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カボチャ頭のランタン  作者: mm
13.Invitation To The Castle
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 夏に片脚を踏み込んだ庭の一角では、青々とした緑が生い茂っていた。

 濃い緑をがさがさと踏み分けて進む。むっとした青臭さが濃くなった。

 朝露がローサの毛皮を濡らして、黄金と黒の縞模様を宝石みたいにきらきらと光らせた。

 ランタンが迷宮から持ち帰った果実の種を植えた場所は、素人仕事ながら整えられて菜園のような雰囲気を醸し出しつつある。

「ねっこすごい!」

 ローサが引き抜いた雑草を自慢げに見せびらかした。根菜のように太い根には大量に髭根が生えており、たっぷりと土を絡みつかせている。その土の中から太ったミミズが顔を出して、驚いたローサは突き放すみたいに腕を伸ばした。

「きばがあったよ!」

「へえ、じゃあミミズじゃなくて蛇だったのかも。噛まれなくてよかったね。牙ある蛇は毒蛇だから」

 ミミズは既に地面に潜っている。もしかしたら蛇でもミミズでもない謎の生物だったかもしれない。もちろん見間違いの可能性もある。

「ほら、ローサ。暑くなる前に終わらせちゃうわよ」

 ミミズ探しをし始めるローサをリリオンがたしなめる。

「はーい」

 ランタンとリリオンとローサ、そしてガーランドも駆り出して菜園の草むしりをしていた。

 手塩をかけて育てている迷宮植物よりも、圧倒的に雑草の成長は著しい。定期的に草むしりをしているが、気温が上がってからの成長速度は憎むべくほどだ。

 館を譲り受けた時は綺麗に整えられていた庭も、今はもう見る影もない。

「ああ焼き払いたい。――リリオン、あんまり無理はするなよ」

 ランタンはぶつくさ文句を言いながら立ち上がり、腰を反らした。額の汗を拭う。

 長い成長期に入っている脚の長いリリオンは、しゃがみ込んでの作業がそれほど得意ではない。ランタンが気遣うとリリオンは顔を上げて安心させるように微笑む。よいしょ、と立ち上がると、ランタンに負けじと腰を反らした。

「不思議ねえ、こんなにお世話しているのに」

 そして菜園を見回す。

 繁殖する緑のほとんどが雑草だった。這うようなものもあれば、高く伸びているものもある。

「まったくだ。迷宮植物もたいしたことはないな」

 せっせと水やりをした迷宮植物は、しかしほとんどが発芽しなかった。

 発芽までにまだ時間が足りていないだけかもしれないが、望みは薄いだろう。地質が合わなかったのか、それとも水をやりすぎたか、あるいは地下でもぐらや虫に食べられてしまったのかもしれない。

 ここを菜園とするにあたって、ランタンはさまざまな迷宮の土を土壌に混ぜ込んだ。その植物を採取した迷宮の土で種の周りを覆うようにもした。転移迷宮で発見した石積みの覆いを再現して、鳥や獣に種を掘り返されないようにもした。虫が付けば取り除き、このように草むしりもしている。

 しかし人間が精一杯に抗わなければならない迷宮で育った植物なのだから、もう少し丈夫であってもいいだろうと思う。

 これほど手を掛けて育てている迷宮植物は、雑草の繁殖力に今にも覆い尽くされそうだった。

 草むしりをして三日もすれば、雑草はもう小さな芽を出す。迷宮植物は植えてから三ヶ月経ってもうんともすんとも言わない。

「もっと厳しくするべきだったかな」

 そう愚痴ったが、迷宮植物は繊細だ。

 レティシアの兄ファビアンは竜種の交配や繁殖、家畜化の研究をしており、彼が管轄するネイリング領の地域では彼に倣って動植物の品種改良が盛んだった。

 その一環として魔物の家畜化や、迷宮植物の栽培化の研究も行われている。領地の食糧事情の改善と言うよりも、竜種の食糧事情の改善のためだ。

 そんなファビアンとランタンは、時折手紙でやり取りをしていた。ランタンの有している異界の知識にファビアンは興味を持っている。あるいは異界の知識を有するがゆえの、目の付け所に。その見返りというわけではないが、ランタンはファビアンから迷宮植物に関する情報を得ていた。

