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カボチャ頭のランタン  作者: mm
13.Invitation To The Castle
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 ぎしり、ぎしりと軋みながら車輪が回る。

 荷台に積み込んだ引っ越し荷物の量はランタンとリリオン、ローサとガーランドの四人分だが、ガーランドの私物はほとんどない。重量の大半を占めるのは探索関連の荷物であり、更にその半分はランタンの迷宮採集物だ。

 だというのにランタンは荷車を牽きも押しもしていない。

 荷物らしい荷物といえば腰に結んだ戦鎚ぐらいのものだった。

 荷車を牽いているのはローサだった。

 子供に重労働をさせているような罪悪感がないわけではないが、手伝おうとすれば当のローサがこれを拒否するのである。リリオンも手出しできない。

 屋敷を出ようかという時に背負っていた背嚢も今は荷台に積んである。ローサに奪われたのだ。

 どうやら見送りのメイドたちにいいところを見せたかったらしく、山盛りの荷物の全部を自分が運ぶと言って聞かない。

 リリオンも腰に剣を提げているだけだったし、ガーランドに至っては似合わないメイド服のみである。もしかしたら膨らんだスカートの内に武器を忍ばせているかもしれないが、まさか捲って確かめるわけにもいかない。

 門前で手を振っていた見送りどころか、ネイリングの屋敷の姿も視界の彼方であるのにローサは重い荷車を弾む足取りで牽き続ける。別れの涙はもう乾いた。

 ベリレとの特訓の成果だろうか弱音一つ吐かず、息の一つも上がっていない。当初はぎこちなかった少女の上半身と、炎虎の下半身の連携も今は滑らかだ。

 貴族の屋敷が並ぶ区画を東へ東へと進んでゆく。

 石造りの古い街並みが広がっている。

 黒色や褐色、落ち着いた色合いの自然石を薄切りにしたような敷石は時に浮き、すり減って、割れている所もある。それは荒れた雰囲気よりも、むしろ長い歴史を感じさせる。

 迷宮特区の完成とともにティルナバンの中心は西へ西へと移り変わったが、かつては東区こそがティルナバンの中心だったらしい。

 馬車に乗って通ったことのある道も、歩いて通ればまた違った景色に見える。高さが違うだけでずいぶんと印象が違う。

 ならばリリオンが見えている景色はどんなものだろう、とランタンは高い位置にある少女の顔を盗み見る。

「なあに?」

 ばっちりと目があってリリオンが小首を傾げた。ランタンが曖昧に微笑むと、鏡写しにしたようにリリオンも唇を緩める。

 ランタンが盗み見たように、リリオンも同じようにランタンを見たのだ。

 二人は揃って空を見上げた。青色が透けて見える薄雲が空に散らばっている。陽光が頬に暖かく、リリオンは大きく伸びをして、ランタンは一歩だけスキップする。

「引っ越し日和だね」

「そんな日和があるの?」

「あるよ、雪とか雨とか、向かい風とかだったら面倒だ」

 風は緩く、冷たくも暖かくもない。だが若草や、花の香りが微かにする春風だった。

 ランタンとリリオンが並んで先導しており、ローサとガーランドが二列目だ。メイドらしくガーランドは半歩だけ下がっている。歩き方は鋭すぎる。

 それは迷宮探索の陣形に、少しだけ似ている。

 それほど治安の悪い区画ではない。貴族の邸宅もちらほらあり、その一方で古めかしい工房や、軒先に野菜や絞めた鳥を吊している民家もある。

 野猫や野犬もいる。ローサがちちちと(さえず)って呼び寄せようとするが、それらはランタンを見るや否や逃げていく。相変わらず動物からは好かれない。

 どこからか香が煙る。

 その香りの元である古色蒼然とした教会の前でローサが足を止める。

 異教の教会だった。

 かつて迷宮を求めてやってきた移民が信じたどこか遠くの神だろう。それは広まりこそしなかったが根付いているのだ。

 教会は開け放たれており、その中には男女の区別もつかないような皺と白髪にまみれた老人たちが祈りを捧げているのか、無駄話をしているのか、ともあれ集会を開いている。

 その奥に座している神像は、香の煙に包まれて集会の一員のようだ。

 色硝子を透過した陽光が教会内を色取り取りに照らしており、ローサの視線に振り返った老人の瞳は濁って視力はほとんどないはずだった。そこにいる老人の誰もがそうだ。瞳の色が灰や淡黄に濁っている。

