224
224
農地を抜けて街の方へ近付いていく。
人気のない路地を選ぶまでもなく、人の姿も気配も感じられなかった。
塔の屋上から見下ろした賑わいが嘘のように。
農地の隣には住宅地があった。
そこまで来てようやく街の賑わいが微かに感じられる。音に誘われて、先を急ぎたくなる。それほどの静けさだった。
住宅地に並ぶ家の作りは豚小屋のそれに似て簡素だった。
四角形の建物がずらりと並んでいる。一枚の壁を共有して隣り合い、また天井と床を共有して二段三段と積み重なっている。集合住宅だった。ランタンが下街でねぐらにしていた廃虚を思い出させた。
だがどこか玩具のような印象を受ける。
それは一部屋一部屋が、あまりにも小さく、狭いからだろう。塔内の限られた土地を有効活用するためか、無駄が削ぎ落とされているが、それがあまりにも行き過ぎている。
外観を見ても、そこにどのような人が住んでいるのかまったく想像ができない。
窓もなければ扉もない。部屋の正面に、出入り口となる穴が切り取ったみたいに空いている。
その有り様は洞窟とさして変わらない。
先を急ぎたくなるのを堪えて、三人は慎重に内部の気配を探った。
迂闊にも、あるいは大胆にも出入り口に顔を突っ込もうとするリリオンの髪をランタンは引っ掴む。
「見ないとわからないわよ」
不満げなリリオンの鼻をぴんと弾いて、ランタンは首輪から伸びる紐も握るみたいに少女の髪を手に巻き付ける。
「いますわね」
リリオンに偉そうに言ったものの、ランタンはルーの言葉に頷くことができなかった。
あまりにも静かすぎた。何かいるような気もするが、判然としない。
「死体ですか?」
「いえ、呼吸がありますわ。眠っているのか、意識はありませんわね」
心眼のような察知能力だった。
「……ランタンわかる?」
リリオンが小声で囁く。ランタンは曖昧に肩を竦める。
「三つ、五つ。浅い呼吸。身動き一つない。病人のような。入っても、問題はないように思います」
見てきます、とルーは言うが早いか、まったく足音を立てずに部屋の中に入り込んだ。
「――どうぞ。よほど大丈夫でしょうけれど、お静かに」
外観と一緒で、家の中も恐ろしいほどに殺風景だった。本当にただの箱だ。
天井はリリオンが手を伸ばせば、そして伸ばしきらなくても触れられるほど低い。ランタンでさえ圧迫感を感じると言うのに、部屋の中には二段ベッドが備えられていて、それが更に圧迫感を与える。
しかしそれが唯一の調度品だった。
三方の壁に一つづつ、そして部屋の中央に二つ並び合っている。
ベッドだけでも部屋の中は一杯になってしまっている。寝て起きる、それ以外のことを許さない部屋だった。
ベッドの中には毛布すらなく、リボンを太くしたような帯状の紐で網が張られているだけだった。空のベッドにはそれが使われていたことを示すたわみと、染みが見つけられた。
ベッドは半分が使われていた。
五人が眠っている。上段が使われていれば下段が空き、下段が使われれば上段が空いている。
「病気という感じでもありませんが、起きませんわ」
「ぐっすりね」
人族も亜人族もいた。大柄な牛人族は網をひどくたわませて横になっている。表情は完全に弛緩しており、赤ん坊のようにすら見えた。
有角人種の誇りである角が完全に切断されていた。突発的な事故で失ったのではなく、外科的に切り離されている。切り口が綺麗だった。
最初は慎重に、起こさないように気をつけながら五人の寝顔を確認していた三人だが、彼らが目覚めないとわかると次第に大胆になっていった。
声を掛け、肩を揺すり、頬を抓ったり、目蓋を無理矢理開いたりもする。
だがまったく目覚めない。それどころか身動ぎ一つない。
「寝たきり、ではありませんわね」
彼らの身体付きはよかった。寝たきり特有の褥瘡は見られないし、肉体的な衰えもない。
汗の臭いがして、手には黒ずんだ汚れがあった。亜人の体毛に、金属の切り屑が絡まっている。
「グランさんみたい」
「職人の手ですわね」
指先の黒ずみは、傷口に鉄粉が入り込んだことによる刺青だった。
今は寝たきりであっても、彼らにはそれほど昔のことではない活動の痕跡がはっきりと見られた。
「なんで目覚めないんだろう」
