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カボチャ頭のランタン  作者: mm
10.The Under Dark
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 闇の中にいた。

 一筋の光もない。

 夢だとすぐにわかった。

 壁の中に閉じ込められている所を夢の中で再体験しているみたいだった。

 だがリリオンもルーもリリララもいない。

 ランタンは手を伸ばしてあたりを探った。どれほどの時間が経過しようとも闇に目は慣れなかった。指先は冷たい壁に触れる。天井は低い、三方の壁は近く、ただ一カ所、抜け道があった。

 歩く。

 この夢はいつ醒めるのだろうと思いながら歩く。足音が反響している。自分の足音が後から追いかけてくる。のっぺらぼうのように、その足音には顔がない。

 自分の足音であったはずなのに、ランタンは誰かに追われるように進む足を速めた。

 ひたひたと追いかけてくる。距離は遠ざからず、また近寄らない。

 戦えばよい。なぜ逃げるのか。

 そんな風に考えているのに、足は止まらない。

 追いかけてくる足音が数を増やした。遠くにいる。だがすぐ真後ろにもいる。

 光はない。辿り着く先はどこだろうか。

 段々と息が上がってくる。心音が早い。鼓動、それすらも足音に聞こえる。自らの内に、追いかけてくる誰かが住み着いているみたいに。

 ランタンは胸を押さえる。吐き気を堪えるように、だがつい耐えきれず、立ち止まって嘔吐した。

 暗闇の中でそれが白々と糸を引いた。まるで銀を吐いたようだった。

 びちゃびちゃと水音が響き、それが止んだ時、足音が失せていた。

 足元の吐瀉物が、うねうねと動いている。

 ランタンはそれを反射的に踏み付けて、何歩か走って、やはり立ち止まった。

 恐る恐る振り返る。

 闇の中にぽっかりと白い人の形が浮かび上がった。日の中に影が落ちるみたいに、闇を切り取った光だった。

 のっぺらぼうだ。

 白一色で何もない。

 向かい合って対峙していると、顔となる部分に亀裂が入った。それは刃を入れたみたいに右から左へと横断した。

 口だ。

 そう思ったのも束の間だった。

 口が大きく開いたかと思うと、そのまま顔の上半分がずるりと剥けて何かが溢れた。

 それは蛹が脱皮をするようでもあり、あるいは生き物の腹を割った時、腹膜に包まれた内臓が丸ごと飛び出してくるようでもあり、あるいは水精結晶を砕いたみたいに液体の塊が出現するようでもあった。

