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カボチャ頭のランタン  作者: mm
02.Some Day My Prince Will Come
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028

ないようがないよう

028


 住処の部屋はいわゆるワンルームだった。

 長方形で玄関から真っ直ぐ進んだ先にベッドがある。その脇に丸いテーブルを置いて、少し離れて一人掛けのソファがポツンと鎮座している。家具はそれだけで棚の一つもない。そして窓もない。

 魔道光源(ランプ)を消すとほとんど真っ暗で、玄関扉のほんの薄い小さな隙間から入る光だけが唯一の光だった。

 床を這う光がそろそろとベッドに忍び寄り、やがてそこにある膨らみを照らした。

 ランタンとリリオンが一塊になって眠っている。リリオンはランタンの身体を包み込むようにして、そしてランタンは胎児のように身体を丸めていた。

 三日の間、そうやって過ごした。

 誰に咎められることなく、邪魔を入れられることもなくひたすらに眠り、昼夜関係なく目を覚ませば背嚢いっぱいに買い込んだ食料を貪った。そして空腹を満たしたならば再び眠りにつく。それを何度も繰り返した。

 この上なく無為な生活を続けているのに、けれどその姿に怠惰さを感じさせないのは、それが傷を癒す獣の姿に似ているからだろう。

「ん、うぅ……」

 ランタンが目を覚ます。そこがリリオンの懐の中だということを理解すると、緩慢ながらも精密な動作で服を掴む指を一本一本やさしく引き剥がす。そしてその温かい抱擁の中からするりと抜けだすと、そのままベッドの上にべたりと座り込んだ。

「うぅ、うがぁ」

 ボサボサと寝癖をつけたランタンは乱暴な仕草で髪をかき回し、牙を剥いて吠えるように欠伸を吐き出した。自然と背筋が伸びる。

 するとびきびきと背骨が軋み、酸素を多く取り込んだ血液が筋肉に流れ込んで、童女のように細く小さいランタンの身体を一回り大きく膨らませた。

「ふむ……」

 何か確認するように小さく呟き、爪先で床を探すようにそっとベッドから降りる。隣で眠っていたリリオンが言葉にならない寝言を呻いて、遠ざかる体温を求めるように手を動かした。

「ふふ」

 ランタンは口元を緩めて、そこにそっと枕を近づける。するとリリオンはそれを奪うように胸に抱いて、二度と奪われまいとするように身体を丸めた。枕に口付けを降らせているようにも見える。

 一体どんな夢を見ていることやら。

 ランタンが顔に掛かった髪をそっと掻きあげてやるとそこには穏やかな寝顔がある。

 襲撃のことなどすっかりと忘れたような、もしかしたら本当に忘れているのかもしれない。

 この三日間、この部屋を訪ねてくるものは誰もいなかった。

 やはり住処の場所は弓男には知られていないようだ。

 それともずっとランタンが引きこもっていたせいで襲撃の機会を逸したのか、戦力の補充が全く間に合っていないのか。

 なんにせよランタンは身体を癒すことに専念できた。一先ずはそれで充分だった。

 ランタンはリリオンの頬を(つつ)いてから、玄関を開け放った。

 視界を白く染める眩しさに垢のように肌に張り付いた眠気がはらはらと剥がれ落ちるようだった。

 ランタンはハッキリとした瞳で左右を見渡し、遠くまでを一通り眺めた。人気(ひとけ)も違和感もないことを確認して扉を開けっ放しにすると、部屋に淀んだ空気が入れ替わっていく。

 ランタンは清涼な外気と暖かい陽光を浴びながら大きく背伸びをした。筋の伸びるその痛みを味わうように、ゆっくりと、大きく。

 袖から覗いた白い二の腕に少し脂肪がついた。その先には怪我一つ無い。

 再び弾けた皮膚が癒着することはなく、古い皮膚は枯れた花びらにように気がつけば剥がれ落ちていた。しかしその下には薄い皮膚が再生していて、腕にはその薄い皮膚を透ける肉の色が小さな花を咲かせるようにいくつも浮かび上がっている。