「にょろにょろ虫のせいじゃないの?」
「寄生された時の症状とは違うよ。もっともこれがシュアさんも知らない、最終的な症状なのかもしれないけど」
ランタンは、ああやりたくないな、と独り言のように呟き、一人の男の服に手を掛けた。
寄生虫の侵入痕がないか確かめるために裸にした。確かめるには毛深くない人族が最も適しているが、直接肌に触れる感じが不愉快だった。
「――ない。やり損だ」
舌打ちをして、下着だけを引き上げた。やりっ放しにするランタンの続きを、リリオンが行った。哀れな病人にそうするような丁寧な手つきで、きちんと服を着せてやった。
体表面に侵入痕はなかったし、それが塞がった痕も見つけられなかったが、もとから空いている穴や摂食により寄生されている可能性は残っている。
それを確かめるには頸部を切断するしかない。
だがただ眠っている、人の姿をしているものに手を掛けるのはランタンの趣味ではない。
ランタンたちは他の部屋も覗いて回ったが、基本的には同じことだった。二段ベッドが同じように五つあり、五人ないし四人がその中で眠っている。
「五人と四人の差はなんだよ」
「こっちは三人よ」
中まで入る事なく、出入り口から顔を覗かせる。
あまりにも代わり映えがしなくてうんざりした。眠る彼らの画一性は、薄ら寒いものを感じさせた。
ふと気を抜けばそれがこれから確かめる部屋なのか、それともすでに確かめた部屋のか混乱してしまうほどだ。
体温のある人間でありながら、どこか無機質だった。
肉体はそこにあっても、彼らはそこにはいない。
三人が共通して抱いた感想がそれだった。あまりにも虚ろだった。精巧な人形のように。
それは不帰の森にあった、研究所を思い出させる。
巨人が出現した人造の迷宮。その壁面を埋め尽くす夥しい数の硝子の円筒と、その中に封じられた無垢な人々。
肉体と精神の分離。
あの時は、魔精を無垢に染め直すためにそれが必要とされた。
しかし眠る彼らは硝子の円筒の中に閉じ込められているわけでもなければ、身体に魔道式が施されているわけでもない。
ならば今、彼らは何のために眠り続けているのだろう。
どこからともなく鐘の音が響いた。
ぼおん、ぼおん、ぼおんと三度。低く長く伸びる音色が塔の隅々に響き渡った。壁という壁に反響し、音の発生源を特定することは不可能だった。
「なにかしら?」
三人は一瞬身を強張らせたが、慌てもしなければ騒ぎもしなかった。変化のないものを見続けていたせいで、変化があることに喜びすらおぼえていた。
三人は集合住宅の屋上へ上がった。
さらに上から見下ろされたら一目で発見されるが、そこが一番見通しがよかったし、高所を取るより他に身を隠せる場所も存在しなかった。
三人は腹ばいになって、辺りに注意を払った。
鐘の音の残響が消える。
耳が痛いほどの静寂。
「街の方の音が消えましたわ」
微かに聞こえていた賑わいが、確かに失われていた。
「何かの合図だったのかな」
「見つかっちゃった?」
「それなら、行動が決まるからむしろありがたいけど」
ランタンは冗談めかして言う。
「もう七時か。夜の合図かな」
例えばティルナバンであれば最低でも三度鐘が鳴らされる。それぞれ朝、昼、晩の祈りの時間を告げるために。
「それとも」
「ランタンさま、お静かに。――足音。それも大勢の」
人差し指で口を塞がれたランタンは、言葉を飲み込む。
ルーは静かに呟き、うんと首を伸ばして屋根の縁に近付く。視線の先はやはり街の方だった。
リリオンとランタンもそれに倣う。
リリオンがその白銀の髪を活かして、壁に同化するみたいにさらに身を乗り出した。淡褐色の眼差しが細められる。
「いっぱいの人。数え切れないくらい。ふらふら歩いてるわ。なんだか疲れちゃってるみたいに」
リリオンが伝えてくれた群衆は、ほどなくランタンの視界にも入ってきた。ざざざ、ざざざざ、ざざざざざ、と波音のように足音が響く。
空いたベッドの主たちだろうか、今まで街の方へ出払っていたようだった。鐘の音は帰宅時間を告げるための合図だったのだろうか。
「仕事帰りでしょうか」
「実験帰りかもしれない」
その群衆を見て、巣に戻る蟻のようだと思った。