 不定型生物だった。

 それは白い人の皮を脱ぎ捨て、姿を現した。

 それには髪があり、目があり、鼻があり、口もあった。

 鏡写しにしたように、己の姿をしていた。

 それは極めて友好的な笑みを浮かべて、握手を求めるみたいに手を差し出してきた。

 ランタンは反射的に前蹴りを放って、己の姿をした不定型生物の腹部をまったく躊躇なくぶち抜いた。

 色が失われ、きらきらとひかる銀の液体が飛散し、地面を水玉に汚した。

 その水玉の一つ一つが泡のように膨らんで一つ一つ人の形を作る。そして白い人の皮を脱ぎ捨てて、人の姿となった。

 闇はいつの間にか失せてあたりはティルナバンの街並みが広がり、人の姿を模倣した不定型生物は街の住人として素知らぬ顔で過ごしている。

 誰も彼もが不定型生物だった。

 立ち竦んだランタンは、それが夢であることも忘れて呆然とし、どうしていいかわからなくなって癇癪を起こしたように爆発し、夢のすべてを灰燼に帰した。

 炎と灰に包まれて一人、そしてランタンは目を覚ました。

「――はっ」

 夢と現実の境目が曖昧で、ランタンはまん丸に目を開けたまましばらく天井を見ていた。

 それから今まで見ていたものが夢であると確信して、夢か、と呟いた。そのあまりにもありきたりな己の振る舞いに少し笑ったが、笑い声は掠れている。

「はあ」

 昨日、貧民街の探索をして、風呂に入ってそのまま眠ってしまった。そして夢を見ていた。

 いやに現実味のある夢だった。あのまま握手をしていたらどうなっていただろうか。そのまま夢の中の自分に取って代わられていたかもしれない。そんなことを考える。

 我ながらどうしようもなく腹立たしい笑顔だった。

 にっこり笑った自分の顔を思い出しランタンは少し落ち込む。

 リリオンが好いてくれるんだから、もう少し格好いい顔をしていると思っていたのだが、唇は薄いし、鼻は低いし、笑った目元は胡散臭かったし、さんざんだ。

 思わず蹴ってしまったのもしかたない。

 ランタンは鼻筋を伸ばすみたいに自分の鼻を抓んで引っ張った。

 そうして身体を起こす。

 隣ではリリオンが眠っている。寝顔は本当に天使のようで、ちょっと罪悪感が湧くぐらいに幼い顔をしている。

 顔にかかった銀の髪を払って、ランタンは少女の頬を撫でた。

 少し汗ばんでいる。寝息を穏やかに奏でている。

 触れてもまったく起きる気配がない。ひどく疲れているのだろう。

 ランタンも少しばかり身体が重たかった。湯疲れでも寝疲れでもなく、貧民街の探索の所為だった。迷宮探索のような明確な目的もなければ、最終目標を討伐したような達成感もない。

 得たものがないわけではない、だが徒労感としか言えない疲れが身体にある。

 ランタンは欠伸と溜め息を一緒に吐き出して、頬を撫でていた指を滑らせてリリオンの唇に触れた。

 夢の影響を受けているのか、ちょっと唇を捲ってみた。中に不定型生物がいないか確かめるみたいに。

 指先に涎を掬い取って、つやつやした前歯に触れると、少女の舌が蛇のようにひょっこり顔を出した。

 それが何であるかを確かめるみたいに舌先がランタンの指先を突くと、急にぱくりと指先が食べられてしまった。

 思わずランタンはぎくりとしてしまう。

 指先、爪の隙間から不定型生物が己の内側に侵入してくるような光景が脳裏に生々しく浮かび上がる。そして真っ白い繭に包まれて、まったく同一の、だが不定型生物に成り代わられた自分がその繭の中から現れるような。

 だがそんなランタンの不吉な想像を嘲笑うみたいに、リリオンは指先をちゅっちゅと吸う。赤ん坊が母乳を吸うみたいに、いかにも甘えた感じで。

「毒殺し放題だな」

 ランタンはちょっと笑いながら呟く。

 指を引き抜こうとするとそのままリリオンが釣れてしまった。ランタンはぴっと指を抜いて、腰に抱きつき、探し物をするみたいに腹に口付けを繰り返す少女を剥がした。

「うう、ん……んぅ、しっぽ……、んー……」

 まだ温もりの残る枕を顔に押しつけると、リリオンはそれをぎゅっと抱きしめて涎の染みを作った。

 ランタンはベッドから下りて大きく伸びをした。

 リリオンに癒されたが、それでも夢に見た不安は完全に失われはしなかった。それこそ影のように足元にまとわりついている。

 ベッド脇に用意された水差しに直接口をつけて喉を潤した。魔道具である水差しに湛えられた水はこめかみが痛むほど冷たい。ランタンはぶるっと震えて、下腹部の張りに気が付いた。

 あと一時間、いや三十分ほど眠っていたら情けないことになっていたかもしれない。

 念のためリリオンが粗相をしていないことを確かめて、ランタンは足早にトイレへ向かった。

 心臓発作でも起こしたみたいに胸をさすったり、妊娠したみたいに腹を撫でたりする老家臣たちとすれ違う。胃薬でも飲んで寝てりゃいいのに、と思うが何やら忙しそうにしていた。

