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カボチャ頭のランタン  作者: mm
13.Invitation To The Castle
291/518

291

念のためのお知らせです。

5月5日も更新しました。

念のためのお知らせでした。

291


 それは迷宮都市ティルナバンの下に埋没した、もう一つの都市のようだった。

 迷宮には自然を模したものと、人工物を模したものがある。

 この迷宮はまさしく後者だった。

 見渡す限りずらりと家が建ち並んでいる。その総数、実に五千二十四戸、建築様式はさまざまだが乱雑な印象を受けない。更に教会らしき建物が五つ、ずいぶんと高い塔が一つ、宮殿が一つある。

 迷宮口直下はどうやら馬宿の中庭である。迷宮探索の拠点としては持ってこいの場所だった。

 三階建ての宿には魔道ギルドの関係者と探索者が寝泊まりしており、広々とした馬屋には迷宮で捕らえたらしい魔物が繋がれている。馬の類縁のような魔物が多いだろうか。だが石獣や動く鎧の姿も見える。

 獣系、物質系、そしてここには居ないが不死系の複合迷宮である。

 繋がれた魔物は大半が動きを完全に封じられており、鎖を千切ろうと暴れるさまは不思議と痛々しく思えた。これからそれらの魔物と出会えば容赦など微塵もしないというのに。

 迷宮内ではすでにランタンが来ることが噂になっているようだった。

 迷宮最下層にまで辿り着いたのは二ヶ月も前のことだ。偵察に送り込んだ魔道ギルドの実行部隊二名と、五名からなる探索団が未帰還となった。

 五千を超える建物を調べるために降下した研究者の数は百を超え、探索者の数は上記の五名を含む三十八の未帰還者を合わせて延べ三百名に達する。

 雑夫を含めると現在この迷宮内に千名以上の人間が存在する。

 迷宮の研究も終盤に差し掛かっている。

 解明が済んだわけではない。

 迷宮崩壊の期日が近付いてきているのだ。

 迷宮は生まれ、攻略にかかわらずやがて崩壊する。これほどの人員を注ぎ込んだのはそのためだった。

 そして迷宮は人の手が入った方が長持ちする。

 だらだらと時間をかけて迷宮を攻略すればするほど、迷宮は長期にわたって維持され、しかしそれでも崩壊は免れない。

 最後の最後、崩壊の予兆があってから最終目標を討伐、つまり迷宮を攻略しきると、崩壊までの猶予が幾許か伸びることが確認されている。

 その猶予を生み出すために、ランタンとリリオンに白羽の矢が立ったのだった。

 ランタンとリリオンは宿に設けられた応接室に通された。間に合わせという感じはしない立派なものだったが机や椅子、棚の造作がそれぞれちぐはぐだった。この迷宮内で発見した家具を流用しているのだろう。

 白い髭が胸元まで長い、見るからに魔道使いの老人がこの迷宮での責任者であるらしい。

 マディソン、と名乗って、すぐに契約の確認を行った。

 引き上げ屋、運び屋、食事、治療などの費用は魔道ギルド持ちだが、その内容について探索者は口を出せない。

 例えば食事を個人で好きに用意してもいいが、その場合は探索者持ちになる。

 迷宮構成物、つまり家具や建材や石畳、あるいは転がる小石の一粒に至るまで全て魔道ギルドのものであり、討伐した魔物の素材は全て魔道ギルドが買い取り、魔精結晶は相場の半額が探索者の取り分となり、戦闘に応じた報奨金があり、なにもしなくても貰える基本給がある。

 交渉によって探索者ごとに細かな契約内容は変わるが、基本的な契約内容はこのような感じである。

 さすがは魔道ギルドと言ったかなり破格の契約だった。

 それだけこの迷宮の研究に価値があるということなのだろう。それに魔道ギルドならば契約の不履行といったこともない。

 そんな破格の契約内容だが、ランタンたちのそれはそれに輪を掛けて破格だった。

 魔道ギルドが求めることは最終目標の討伐一点である。それは最も困難な依頼だ。

 それを行うために可能な限りの要望を聞いてもらえることになっている。

 道案内はもちろん、最下層までの道中に護衛が付く。食事内容も口出し可能であるし、綺麗どころはおろか男前を用意させることも可能だったし、まったく場違いな絵描き一人を連れて行くことなど造作もないことだった。