きちんと列を成しているわけではない。通路一杯に広がって、好き勝手に歩いている。だがしかしそんな中にも妙な規則性があるような気がした。
「確かに疲れてる。他に見向きもしない」
群衆はそれぞれ部屋の中に吸い込まれていく。
疲れているように見えるのは肩が落ちていて、爪先を引きずるように歩いているからだろう。動く死体がそうやって歩くように。顔はうつむきがちで、誰もが目に精気がなかった。
しかし集合主宅の外観はどれもこれもまったく同一なのに、彼らは誰一人として帰るべき部屋を確かめたり、戸惑ったりする素振りを見せなかった。迷いなく一直線に進む。
その所為か、うるさいほどの足音がふっとなくなり、静寂が戻ってくるのにそれほど時間を要さなかった。
あっという間にすべての人が部屋の中に収まった。
三人は屋上から向かいの部屋を覗き込む。扉がなく、中が狭いのでよく見える。
部屋に戻った彼らは着の身着のままでベッドに横たわった。ちゃんと自分の場所が決まっているのだろう。あるべき場所に収まるというように、狭いベッドに文句一つ垂れる様子なく収まった。
「眠ったのか? もう」
ランタンの呟きが、再びの鐘の音に掻き消される。今度は二度鳴った。
残響が失せる。さっきは足音だったが、今度は水音だった。
ぼこ、ぼこ、ぼこ、と大きな気泡を含んだ音だ。それがあらゆる部屋から合唱するように聞こえてきた。
静かに横たわっていた帰宅者の身体が波打つように痙攣した。
ベッドが激しくぎしぎしと軋み、揺れる。最初から寝ていた者たちは、やはり目覚めない。
身体が仰け反った。折れそうなほど弓形になって、かと思えば不意に弛緩して崩れ落ちる。胸が素早く、過呼吸のように何度も上下する。顎を突き出し、喉を剥き出しにした。
表情が緊張と弛緩を明滅させた。
口が開いた。
咳き込むように空気の塊が吐き出される。
そして嘔吐した。
開かれた口から透明な液体が飛び出した。
「うわあ」
リリオンが素直な反応を見せる。形のよい眉を歪め、ランタンに身を寄せた。怖いものを見るように少年の肩に押しつけて顔を逸らし、はあはあと喘ぐような呼吸を繰り返した。
呼気に含まれる湿り気が、ランタンの肌に浮いた汗と混じる。
吐き出されたものは不定型生物だった。胃の体積を遥かに超えるほどの不定型生物が、帰宅者の身体の中から這い出てきた。
二段ベッドの上段から下段へどろりと垂れ落ち、あるいは下段から上段へ支柱を伝って這い上がる。
そしてもとから寝ていた者たちの口の中へ、それはするりと入り込んでいった。
寄生だった。
そのために意識を奪われているのか、そのために意識を失ったのか。
どの不定型生物も、もとの宿主から次の宿主へと寄生先を移すのに五分と掛からなかったが、中には次の宿主を見つけられない不定型生物もいた。
そういう不定型生物はベッドの上段や下段を虚しく探し回り、結局もとの宿主の中に戻っていった。
二人で一つの不定型生物を共有しているらしかった。
不気味な水音が止んだ。
「ルーさん?」
それとリリオンばかりに気を取られていたが、ルーの顔も青ざめていた。
ランタンが声を掛けるとはっとしたように目を瞬かせて、大丈夫です、と言った。反射的な言葉なのは明白だった。
ルーにとってただの魔物としての不定型生物は恐怖の対象ではないのかもしれないが、目の前で起きた光景はその身に体験した実験の記憶を呼び起こさせるものだったのだろう。
いつもは平然としているが、忌まわしい記憶はルーの身体から消えることなく刻みつけられている。
「大丈夫じゃなさそう」
ランタンはあえて軽く言って、額にじわりと浮いた汗を拭ってやった。
ぬるりとして冷たい脂汗だった。
「もしかして寄生されてる? 不定型生物が染み出してきたみたい」
ルーは太く、それでいて静かに肺の息を吐ききった。自然と入ってくるものを受け入れるように、鼻から息を吸い呼吸を整える。
「――これはもとからです。評判のぬるぬるですのよ」
頬に赤みが戻った。
「こういう時はランタンにくっつくといいのよ。評判の安心感なんだから」
そもそも身を寄せているリリオンが、押し出すように更にランタンへ身を寄せた。ぐいぐいとランタンをルーに押しつける。ルーは照れくさそうに笑った。
