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カボチャ頭のランタン  作者: mm
12.Over The Hypernova
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 唇を紫色にしてリリオンが戻ってきた。

 吹き込む風が温められた室温を奪ってゆく。少女は慌てて扉を閉めて、一秒だってじっとしていられないというように地団駄を踏んで体温を上げようとする。

 鼻を啜り上げ、両肘を擦ったかと思うと、赤くなった鼻先と頬を手で押さえる。涙を堪えるのに少し似ている。

 順番が回ってきた。

 ランタンはコップの中身を飲み干して、よっこらしょと老人のように立ち上がった。

 毛皮を裏打ちした外衣に袖を通し、襟を立ててぴったりと前を合わせるとしっかりと帯を締めた。それから思い出したように温石と水筒を懐にねじ込んで、帯の間に手袋を挟んだ。

 ランタンは空にしたコップに熱湯を注いで、スプーンに山盛りの蜂蜜を溶かした。

 白金色をした蜂蜜は、以前迷宮でリリオンがひと舐め味見をして熱を出した曰く付きの蜂蜜だった。

 これはすでに精製してある。

 精製すると極めて栄養価の高い蜂蜜と、ごくありふれた蜜蝋と、不純物に分けられた。そしてこの三つの内でもっとも価値あるものが不純物だった。

 その不純物から取り出した物質が、リリオンを発熱させ、また最終目標(フラグ)の毛針にも含まれランタンをおかしくした物質だった。

 それは生物の本能を刺激し、生殖活動を極めて活性化する作用を有していた。

 動物を用いた実験では、ちょっとひどい結果をもたらしたので売り払うこともせずに封印してある。

 蜂蜜からはその物質がほとんど取り除かれており、たらいに山盛り食べたってどうと言うことはない。胸焼けを起こすか、途中で嫌になるかそれぐらいだろう。

 ランタンはコップをリリオンに手渡した。

「まだ夢中?」

 リリオンは指先を咥えて手袋を脱ぐと、暖を取るように両手でそれを受け取った。コップの縁に唇を当てながら、小さく頷く。ふうふうと息を吹きかける度に、噴火したみたいに湯気が立ち上った。

 ひと啜りして、ようやくほっとしたように緩んだ表情を見せる。

 だがまだ舌先が溶けきらぬようだった。

 しょうがねえな、とランタンは気怠げに呟いて、手袋をするとリリオンと交代するように船外に出た。

 出ようとしたところをリリオンに腕を掴まれる。

「なに?」

 リリオンは帽子を脱ぐと、それをランタンに被せた。

 それにはリリオンの体温が染み込んでいた。ランタンは耳まで隠すと、帽子で潰れた少女の髪を一撫でして外に出た。

「げえ、寒い」

 飛行船は北上しており、王都に近付くほどに寒くなる。

 ランタンはぶつくさと文句を言い、だが口の中に吹き込んでくる寒風に言葉を失い、帽子を押さえながら船尾を目指した。

 飛行船は向かい風の影響を受けており、船首に五分もいたら氷像になってしまう。だが船尾は船体それ自体が風除けとなるので比較的ましだった。

 それでも寒いことに変わりはない。

 リリオンだって耐えきれず逃げ帰ってきた。

 だから、それはまるで行き倒れのようだ。

 ランタンは船尾に寝転ぶその後ろ姿に声を掛ける。

「おい、生きてるか」

 尻尾が揺れるが、返事をしたわけではない。

「風邪引くぞ」

「……」

「凍死するぞ」

「……」

「――ったく。この耳は飾りか。それとも凍傷で使いものにならなくなったのか?」

 虎の耳を引っ張った。

 冗談ではなく、その可能性もあった。

 飛行船に乗っているランタンたちはまだいいが、随伴の竜騎士たちの中にはすでに指の揃っていないものもいる。今回の飛行で失ったのではなく、かなり以前に失ったものらしいが。