 迷宮構成物に関しても気に入った物があれば応相談、魔物の、つまり最終目標の素材はランタンの自由に、迷宮核に至っては魔道ギルドの買い取りだが、買い取り額はそのままランタンの懐に入る。これに最終目標討伐という依頼料が足されるので、館の改築に使った分をかなり回収できた。

 あるいはそれでも全額回収といかないあたり、かなりの額を使っていることがわかる。

「それで、どうされますか。今日はまず、おやすみになられますかな?」

「いえ、もう行きます。そちらの準備は?」

「万端でございます。お連れさまも既に、荷車の方へ」

 目を覚ましたアダムスは、魔精に当てられて再びくたばっている。

 眠りながら降下すれば魔精酔いが薄まるというのはとんだ与太であったらしい。気付け薬を使おうかとも思ったが、数度魔精酔いを経験した探索者ならまだしも、素人は自然に酔いを覚ました方が身体への負担は少ないとのことだった。

「そう言えばリリオンって、最初の探索で気付け薬って」

「使ったわ」

「うわあ眼が怖い。怖い眼してるよ。――ごめんって」

「ふふん、ゆるしてあげましょう。――なんちゃって」

 リリオンは鋭い眼を緩めると、照れたようにはにかんだ。

「僕はどうだったかな、たぶん使ってないよな。知らなかったし、あれ? ミシャに貰ったんだったか。……でもくたばっていたような気がするな」

 すでに宿の前に最終目標討伐のための一団が集結していた。

「あ」

 ランタンが口を丸く開けて、一音の驚きを声に出すと、護衛の探索者の一人が気安げに手をあげる。

「よう。久し振りだな」

 大理石(マール)模様の毛並み、犬人族ジャックだった。

「まさかこんな所で会うとはな。今回はよろしく頼む。いや、俺らがお前の護衛だから頼まれる方か?」

「そうですね。どうぞ、よろしくお願いいたします」

 ランタンが折り目正しく頭を下げると、仲間である四人の探索者が尊敬の眼差しをジャックに向ける。

 いったいどのように思われているのか、頭を下げたぞ偽物じゃないか、とひそひそ話が聞こえる。

 そんな彼らを見てランタンは小首を傾げた。

 ジャックの仲間は全て犬人族だった。

 男が三人、女が一人。まだずいぶんと若そうな感じもするのは体格や人相からではなく、身に付ける装備がまだそれほど馴染んでいないような感じがしたからだ。

「入れ替えがありましたか?」

 前に一度、会ったことのあるジャックの仲間と、顔ぶれがどうにも違うような気がする。とは言っても獣の血が濃い亜人族の顔は、なかなか区別が付きづらい。

 亜人族同士でも、種族が違えば同じように悩むらしい。ジャックの仲間たちは全員が犬を人の形に押し込めたように毛むくじゃらだった。

「いや、後進の育成を兼ねている。挨拶」

 ジャックが言うと、四人が姿勢を正した。

「……――は! よろしくお願いします。あ、お願いされました!」

「しますでいいんだよ。します、で」

「します!」

 若い探索者たちは、なかなかどうして真面目なようだった。だがその腕前はどうだろうか。探索者は経験を踏み、実力を付けるほどにふてぶてしくなるものだ。

「おかしいな。護衛に腕が良い探索者を付けるって聞いていたんだけど」

「安心しろ、迷宮にはそれなりに慣れてる。この迷宮には特にな。ただお前に慣れていないだけだ。ま、どちらにしろお前らに護衛なんざ必要なさそうだけどな」

「ちゃんと働いて貰いますよ。そのために一人用意しましたから」

「これか?」

 ジャックは視線を荷車に向けた。食料をはじめとする整然と積まれた探索資材にまぎれて、使用中らしい毛布の塊が一つある。

 その下から呪詛のような独り言と、怯えた目が覗いている。アダムスだった。どうやら目覚めたようだったが、ランタンもリリオンもいなくて、どうしていいかわからなかったようだ。