「ありがとうございます」
裸で裸のランタンを背負った時の堂々とした様子が嘘のようだった。
三人が重なり合うように一塊になると、またしても鐘の音が鳴った。
今度は一度。
ランタンたちが何をしても起きなかった者たちが、ぱちりと目を覚ましてベッドから下りた。中には転げ落ちる者もいた。
そして部屋から出て、群衆となって街の方へと歩いて行く。
きびきびとして、しかしどこかぎこちない歩き方だった。だが数十メートルも歩くとそのぎこちなさが取れていく。ぱっと見、寄生されているとは思えない。普通の人のように見える。
しかし群衆の中から何名か脱落者が出ていた。ある者は歩みが極端に遅く、またある者は倒れてしまっている。
死んでいる。あるいは死にかけているのだ。
その多くは不定型生物が寄生先を見つけられず、連続して寄生された宿主だった。
不定型生物を共有するのはきっとそういう理由なのだろう。肉体が連続稼働に耐えられないのだ。
「もうほんとに大丈夫ですか?」
「大丈夫です、もう本当に」
「リリオンは? 最初からくっついてきたけど」
「もう平気。死んじゃってるなら怖くないもん、動いても」
その言いぐさはどうかと思ったが、探索者としては頼もしい限りだった。
三人が屋根から飛び下りると、ほとんど同時に脱落者たちの周りに失禁したように水溜まりが広がった。不定型生物が這い出てきているらしかったが、先程のような激しい痙攣はなかった。染み出すという感じだった。
「倒しますか?」
「襲ってきたら。――死体は動かせないのか、亡霊との違いだな」
不定型生物は死体の周りを子犬のようにうろうろとして、それから集まり始めた。
七体の不定型生物が集合し、融合して一つになった。湯船を満たせるほどの体積だった。
巨大な水滴のように膨れあがり、ぶよぶよと揺れている。その中に胡桃大の赤い核が七つ浮かんでいる。
通常の不定型生物ならば襲いかかってくる距離まで接近しても、それは襲いかかってこなかった。
ランタンたちに背を向けて、背と腹の区別はつかなかったが、不定型生物は移動を始めた。
念のため脈を探り死者が死者であることを確かめる。
「どこかに行っちゃうよ」
「追いかけよう」
「それよりも核を一つ分離させませんか? そうすればもし見失っても、行く先がわかるかもしれません」
ルーの提案にランタンは賛成した。寄生虫を見つけた場合、それを捕獲するための瓶を持ってきていた。掌に乗るほどの大きさの瓶だ。不定型生物を丸ごと捕獲するのは不可能だが、核一つと幾許かの水分ならば充分だった。
ルーが一足飛びに不定型生物を飛び越え、その行く手を遮った。
眼前に立ってもそれはルーに敵意を見せず、目の前のそれが寄生すべき肉体か、それとも迂回すべき障害物かを迷うように、ぶるぶると震えた。
ルーが体を落とした。震脚。地面を通った振動が不定型生物を細かく波立たせる。滑るような足運びから、肩の左右を入れ替えるように繰り出された掌打が不定型生物を引き千切った。
飛び散った液体は、しかし磁石に引き寄せられる砂鉄のように核を内包する本体へと引き寄せられる。
リリオンがそれに割ったプレーンビスケットの欠片を埋め込む。
「わあ、すごーい」
見る見るうちに体積が減少した。からからに乾燥したビスケットが一欠片で桶一つほどの水分を吸収した。
そんな風にして不定型生物を小さくすると、ランタンは掌にひとすくい分ほどの水分と一緒に核を一つを瓶の中にしまった。蓋をしっかりと閉める。
「これはどうしますか?」
「道案内を頼みましょう」
「うふふ、ちょっとかわいいわね」
犬ほどの大きさになった不定型生物は、六つの核を小魚のようにあたふたさせながら三人から逃げるように移動し始めた。
その後ろをついていきながら、ランタンは瓶の中を観察する。
ぶ厚い硝子瓶の中で不定型生物が藻掻いている。分かたれた仲間と合流しようとするように、瓶の片側に片寄ってへばり付いている。
ランタンは激しく瓶を振った。かんから、かんからと核が音を立てる。
「かわいそうよ。あーあ、泡立っちゃって」
剥がれ落ちた不定型生物は、なお健気に再び瓶にへばり付いた。もし本体を見失ったとしても、このへばり付く方向へ進めば行く先に辿り着ける。