 迷宮の土を混ぜ込むのもその一つだ。最もよいのはその迷宮環境の再現だが、個人的な趣味として行うには限度がある。仮にしたとしてもよほど価値のある植物でなければ、労力と見合わない。

 しかし取り敢えずは手を掛けることが重要だった。

 虫に食われていないか、病気が出ていないか、風通しは、気温は大丈夫か。

 手紙には。気難しい女を扱うような根気が大切だ、と書いてあった。気が付いてやらねばすぐ拗ねる、とも。何だか妙に実感のこと持った一文である。

 そして手を掛けることが大切なのは、迷宮産も地上産も変わらないと言うようなことも書いてあり、幾つか野菜の種が同封されていた。しかし品種改良の施されたそれらの野菜はすくすくと育っているので、迷宮産とはやはり違うなとランタンは思う。

「いくよー! ちゃんとうしろにいる?」

「いるぞ」

「よおし!」

 ローサが虎の前脚を使って、絡みつく根をものともせずに土を掘り起こす。鋭い爪は凍土だって切り裂けそうで、押し固められただけの地面など訳なかった。そうやってほぐれた土からガーランドが雑草を引き抜いていく。

 こちらではリリオンがランタンの戦鎚で似たようなことをする。鶴嘴を地面に打ち込み、それをそのまま引っ張って地面をほぐす。ランタンが雑草を抜く。勝ち負けのない競争だった。

 あらかた雑草を抜き終わる。

「おい、これ」

 ガーランドがそんな雑草の中から、一株をランタンに投げて寄越す。

 雑草の中には時折、一目見て他とは違う植物が混じっている。それもまた迷宮植物だと思われた。特異な色形、匂いをしていればほとんど確実と言ってよい。

 それは笹形の双葉の間から、節だった茎を伸ばしている。葉は肉厚で、茎とともに細かな毛で覆われている。光の反射で白にも見えれば紫にも見える。

「新種だ」

 それはこの菜園で初めて目にするという意味でしかない。

 植物に限らず迷宮の研究はさまざまな機関で行われている。王立研究所はもちろん、探索者、魔道、商人、職人の四大ギルド、ファビアンのような一貴族、道楽者や好事家、犯罪組織に秘密結社がそれぞれ独自の研究に励んでいる。

 彼らが有している知識は、共有されるものもあれば、独占されるものもあった。

 その中にはこの植物の知識もあるかもしれない。新種は、ランタンにとっての新種でしかない。

 これは迷宮の土の中に混じっていた種子や胞子が自然と発芽したものだった。

 そういう種は、ティルナバンの土壌や気候が偶然にも適合したということになる。つまり地上で栽培がしやすいと言うことで、それほど珍しい種ではない可能性も大いにあった。

「ふわふわしているわね」

 耳たぶでも触るみたいにリリオンが葉を揉んだ。ほのかに爽やかな香りがする。

 泥だらけになったローサが駆け寄ってくる。

「ローサとどっちがふわふわ?」

 そして挑むように背を伸ばした。リリオンはローサの虎の耳を揉んでやり、むずかしいところね、と悩んでみせる。ローサは不服そうに唇を尖らせる。

「もっかい、もういっかいたしかめてみて!」

「うーん、どっちかしらね」

 右手で葉を、左手で耳を触り悩ましげにするリリオンの目は笑うのを堪えていた。ランタンの意地悪さが移ったのかもしれない。ローサははらはらした様子だった。

「――やっぱりローサの方がふわふわね」

「ほらー! きのう、おにーちゃんにあらってもらんたんだもん!」

 ローサは途端に自慢げになり、得意満面に胸を張る。ようやく肩に触れるかという金色の髪が揺れる。汗で髪がいくつかの束に分かれて、その毛先から雫が散った。

「さあ、あとちょっとよ。頑張りましょう」

「うん。ねー、ローサのほうがふわふわだって!」

「――いや、手が汚れているから」

 ガーランドに駆け寄って、頭突きをするみたいに虎耳を差し出す。ガーランドはたじたじになったが、遠慮がちに虎耳へ触れる。

「かしましいことだな」

 ランタンは言いながら新種を小さな鉢植えにした。

 菜園の一角にそうやって発見したものを集めた苗棚が設けられている。

 館の改築をした大工に頼んで、端材を用いて作って貰ったものだった。棚はまだまだ疎らで、六種の鉢植えがぽつん、ぽつんと置かれている。

 それぞれ姿形の異なる奇妙な植物が並んでいる様子は、数が少なくとも見るものが見れば涎を垂らすかもしれない光景だった。迷宮植物としては珍しくないかもしれないが、迷宮産であるというのはそれだけで珍しいものであるという自覚がランタンは欠如していた。