 その微かな視力の異教徒は、この異形の少女をどう見たのか。

 悲鳴を上げるわけでもなく、丸まった背中もそのままに動きを止めている。

 じっと見つめられて、ローサはどぎまぎした様子で再び小走りになって動き出す。

 ローサは物怖じしない方だが、なるほど尻込みするのもわからないではない。老人たちの集会は妖しさに満ちている。

 ランタンの外套を掴んで引っ張る。

「ねー、あれ……」

 指差した先の教会は沈黙を保ったままだ。

「教会だよ。遊びに行ってる孤児院あるだろ。あそこと一緒」

「でもー、しわしわしかいなかったよ」

「あと五十年も経てば孤児院のお友達もしわしわしかいなくなるよ。僕らも、ローサも」

「クーちゃんもフーちゃんも、ローサもしわしわ? やだー」

 疑い混じりの、けれど本当に嫌そうに、うんざりした呟きだった。

 心なし弾んでいた足取りも重たくなって、物珍しげだったローサの眼差しは警戒心を含み、しかしきょろきょろするのは止められない。

 本人はこっそりしているつもりなのだろうが、敷石を浮かすように芽を出す雑草にまで及ぶ好奇心は隠しきれない。

 そしてそれはリリオンもそうだった。

 歩きながらも爪先立ちになって塀の向こうを覗き込んだり、通り抜けられない細い隙間を覗き込んだり忙しい。

 ローサは友達と、あるいは一人で勝手にティルナバンの街を探検することもあるが、リリオンは今でも何だかんだランタンとべったりだった。

 そしてランタンの行動範囲はそれほど広くはない。迷宮探索に関係する場所以外をほとんど知らないと言って間違いではない。

「あれは?」

「金物屋さん」

「じゃあ、あれは?」

「お肉屋さん、材木屋さん、大工さん、仕立屋さん」

「したてやさん?」

 ランタンは一人先頭に、リリオンがローサと並んで繰り広げる会話をぼんやりと聞いている。

「着る物を作ってくれたり、お直ししてくれたりするのよ」

「おいしゃさん?」

「そうね。着る物のお医者さんみたいなものかしらね」

 二人は辺りに気を取られていて、背後から迫ってくる蹄の音にまったく気が付いていない様子だった。

 ランタンが立ち止まると、リリオンが勢い余って背中にぶつかる。ランタンは顎を反らして、空を見るようにリリオンの顔を見上げた。

「きょろきょろするのもいいけど後ろも注意しな。馬車が通るよ」

 振り返って慌てる。

 ローサがどうにか荷車を壁に寄せ、寄り切らなかった隙間をリリオンが力任せに横ずらしにする。

 背後から迫ってきたのは二頭立ての馬車だった。幌はなく、剥き出しの荷台に五名ほど人が乗っている。貴族でもなければ、荷運びの商人でもない。

 それは探索者の一団だった。

 顔見知りではない。だがそれぞればらばらの装備に身を包み、薄汚れ、血と魔精の匂いに包まれているのならばそれは探索帰りの探索者に違いあるまい。二人の御者は探索者見習いの運び屋だろうかまだ若く、ランタンと同じぐらいの年齢だった。

