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カボチャ頭のランタン  作者: mm
13.Invitation To The Castle
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 ランタンは闇の溜まる深い亀裂を登っていた。

 亀裂の内にも銀めく結晶はあって、それは溶岩石とは違いつるりとしているので、そこに手足をかける場合は気を付けなければならない。

 ランタンは身体を捩り、壁に背中を押しつけ、両足を揃えて向こうの壁に突っ張る。首から提げた魔道光源(ランプ)を手繰り寄せ、浅く唇に咥える。

 ランタンは空いた両手を頭上に伸ばし、髪にぼろぼろと岩屑が落ちてくるのも構わずに、そっと何かを引き剥がした。

 眼前にかざす。

 それは壁に活着した植物だった。ランタンはそれに光を当てて状態を確認すると、腰袋の中に落とし入れる。

 光源をぷっと吐き出す。亀裂のこの先はランタンの小躯でも狭すぎる

 ランタンは口中に溜まった唾を飲み込んで、顎下で雫になった汗を拭う。

 再び、今度は先程とは逆に身体を捩り、背中側の壁に掌を押しつけ、ランタンは大の字に四肢を広げる。

 ランタンは慎重に亀裂を下ってゆく。

 それはあたかも闇に潜む人妖のようだ。

 迷宮を注意深く観察するようになって、ランタンは視界に映る景色の中にふと今までは見逃していた違和感に気が付くようになった。

 それは戦闘時、相手の隙を見つけることに似ていた。

 膨大な戦闘経験に裏付けされた直感が瞬時の判断を促すように、ランタンに蓄積された膨大な探索経験は疾走する荷台上にあってその違和感を見逃さなかった。

 もっとも見逃さないためには片道では足りなかったが。

 十分ほど下ると、亀裂の幅がランタンの足の長さでは足りなくなる。ランタンは壁から四肢のつかえを外した。吹き下ろしの風に押し出されるままに落下して、ランタンはほとんど音もなく着地する。

 念のため腰袋の中を確認し、魔道光源を結ぶ首紐の長さを無駄に揺れないように短く調節する。待たせているわけでもないが、小走りになって迷宮口直下へと引き返した。

 雪のせいで、引き上げ屋の到着が遅れていた。

 雪とそれが発する冷気ばかりだった迷宮口直下には、熱気が入り交じるようになった。

 光に揺らぎがあり、それは炎によるものだ。

 積もる雪の縁に荷車を横倒しにして、簡易的な冷気除けの壁を作る。そして焚き火を起こして暖を取っていた。いちばん温かいところに怪我人の五人を横たえている。

 焚き火の傍にあってその五人は邪神に捧げられる贄のようにも見える。彼らを介抱する異形の運び屋が、先んじて召喚された邪神の僕に見える。そのせいで運び屋の甲斐甲斐しさが妙に微笑ましい。

 血が雪を汚していた。

 血で染まった包帯が打ち捨てられており、新しく巻かれた包帯はすでに血が滲んでいる。だが状態は安定していた。無理矢理に流し込んだ魔精薬が好ましく作用を始めたのだろう。

 ただ重傷の魔道使いだけが、やはり少し厳しいかもしれない。運び屋が足をさすって血の巡りをよくしている。

 ギデオンは五人の空いた隙間に腰を下ろしている。

 看病は戦いよりもよほど疲れたのかもしれない。いや、思えばこの男は運ばれたランタンと違い、自分自身の足で迷宮の片道を踏破したのだ。走り詰め、そしてランタンが来るまで戦い詰めだったに違いない。