 悪くはない。迷宮での最悪の行動は、恐怖に駆られて滅茶苦茶に動き回ることだ。

 アダムスは怯えながら、あたりを窺っていた。

 運び屋は大柄な牛人族の男。発達した下肢には靴を履いたように見事な蹄があり、こめかみ近くに水牛の血筋だろうか三日月の角がある。どうやら彼が変異をしたのか、それとも素の姿なのかを気にしているようだ。

「ええ」

「なんだこれ?」

「絵描きです」

「絵描き?」

 正しい答えだったが、ジャックは不可解そうな顔になるばかりだ。そんなジャックにリリオンが声を掛ける。

「テスさんはいないんですか?」

「ああ? いねえよ、なんで姉ちゃんが迷宮にいると思ったんだよ」

 おっかねえ、とジャックは二の腕を擦った。柔らかそうな獣毛が毛玉になり、それを解くように爪を立てる。逆立って膨らんだ尾が、萎みながらゆっくりと項垂れてゆく。

 ジャックたちは護衛である。

 道案内は魔道ギルドから二人用意されていた。

 どちらもすらりと背の高い女性であり、色の薄い長い髪を背中に垂らしていた。ゆるりとした法衣の腰をベルトで絞り、そこに短剣をくくりつけているが、本命は手に持っている杖だろう。

「よろしくお願いいたします」

 一人はヤナ、もう一人をアデルと名乗った。

 ヤナの杖は黒い樫で作られており先端が皮殻状の銀らしき金属で飾られていて、一見すると殴打武器のような気配がある。

 アデルのそれは細い枝を幾つか編み込んで作られており先端は籠状となって内側に何かを封じている。

 案内役であるが、戦闘能力も充分にありそうだった。それに美人だ、と思う。綺麗どころを催促した記憶も事実もないが。

「至れり尽くせりだな」

 ジャックが軽口を叩く。ランタンが、なんのことだろう、と見上げると牙を剥いて笑う。

「お前用だろ」

 そう言ってリリオンを見た。

 なるほどヤナとアデルはリリオンに似ていなくもない。

 魔道ギルドがランタンと縁を繋ごうとしているのか、はたまたそれとも弱みを握ろうとしているのかずいぶんとあからさまなことだった。

 ジャックはギルドの二人を前にして平然とそう言ってのけて悪意はない。ランタンはなんとなしにリリオンを見るが、リリオンも平然としている。

 まあ別に何があるわけでもないし、とランタンが思っていると、アデルの方がにこりと笑った。

「ご必要があれば何なりとお申し付けくださいませ」

「じゃあさっそく案内をお願いします」

 ランタンはそれだけを申し付けた。

 地上でアダムスを送り出したマリといい、どうにもティルナバンの女は強い。ティルナバンという土地が女をそうさせるのか。

 しかしそれは迷宮では心強いことである。




 迷宮の地図は宿を中心に、宮殿の方を北と定めている。そして宮殿に最終目標がいる。

 迷宮は城壁都市とでも言うような形で構築されていた。

 地図では宿が中心となっているが、迷宮の中心は大鐘楼と呼ばれる塔だ。そこを中心に南北に延びる楕円形。都市の周囲をうずたかい壁がぐるりと取り囲んでいた。城壁のごとく。

 壁は外に向かって反り返っていた。外部からの侵入を防ぐ鼠返しのように。

 壁の向こうがどうなっているかは不明である。

 魔道ギルドはどうにか向こう側に行けないかと試行錯誤を繰り返したようだったが、現時点では不可能と判断をくだされた。傍目に見ればそれほど難しいことだとは思えない。

 壁を壊してもいいだろうし、壁を登ってもいいだろう。なんなら空を飛んだっていい。

 だがランタンに考えつくことは、研究者ならば当然に考えつき、全て実行済みだった。

 壁の向こうに行けない理由は迷宮内での空間が歪んでいるからだった。近付けば別の場所に跳ばされる。

 壁の付近ばかりではない。ある辻を曲がると、遠く離れた通りに出て、そこを戻るとまた別の場所に飛ばされる。それは不規則に入れ替われるわけではない。ある入口はある出口と繋がり、その出口を入口とした時の出口は第三地点になる。

