

 しかし二人分の髪を編んでも、まだ夏の日は高い。

 ローサは短い三つ編みをひょこひょこ揺らして歩く。跳ね歩く子供の歩法だ。

 例えばローサと出かけると少女はあらゆるものに気を取られて、あっちにふらふらこっちにふらふらと落ち着きがない。綺麗な石を拾い、花開く雑草を摘み、深緑の甲虫をポケットにねじ込む。露店に立ち止まり、食い物屋台に涎を垂らす。

 ランタンは甘い兄なのでつい屋台料理を買い与えてやってしまい、行きの道だけでローサの両手は塞がってしまい、ポケットはぱんぱんになる。甲虫は死ぬ。

 だが今日は違う。

 ローサは頬を昂揚させて、のしのしと歩いている。拳ほどの石を蹴り飛ばし、陽射しに萎れる雑草を踏み付け、地を這う虫など目に入らない。水溜まりがあれば必ず踏むようにしているはずなのにまったく無視する。

 向かうのは探索者ギルドだった。

 ローサだけではなく、ガーランドもいる。夏の陽射しを心底煩わしそうに目を細めている。

 もともとランタンはガーランドに探索者登録をすることを勧めていた。その度に、面倒だの必要ないだのと拒否されていたが、心変わりの鍵はやはりローサだろう。

 迷宮でローサに何かがあった時、探索者でなければ何もすることができない。

 それに探索者証は一種の身分証明である。

 この世界に由来を持たぬかつてのランタンがそうであったように、ガーランドにとっても探索者証はあって困るものではない。

 日頃、散歩という名の探索で街中に姿を晒しているローサよりも館に引きこもっているガーランドは目立っているようだった。

 メイド服に身を包み、半透明の触手髪を陽射しに透かす女である。目立たぬ訳がない。

 ランタンの屋敷にはメイドの霊が出る、あるいはランタンは霊をメイドとして雇っているという噂は本当だったのだと、そんな噂を耳にしたことがある者たちは深く納得する。

 彼女が一人で歩いていれば、その異様な姿は驚きや恐怖を与えたかもしれない。

 だがランタンが一緒にいると、それで全ての説明が付くというような雰囲気になる。

「ローサよりもよっぽどきょろきょろしているな」

「ふん」

 ランタンが言うとガーランドは鼻を鳴らした。

 探索者ギルドへの道すがら、ランタンはリリオンと手を繋いでギルドを訪れたことを思い出していた。

 成長したリリオンはローサと手を繋いでいた。

 かつてランタンがリリオンの手を引いたように。

 リリオンと出会う前はどうしていただろうか。

 ランタンは腰に結んだ戦鎚の柄を手持ち無沙汰に撫でていることに気付く。黒々とした戦鎚。滑り止めの柄巻は使い込まれて手垢じみている。

 そうだ。自分は迷宮ではなくてもこれを握っていたのだった。

 探索者ギルドはランタンたちにはもう見慣れた建物だが、それは傍目に見れば軍事要塞のような威圧感を発しており、その認識は大きく間違ったものではない。

 それはいざという時に要塞化する探索者の巣窟だった。

 ギルドの賑わいはいつでも変わらない。

 天井には自転する魔道光源が浮かんで、熱のない光が降り注いでいる。

 建物内は人の発する熱気に満ちていた。

 ローサは足を止めて光を見上げる。リリオンが手を引くと、ローサは天井に視線を残したまま、また歩き出す。

 玄関広間(エントランスホール)の壁には探索者への依頼や仲間募集のチラシ、新商品の紹介、殴り書きの檄文やいかにも怪しげな暗号文などがべたべたと張り付けてある。

 探索者への依頼は然るべき掲示板が用意されているので、これらは掲載料を渋った闇依頼だった。正規の依頼と遜色ない内容もあれば、あからさまに胡散臭いものもある。

 暇つぶしに読む程度ならばよいが、目を皿にしてそれらを精査している探索者はいかにも追い詰められているような感じだった。

 行き交うのは誰も彼もが探索者だ。ここには血と鋼の匂いがある。

 ローサが深呼吸をした。熱っぽく息を吐く。

「ほら、ローサこっちよ」

 探索者証登録所にリリオンは一度しか行ったことがない。

 ランタンも二度で、今日が三度目だった。

 リリオンは迷うこともなくそちらへローサを導いた。この日のために下調べをしていたのだった。懐かしの登録所である。

 手に手に銀貨を握り締めて列を作っているのは未来の探索者だった。

 老いも若きも、男も女も、種族も様々である。

 壁際には彼らの後見人だろう探索者たちがもたれ掛かりながら列を見守っていた。