 ようやく疲労を見せられる程度に状況が落ち着いた、そして一人の探索者にできる全てが終わったということだろう。

「――ランタン、何かお宝は見つかったか?」

「お宝? 僕はもうそういう夢見がちな探索者は卒業したんだ」

 ランタンはわざとらしく肩を竦めると、ギデオンは肩を揺らして笑う。ランタンは視線を五人に向けた。露悪的な表情を作る。

「とどめが必要なのはいる?」

「おかげさまで全員無事だ」

「それはよかった」

「あとは引き上げ屋が来るのを祈るのみ」

 ギデオンは目敏く腰袋の膨らみを見つけると、血で汚れた指を向ける。

「それは?」

「お宝」

「それはいい。是非見せてくれ」

 ランタンも怪我人の間に腰を下ろし、焚き火で両手の表裏を炙って温め、口を開いた袋を逆さまにした。

 同一種類の植物が六株、転がり出た。

「たいしたお宝だ」

 揶揄するような口ぶりでギデオンが言い。でしょう、とランタンが応戦した。

 それはお宝と言うには地味な花だった。

 葉はなく、親指ほどの太い茎は短い。根は網のようになっているが、今は布で包まれている。布の下では拳大の岩を根に抱かせてあった。太く短い茎はほとんど根元近くから複数に裂け、その先端であるものは暗色の、あるものは銀色の花を咲かせている。小振りな百合に似た花だった。

「はて花代はまだ渡していなかったはずだが。どこで買ってきたんだ」

 ギデオンは自分で言って、自分で笑った。意外な発見だ。もっと堅苦しい人物かと思っていたが、思いの外よく笑う。こういう所も人望がある所以だろうか。

「亀裂の中に花屋があるんだ」

「ははは、それはいい。――しかし、わざわざ戻って亀裂を登ったのか。物好きなことだ。それでこの花では、割に合うとは思えないな」

 ギデオンは視線に僅かな疑いを滲ませた。

 今、目の前にいるランタンと、先程別れたランタンが同一の存在かどうかを疑っているのだ。探索者に擬態する魔物もいないわけではない。死霊系や、物質系の魔物の中に稀にそういったものが存在した。

 気が付かぬうちに仲間の一人と入れ替わり、寝静まった探索班を壊滅させたという話がある。恐ろしい話であるが、この話の最も恐ろしいところは壊滅した探索班の話を一体誰が伝えたのかということだった。

 ふと視線の疑いが失せる。

 ランタンが魔物であろうと、そうでなかろうと何か大きな違いがないことに気が付いたのかもしれない。もともとランタンは魔物じみた存在である。

「探索者を辞めて学者にでもなるのか? しかし学者ではあまり稼げんと聞くぞ」

「学者にはならないし、探索者を辞められるんならもうちょっと早くに辞めてるね」

 焚き火には鍋が掛けてあり、ぐらぐらと熱湯が沸いていた。湯は迷宮に積もった雪を溶かして作ったものだ。

 ランタンは鍋からコップに湯を一杯注ぎ、それを太ももの間に挟んだ。大腿動脈を流れる血が温められて、全身に熱を運んだ。

「良い値が付くのか、その花は」

「いや」

「なら花が好きなのか。似合わんな」

「嫌いとは言わないけど、好きでもない。――まあ最近の趣味かな」

「ほう」

 ランタンはコップの中に黒砂糖を溶かす。多少温度が下がったものの、まだ火傷しかねない湯をランタンはゆっくりとすすった。半分ほど飲んだコップに湯をつぎ足し、再び太ももに挟む。

 散らばった花を拾い上げ、焚き火に照らしたり、根を丁寧に包み直したりする。

「フラリウスっていう種類。見たことはある?」

「いや、ないな」

「こういう岩だらけの、他の植物が生えてない迷宮にはよくあるらしい。岩場の影とか、暗いところに生えている。気にしてないだけで、たぶん見たことはあるはずだよ。僕はこれで二回目。趣味を始めてからね」

 ギデオンも経験豊富な探索者である。だがきっと彼も、先頃までのランタンと同じく花の名前一つ知らない。それを知っていても迷宮ではそれほど役には立たない。

「花の色が違うのは、根を張った岩から栄養を吸収するから。その成分が反映されてるんだ。こっちは溶岩石、こっちは銀結晶。わかりやすいでしょ? 例えば苗床に魔精結晶を用いると、魔精を含む花が咲く。毒や薬になるような成分を花に含ませたり、人体に根付かせて毒を吸わせようっていう実験もある」