「おにーちゃん、おわったよー!」

「ごくろうさま」

 抜いた雑草は一所に集められて、ランタンによって灰や炭に変えられる。料理の度に出る残飯や、骨なども同様だった。

 館に於いて料理はリリオン、水やりと手伝いはローサ、掃除洗濯はガーランドで、ゴミの焼却処理がランタンの仕事だった、

 レティシアの所では残飯は竜種の餌にしているし、一般の家庭から出たそういったものは区画共同体(コミュニティ)で飼育している豚などの家畜の餌になる。

「ねえ、まだ? ローサがしてあげようか?」

「ローサは全部灰にするじゃないか。今は炭にしてるんだから」

 ランタンが慎重に火力と酸素量を調節していると、ローサが急かすように火元をぐるぐると回り続ける。

「あんまり回ると溶けて蜂蜜になるぞ……、バターだったかな?」

「なんのこと?」

「わからん。収穫したいなら、先にしておいでよ」

「えー、でもー」

「ローサは毎日水やりを手伝ってくれたから、その権利があります」

「じゃあ、おおきいのとれたらみせてあげる」

「それはどうもありがとう。あ、でも棘あるから気を付けるんだぞ」

「はーい」

「リリオン、ちゃんと見といて」

 数少ない発芽した迷宮植物には既に実を結んでいる種が二つあった。

 一種は汗ばむような日が増えるにつれて実はみるみるうちに膨らみ、そして熟した。ランタンたちが食べるより先に鳥に啄まれてしまったが、それが食べ頃の合図だ。

 ローサは無駄にハサミをしゃきしゃき鳴らしている。

 それは枝に棘が生えているが、そんなことよりも赤く熟した実に気をとられているようだ。

「気を付けるのよ」

「うん」

 頷きながらも問答無用に腕を突っ込むのでリリオンとガーランドがはらはらしていた。

 ガーランドが触手を使って枝を広げて隙間を作る。それでも腕に引っ掻き傷ができる。

 ぱちん、と切った。

 それはほんの小さな粒が無数に集まって一つの果実になっている。

 ころんとローサの掌で転がる。ローサは宝石を扱うみたいに丁寧に腕を引き抜き、やった、となぜか小声で囁く。今すぐにでも食べたいというような顔をしたが、ぐっと我慢をしてリリオンが持った籠の中にそっと収める。

 それは桑の実や木苺によく似ており、迷宮では比較的よく目にする果物だった。

 迷宮苺などと一括りに呼ばれるが、その種は無数に存在するらしい。

 発芽したものは鮮やかに赤い果実を結んだが、暗い色をしたものや、緑のままに熟すものもある。味もさまざまでまずいものも甘いものも、毒となるものも薬となるものもある。

 これはおそらくは食べられる種だった。啄んだ鳥の死体を見ていない。

 よく実っており、籠はすぐに一杯になった。

「お、すごいじゃん」

「けっこう重たいわよ」

 リリオンが揺すりながら言う。

 籠はそれほど大きくない。けれどそれでも、取り出せば両手にいっぱい、山積みになるほどに収穫できた。籠の底の方では重みで潰れているのか、籠目から赤い汁が漏れ、甘酸っぱい香りが漂っている。