 屋敷には緊張感がぴんと張り巡らされている。

 王権代行官ブリューズ王子との会食で何があったのだろうか。

 ランタンは用を足しながら、妙に小っちゃくなっているそれを見下ろす。

 肉体に影響を及ぼすほど不安になっている。

「夢のせいで?」

 ぶるっと震えて滴を切り、下着の中にそれをしまった。手を洗い、裾で拭い、思い出したように顔を洗った。

 意味もなく鏡に映る自分をじっと見る。

 この言いようのない不安は何だろう。

 ただの夢がそうさせているのではないだろう。

 昨晩のレティシアの様子は、きっと悪い報せがあるからに違いない。

 それを聞こうとも聞かずとも、ことはすでに起きている。ならばさっさと聞くべきだ。

 だがその報せを受け取ることこそが、不安を現実化させるきっかけであるかのように思えた。

 ランタンは頬を強く叩き気合いを入れると、トイレから出た。

 レティシアに会いに行こう。

 そう覚悟を決めたというのに、冷や水を浴びせるみたいにベリレと出会った。

「おはよう」

「もう昼だぞ。なんか濡れてるし」

 ベリレはランタンの額に張り付いた前髪を、毒虫でも掴むみたいに指先で剥がした。

 ランタンは肩を竦める。会食の様子をベリレに尋ねようかと思ったが、口をついて出たのはまったく別の言葉だった。

「それなに?」

 ランタンは指を差す。ベリレは左手に銀紙の包みを持っていた。探索用の弁当みたいだった。

「なにって、お前が俺に言ったんじゃないか。料理をくすねて来た」

「え、ほんとに? みんな手をつけなかったんでしょ。度胸あんね」

「どーして俺がって思ったよ。こんなこそ泥みたいなまね。でもエドガーさまがやれって」

「おじいさまが? 騎士道から食いもん泥棒まで色んなことを教えてくれるね」

「まあな、ってそう言う話じゃないだろ。っていうか、いい加減受け取れよ」

 さっきからベリレは銀の包みをランタンに差し出しているのだが、ランタンは適当な会話を繰り広げるばかりでそれを手に取ろうとはしなかった。だがぐいっと突き出されて、しぶしぶとそれを手に取る。

 レティシアに会うのを先延ばしにしている、と自覚すると受け取った包みがずしりと重たく感じた。

「どうもありがとう」

 ランタンは包みを剥いて中を確かめてみた。なんとも男の子っぽい料理の選び方だった。

 ごろっとした肉の塊と、ごろごろっとした肉の塊と、ごろごろごろっとした肉の塊。それにパイの肉包み。じゃが芋と人参が一つずつ添えられているのがむしろ見窄(みすぼ)らしい。

 肉は竜種の肉だろうか、一つは香辛料がたっぷりと塗してあり、残りの二つは異なる部位なのだろう焼き目も魅力的に炙られている。いい匂いがする。

 ランタンは思わず鼻を近づけ、そしてぎょっとした。

「どうした、――ってうげ、あーあ、虫湧いちゃったか。もうそういう季節だよなあ。でもよければ食べられるだろ」

 肉の脇からひょっこりと顔を出したのは、白く丸まるとした蛆虫のように見えた。ランタンは吐き気を堪えて、急いで銀紙で料理を包み直す。

 そして押しつけるみたいにベリレに渡した。

「なんだよ、包むのが緩かったのかもしれないけど、隠れてやったんだから仕方ないだろ。そんな怖い顔して、怒らなくても」

「怒ってない。いいかベリレ、それ絶対に食うなよ」

 この世界の衛生観念からしてみれば、料理に混じった虫の一匹ぐらいならば取り除くどころか、そのまま食べてしまってもおかしくない。

「食べない、食べないから」

「そんでそれ持ってシュアさんの所に行け。虫の同定をしてもらえ」

 ランタンが廊下の先を指差すと、ベリレは戸惑いの表情を浮かべる。

「あの人は虫博士じゃないけど」

「いいから行け」

 ランタンが尻を蹴っ飛ばすと、ベリレはぶつくさ文句を言いながら、それでも小走りにシュアの下へ駆けていった。

 ベリレはまさか然るべき場所で提供された料理にそのようなものが混じっているとはまったく思いもよらないのだろうが、もしやあの蛆に似た虫は、あるいは脳喰いではないのか、そんな嫌な想像をランタンはしてしまった。

 夢の不安に掻き立てられた、杞憂であればいいのだが。

 ランタンはベリレの背中から視線を切って、今度こそレティシアの下へ向かった。




 レティシアは執務室ではなく大食堂にいた。広いし机も沢山あるし料理も出るので、会議をするにはもってこいだからだろう。

 ランタンは軽食を辞退し、水だけ用意してもらって、まず自分が抱えている情報を吐き出した。

 貧民街の無人化、迷宮化と、塔内部の工場と工場機械の一部と化した人々、それを成すための脳喰いと不定型生物の作用、古道の闇と地に満ちる七色と鎌の教会、不定型生物に導かれて辿り着いた領主館地下、そしてベリレがくすねてきた料理に潜んでいた虫。