「ほう、役に立つんだな」

「これはたぶん、色んな色の花が咲くだけ。――あと、ちょっとだけいい匂いがする」

 ランタンは暗色と銀色の匂いを嗅ぎ比べる。どちらもほんのり甘い香りがするが、この迷宮だから嗅ぎ取れる匂いだった。地上では無数にある日常の匂いに掻き消えてしまうほど微かなものだ。

「探索の時、どれぐらい迷宮のものを食べます?」

「さて、ほとんど食べないな。大迷宮ともなれば別だが、食い物をしっかり用意するのは迷宮探索の鉄則。よほどの時でも獣系の四つ足、鳥類ぐらいか。お前だってそうだろう」

 ギデオンは断言するように言ってから、ふと思い出したように続けた。

「運び屋を付けないんだったか。ならば現地調達か」

「大迷宮じゃなくても魔物に手をつけることはある。でも基本はやっぱり持ち込みだよ。だって危ないし。お腹痛くなったらいやでしょう。迷宮で。地上で痛くなるより嫌だ」

「腹痛で済めば御の字だろう」

 ランタンは小さく含み笑いを漏らす。

「うん、実はだいたいは腹痛程度で済むんだ。迷宮の植物って、僕らが思ってるより毒にも薬にもならない。ただまずいだけで。まあ外れを引くと死ぬんだけど、それは地上でも同じ」

 ランタンは袋の口を開き、フラリウスの花をしまった。

 意味もなく焚き火の中に戦鎚を突っ込んで、中の炭を掻き回す。火の粉を散らし、燃える炭の放つ赤色は、ランタンの燃える瞳の色によく似ている。

「迷宮の魔物が必ず人に襲いかかってくるのなら、迷宮に生える植物も同じであるべきだとは思いませんか?」

 ランタンの問い掛けにギデオンは黙り込む。喉元のごわごわした被毛を指で掻き回し、横顔は焚き火に照らされているのに、表情はわからない。陰影が炎に揺らめいている。黒い艶やかな鼻がひくひくと動いている。

「迷宮、……迷宮か。そう言えば久しく考えたことはなかったな」

 ぽつりと呟く。

 探索者には迷宮に深く思いを馳せる時期がある。

 たちの悪い熱病のように、それは繰り返す。

 まず探索者になる前、それは現実を知らぬからこその想像だ。その頃は楽しい。希望と夢に溢れている。

 そして探索者になって中堅と呼ばれる頃。新人探索者は生き残るのに必死で迷宮について考える暇がない。一段落付いて、余計なことを考え出す。迷宮とは何であるか。そして迷宮に絡め取られるように未帰還になるのもこの時期だ。

 そして高位探索者ともなると、もう考えない。考えるのは目に見えるものだけだ。どのように目の前にある迷宮を攻略するかとそういうことばかりになる。迷宮とはそういうものだし、見えないものについて考えたからといって何がどうなるわけではないと知っている。

 熱病の抗体をようやく獲得した。

 そう思いきや、熱病はもう一度やってくる。探索者を引退してからだ。自分が挑み続けたものは何だったのかと考え、そしてそのまま余生を過ごせばいいものを、何を血迷ったか再び迷宮へ挑みそして未帰還となる。

 たちの悪い熱病は、探索者を死に至らしめる。

「なぜ神は我々に試練を与えたのか。そもそも迷宮は試練だろうか」

「さて、どうかな。嫌なことも辛いことも同じように地上にある。少なくとも僕らは望んでここにいるわけだし、楽しさも喜びもここにはある。地上と同じように。もっともこんなに美味しい砂糖水は地上にはないけど。ああカブト虫の気分だ」