 昨晩まであった貫衣(ローブ)の蹴りによる薄紫の痣に比べれば綺麗なものだ。腐肉に似た色のその痣はすっかりと消えた。ランタンは一度腕を擦って、それから拳を握った。

 骨が軋むほどに拳を握りこみ、肩甲骨を寄せるように腕を開いた。肋骨を大きく広げて深呼吸をすると膨らんだ肺が内側から骨を押し上げる。何度も深呼吸を繰り返し、反動を付けて何度も身体を捻った。

 ぎ、ぎ、ぎと骨が軋む。だが痛みはない。ランタンは疑うように自分の身体を(まさぐ)って、それでもやはり痛みがないので満足気に頷いた。

 怪我は全て完治している。探索の疲労もすっかりと抜けており、しいて言えば日々の生活を殆どをベッドの上で過ごしたせいで身体が鈍っているのが気になるぐらいだろう。たかだかストレッチで、ほんの少し息が上がった。

 ランタンは搾り滓のようになった水精結晶から水を引き出して水筒を満たし、それを一口分だけ呷った。

 水精結晶は魔精を失い、水を吐き出すことのないただの石と化した。水筒の中だけがランタンの所持する唯一の水であり、これをリリオンと分かち合い食事を済ませなければならない。貴重な水である。

「買い出し、か。……うーん」

 ランタンはちらりとベッドの上のリリオンを見て困ったように唸った。

 リリオンを外に連れて行くのは少し不安だった。恐慌を起こしてからまだ一度もリリオンはランタン以外の男と接触していない。良くなっている可能性もあるが、同じだけ悪くなっている可能性もある。

 だがリリオンを一人部屋に残しておくこともできない。住処の場所はおそらく割れてはいないが、万が一ということもある。だが買い出しに出なければ飢えてしまうし、整備に出した武器も取りに行かなければならない。

 ランタンはベッドの傍まで寄ると光から目を背けるように寝返りを打つリリオンの寝顔を覗きこんだ。リリオンはいつの間にか胸に抱いていた枕を顔に押し付けていた。押しつぶされた顔はよく言えば愛嬌がある。悪く言えば、まぁ阿呆面だ。

「へっ」

 ランタンは一通り悩んでみたものの、急に馬鹿らしくなってやさぐれたように笑った。

 留守番をしていろと言ってもきっとリリオンはついて来たがるだろう。そしてそんなリリオンを宥めすかして言い聞かせることは、恐慌に追い立てられ剣を振り回すリリオンを取り押さえるよりも難しい。

 ランタンは猛烈な徒労感に襲われて尻餅をつくようにベッドに腰を下ろした。寝こけるリリオンの頭がその振動に大きく跳ね、けれど起きず、不機嫌そうに喉を鳴らして唸った。

 そっぽを向くように枕にいっそう顔を押し付ける。

「ほら、起きて」

 リリオンの肩を優しく揺らして、枕を奪おうと手を掛けた。リリオンは眠っているとは思えないほどに枕を握りしめていて、強く引っ張るとむずがるように首を振った。

 寝汚いのか、それとも怠惰が癖になったのか。ランタンは呆れた視線でリリオンを見下ろした。少し乱暴にしても規律を正したほうがいいかもしれない、とランタンは力ずくで枕を奪い取った。

「うー……!」

 ベッドに突っ伏して不機嫌そうに呻いたリリオンを無視してランタンは潰れた枕を叩いて膨らませる。枕にはリリオンの涎がシミになっていて、ランタンはじっとそれを見つめると一つ嘆息して、枕を使ってリリオンを文字通り叩き起こした。

「うぐ」

「ほら、起きろー」

「うぅ、もう、……なによぅ……」

「起きろ朝、――じゃない。もう昼だよ」

 ランタンがそう言うと、リリオンは不満気な声を上げて瞼をようやく持ち上げた。眠りを妨げられたことではなく、一食分を逃したことを後悔するように重たげな欠伸を吐き出す。そして甘えるように手を伸ばした。