 大食堂にはレティシアだけでなく、何名もの文官と武官が残って詰めていた。

 グラウスを筆頭とした文官たちは皆年老いているが、騎士隊長たちからなる武官は皆若々しい。

 立派な大机の左右に分かれて座っていると新旧で対立しているように見えるのは、皆の表情が険しいからだろう。

 ランタンの話を眉根を寄せて黙って聞いている。場の空気はあまりにも重たく、話し終わったら沈黙があり、居心地が悪い。だが逃げ出せそうにはなかった。

 大机から少し離れた位置に用意させた揺り椅子にエドガーが座っている。昼間から他人事のように酒を飲んでいる。それを軽蔑するみたいな目でダニエラが見ていた。

 エドガーがグラスを空にする。

「おかしいな。俺たちがお前を求めてここにやって来た時、お前を知るために貧民街も調査はした。その時はまだ普通の掃き溜めだったはずだ。お前の痕跡は、これっぽっちも見つからなかったが、そこに暮らす人々は探すまでもなく見つけられた」

 エドガーが言うと、文官たちが次々と口を開く。

「ならばここ一年ぐらいの間で、変化が起きたということだろう」

「しかしそれならば地に満ちる七色とかいう連中の証言とはつじつまが合わないではないか」

「そもそもその連中の証言は、どれほど信用できる?」

 じろりと睨まれて、ランタンは気まずげに視線を逸らした。

「五割くらい」

 呟き、たぶん、と付け加える。

「五割か、それも疑わしいところではあるな」

「でも、でもあの規模のものを短時間で構築するのは難しいと思う。迷路もそうだけど、人間は特に」

「なぜだ? 特殊な状況にはなっていたが、特別な者たちではなかったのだろう」

「なぜって、人間だよ。たくさんの。そんなの普通は」

 言い淀むランタンに、レティシアが助け船を出すみたいに、あるいは止めを刺すように声を掛けた。

「そう難しいことではないよ。この世界はどうしようもなく野蛮だ。残念ながら。塔内の人間が百や二百ならば、集落を三つ四つ襲えば集められる。その程度のことならば、そこらの盗賊でもする。ただ冬を越えるために、集落全員皆殺しなどということも珍しいことではないよ。どこでも、ネイリング領ですらな」

「――昔の話です。まだ我らの尻が青かった頃の、今ではずいぶん」

「それでも数年に一度はあるだろう。――ランタンが実際にそれを見たならばその存在は確かにあるのだろう。問題は、それがある理由だ。誰が、何のために」

「昨日の銃は?」

「調べさせている。話通りならば同一規格の物が大量に出回っていることになるからな。それが地下道を通ってどこかに運び出されているというのならば、やはりその古道を捜索するべきだろうな」

「しかしえてしてそのような物の解明には時間がかかりますぞ。お父上も王都地下下水道には手を焼いております」

「だが始めなければ終わりも来ないだろう。それに領主館地下にまで続いているということは、この我々の足元すら脅かされている可能性もある」

「しかし周辺領の内偵もしなければなりません。人手が足りるか」

「的を絞ればよいだろう。サラス領に。こやつの持ち帰った肥料がサラス領で生産される化学肥料なるものなればこそ、あの男がブリューズ王子を誑かしたのかもしれぬ。いや、すでに王子は脳喰いに、ひいては不定型生物に冒されているのでは。そして料理に虫を仕込み我らをも」

「可能性はあるが、まだ妄想の域を出ない話だ。急いては王家と事を構えることになりかねん。まさかブリューズ王子の首を落として確かめるわけにもゆかぬ」

 エドガーが再び口を開いた。

「あれが虫なり不定型生物なりに冒されているということはないだろう。ブリューズ王子、あれはなかなかの野心家だ。あれは支配する側の人間だろうよ。虫ごときがあの気配を発せられるとは思えんな」