 荷台に乗るのは男が四人に女が一人。こちらもまだ若そうだが、ランタンよりは一回りは上だろう。

 馬車は猛烈な速度だった。道幅は広いが、さすがに荷車と馬車ではぎりぎりすれ違えるぐらいだ。しかし馬車は速度を落とす気配を見せない。

「ちょっと危ないな」

 ランタンは呆れたように呟き、首を伸ばした。

 互いに探索者の動体視力である。ランタンは向こうの驚いたような表情がよく見えたし、向こうもランタンの物珍しげな表情がよく見えただろう。

 そのまま過ぎ去っていくかと思ったが、手綱を目一杯に引いて速度を落とす。指揮者だろう男の指示だった。御者にというより、馬そのものに命じたようだ。

 二頭の馬が前脚を高々と上げて停車した。

 ランタンの存在がそうさせるのか、馬は落ち付かなげに足踏みをしている。

「よーう、ランタン」

 珍しい生き物でも見つけたように、それでいて親しげに指揮者の男が言う。言葉に巻き舌になる癖があるようで、それはもしかしたら疲れの所為かもしれなかった。

「調子はどうだい?」

「ん、悪くはない。そっちは探索帰り?」

「おう、ま、ぼちぼちだな」

「行きより人数が減ってないなら充分だろう」

「新人の頃ならな。一人減りゃそれだけ取り分が増えるんだが、どうにもこいつらなかなかしぶとい」

 たちの悪い冗談にしかし彼の仲間たちは平然と笑った。

「なあなあ、風の噂に聞いたんだが」

 指揮者は視線をローサの牽く荷車に向け、すぐにランタンへと戻した。

「あれ、マジみたいだな。お姫さんからお館を頂戴したって。あっこだろ、あの石塀の高い」

「まあね」

 ランタンが軽く頷くと指揮者が、そして仲間たちが唸った。もたれ掛かるようにしていた身体を起こして身を乗り出した。

「はあ、豪勢なことだなあ。どんなことしたらそんなもんもらえんだよ。どういう腰使いだ。え?」

 リリオンとローサと、幽鬼のごとく無表情のガーランドにまでたっぷりと視線を送る。

「三人連れかよ。このスケベ」

 ランタンは露骨に嫌な顔をした。

 しかし探索者たちはお構いなしだ。ただ一人の女の探索者まで悪のりする。

 男だらけの中にあって前衛戦士をやっているのだろう。

 はっきりと肩の盛り上がった筋肉質な女だった。人族でありながら、ローサよりもよほど大型の猫科動物を思わせる獰猛さを有している。

「あたしにも教えておくれよ、僕ちゃん」

「やめとく」

「なんでさ、あたしだってなかなかのもんさ」

「迷宮で一人も欠けなかったんだから、そのままの方がいいでしょ?」

 呻き声一つ上がらなかった。ふられてやがる、と囃し立てていた男たちも唇を縫われたように黙った。

 アシュレイより館を頂戴したという事実を裏付けた時よりも、それは妙な確信を抱かせる言葉だった。

 女戦士の視線が泳ぐ。

「ああ、あー、なんだ。冗談だ、うん」

 そして絞り出すようにそう言った。

「なあんだ、冗談か」

 ランタンはわざとらしく残念がった。そして、吹っ掛けてきたのはそっちだぞ、とそういう視線を指揮者の男に向ける。

「勘弁してくれよ。こんな蓮っ葉でも我が隊の(きみ)なんだ」

「蓮っ葉ぁ!?」

 先程の醜態を誤魔化すかのように女が声を荒らげる。あたしのどこが蓮っ葉なんだ、と指揮者に食って掛かった。