「ほらみて!」

 ローサがポケットから一際大きい実を取り出した。他のものよりも一回りは大きい。ランタンに見せるために避けておいたようだ。

「大物だな」

「でしょー。はい、どおぞ」

 ローサは身体を揺らし笑い、それをランタンに渡した。

「いちばんおおきいのは、おにーちゃんにたべさせてあげる」

「いいの?」

 ランタンが確認を取ると、ローサはどことなく満足気な顔をして胸を張った。

「じゃあ遠慮なく。でも、せっかくだからみんなで一緒に食べようか。はーい、みんな手にとって。ガーランドも」

「……いいのか? 私はメイドだぞ。メイドというのは、普通は(あるじ)のその後だろう。食事も風呂も寝るのも。――起きるのだけは先なようだが」

 殊勝な意見にランタンは目を丸くする。

「へえ、普通のメイドみたいなこと言うようになったな。リリララの指導の賜かな? 今度ご褒美をあげよ」

 ガーランドは鋭く舌打ちをした。それもリリララ仕込みかもしれない。

「そうだった、普通の主ではなかったな」

「そうだよ。あと洗うから水、出して」

 ガーランドは迷宮苺を手に取る。それから空中に一塊の水を発生させた。

 きんと冷えた水の中でじゃぶじゃぶと(ゆす)いで、濯ぎ終わったら水を拡散させながら新種棚の方へ放った。豪快な水やりだった。気の利くメイドである。

「じゃあ合図はローサがして」

「いただきます!」

 言うが早いかローサは自分の指ごと迷宮苺を口の中に突っ込む。

「んー!」

 ぎゅっと目を瞑って身震いした。

 ランタンも口の中に放り込んだ。

「すっぱ! うわ、すっぱい! あー」

 ランタンは口を開けて悶える。レモンのような刺激的な酸味があった。

「ええ、そんなことないわよ。ちょっとすっぱいけど、甘酸っぱくて美味しいわ」

「おいしい」

「私のも甘くて美味い」

「……うう、くそう。何でこんな目に」

 どうやら大きく育ちすぎると酸味が増すようだった。もう少し早摘みにした方がいいのかもしれない。

「大きいのをローサからとるからだ。罰があったんだな」

「盗ったんじゃねえよ」

「ならば日頃の行いだろう」

 当然のように言うガーランドに、思い当たる節のあるランタンはぐうの音も出ない。

「……ああ、酷い目にあった。ローサ、どんな味がした?」

「えっとねえ、あのねー、なつのあじ!」

「夏知ってる?」

「しってる。なつはあつい。おふろみたいにあつくて、たいようがギラギラする。ローサはけがわだからぐったりしちゃうかも。たまにあめがふると、あおぞらがもっとあおくなるよ。それでねー、にじっていうのがおそらにうかぶの。たのしみ」

「へえ、物知りだな。じゃあ次のやつはどんな味がするんだろう」

「ローサがたしかめて、おしえてあげる」

 ローサは鋏を手にそれに駆け寄る。

 石積みの中心に木製の支柱を立てて、その支柱を頼りに蔦がぐんぐんと伸びて絡みついている。そこにはころころとした鱗芋が実っているが、どうやらそれは()()()であるらしかった。栄養を蓄えて肥大化した茎の一部だ。植えることによって芽を出し、実りは地面の下にあった。

 石積みを退かすとその隙間で眠っていた虫たちが慌てて逃げ出す。

 丁寧に土を解して、ゆっくりと蔦を引っ張ると、鱗は鱗でも棘のない細かな鱗に覆われた鱗芋がずるずると引っ張り出されて顔を覗かせる。

「わ」

 形はでこぼこしていて歪だが、小玉の西瓜ほどの大きさがある。それが一つの蔦に三つも四つもくっついていた。ついでに芋と寄り添うように眠っていた大きな蛙が根に絡まるように引きずり出された。

 牙蛙ではないが、それぐらい大きい。眠たそうな顔をしている。冬眠から目覚めるのに遅れたのかもしれない。

「これもなってる?」

「蛙はなりません。あっちいけ」

 ランタンが追い払うと、大蛙はべんべんと跳躍して逃げていく。春を探しに行ったのかもしれない。

 しかし見事な実りだった。他の種が発芽しなかったのは、これに地面の栄養を吸われたからではないかと思わせた。

 迷宮のものであっても地上で育つことができる。

 魔物や植物、様々なものが地上で繁殖していることを知ってはいるが、自らの手で育て、収穫してみると、それがより事実として感じられた。

「やったー! おおきい!」

 ローサは頭上高くに芋を掲げて、降り注ぐ土に髪を汚すのもお構いなしに喜びの踊りを踊る。

「あとでお風呂に入りましょう、それから一緒に料理をしましょ。これはそのままで食べるのは無理だから。うふふ、ローサはそのお芋はどんな味がすると思う?」

「なつのあじー!」

 ランタンは思わず空を見上げる。

 明日はまた一段と青い空になるだろう。


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