 あるいは監視かもしれない。志願者の登録料を肩代わりする替わりに、悪質な金利を課し、さんざん扱き使いつつ探索報酬を巻き上げるというようなことをする探索者もいる。

 緊張にざわめく登録所はランタンが姿を現した途端に静まりかえった。

 まだ探索者でなくともその黒髪の少年が、特別な存在であることは知られていた。そして志願者の中にはそれに憧れを持つものもいるかもしれない。

 既にランタンはそういう存在だった。

「いい、ローサ。あそこに並ぶのよ」

 リリオンが指差してローサに教える。

「おねーちゃんたちは?」

「わたしたちはここでローサが探索者になるのを待ってるからね。一人でするのよ。大丈夫、自分の番になったら扉の向こう行って、書類に名前を書いて、聞かれたことに素直に答えるだけよ。わからないことはわかりませんって言うのよ」

 ローサは途端に不安そうな顔になる。

 ああ、リリオンもこんな顔をしていたとランタンは思う。ランタンが手招きをするとローサは腰を屈めて頭を差し出した。金色の髪をたっぷり撫でてやって、そのまま、とランタンは命じる。

「リリオンも通った道だよ。ほら、並んでおいで」

 ランタンは革袋をローサの首にかけてやった。

 革袋には登録料である三枚の銀貨と一枚の半銀貨が納められている。かちゃかちゃと銀貨の擦れ合う音がする。ローサはそれを胸元でぎゅっと握り締めた。そこに勇気がつまっているかのように。

「ガーランドもつけてやるから」

「ん」

 ローサは頷いて、ガーランドに手を伸ばした。ガーランドは困惑の表情を浮かべ、ぎこちなくその手を握った。

「いってくるから、ちゃんとみてて」

 登録所ではそれなりに小競り合いが起こる。

 登録料を掏られたり、脅し取られたり、列を抜いたとか抜かされたとか、そんな些細なことが口喧嘩になり、口喧嘩は容易に暴力に発展した。

 そもそもの探索者の印象が、彼らをそのような行動に仕向ける。探索者になるからには弱気ではいけない、相手に舐められてはいけない。問題は腕力で解決する。そんな風に考えているのだ。

 しかし今の待機列は規律正しい。

 ランタンが見ているからだった。

 その関係者であるローサが列に並んでいる。列を乱すことは、つまりランタンの不興を買うことだと考えられていた。つまりランタンは彼らの印象の通りの探索者だと思われている。

 あながち間違いではない。

 ランタンとリリオンは壁にもたれ掛かった。

「きょろきょろしてるわね」

 リリオンは微笑ましそうにローサを見つめながら呟く。

「リリオンもそうだったよ」

「ええ、ほんとう? そうだったかしら、わたしはもっと堂々としていなかった?」

「してなかった」

「おかしいわね」

 リリオンはちょっと拗ねるみたいに唇を尖らせる。

 ローサがこっちをじっと見つめるので、ランタンは叱るみたいに、前を向け、と唇だけを動かした。

 リリオンがはっとする。列に並ぶ人が見た光景を思い出したのだろう。

「ううん、不思議ね。あの時はランタンに連れて来てもらった私が、こんな風にローサを連れてくるなんて。じゃあローサは誰かをここに連れてくるのかしら?」

「どれだけ先の話だよ。……いやでも、孤児院で男も女も混ざって探索者ごっこしてるっていうからなあ。意外とさっさと独り立ちして、探索団の主宰者になったりするのかもな」

 自分で言って、ランタンは自分で不安になった。

 ローサの番が回ってきた。ガーランドの手を名残惜しそうに放して、少しぐずぐずする。

 するとガーランドがローサに何事か囁いた。

 ささやかな唇の動きを読む。だいじょうぶ、だろうか。ぶっきらぼうな励ましだった。

 ローサはそれに勇気づけられたのか、地獄の門でも潜るかのようにおっかなびっくり、しかし覚悟を決めて扉を開く。

「いってきます!」

 静かだった登録所に、場違いな威勢のいい声が響く。ランタンは少しだけ恥ずかしくなった。リリオンは口元を隠して笑っている。

「あんな風にはしなかったのはちゃんと憶えてるわ」

 扉の向こうにローサを見送ったガーランドがほっと息を吐き、彼女もまた呼ばれて扉の向こうへ消えていった。

 探索者は登録料さえ払えば誰にでもなれる。はらはらしながら見守るものではない。

 全てのものに門扉を開いているのが探索者ギルドだった。それが物言わぬ案山子だろうと唸ることしか知らぬ魔物だろうと、誰も差別をしない。三枚と半分の銀貨で探索者になることができる。