「自分で起きな、よっと」

 言いながらもランタンはリリオンの手を取って、その弛緩した身体を起こしてやった。もしかしたらリリオンが怠惰に浸ったのはランタンのせいなのかもしれない。

「ありがと、おはよふぁぁ」

 欠伸混じりに言うリリオンはベッドの上に足を投げ出すように座り、まだ頭も重たそうにうつらとして俯いている。顔に垂れる髪を掻き上げる仕草が物憂げで、ほんの少し女らしさを感じさせる。

 だが露わになった面差しは口は半開きで、ほとんど閉じた目には琥珀粒のように色の濃い目脂(めやに)が付着していて全てを台無しにしている。

 ランタンがあまりにもみっともないその顔を不憫に思い手を伸ばして目脂を取ってやるとリリオンは擽ったそうにさらに目を細めて、猫のように欠伸しながら胸を反らして背伸びをした。

 ランタンは慎ましやかながらも服をなだらかに隆起させ確かに()()胸に視線をやって、直ぐに逸らした。探索で失った体重はもう戻ったようだ。あるいは少し増えたか。まだ細いが、以前に比べれば確実に曲線が増えた。

「ご飯なぁに?」

 ランタンは聞かれてようやく視線を外して、なんとなしに咳払いをしてから、背嚢の中身をテーブルの上に広げた。

 五枚包のプレーンなビスケットが二つ。チーズが一塊。七面鳥の干し肉(ジャーキー)が一掴み。丸のままの林檎が二つ。

 ランタンがそれを取り出して背嚢を脇に置くと、リリオンはきょとんとした眼でランタンとテーブルの上を見比べた。

 ランタンはその視線を気づかないふりをして、ごとりと水筒を乗せてリリオンの隣に腰を下ろした。

「これで全部だよ」

「……ぜんぶ」

「ちなみに水はこれで最後だから一気に飲まないように」

 リリオンは水筒をとって耳元でちゃぷちゃぷと中身を鳴らした。舐めるように一口だけ飲んでテーブルの上に戻すと、夢遊病のようにふらりと干し肉に手を伸ばした。

「こら、ちゃんと半分こにするんだよ」

「はぁい」

 野菜は足りないものの、必要量の熱量を摂取するには充分な食事だった。この三日の飽食の、そして暴食の日々を思えば確かにおやつ程度の量ではあったが、不満を漏らしても飯が増えるわけではない。

 一口林檎を齧り口を潤して、それからビスケットの包装を開いた。

 それは食事を取るというよりも、まるで炉に石炭を放り込んでいるようだった。リリオンは無心で食べ物を口に運んでいる。そのためにビスケット屑がボロボロとこぼれていて、ランタンは自分の食事の合間にかいがいしく胸元を汚す食べこぼしを払ってやった。

 リリオンはまずビスケットを平らげて、それからチーズを齧った。三角食べをするように何度も言い聞かせたのに、とランタンが不満気にしているとリリオンは案の定、食べながらも眉の間に皺が浮かべ始めた。

 ビスケットに口中の水分を奪われ、それに加えて素朴なビスケットに合わせて食べるように塩味が強くくどいチーズの味に口が飽きたのだろう。

「ほら、水」

 ランタンはリリオンに水を飲ませて、自分の分のビスケットを二枚分けてやった。

 ランタンも日々の生活に大量の熱量(カロリー)を必要とする探索者の例に漏れず何だかんだで大食であったが、どちらかと言えば量よりも質を好んだ。

 だが、だからと言ってビスケットがもそもそしていたのでこれ幸いとリリオンに押し付けたわけでも、多めに食べさせたらもっと()()ことになるんじゃないかと思ったわけでもない。

 二人はあっという間に食事を終えて、けれどリリオンは最後の一つの干し肉を、まるで木の根を齧って飢えを紛らわせるように未練たらしく齧り続けている。だがそれもやがて繊維が(ほぐ)れて齧ることもできなくなる。