「わあっ、――……あれ、おにーちゃん」

 ローサは暢気に驚きの声を上げた。凍傷でぽろりと耳が取れることもない。

 リリオンですら音を上げる過酷な環境も、しかしローサには致命的ではないようだった。魔物のような強さ、と表現していいだろう。

「ずっと見てたのか?」

「うん」

 ここは空のただ中である。

 さらに見上げる空の上澄みは、雲一つなくて圧倒されるような広さがある。じっと眺めていると宇宙まで透けるのではないかと思えるほどに。

 そして夜になれば実際に宇宙の景色を目にすることができた。

 散りばめられた星々の燦めきには、いくらでもその果てに思いを馳せることができる。

 それらは見飽きることがない。

 だがローサは地上ばかりを見下ろしていた。朝からずっと、この船尾が少女の指定席になっている。

 氷が張り付く床に腹ばいになって、柵の隙間に頭を突っ込んで地上を見下ろす。

 耳を引っ張ってやってようやくランタンの存在に気が付くほど夢中だった。

 ランタンはローサの背中にどさりと腰を落ち着けた。

 炎虎の毛皮をもってしてもさすがに冷気が染みついており、尻に冷ややかさを感じる。

 ローサの魔道の指導は、ダニエラからリリララに引き継がれて、それなりに炎の制御ができるようになった。

 もっとも重点的に指導されたのは炎の発生よりも、それを抑える術だった。以前ならばこれほど冷えれば無意識的に発火していた可能性もある。

 ガス袋に引火したら大惨事なので、飛行船内での発火は硬く戒めてある。

 ランタンに腰掛けられて、ローサは柵の隙間から頭を抜いて振り返った。

 邪魔をされた、というような生意気な不満顔をしている。

 だがローサの口回りには鼻水か、それとも涎か、ともあれそれらが凍った氷柱(つらら)が生えているのでむしろ間抜けな感じがする。

 ランタンはそれを手袋越しに温めて、削ぎ落とすみたいに拭ってやる。ついでに白く霜ついた眉や睫毛も。

「うー」

 ローサは唸ったが、されるがままにしている。

 すっかり氷を落としてやった顔は、けれど血色がよい。厚みのある唇は薄紅色で、寒風吹き荒ぶ中で熱を失っていなかった。

 冷えていたローサの背中からも、次第に暖かさが湧き上がってくる。冷えていたのは毛先などの表面ばかりで、その内には熱が蓄えられていた。

 なるほど少女には二揃いの内臓がある。冷えた血液も炎虎の体内を巡る内に温められるのかもしれない。

 ローサはきょろきょろと辺りを見回す。

「――おねーちゃんは?」

「寒いから部屋の中に戻った」

「さっきまでいたよ」

「ついさっきだよ。戻ったのは」

 ローサの言う()()()は、つい五分前かもしれないし、それとも一時間以上も前のことかもしれなかった。

 時間を忘れるほどの夢中になっているのだから。

「ずっと外にいて寒くないか?」

「へーき」

 ローサはそれだけ言うと、ぷいとそっぽを向くみたいにして再び柵の隙間に頭を突っ込んだ。

 ローサにはこういう所があった。

 リリオンによく懐いているから、リリオンと似ていると感じることもあるが、それは幼さによる共通点だった。

 リリオンは甘えん坊で、それなりに怖がりだ。ローサも甘ったれだが、実はかなり度胸がある。

 ローサは平気で一人どこかに行ってしまう。

 屋敷から出て、友達の所に遊びに行ったり、冒険に出かけたりしようとする。もちろん付き添いを忍ばせたり、ランタン自身が付き添ったりもするが、たまに発見が遅れて毒饅頭のようなことが起こる。

 そういうことがあってもローサは平気だった。

 ランタンは真っ白な溜め息を一つ吐き出して、尾の付け根をごしごしと撫でてやった。尻尾がぴんと立ち上がって、遠くの友人に手を振るみたいにゆっくりと左右に揺らめく。

 背中の半ばから、肩甲骨のあたりに座り直しランタンは少女の後頭部越しに地上に目を向ける。

「何か面白いものでも見えるか」

「うーん……うん……」

 ローサは上の空みたいに唸った。そのまま沈黙してしまったのでランタンはしょうがないなと苦笑して、その背を下りた。

 ローサの隣に並んで、同じように腹ばいになり、力任せに柵の一部を外して、広がった隙間に頭を突っ込んだ。頸動脈に金属の冷たさが触れたので、もう一本、格子を外して余裕を持たせる。