 魔道ギルドはそれを事細かに調べあげた。

 ランタンはその地図を頂戴したが、なかなか理解するのは難しい。闇雲に動き回っていると、本当に迷宮から出られなくなる。

「結構、最近は話に聞くな。転移、そっちはどうだ?」

「ありましたよ。つい最近、回廊構造というか何というか」

「へえ、どんなところだった?」

「言わないです」

「なんでだよ」

「お姉さんに聞けば教えてくれるかもしれないですよ」

「……ああ、お姫さんの案件か」

 先頭をギルドの二人が行き、四人の探索者、荷車が続き、ランタンとリリオンとジャックが殿である。

 代行官屋敷の地下にある迷宮は秘されているものだ。ヤナたちは案内役だが、もちろんそれだけが勤めではない。案内役としては信用するしかないが、それ以外の所はまだ信用ならない。

 ランタンとリリオンは荷車に乗ることを勧められたが、自分の足で歩くことは迷宮の雰囲気を掴むのにそれなりに重要なので断った。

 あらゆる状況において即応できることが探索者の条件だが、座っている時に魔物に襲われるより、立っている時に襲われた方が対応はしやすい。

 道中の魔物の討伐はかなり進んでいるが、時間の経過もあって再出現も起こっている。

 そして魔物は空間の歪みを駆使して、あるいは魔物自身が知らず迷い込むことによって、思いがけぬ所で出くわすことがある。

「ランタンさま転移です」

 アデルが言った。商品も店主もいないが焼き窯がある。そんなパン屋の角を右に曲がると転移をして、三区画ほど南にある酒場の裏に出る。

 いちいち転移の度に報告をするのは、探索者が未帰還になった原因の一つが転移先の魔物にやられることだからだ。

 転移は急にまったく見知らぬ場所に投げ出されるのと同様だ。転移先には何もいないかもしれないし、魔物が一匹いるかもしれないし、十匹いるかもしれない。それは寝ているかもしれないし、なぜだか準備万端に待ち構えているかもしれない。場合によっては転移者に魔精酔いに似た症状が出ることもある。

「先に何かを投げ入れるって言うのはどう?」

「投げ入れてどうするんだよ」

「追い払う」

「……追い払った先で魔物が転移したら他のやつが迷惑するだろ。それに払えなかったら、今から行きますよって宣言してるようなもんじゃねえか」

「じゃあ爆弾」

「持ってねえよ」

「僕、似たようなこと出来ますよ」

「小技増やしたのか。でもダメだ」

 なんでとランタンが口答えをすると、それに答えたのはヤナだった。

「……歪みを越えると、威力も精度もずいぶん落ちますの。視界から外れることもそうですが、歪みを通っても実際の距離はそのまま保たれるのだと思います」

「調べた結果?」

「ええ、さようでございます」

「じゃあ行くしかないか」

 ランタンが戦鎚を抜いてやる気を出すと、ジャックがその首根っこを引っ掴んだ。

「まあ待て。仕事を盗るな。よし、お前ら行けるな」

「はい」

 若い探索者は前衛戦士の男三人に、魔道使いの女一人。

 まず重装備の青年が転移した。白い被毛が荒縄状に纏まり、その上から鎧を身につけているのでかなり大柄に見える。

 ほとんど間を置かずに残りの二人が続く。こちらは白地に黒の斑模様で二人とも軽鎧に長剣を装備している。よく似ているから兄弟かもしれない。

 最後の女は真っ直ぐな茶の被毛に包まれた小柄な女性だ。はっきりとランタンよりも小さいが年は上だろう。男たちに比べると品があるように思えるが、手に持っている短杖は誰が見て戦棍と思うだろう物騒な代物だった。

 転移の瞬間は不思議だった。景色を反射する水面に、波紋も立てず飛び込んだらこのようになるかもしれない。人の姿が溶けるようにすっと消える。

「……例えば身体半分通り抜けて、戻ってみたらどうなるの?」

「どうなるかはわかりません」

 ヤナが真面目な顔を押して断言した。

「歪みに入った瞬間、引かれるように向こう側に出ます。それに抗うことは難しいでしょう。手を引いて、戻そうという実験がありましたが、通った人間と引いた人間、両者ともに見つかっておりません。決してなさらないように」