「ご飯もうないのよね……」

「ないよ。買い出し行かなきゃね」

 ベッドに横たわりながらだらだらと呟く。

 食べて眠る生活を繰り返していたせいで、食事の後に睡魔が来るように条件づけされているようだった。このままでは背中に根が生えてベッドと一体化してしまう、そんな気がするほどに身体は重たくベッドに沈んだ。

 ランタンはわざとらしく大げさに上体を起こし、水筒に残った僅かな水を布に垂らしてそれで顔に張り付く眠気を拭いとった。

「リリオン、買い出し行くよ」

「でも、……ねむい」

 リリオンは呟いて芋虫のように這い寄ってランタンの太腿の上に頭を乗せた。後頭部が熱い。髪は少し脂っぽくて緩やかに波打っている。ランタンが指の腹で頭皮を掻くようにして髪を撫でるとリリオンは気持よさそうに身体を震わせた。

 犬のように従順で、猫のように気ままである。

「寝たいの?」

 問い掛けると半ば眠ったまま船をこぐように頷いた。

 買い出しに出るのは今日中であればいいので別段急いでいるわけではない。だが食事のあとに眠気が来るこの身体は、つまり眠ったあとには食事を取りたくなるのだ。寝るには身体が一つあればそれで充分だが、けれど食事のためには食料がいる。

「じゃあ留守番する?」

「……やぁだ」

 リリオンはいやいやと太腿に頬を擦りつけて、腹に顔を押し付けるように腰に手を回してしがみついた。服を貫いた吐息が臍に当たって生暖かい。

「うー、ランタン、お腹ぐるぐる言っている」

 腸の蠕動運動の何が面白いのかランタンにはわからないが、リリオンはけたけたと笑った。先ほど食べた林檎が傷んでいて醗酵していたのかもしれない。そんなことを思わせるような笑い方だった。

「離れろ」

「んふふふ」

「ええい、嗅ぐな!」

 鼻を鳴らしたリリオンの頭を押し返そうとすると、腰に回った手がいっそう頑なになった。

「やだ、ランタンも寝よ?」

 リリオンは腹に押し付けた顔からちらりと視線だけを上げた。

 とろんとした眼にランタンが気を取られていると、腰に回っていた手が蛇のようにそろりと背中を這い上がった。その指先が牙を立てるように肩にかかると、一気にランタンの身体を後ろに引き倒し、ダメ押しするようにリリオンは顔と肩でランタンの腹を押した。

「うわ」

 それはベッドの上で研鑽された技だった。

 ベッドの上でリリオンはランタンにくっつきたがり、ランタンはそれを拒んだ。気恥ずかしかったということもあるが、実のところランタンは本気で嫌がっているわけではなく、ただ必死になるリリオンをからかっていただけだった。

 なので結局はランタンが程々のところで折れてくっついて眠るのだが、そんな遊びのようなやりとりの中でリリオンは何かを掴んだようだ。

 実戦の中で技を磨く。リリオンの持つ探索者としての資質は中々のものだ。

 リリオンはランタンの身体の上を滑るように馬乗りになった。

 ランタンは脚を抜こうとしたがリリオンの長い足が絡みついてそれを許さない。身体を捻り藻掻き、弓なりに反らしても、リリオンは冷静に腰を浮かせて暴れるランタンを乗りこなした。

 ランタンの身体から力が抜けてべしゃりと潰れるとリリオンは勝ち誇ったようにふふんと笑う。

 寝技の技術が異様に向上している。いや、ただ自分の身体が訛っているだけだ、リリオンも同じような生活をしていたけどきっとそうだ、とランタンは自分を慰めた。

「くっ、……眠いんじゃないの?」 

 ランタンは負け惜しみをするようにリリオンを睨みつける。しかしリリオンはどこ吹く風といった様子でとろんとした眠たげな瞳のまま笑って顔を覗きこんだ。

「うん、ねむたい。ね、いっしょに寝ようよ?」

 たっぷりと流れる髪が頬を擽る。なんとも蠱惑的な誘惑だ。

 ランタンがため息を吐くとリリオンが身体を重ねるようにゆっくりと上半身を傾けた。ランタンは近づいてくるリリオンの顔を諦めたかのように眺めていたが、ため息を吐ききった瞬間に手を伸ばして襟首を掴んだ。