「……わかんない」

 ローサが沈黙を破って応えた。

「わかんないのにずっと見てるの?」

「うん」

「ふうん」

 言語化する能力が不足している、という感じの答えでもなかった。

 ずいと顔を迫り出すと、風が巻き付いて体温を奪う。ランタンは帽子の縁を眉の下までぐっと下ろし、亀のように首を引っ込めて、目だけを露出させた。

 見下ろすと色々なものが目に付いた。もう冬だから、全てのものが色褪せているように感じる。

 山や谷と呼べるほどの隆起はないが、緩やかな丘や窪みがあり、流れの凍り付いた川があり、収穫の終わった裸の畑があり、広大な平野部のほとんどは枯れ草色をしているが、所々に撒き散らした容易な疎らな緑色も見つけることができる。

 牧畜でもしているのかと思えば雪が積もっており、雪が積もっているのかと思えば羊や山羊が放牧されて、その疎らな緑を懸命に食んでいる。

 そういった所の近くには集落があって、細い煙がいくつか立ち上がっている。夕食には早いが、陽が沈むのが早いからその前に食事の準備でもしているのかも知れない。

 ああいう小さな集落では、住人の全てが身内も同然であり、全員で家畜や作物を育て、全員でそれを食べるのだとか聞いたことがあった。近くの小川では水汲みをしている子供たちの姿があり、少し離れたところには馬上にて獲物を探す猟師の姿もあった。

 放牧に視線を戻し、あ、と内心に声を上げる。

 近くに狼か、野犬の姿があった。下草に伏せて身体を隠し、じりじりと群に近寄っている。一頭だけ離れた位置におり、どうやら風上に回り込んでいるようだった。

 なるほど臭いであえて気付かせて、風下に追い込む作戦のようだ。

 傍で見守る羊飼いは、生憎その姿に気が付いていない。

 ここから叫んでも声が届くわけでもなし、ランタンは黙ってその行方を見守った。

 羊の数匹が、同時になにかの存在に気が付いた。その気付きが動揺となって一斉に群に伝播する様子が、上空からだとよくわかった。羊飼いがようやく気が付き、弓を構えるがもう遅い。

 伏せていた狼たちが姿を現し、羊たちの動揺はいよいよ混乱となった。自ら肉を差し出すように方向転換もままならず待ち構える狼たちに突っ込んで、羊飼いは誤射を恐れて弓を射ることもできず、狼たちはまんまと二頭を仕留めてそれを運び去る。

 その先には子守をする一群があり、狼の集落があるのかも知れない。

 羊飼いは矢を番えたまま項垂れたかと思うと天を仰ぎ、飛行船の姿に気が付いて目を凝らし、緩めた弦を再び張り詰めたがやはりそれを射ることなく、飛行船が過ぎ去ってゆくのをぼんやりと見送る。

「――はあ」

 ランタンは思わず吐息を漏らす。

 狼の鮮やかな手並みに感心をしたわけではないし、あまりに無力な羊飼いに呆れているわけでもない。

 戦い。

 あれは戦いだっただろうか。

 ただそこにある生命の営みに、息をするのも忘れて見入ってしまった。

 なるほどローサが夢中になるのもわかるような気がする。

 そしてわかんないといったのも。

 見下ろす景色は規模の大小こそあれども、概ねそういったものの繰り返しだった。繰り返しだったが一つとして同じ景色はなかった。

 何が面白いのではなく、過ぎ去った景色も、これから見る景色も全てが連続している。

 二時間もそうしていたかもしれない。

 懐の温石はとっくに熱を失っており、二人はひと言も言葉を交わさずに、肩が触れ合って互いの陣地を主張するだけだった。

 ローサはランタンにもたれ掛かるように、あるいは押し退けるほどにぐいぐいと肩を寄せてくる。ランタンは舌打ちをしかけて、それを飲み込む。ローサは意識しているわけではない。