 グラウスが場を落ち着かせるようにテーブルを叩いた。拳をただ置いただけのようだったのに、どんと重く音が鳴る。

「ブリューズ王子の真意を知るべきだろう」

「……真意な。あれの真意など、腹を割いてもわからんと思うがな」

「エドガー。軽口を」

「俺と貴様では立場が違う。探索者としての意見だ、老グラウス」

 王権代行官ブリューズ。

 ランタンは迷宮崩壊戦後、もうどこかにやってしまったが勲章を貰った時に、近くで顔を見たことがあるぐらいだ。

 アシュレイの腹違いの兄であり、四十代半ばほどらしいが若々しい生気に溢れた男だったのを憶えている。だがあの生気は溌剌としたものではなく、野心ゆえのものだったのかもしれない。

 長く貴族の側にいるグラウスにとって、あるいはランタンとエドガー以外の者たちにとって王家の血というものは、それだけで思考を鈍らせるものかもしれない。

 ブリューズが悪であると、その前提で話を進めることができないでいた。

 ランタンは吐き出すみたいに言った。

「ブリューズ王子は悪い奴で、みんなのことを脳喰いに寄生させて操り人形にしようとした。街中の人間全部を不定型生物に寄生させて箱庭でお人形遊びをしようとしている。っていうのはなし?」

 夢の話をしている、とランタンは思う。

「馬鹿馬鹿しい話だ」

 誰かが吐き捨てるようにして言った。

「そんなことをして何になる!」

「王さまになる。――レティ、昨日はどんな話をしてきたの? 領主館で」

 ランタンが尋ねると、レティシアは大きく息を吐いた。

「宣言だ。周辺領地及び、このティルナバンの大改造計画を実行すると明言された。領地改革による農業の大規模化、産業の機械化と交通改革による都市の発展。ブリューズ王子の語る輝かしい未来は、どこか君の知っている世界に似ていた」

「……王子さまは迷宮崩壊に巻き込まれたことでもあるの?」

「どういうことだ?」

「なんでもない」

「そうか。そして、そればかりではない。今、言ったことを成すために探索者ギルドの再編成、探索者の組織的運用による迷宮資源の増産計画、魔物の有効的活用。これは余興として見せられた、飼い慣らした魔物による見世物を。どのように手懐けられたかはおっしゃられなかったが、あれはそう言うことなのかもしれない」

 レティシアは明言を避けたが、脳食いや不定型生物の使用を彼女もまた疑っていることは間違いないようだった。

「機械化と迷宮の活用、この二本柱に加えて、発展のためにもう一つの柱を」

 レティシアが言い淀んだ。

 眉間に深く皺が寄る。痰が絡んだみたいに、喉元が上下した。

「姫さま」

「いや、私が言う」

 ああ、レティシアもそうだ。

 ランタンがこの場に来るのを遅らせたように、レティシアが今まで語ったことはランタンにとってはどうでもいい、言うべきことを先延ばしにするための前置きでしかなかったのだ。

「ブリューズ王子は巨人族を活用しようと考えておられる。これは、ウィリアム王子も考えていたことだ。鉄道網を敷くおりに、その力が使えないかと。だから、その」

 それさえも前置きだ。

「リリオンのこと、なんて」

 ランタンは独り言みたいに呟く。小さな声で。目蓋を開けているのに、視界が狭く、暗く。

「竜種の力は、巨人に勝るとも劣らないと。私たちが力を貸せば、リリオンのことは公表しないと」

 貴族だからではない。ブリューズが悪であるのならば、レティシアはそれに力を貸すことはできない。

 リリオンを守ることが。

 ブリューズが悪であるのならば。

 シュアがやってきて、料理に潜んでいた虫が脳食いであると言った。

 リリララがやってきて、領主館地下で不定型生物を見たと言った。それは何体もいて、巨大で、青く、赤く、黄色く、その内に人間が沈んでいたという。

 ベリレが、大丈夫か、と背中を叩く。

 ランタンはどうしようもなく立ち尽くし、気が付けば食堂を後にして、まだリリオンが眠るベッドに飛び込んだ。

「――……ランタン? どうしたの、ランタン」

 目を覚ましたリリオンが、氷像のように物言わぬランタンを抱きしめる。

「怖い夢でも見たの? ランタン、大丈夫よ、大丈夫だからね」

 リリオンは安心させるように微笑み、ランタンをずっと、ずっと抱きしめる。


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