 じゃれているだけだ、とランタンにもわかる。

「だめーっ!」

 だが本当に喧嘩を始めたと思ったローサが、甲高い声で静止した。荷車に繋がれていることも忘れたように止めに入ろうとしてつんのめる。

 ちりちりと空気が焦げた。

「けんかはだめ。みんななかよくするのよ。シスターがいってた」

 全く以て真面目な顔で叱られて、探索者たちは何だかしらけた雰囲気になった。しかしローサはお構いなしだ。

「ねえ、きいてるの!?」

 炎の波打つ背中をランタンは素手で撫でつける。

 だがローサはまだ少し腹を立てているようで、頬を膨らませながら、彼らがいかにいけないことをしたのかリリオンとガーランドに言いつけている。

 それを横目にランタンは指揮者と言葉を交わす。

「――そうだ、ランタン。引越祝いやるよ。おい」

 馬車の荷台には探索装備の他に、探索の戦利品も積んであった。多くの探索者はギルドへと直行して換金するが、彼らはそうではないらしい。あるいはあえて換金しなかった品々かもしれない。足元をがさごそすると、一頭の仔牛が現れる。仔牛ほどの大きさの魔物だ。

 それを仲間の一人が軽々と抱え上げた。

 頸部を半ば断ち切られ、硬そうな獣毛が力無く寝て、青い血に斑に染まって硬くなっている。

「ほれ、遠慮すんなって」

「ガーランド」

 ランタンに言われるが早いか、ガーランドが触手髪を使って仔牛を受け取る。五十キロは下るまい。ガーランドはそれを平然と受け取って腕に抱え直す。視線は探索者に向けたままだ。

「ま、これから近所付き合いもあるかもな。よろしく頼む。よし、出しな。軽くなった分急げよ、迷宮よりも疲れたぜ」

 逃げ出すみたいな速度で馬が走り出した。

「ばいばーい! もうけんかしたらいけないんだからねー!」

 その背中を見送る。ぶんぶんと手を振っていたローサが鵺のようにガーランドを振り返る。

「ゆーれー、のせてのせて! ローサがはこぶから!」

「ゆうれいじゃなくて、ガーランドさん」

「ガーランドさんのせて!」

 ガーランドは少し迷いを見せたが、ローサが地団駄を踏むので荷台に仔牛を乗せる。青い砂をまぶしたように、固まった血がメイド服を汚した。それを触手で払いながらガーランドは首を傾げる。視線はすでに消えた馬車を睨むようだ。

「どうかした?」

「……」

 思考の沈黙に陥っているらしく、鋭い眼差しを閉ざして黙している。

 しかし再び歩き出すと、黙ったまま付いてくる。

「ゆー、……がーらんどさんどうしたの? ころころしたい? かわってあげようか?」

「ご近所さんだって。この辺りに住んでいるのかしら」

「そうみたいだね。探索者って誰も彼も宿暮らしだと思ってたよ」

「……――なあ」

 ガーランドが最後尾からようやく口を開いた。

「この前リリララと外に出た時はもっとじろじろ見られた。これはどういうことだ?」

「じろじろ見られたいの?」

 このティルナバンであってもやはりガーランドの触手髪は目立つ。クラゲの触手であるぷよぷよしたそれは、獣の角や鱗といった馴染みあるものではないからだ。リリララに街案内をされた時にはよほど奇異の目で見られたのだろう。