 それが現探索者ギルド長、象人族のジョージの理念だった。

 彼は少数種族の偉大な象徴でもある。長い鼻に、大きな耳、二本の牙と灰色の皮膚。それは世にも珍しい姿だ。同族は数えるほどしかいない。遠くない未来に失われる種族だと言われている。

 孤独のジョージ。

 それは探索者だった頃の彼の異名だ。ランタンと同じように、単独探索者だった過去を持つ。

 曰く、自分が孤独であったから探索者ギルドが全てを受け入れるようにしたのではない。迷宮がそうであるように、探索者ギルドは全てを受け入れるのである。

「おにいちゃん、おねえちゃん! ほらみて!」

 ローサが扉から喜色満面に飛び出してくる。

 ランタンは顔面ごとその口を塞いだ。指の隙間からまん丸の目が何度も瞬きを繰り返す。

「他の待ってる人の迷惑になるから、あんまり騒ぐんじゃないよ。いいか?」

 掌の下で、わかった、とローサが囁いた。

「ほら……! ローサ、たんさくしゃになったよ」

 ひそひそ声で、ローサは右手を差し出した。その手首には探索者証が嵌められている。

「おめでとう、ローサ」

「これで、お揃いだな」

「んふ、ローサのほうがきらきら」

 既にくすんでいるランタンやリリオンのそれとは違い、ローサの探索者証は真新しく輝いている。頬が緩むのを抑えられないようで、鋭い牙を覗かせながらにやにやと笑んでいる。

「ガーランドのとどっちがきらきらしてるかな? なあ」

 登録を済ませたガーランドはしれっと合流している。その手首にある探索者証に違和感を憶えているのだろう。その隙間に指を通して、手首を捻っている。

「どう探索者になった気分は?」

「気分も何もない。首輪よりは多少ましだな」

 ガーランドは腕組みをする。ローサは首を捻って、不思議そうにガーランドを見つめた。

「ローサはうれしいよ。ゆーれーはどうしてうれしくないの?」

 気を抜くとローサはガーランドをそう呼ぶ。ガーランドは眉間に皺を寄せて黙っている。無視しているのではないことをローサは知っていた。それは言葉を探しているのだ。

「喜びは、人それぞれだ。だから、ローサが喜んでいることは、私もいいことだと思う」

 不器用に言葉を紡ぐガーランドをランタンは意地の悪い、だが優しい瞳で見守る。

「じゃあゆーれーはなにがうれしいの?」

「私、……の喜びか。ああ、なんだ。――ああ、そうだな。飯と眠りだろうな」

「あー」

 ローサは深く共感して頷いた。それは根源的な欲求だ。そして根源的な喜びしか、まだガーランドは自覚していない。

「じゃあざっと施設を案内したら早めの夕飯にするか。外でなんか食べて帰ろう」

「やったー!」

 ばんざいするローサの背中を押して登録所を出る。

 ローサは腕を突き上げたせいで半ばまでずり下がった探索者証を手首の位置に引っ張り上げた。表面に付いた指紋を一生懸命に服で拭う。

 探索者が探索者証を大事に扱うのは初探索までだ。

 ローサと同じように探索者になったばかりの少年が、一回りほど年上の探索者にギルドを案内してもらっていた。

「まあ、こんなところだ。まずは運び屋からだな。それで迷宮の雰囲気を知って、ついでに足腰を鍛えるんだ。探索者ってのはなんだかんだ歩くのが仕事だからな」

「はい!」

 初々しい返事の少年がランタンたちとすれ違って驚く。

 ローサがにっこり微笑みかけると顔を赤くした。

「ねえねえ、はこびやさんってなあに?」

「迷宮で荷物を運ぶ人のことよ。荷車を牽いて、たくさんの荷物を運ぶ大変な仕事よ」

「たんさくしゃとはべつ?」

「ええっと、なんて言えばいいのかしら。難しいわね。ランタン」

「探索者でありながら、運び屋をする人もいるよ」

「ふうん」

 ローサがぽつりと呟く。

「ローサ、はこびやもしようかな」


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