 ローサが寄ってくるというよりも、ランタンが引き寄せているのかも知れなかった。

 ランタンはくんと鼻を鳴らした。

 吸い込んだ冷気にむせそうになる。ローサも何だかしきりに鼻を鳴らしている。上空の空気は冷たく澄んでいて、ほとんど臭いがない。

 しかし微かに煙のような臭いが漂ってきていた。

「ねー」

「あん?」

 ローサは肩まで柵の向こうにやるように腕を伸ばした。ぴんと人差し指を立てる。

「あれはなに? くも?」

「違う」

「じゃあきり?」

 それは確かに霧に見えた。それはもくもくとして大地を真っ白に覆っている。綿雪が積もっているわけでもない。

「違う。あれは煙だ」

「けむり」

 野火でも起きたかと言うほどの大量の白煙が遙か向こうまで煙っている。

 それは風に流されても失われず、渦巻き、逆巻き、まるで意思を持って何かを隠すようにそこに滞留していた。

 その煙の発生源はサラス伯爵領だ。

 伯爵領を突っ切ることができれば王都までもう少し早いのだが、変化をもたらす影響範囲に踏み入ったら何が起こるかわからないので大回りをしなければならない。

 その土地の影響力の拡大を防ぐように、そして生命の出入りを防ぐように伯爵領には結界が張られている。その結界術の一環で、大量の香が焚かれているのだった。

 慰魂の香である。そこで失われた命が魔に変じないように、せめてもの安寧をもたらすようにと祈りを込めて燃やされるものだ。

 ローサは雲海じみたその煙にじっと視線を落としている。

 向ける目つきは先程までのもとは違った。

「ローサ」

「わかんない」

 何も聞いていないのに、食いつくようにそう言った。

 自らの誕生した土地であることを少女は知らないが、そこになにかしらの気配を感じているのかもしれない。姉や、その友人や、自らを生かそうとした生命の気配を。

 よく泣いてへの字になり、よく笑って弧を描く唇が真っ直ぐに引き伸ばされる。

 食い入るように、その煙の中にあるものを透視しようとするみたいに目を凝らした。

 リリオンに似ている。

 あれほど泣き虫なのに、肝心なところで堪える癖がある。

「ほら、おいで」

 ランタンは外衣の前を開くと温石や水筒を取り出し、場所を空けた。

 ローサはそこに顔を突っ込む。

 涙が染みて身体が冷える。しばらくそのままにしてやると、ローサはやがて自分から顔を抜いた。

「もういい?」

「……うん」

「ほら、ちーんって」

 目が充血して、また洟を垂らしている。

 ローサはもう柵の向こうに頭をやらず、ランタンを内に巻き込むように丸くなった。

 卵を守る蛇のように。

 水筒には熱湯を入れてある、もうだいぶ(ぬる)くなってしまっているが、身体を温めるには充分だった。コップの内側に塗り付けてきた蜂蜜はすっかり凍り付いて結晶然としている。湯を注ぐとぼろぼろと剥がれて、コップの底に沈殿する。