不定型生物は、群衆の背中を追っているのかもしれなかった。
「鉄の臭いがするわ」
それは嗅ぎ慣れた血の臭いではなかったが、嗅ぎ慣れた職人街の臭いではあった。
辿り着いた先で群衆がそれぞれ建物の中に吸い込まれてゆく。ほどなく足音の代わりとなる音が賑やかに響き始めた。
それは屋上から見下ろした賑わいの音色だった。
雑多な音が混じり合っているが、その主体をなすものは機械の駆動音であり、金属を加工する音だった。寄り添うように木工の音色もする。
本当に職人街を思い出させる。そこからすっぽりと探索者だけが抜け落ちたみたいに。
不定型生物が人通りのなくなった道を進んでいく。左右の建物の中では、さっそく作業が始められていた。
工場群だった。職人街によく似ているが、それよりも機械化が進んでいるのが建物の外からでもわかった。
働く彼らはほんの数分前に所定の位置に付いたはずなのに、もう百年も前からその仕事を続けているように見えた。
何かを組み立てているが、一人一人を見ても、それが何を作っているのかを察するのは難しかった。
作業工程が細分化されていた。ある者は部品を切り出し、ある者は磨き、ある者は組み合わせ、と言うように仕事が分かたれ、単純化されていた。
不定型生物に寄生されたがゆえの苦肉の策なのか、それとも効率化の辿り着いた結果なのか。
わかったことはやはり肉体は入れ物に過ぎず、不定型生物こそが主体であると言うことだった。
不定型生物はほんの数十分前まで行っていた作業の続きをしているのだ。別の肉体を用いて。
「何を作っているのかしら」
「武器や防具のようですわね。車輪もありますわ。馬車までつくっているなんて」
「あれ鉄砲じゃないか」
この工場は兵器工場だった。
紙製薬莢も作っている。山と詰まれた黒色火薬を、無造作に紙で筒状に包んでいた。指先に静電気でも発生したら一巻の終わりだ。
「こんなにたくさんの武器を作って、一体何をするつもりなのでしょう」
「武器屋さんでも開くのかしら?」
ここが黒い卵の兵器工場だと仮定すれば、あるいはすでに開かれているかもしれなかった。そして彼らにどれほどの敵がいるのかを考えれば、これほどの兵器を必要とするのも理解できた。
「そろそろ戦争でも起こす気なのかもね」
こういった武器は迷宮解放同盟や、反探索者ギルド同盟、あるいは革命軍などにも流れているかもしれない。あらゆる悪事が黒い卵の資金源だった。
もしくは本当に戦争を起こすつもりなのか。国を盗ってしまえば、今以上に実験を好き放題にできる。
それが目的のために必要ならば本当にやりかねない恐ろしさと狂気を黒い卵は有している。
堂々と通りの真ん中を歩いていても、誰に指を差されるわけでもなかった。塔内は兵器工場としてある意味自動化されていると言えた。
大勢の人が作業をしているが、一人残らず寄生されているのだ。きっと農作業をしていた彼らも。
人の形をしているが、彼らはもう人ではなかった。工業機械の一部でしかない。
ランタンは追い立てるように不定型生物の跡をつけた。
工場群を抜けて、そこで作られたものを保管するためだろう倉庫群を抜けて、その先に表れたのは教会のような建物だった。相変わらず扉はなく、出入り口は開け放たれていたが、ただの四角い建物ではなかった。
不定型生物はその中に入っていった。
教会の中にも人はいなかったが井戸があった。
それは巨大な縦穴で、迷宮口のようにも見える。
だが内壁に螺旋階段が巻いていて、等間隔でぼんやりとした明かりが灯っていた。天井から機械式の昇降機も吊されている。それが井戸の釣瓶のようだった。
不定型生物は螺旋階段も昇降機も使わず、その縦穴をへばり付いて下っていった。瓶の中のそれも瓶底にへばり付いている。
「行く?」
「行く! せっかくここまで来たんだもん」
「結構、深そうですわね」
「隠れる場所もへったくれもないよ」
「……行かないの?」
「いや行くけどさ。見つかったら先手必勝でぶっ殺そう。いいね」
「はーい」
「かしこまりました」
不定型生物は、落下するような速度で井戸の底へ降りていった。
三人は闇に紛れるようにして階段を下る。
ぎりぎりせーふ!