 しかし今日、それがないことが不思議なようだった。

「露出狂だからなあ」

「ちがう」

「じゃあいいじゃん」

「よくない」

「でも僕に聞かれても知らないよ」

 ランタンには思い当たる節がまったくない。

 ガーランドは不服そうに唇を歪める。

「わたし知ってるよ。その理由」

「ほんとうか!」

 リリオンは自慢げに頷く。食って掛かるようなガーランドに、しかしその理由を教えなかった。

「なぜだ」

「教えてもらわなくてもすぐわかるわよ。ねー、ローサ。ほら、もうちょっとよ」

 ローサが駆け足になってランタンとリリオンの間に割って入った。

 玉の汗が浮いた額が陽射しにつやつやする。

 それぞれの腕を取って、言葉もなく自慢げに笑った。ただの少女の笑顔だ。




 館は四方を石壁に囲まれている。

 戦国時代の名残だった。敷地の東側に見張りの尖塔があり、その内側には古ぼけた階段と蚕棚があるが、もうかなりの年月使われていないようだった。

 近くには畜舎や倉庫があり、もちろん(から)だ。

 礼拝堂もある。

 北側には三台も馬車が駐車できる車庫があるが、今はローサの荷車がぽつんと駐まっているだけだった。

 庭もずいぶんとさっぱりしている。

 かつてそこにはアシュレイの趣味と実益を兼ねた、迷宮由来の植物が植えられていた。だがそれも根元の土ごと掘り返されて、今は新築された居城の庭に移植されていることだろう。落ち葉の一つもない。

 館の中も綺麗なものだった。

 家具の一つもない。隅から隅まで徹底的に、綺麗さっぱり掃除されている。

 それはランタンがアシュレイに頼んだことだった。アシュレイはランタンに尽くしてくれた。家具を残して欲しいと頼めば残してくれただろうし、新調して欲しいと頼めば新調してくれただろう。

 館の中には塵一つみられない。

 ランタンが綺麗さっぱり空っぽにして欲しいと頼んだからこそだった。

 絨毯さえ剥がされた板張りの床に引っ越しの荷物を降ろす。かあん、とよく締まった古い木の音色がする。それは金属の音色にも似ていた。

 ローサが丸く口を開いて、ぐるりと首を巡らせる。そのまま空だが一回転した。

「ここがあたらしいおうち?」

 どことなく夢見るような口調だった。

 さすがにアシュレイの居館だっただけのこともあり、古くともしっかりとした造りをしている。だがローサはその立派さに驚いているわけではない。ネイリングの屋敷の方が圧倒的に立派で豪華だった。

「なあんにもないよ。からっぽ」

 だだだだだだ、と駆け、扉を開けて顔を突っ込み、右左右と視線を巡らせて一目散に戻ってくる。

「なんにもないよ」

「そうだよ」

「あははははは、なんにもない!」

 無邪気さと、笑うしかないと言うような清々しさがあった。

「本当に何にもなかった? じゃあお家の中を色々見て確かめましょ」

「さんせーい!」

 リリオンが言うと、ローサは諸手を挙げて応える。

 よおし、とランタンは肩を回した。

「じゃあここを拠点とする」

 ランタンは引っ越しの荷物の中から水筒を引っ張り出した。それをローサの肩から斜めに掛ける。腰の戦鎚を一つ叩く。

「お館探索だ」

「あら、いいわね。ローサも探索したかったんだものね」

「……! ……!」

 ローサの興奮は言葉にならない。ぴょんぴょんと跳ねて、危うく発火しかけている。

「こら、ローサ。落ち着きなさい。探索のお約束を教えてあげるわ」

 リリオンが神妙な声音になると、ローサは器用に四本脚を折り畳んで座して見上げる。

「いいこと? ランタンの言うことは絶対服従よ」

「ぜったい、ふくじゅう?」

「ランタンの言いつけは守るの。毎日の素振りとおんなじよ。わかった?」

「わかった!」

 ローサははっきりと大きく頷く。大きな虎目で縋るようにランタンを見つめる。

「よし、わかった。じゃあ行くぞ。まずは上だ。それから下に行く」

「はーい!」

 駆け上がるように階段を上がって、片っ端から扉を開いていく。備え付けの棚や、隠し扉の一つに至るまで見逃さない。

「ほら、上」

「うえー?」

 天井に隠してある梯子を見つけてローサは腰を抜かした。

「どうしてわかるの?」

 それは見取り図を見たからだった。そんなことをおくびにも出さず、探索者だからね、とランタンは嘯いた。ローサの尊敬の眼差しはむず痒い。

「ガーランド。ローサ持ち上げて」

「なんで私が――」

「絶対服従」

 メイドらしからぬ伝法な舌打ちも、もしかしたらリリララ直伝なのかもしれない。ガーランドは二つの腕と触手髪を目一杯使ってローサを持ち上げた。

 ローサは隠し扉に頭を突っ込んで、見知らぬ世界を見るように薄暗い屋根裏部屋を見る。

「なんかあった?」

「なんにもないよ」

「ねずみは?」

「ねずみもいない……」

 滑り落ちるみたいに階段を下る。

 空っぽにしてと頼んだのはランタンだったが、それにしても徹底的だった。風呂には石鹸の一欠片もなく、食堂には皿の一枚もない。厨房からは灰の一握りにさえ取り除かれている。