「え、わぁ!?」

 軽く引っ張るだけでリリオンの尻が浮く。それは僅かな隙間だったがそれだけで充分だ。ランタンはその隙間から片足をするりと引き抜くと、その足で腰を刈り取ってリリオンを転がした。

 あっという間に上下を逆転させると、ランタンはリリオンの腹に腰を下ろしてにやぁと口元を歪めた。

「うふふふふ、さぁてどうしてくれようか、……あぁ! 暴れるなベッドが壊れる!」

 ランタンを振り落とそうとリリオンがベッドが嫌な音を立てるほど暴れたのでランタンはどうにかそれを宥めた。

 身長差のせいで馬乗りになってもうまく抑えこむことができない。脚を押さえ込めば腕が自由になり、腕を抑えこむと脚が自由になる。股関節が柔らかいのか気を抜くと蟹挟みされて引っこ抜かれそうだった。

 悪党相手ならば顔面に鉄槌を叩き込めば済む話なのだが、リリオン相手ではそんなことをするわけにもいかない。

「うー、ずるい……」

「ずるくないよ」

「いっしょに寝てくれるって、言ったのに」

「言ってません」

 リリオンは、ずるいずるい、と喚きながらランタンの身体を捕まえようと腕を闇雲に振り回していた。それを避けるようにランタンはわずかに体を後ろに反らすと、リリオンはその瞬間を見計らったかのように予備動作さもなく腹筋だけで上半身を起こした。

 頭突きをするような勢いで向かってくるリリオンをランタンはどうにか片手で押し留めた。

「……!」

 掌に胸の柔らかい感触が生々しく伝わってきたが、わざとではない。

 やっぱり()()、とランタンが一瞬だけ、だがそう思ってしまった瞬間にリリオンは胸を鷲掴む手を取った。その一瞬は百秒よりも長い一瞬だった。呆けたランタンはまるっきり無防備で、手首を極めるのも肘を折るも好き放題に出来た。

 だがもちろんリリオンはそんなことはしない。リリオンの目的はただランタンをベッドの中に引き込むことだけなのだから。

 手首から肘へ、そして二の腕を舐めるように撫でて袖を掴むとリリオンは力任せにランタンを引き倒して、その身体を抱きすくめた。

「やった」

 リリオンは言うが早いか足を絡めて、脇の下から腕を差し込んでその身体を抱え直した。ランタンは胸に顔を押し潰されて文句の一つも言えずに、文字通りお手上げ状態でリリオンの抱き枕と化した。

 リリオンはランタンの髪に鼻を寄せると大きく息を吸い込んでうっとりとした吐息を漏らした。あやすように背中を撫でる手付きが少しいやらしい。ランタンが胸の中でもがもがもと文句を垂れたがまるで聞いてはいない。

 リリオンの胸の中は少女特有の甘ったるい匂いと汗や皮脂の酸化した独特の臭いが綯い交ぜとなって濃く香った。その香りを胸に吸い込むと、まるで強烈な酒精を一息に呷ったように頭がくらくらとした。

「わたしの勝ちだから、ランタンはわたしといっしょに寝るのよ?」

 そんな取決めはしていない。

 だがこのままでは窒息してしまうのでランタンは胸に顔を押し付けるようにして頷いた。

 リリオンは疑うようにそのまま抱きしめていたが、ランタンが脱力して胸の中で大人しくなっているのを確かめると、ようやく抱擁を緩めた。

 ランタンは小さく息を吐いて、首を伸ばして大きく息を吸った。

「はぁ、苦しかった。……まったく」

 首を伸ばして、顎を持ち上げるとまるで口づけをせがんでいるようだった。見下ろすリリオンの顔が直ぐ目の前にあって、ぷっくりとした唇が鼻頭に触れそうだった。

「……逃げないから、足も放して」

「ほんとう?」

「ほんと、ほんと。逃げないから」

 リリオンの太腿が緩められて、ランタンはそこから足を引き抜いた。肌の密着していた部分が熱を持って薄紅になっている。ランタンはベッドに沈み込むように身体から力を抜いて、リリオンに背を向けた。