 ランタンはコップの中を一気に飲み下し、最後、底に溜まった砂糖をじゃりじゃりと噛み砕いた。

 じゃりじゃりと咀嚼音に、耳慣れぬ雑音が混じる。ギデオンの狼の耳がぴくりと動く。

 警戒心。

「――なんだ?」

「ようやく、やっぱり雪が酷いんだな」

 ランタンはそんなギデオンをよそに懐から何かを取り出した。雑音を放っているのはそれだった。

「ミシャ、もう下にいるよ。いつでもどーぞ。ミシャ、聞こえてる?」

 ランタンはそれに向けて声を掛ける。ギデオンが奇異の目でランタンを見ている。頭がおかしくなったのかと思っている視線だったが、その類いの視線には慣れたものだった。ランタンは気にもしない。

「おい、それは?」

「遠話結晶。これと対になっている結晶に声を届ける。やっぱり迷宮だと使い物にならないなあ」

 それは探索者ギルドと魔道ギルドが共同で開発している試作品だった。是非とも、とランタンに献上されたが、簡単に言えばよく迷宮探索をするので体のいい実験台になるからだった。

 命金制度も、今は条件を達成するのが難しいが、この遠話結晶が地上と迷宮深部を繋ぐようになれば、救出活動はかなり迅速に行われるようになる。

 ざらざらの雑音の中に微かな声らしきものを拾うことができる。だが何を言っているのかはまったく不明だし、それが男か女かを知ることもできないほどの雑音だった。相手がミシャだと知っているのは、降下時にランタンが結晶の片割れを渡した相手が彼女だからだった。

 横倒しの荷車を蹴り起こし、怪我人を乗せる。その間に迷宮口から四本のロープが垂らされて、ランタンとギデオンが荷車の四隅にそれを繋いでいく。運び屋が、そしてギデオンが荷車に飛び乗った。

「ランタン」

 手を伸ばしこそしないが、呼びかけるギデオンに首を振る。

「僕は後から。その方がちょっと早い」

「わかった、すまん」

「ミシャ――、運び屋の()によろしく。ゆっくりでいいって言っておいて」

 ロープを引き合図を送ると、トライフェイスは地上に引き上げられていく。

 ランタンはそれから三十分ほど迷宮で過ごした。あまりに暇なので積もった雪で雪像を作ったりもしたが、出来が悪かったので結局、蹴り倒した。砕けた雪像の上に、ロープが垂れてくる。ランタンはその必要もないのにわざわざ焚き火を消して、それからロープをベルトに固定する。

 金属を編んだロープが冷たい。雪遊びですっかり冷えた指先が、いよいよ感覚を失う。

 引き上げられる自分がみるみる雪に染められて、吐いた息の白さは魔精の霧に混じり、それを突き抜けると寒さは耐えがたくなる。

 霧を抜けると同時に遠話結晶の音声が明瞭になった。

「ランタ――」

「さむいさむいさむいさむい」

「――急ぐね」

 きゅいん、と巻き上げ機の唸りが、あるいは悲鳴が聞こえる。ランタンはぐんと身体を引っ張られて、地上に引きずり出された。雪が晴れるまで迷宮で過ごした方がましだったかもしれない。

 そう思わせるほどの寒さだった。

 ランタンは震えながら空を見上げる。

 一面を雲で覆われた空は、今が朝か夜かもわからないほど暗い。雪の白ささえ定かではなかった。

 雲は青みがかるほどぶ厚く、それそのものが氷でできているみたいにごつごつして硬そうだった。異様な雪雲だった。

 呼吸は白むどころか銀に煌めいている。

 呼気に含まれる水分が瞬時に凍結しているのだ。息を吸うと肺に剃刀を滑らせたような痛みが走る。

 ランタンは積もった雪の上に足を降ろした。つい三十分前にトライフェイスに踏み荒らされたはずの地面は、すっかりその足跡を雪に隠している。ランタンはその場で足踏みをした。少しでも体温を上げようと足掻く。

 ミシャは起重機から飛び降りて、一目散にランタンに駆け寄った。ミシャは炎虎の毛皮を肩から羽織って、顔はマフラーでぐるぐる巻きにして目元が露わになるばかりだ。目尻が寒さで赤く、笑うとあかぎれになりそうだった。