 リリオンは広々とした厨房を見回すと、大きく笑った。

 いや、もしかしたら震えたのかもしれない。

 しかし、なぜ。

 ランタンがリリオンを見上げると、リリオンはランタンに視線を合わせる。

「おいしい料理を作るわ。きっと」

「――うん」

 リリオンはやはり満面の笑みを浮かべたに違いない。そして先程までのローサのように、竈の中に頭を突っ込むみたいにして隅々まで調べている。

 ランタンはリリオンの気が済むまでそうさせた。竈の中に頭を突っ込んだのに、リリオンの髪は少しも汚れていなかった。

 厨房の奥には食料庫があった。裏口にもなっており、外から入れるようになっている。その地下は冷暗所だった。湿度はほとんどなく、それでいてひんやりしている。あとであの仔牛を吊そうと思う。

「ここローサのへやにする。ひんやりしてきもちいい」

「だめ」

「ここがいい!」

「絶対――」

「――うう、ふくじゅう」

「よろしい。それにここ、僕たちの部屋から遠いよ。ローサはもうずっと一人で寝るんだね。それか牛の死体と」

「やだー」

 そしてようやく広間に戻ってくる。何もないことを確かめるのに結構な時間がかかったのは、やはりそれなりの広さがあるからだった。

 四人は車座になって探索食を囓った。

「なんにもなかったね。おうちなのにへんなのー!」

 ローサの笑い声が天井高くにこだました。それにつられたみたいにリリオンが小さく微笑む。

「本当に何もないわね。まずはベッドかしら、それとも机と椅子?」

 天井にある笑い声に触れるかのようにリリオンが手を伸ばした。

「本当にここで暮らすのか? 気でも狂ったか」

 ガーランドさえもがそんなことを言う。あの暖かな屋敷での暮らしを捨てて、このようながらんどうに身を置くことが彼女には信じられないらしい。

 ランタンは探索食を水で飲み下して、すくりと立ち上がった。

 憤懣やる方ないといった感じに仁王立ちになる。

 腰に手を当てて、じろりと三人を見下ろした。

「変じゃない。――僕の城だぞ」

 探索で充分にわかった。ここは城と呼ぶにはあまりに空虚だった。

 だがそれでもランタンは堂々と言いはなった。

「何もなくて結構。これからここを僕の城にするんだ」

 口に出してみるとランタンの身体が目に見えて震えた。

 全身に鳥肌が立った。

 ランタンにとっても自分の家を持つことはやはり特別なことだったのかもしれない。あるいは自らの由来を知らぬランタンであるからこそ、それはより特別な意味を持つのかもしれない。

 ここで暮らしていくのだ。

 ここでリリオンと暮らしていくのだと思うと心が奮い立った。

 どんな強敵に挑む時も、迷宮最下層の霧をくぐる時も、心を奮い立たせてきた。どれほど恐ろしげな影を見ても必ず倒すのだと自分を信じ、時に自分を騙してきた。

 そのどんな時とも違った。勇気を振り絞る必要がなかった。

 ただ自然と昂ぶりがあった。

「僕の城だ。いいだろ」

 へへへ、とランタンは笑う。

 照れるように、誇るように。


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[一言] この世界に未練や思いれもなかったランタンが、リリオンを始めとする人との繋がりから、自分の存在を確認して、ついに根付くための居場所を手に入れたのが感無量 この一歩はランタンにとって大きなものな…
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