「なんでそっち向くの」

 熱は太腿ばかりではなかった。リリオンとの攻防のせいで首や背中にも熱があった。それに密着した肌の生々しさが、余計にランタンの体温を上げだ。背を向けたのはただ単に恥ずかしいからだが、それを告げることはもっと恥ずかしいので何も言わなかった。

「いじわる」

 無視されたリリオンが耳の先を噛むように鋭く、小さな声で呟いた。

 そのままランタンの背中にくっつくと、リリオンは爪先でランタンの脹脛(ふくらはぎ)を擽った。そして爪先が重なった脹脛の間にねじ込まれる。剥き出しの足が絡まり合う様子は白い蛇が身を寄せ合っているようだった。

「うー……なんで何も言わないの」

 リリオンはランタンの肩を唇で()んで、首筋に鼻を擦りつけた。そしてランタンが反応をしないことを良いことに、ふんふんと鼻息を荒くした。

「ランタン、汗の臭いがする」

 急に何だ、とランタンの肩が震えるとリリオンはより一層、顔を押し付けるようにして胸いっぱいに臭気を吸い込んだ。その臭気に満足したように、艶めかしく吐息を吐き出した。

 首筋が擽る鼻息と臭いを嗅がれる羞恥に耐え切れなくなったランタンは、ああもう、と吐き出して振り返った。そうして視線が重なるとリリオンはニッコリと笑った。

 もしかしたらこうなることを見越しての行動だったのかもしれない。いや考え過ぎか、リリオンはランタンを引き寄せると再び顔を寄せて髪に鼻を押し付けた。

「寝るんじゃないの?」

「ランタン汗の臭いがするよ?」

 聞いちゃいない。

 リリオンは髪から耳へ、耳から首へと鼻を動かした。

「嗅ぐな! もう、なんなの?」

「だってランタンの匂いするのよ」

 ちゃんと風呂に入ったのは探索に行く前のことだ。こまめに濡らした布で身体を抜いてはいるが、それでも熱を持った体温で体臭が炙られたようだった。もともとの体臭が薄いので臭いのあるランタンをリリオンは珍しがっている。

「風呂に入れないからね。買い出しにも行けないし」

 執拗に臭いを嗅ぐリリオンの顔面を鷲掴みにして押しとどめ、ランタンは負け惜しみのように言った。

「お風呂入るの?」

「入るよ、怪我も治ったし」

「わたしも入っていい?」

 臭いを嗅いでいた強引さはどこへ行ったのか、一転してリリオンは不安そうな眼になってランタンに尋ねた。好きにすれば、と言いかけてランタンは口を噤んだ。リリオンの好きにさせるということは、つまりはそういうことなのだろう。今、リリオンの好きなようにランタンと寝るような。

「ねぇねぇ」

「……買い出しから帰ったらね」

 身体を揺らしたリリオンにランタンはどうにかそれだけ返した。結局はなるようにしかならないし、すでに一度一緒に風呂には入っているので別に二度目だからといって何があるわけでもない。

 こうして同衾することに、慣れたように。

「もう寝るんでしょ?」

「うん」

「早く寝て、早く起きて買い出し行くよ」

 ランタンはそう言って言葉を切るとリリオンの口を塞ぐようにその頭を掻き抱いた。優しく背中を撫でてやると次第にリリオンの身体から力は抜けてゆき、ぽかぽかと暖かくなった。

 そういえば玄関閉めてないや。

 とランタンはぼんやりと考えたが、なんだかんだでランタンも眠たかったのでそのまま睡魔に抗わなかった。リリオンの寝息を子守唄にするように一つ欠伸を漏らしてから重たげな瞼を下ろした。


冗談になってないですね……てへぺろ(・ω<)

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