「あー、あったかい」

「うん」

「でもじゃりじゃりするな」

 二杯目はただのお湯だった。だが暖かいというだけで旨味があるような気がする。

「ねー、おにーちゃん」

「なんだ?」

「ローサあそこいきたい」

「煙の中か?」

「うん」

「うーん、そうだなあ」

 適当にはぐらかしてしまおうかと思ったが、目つきが嫌に真剣なのでランタンはなんと言ったものかと言葉を探した。

「でもあそこは危険だ」

「きけん」

「魔物……、あー、おっかなくて危険な生き物がたぶんいっぱいいる。だから今のローサじゃ、食べられてしまう」

「がぶーって?」

「そう」

「こわいね」

「そう、こわい。だから、今はまだダメだ。もっと大人になって、それこそ竜種みたいに強くならなきゃね。そしたらいいよ」

 ローサはちびちびと湯を舐めながら、眠そうなぼんやりとした表情になった。

 なにかに思いを馳せるみたいに。

 口の中が甘い。

 一杯目の底に沈殿した蜂蜜が奥歯に張り付いている。ランタンはぐちゅぐちゅと口をゆすぐと、頬を膨らませて、唇を(すぼ)ませて勢いよくそれを噴き出した。

 それは霧状になって、一瞬で冷却されて氷の粒にとなって広がる。

 きらきらとしたそれは、さながら白い炎を吹いたようだった。

「わあ!」

 ローサが立ち上がり、柵を掴んでそれの行方を見送る。

「ローサもしたい! したいしたいしたいしたい!」

「まずそれを飲みきっちゃいな」

「――んぐ、のんだ!」

「じゃあ練習。頬膨らませて、唇閉じて、ぶーって」

「ぶー!」

「今度はちょっと緩めて、ふーって鋭く」

「ふーっ!」

「よし、いけっ」

 ローサは口いっぱいに湯を溜めて、勢いよくそれを噴きだした。

 それはきらきらと空に広がる。

「わあっ、できた! あはははは、すごいすごいっ! ローサできたよ! もういっかい、もっかいやる! おにーちゃんもいっしょにやって! せーの!」

 そんなことをして戯れていると、やがて夕焼けになって、氷の粒に茜色が反射していよいよ炎を吹くようだった。

 ローサは小躍りして笑い転げる。

 水筒がすっからかんになる頃にリリオンが心配して見に来た。

 何をしていたのかと聞かれ正直に答えると、もちろん呆れられたし、少し叱られもした。




 大量の労働者と、土の魔道使いを動員し、硬化性不定型生物(スライム)さえ用いて闘技場が建設されている。

 巨人族が戦うのだから、小さな闘技場ではまるで足りないし、だからといって見てくれ粗末なものでも具合が悪い。

 王都郊外に建設途中の大闘技場は噂によると十万人を収容できるほどの巨大さとなるらしく、よく晴れた日ならばネイリング領上空からならばその経過を見ることができるかもしれなかった。

 もう七割近く完成している。

 だというのに巨人族と誰が戦うかは、まだ決定していなかった。

 対戦相手として名を上げられたのは数十名にも及ぶ強者たちで、この話が公になってからは我こそはと武芸者の売り込みも後を絶たない。

 そこから十名ほどまでに絞り込まれたが、最終決定には至っておらず、今も話し合いがおこなわれている。

 アシュレイが、もしかしたら王都に辿り着く頃には決定してしまっているかもしれない、と頭痛の種を語るように漏らしていた。

 そこには複雑な、政治的なやり取りが発生しているらしかった。

 例えば巨人族と戦うこと、そしてそこに選ばれることは名誉なことである。天下一と言っていいかもしれない。そしてもし巨人族を打倒せしめたならば、これこそまさに英雄である。

 そしてそういった英雄は、それだけで価値を持つ。どんな宝石よりも、武具よりも、遥かに価値が高い。

 誉れ高い強者を従えることは、それ自体が名誉なことだった。さまざまな貴族や、その派閥が自らの手勢を闘技場に送り込もうと躍起になっているのだった。

 そして彼らの中に含まれる、いや、その中心にいるのはアシュレイの兄たちである。

 血の繋がった兄弟といえども仲がよいわけではないのが貴族だったし、貴族の代表が王家だった。仲がよすぎるのも困りものだが、とレティシアが呟くとそれは説得力がある。

 もちろん名誉欲だけが全てではなかった。

 彼らは他にさまざまな思惑を抱えていた。

 巨人族というものは恐ろしい力を持っている。

 それの利用価値については、もう古くから何度も議論されていた。

 価値を認めること自体が罪であった時代もあるし、価値を認めたとしても利用など絶対不能であると断言する時代もあった。

 そして時代は新しくなりつつあった。

 それはきっと、もう巨人族の存続がほとんど不能だろうという予測が立てられているからだった。個の力を減少させ、個体数を減らし、あと二代か三代か、それぐらいで致命的なほど血縁関係が濃くなってしまう。別の血を入れないかぎり、種としての破綻は免れない。

 そしてその存在が決定的に失われてしまう前に、最後の一仕事をして貰おうという考えがあるのだ。

 例えばサラス伯爵領をぐるりと囲む壁を建設する計画が持ち上がっている。闘技場建設に倍する人や魔道使いを動員しても、まったくもって足りないほどの大規模な工事となるだろう。