「了解。――だってさ」

 リリオンは小さく震えた。しかしもっとも怖がったのは荷台で盗み聞きをしていたアダムスだった。悲鳴に近い声を出す。

「ほ、本当に行くのか?」

「行くよ。あと大きい声は魔物を呼ぶかもしれないから注意」

「ほんとうに、ほんとうに……」

「ここに連れては来たけど、僕はあんたをどうにかしようとはしないよ。そこにいるのも自由、降りて引き返すのも自由。好きにしな。――僕、先に行っていいですか?」

「好きにしな。俺もすぐ行く。最後尾だけどな」

 ジャックが半分笑いながら答える。

 リリオンがちょっと不安げにランタンへ囁いた。

「ランタン、ねえ、手繋いで」

「……いいけど、引っ張らないでよ」

「しないわ。絶対しないから」

 ランタンは右手に戦鎚を持ってリリオンと左手を繋いだ。外套に隠すようにしたが、まったく意味はない。リリオンはランタンにくっつき、そしてそんなリリオンに押し込まれるみたいにしてランタンは空間を越える。

「……なるほど魔精酔いか」

「はう」

 気のせいと思える程度の不快感があった。こちらとあちらの二つの景色が重なって、下にあった景色がいつの間にか浮かび上がってくる。明るい通りだったはずが、薄暗い酒場の裏だ。

 魔物はいない。

 リリオンがくたびれたように胸を撫で下ろす。先行の四人は周囲の警戒を行っていた。それぞれが角を覗き込んでいる。

 すぐにヤナとアデル、運び屋とアダムス、そしてジャックが現れた。

「無事なようで何よりだ。どうだった?」

「まあ平気です」

「他の転移もほとんど差はない。次からはそれも不要か?」

 ジャックはまだ繋がれた手を指差してはっきりと笑った。ランタンは手を振り解こうとするが、リリオンは反射的に強く握った。

「まだダメみたい。ローサ連れて来た方がよかったかな、その方がリリオンってしっかりするし」

「もう、ランタンの意地悪。ランタンが手つないでって言っても、ダメって言っちゃうんだからね」

「ほんと?」

「……ほんとうは言っちゃわないけど」

 二人のやり取りを確認し、ジャックは視線を運び屋に向ける。

「平気そうだな。で、お前はどうなんだ。絵描きさんよ。おう、大丈夫そうだな」

 運び屋の顔色を確認し、それからアダムスの毛布を剥ぎ取り、顎を掴んで顔を正面向かせる。あまりの強引さに悲鳴をあげる暇もない。ランタンはもう見慣れた引き攣った顔を見てジャックは頷いた。

「そっちの二人も問題なし。全員無事だな」

「ジャック先輩、周囲に魔物の反応はないです」

「そうか。よし。信じるからな。三十分以内に戦闘があったら給料から引くぞ」

「ええ、そんな。あの提案なんすけど牛歩で行くって言うのはどうすかね」

「弱気は減額だな。連帯責任だ」

 提案をした斑模様の一人が仲間から罵詈雑言を浴びせられて項垂れている。それでも尻尾はそれなりに元気に動いているので、慣れたやり取りなのだろう。

「ジャックさんって、本当に面倒見いいですよね」

「ああ? よくねえよ、別に。普通だろう」

 迷宮は人の本性をさらけ出す。

 現状、一見のどかに見えても、次の角を曲がったら死が待っていることもある。極限と常に隣り合わせだ。

 そして極限と出会った時に人は戦うのか、逃げ出すのか、仲間を守るのか。それとも囮にするのか。諦めるのか。

 探索者は自分に出来ることしかできない。

 選択肢は幾つあっても、その時に選んだ一つが、自分に出来る全てのことに違いない。

「さあ、ランタンたちの初体験も済んだし、さっさと進むぞ。牛歩なんて馬鹿言ってないで――。あんたのことじゃないからな」

 寡黙な水牛の運び屋も口元をほころばせて笑う。

 これはちょっと僕には出来ないな、とジャックを見ながら思う。


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