 ミシャは手袋もそのままに、ひと言も口を利かずランタンからロープを外す。いつものようにロープを巻こうとして、それが凍り付いて手こずっていた。ランタンがそれを手伝う。掌が張り付き、痛みがある。

 どうにかロープをしまうと、ミシャはランタンの手を取って運転席に引きずり込んだ。

 起重機の運転席は屋根こそあるが吹きさらしだ。しかしさすがに今日は三方を厚い布で覆い、前面に硝子を嵌めている。

「ランタンくん、だいじょうぶ?」

 ミシャはランタンに積もった雪を払うと、マフラーを解きランタンの首にぐるぐる巻きにした。雪はなかなか雫に変わらなかった。運転席も凍えるほど寒かったが、外の寒さに比べたら天と地の差だった。

 しかしこういう時、自分の魔道が呪わしい。もっと使い勝手がよければいいのに、暖を取るために発動させれば起重機ごと四散してしまう。

「こんなに寒いの初めて。飛行船に乗った時よりひどい」

 ミシャはランタンの手を両手に挟み込んで擦り、はあと息を吹きかけた。

「動かしたいんだけど、温まるまで少し待って」

 起重機はうんうんと唸り声を上げている。雪の中で停車していたせいで、溶けるまでに少し時間がかかるようだった。

 狭い運転席に、座席を半分こするように横並びになっていた。ランタンはその席を独り占めするみたいに尻をねじ込み、ミシャを背後から抱くようにした。巻いてもらったマフラーを一度解き、二人の首を一纏めに巻き付ける。

「このほうがあったかい」

 命金による救援は登録されている中で空いている探索者と、空いている引き上げ屋に要請される。

 だがミシャが選ばれたのは偶然ではなかった。探索者ギルド内においてミシャがランタンの担当であることは、暗黙の了解である。下手なことをしてランタンに臍を曲げられてはたまらない、とギルドは考えている。

 高位探索者ならば誰でも多少の優遇措置はあるが、ランタンはその中でも特にだった。ランタン自身が直接それを望むことはないことが、優遇に拍車をかけていた。

 ランタンはもぞもぞとミシャの身体を弄る。女の体温で凍るような指先を溶かし、ミシャはその行為をすっかり許している。ミシャの首筋に顔を埋め、背中から立ち上る体温には機械油のような匂いが混じっている。

「ミシャの匂い、落ち着く」

「恥ずかしいこと言わないで」

「ミシャ、僕にお古の服くれたでしょ?」

「ずいぶん昔の事よ」

「きっと刷り込みだ。あの時もいい匂いがしたよ。ちゃんと綺麗に洗ってある匂いだった」

 この世界にちゃんとしたものがある、と知ったのはそれが初めてのことだったかもしれない。ランタンは懐かしく思う。

「まったくもう。ランタンくんはすっかり普通の探索者の男の子になっちゃって。こら、変なところ触らないの」

「変じゃないよ。魅力的なところだよ」

 すっかりと温められて胸の方に移動していく手をミシャは叱りつけ、主に不埒を働くランタンを脅すように起重機がぐうんと力強い音を発した。

 起重機が動き出すと、ぐんと座席にランタンは押しつけられ、ミシャは遠慮なくランタンに体重を預ける。ランタンはもぞもぞとミシャの肩に顎を乗せ、雪で狭まった硝子の向こうを呆れるような視線で眺める。

「すげえ雪だ。帰れるかな」

「無理よ。きっと遭難しちゃう。トライフェイスの人たちが言ってたわ、迷宮よりひどいって」

 雪はそのまま積もっているところでは腰ほどの高さにもなって、今も刻一刻とその高さは増している最中だった。

 雪かきがしてあるのは、先程の区画から隔壁の門までの最短経路、そして住宅を兼ねる運び屋蜘蛛の糸の店舗までだ。

「だから今日は家に泊まっていって」

 ミシャを抱きすくめたまま、ランタンは黙って頷く。


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