 そこに巨人族を用いようというのだ。

 探索者を迷宮に送り出す起重機(クレーン)は建設に用いられることもあるが、できることは限られている。巨人族はあらゆる状況に対応できる起重機のようなものだった。

 積み木を積み上げるように、壁を建設するかもしれない。

 アシュレイと共闘関係になっているはウィリアム王子だった。レティシアの兄ファビアンと友人関係にある彼は、鉄道の建設に情熱を燃やしている。

 もしランタンやリリオンが、巨人族の対戦者に選ばれたらならば、巨人族は線路の敷設に従事することになるだろう。

 巨人族を打倒する力を持つ英雄を従えるからこそ、巨人族という強大な力の采配を自由にする権利を得ることができる。

 闘技会は、そういう図式を明らかにする側面もあった。

 巨人族は労働者としてだけ望まれているわけでもない。

 もっとも有効な使い方はやはり戦士として用いることだろう。

 生物として竜種に匹敵する力を有するのは巨人族ぐらいのものだ。これを用兵すればよほどの無能でもないかぎり無敵の軍団を編成することぐらいは訳ない。

 しかし、もちろん誰もが巨人族を利用したり、受け入れようとしたりしているわけではなかった。

 闘技会の開催自体に反対派は存在したし、その筆頭に立っていたのは第五王子であるアラスタという男だった。

 極北の地の向かいにある軍港都市で王権代行官を勤めるこの男は、もっとも近くで巨人族と接してきたがゆえに、千年たった今でも実感として巨人族の危険性を理解している。

 封じ込めることはできても、利用するなどとても、とても。

 闘技会の開催が確実となった今では、各所より勇者を募ってこれを競わせた。対戦者候補を選定の場に一人送り込んでいる。

 なにが、どれが、全てが、巨人族のためというものはない。

 誰も彼も、自分のためにこれをなそうしている。

「自分勝手だな」

 眠る間際に、ふと思い出して、ランタンは小さく呟く。

 すぐそこまであった眠気が吹き飛んで、寝苦しさに似た嫌な気分が胸に染み込む。

 溜め息を吐き、枕の上で頭を揺らした。

 左右にはリリオンとローサが眠っており、リリオンは寝相よくしているが、ローサは酷いものだった。

 上半身は大人しいが、下半身は前足も後ろ足も開けっぴろげにして、縞のある白い毛に覆われた腹を丸出しにしている。炎虎のそれだが、女の子なんだから、とさすがに思う。

 ランタンはもぞもぞと毛布から這い出て、四つの足を閉じてやり、ついで腰痛を引き起こしかねない捻れた身体も直してやった。

 起こさないようにそれをするのはなかなかの作業で、額に汗が浮いた。

 これでよし、と再び身体を横たえるが、五分もしないうちにローサは元通りになってしまった。

「なんだよ」

 それどころか大人しくしていたリリオンまでもが寝返りを打ってランタンに迫り、ローサはローサで急にじたじたと足を激しく動かしはじめてランタンを怖がらせた。

「えへえへえへえへえへへへへ……」

 さらに眠ったまま笑いはじめる。

 ランタンは怪訝な顔でローサの寝顔を覗き込み、その阿呆面にすこしほっとする。駆けっこの夢を見ているか、もしかしたら空を駆ける夢を見ているのかもしれない。前脚がばんばんランタンを蹴りつけてくる。

 ほっとするのも束の間、リリオンがもう半回転してランタンにぶつかってきた。右腕と右脚がランタンの上に乗せられて、寝息が頬にかかるほど顔は近く、それどころか薄目を開けたかと思うと頬に甘噛みをしてきた。

「んー。ちゅちゅちゅちゅちゅ……」

「えへえへえへえへえへ……」

「……なんだこれ」

 ランタンは先程よりもよほどうんざりした様子で呟いて、レティシアか、それともアシュレイの所に逃げ出そうかとも考えたが、結局は目を閉じて無理矢理にでも眠ることにした。

 悪夢を見るかもしれないし、楽しい夢を見るかもしれない。

 どちらでもよかった。


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