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カボチャ頭のランタン  作者: mm
10.The Under Dark
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 貧民街を横断し南北に二分している、かもしれない壁を伝ってひたすらに歩く。

 立ちはだかる横壁は三人にとっては物の数ではなかったが、しかしこれをいくつ壊しても新しい発見があるわけではなかった。

 ランタンが担当して破壊する金属の横壁は、何かを隠すために金属が用いられているわけではない。

 この金属壁は本体の壁から飛び出している突起のようなものだった。これを破壊しても再び金属壁があるか、通常の石積みの壁があるだけだった。

 鼠返しにしては脆いが、ランタンのような侵入者を想定して作られてはいないのかもしれず、壁を作る際に発生した出っ張り(ばり)を、ランタンが難しく考えすぎているだけかもしれなかった。

「もぐらになった気分だ」

 ランタンが戦鎚を叩き付けると金属壁は硝子のように砕けた。いかにも身体に悪そうな粉塵を外套を翻して追い払う。

 粉塵が晴れると、また同じ景色があってランタンはうんざりして溜め息を吐いた。

 粉塵の白い煙が急に人面を作って襲いかかってくることもなければ、大量の寄生虫が蠢いているわけでも、貧民街の住人がいるわけでもない。

 石積みの壁があって、暗い通路がずっと向こうまで伸びているだけだった。

 鼠どころかゴキブリの一匹もいない。

 もぐらでさえも飢えて死んでしまうだろう。

 同じことの繰り返しに、ランタンは早くも飽きていた。

 恨めしそうに振り返ると、わざわざ首に掛けた魔道光源を掲げて光を差してくれたルーが心配そうな顔をする。なにか失敗しただろうか、と言うように。ランタンは慌てて首を振った。

「どれぐらい来ましたかね?」

 ルーもリリオンもランタンの視線を追いかけるように振り返った。

 光に照らされた背後には、これまで進んで来る際に発生した破壊の痕跡を確認することができるが、一番端までは魔道光源の光が届かなかった。

「かなり進んだようですわね。順調に、――まあ、なにもありませんでしたし」

「戻ってみる?」

 リリオンが足元の瓦礫を拾って、暗闇に向かってそれを放り投げた。

 一直線に飛んでいったそれは、五秒以上経ってから地面に落下して音を立てる。

「戻ってどうするって感じもするけどね。いっそのこと天井に穴でも空けてみようか?」

「天井ですか」

 ルーが天井を仰ぎ見る。

 リリオンが早速、屋根裏の鼠でも追い出そうとするように竜牙刀で天井を叩いた。

「あ、――わあっ!」

 支えとなる横壁を破壊した影響だろう。天井はかなり脆くなっていたようで、軽く叩いただけなのにがらがらと音を立てて崩れる。

 リリオンは綺麗に膝を抜いて、転げるように落石から逃げ出した。だがその先にいるランタンに激突してしまう。

 高熱の戦鎚を手にするランタンは右手を背後に隠して、どうにか左手だけでリリオンを抱きとめた。

「ふう、あぶなかった」

「こっちの台詞だよ。火傷する所じゃないか」

 まったくの無事であることはわかっていたが、ランタンはリリオンの顔を撫で回した。

 火傷に限らず怪我はない。

 こんな閉鎖されたところで壁を破壊し続けているので、白粉を塗ったように粉っぽくなっていた。髪の毛に指先ほどの大きさもない小石が幾つも絡まっていた。

 蚤を取る猿のようにランタンはそれを一つ一つ取り除いてやる。

「軽石だ。でも」

 天井の一部だったのか、気泡が入った石だった。親指と人差し指の間で、たいした抵抗もなく崩れて粉になった。粉になったそれを指先に擦ると、鉄粉に触れたように黒ずむ。

 臭いを嗅ぐと、少し鉄臭(かなくさ)かった。

「なになに、どうしたの?」

 するとリリオンがすぐに興味を示して、ランタンの指を自分の鼻に持ってくる。鼻息が指先をくすぐる。

「お金のにおいがする」

「ほれ」

「やー!」

 ランタンが汚れをつけようとすると、リリオンは大げさに後ろに仰け反った。妙な掛け声が貧民街の通路を反射し、ルーが顔を背けて笑っていた。

「うふふふ、――ちょっと、せっかくですから、上を覗いてきますわね」

 笑ってしまったことを悟られないようにルーは落下するみたいに天井の穴へと飛び込んだ。

 ぱらり、と穴の縁が微かに崩れる。足音はほとんどない。その代わりごんごんと壁を叩く、もう聞き慣れた音が響いた。

 通路を反響音が響いていく。それが鳴り止まぬ内に、ルーがひょっこりと顔を覗かせた。

「上も同じようなものですわね」

「なにかありそうですか?」

 ルーの逆さまの顔が左右に振られた。

「下の光景がそっくりそのまま」

「んー、埒があかないなあ」

 このまま壁を破壊し続けていても、何にも出会うことなく入ってきた方向の反対側から貧民街の外に抜けるだけかもしれない。何もなかった、というのもそれはそれで発見なのだろうが、それに我慢できない幼さがランタンにはあった。

「ちょっと、一気に壊してみてもいいですか。辺り一面」

 ルーが二階から降りてきた。

「ランタンさまは、以外とせっかちですわよね」

「そうですか? そうかな」

「んー、どうだろう?」

 ルーに指摘され、リリオンに確認をとるが少女は苦笑して小首を傾げるだけだ。

「早く答えて」

「せっかちよ」

 ランタンが冗談交じりに急かし、リリオンが冗談交じりに断言した。

「それでどうするの?」

「まとめて吹っ飛ばす。ルーさん、いいですか?」

「ええ、どうぞ」

 ルーは少しの迷いもなく頷いた。

「わたし何かお手伝いすることある?」

「ちょっと魔道式を書くから、この壁を――ここまで、完全に取っ払って、瓦礫をどかして」

「はーい」

「では、わたくしも」

 リリオンとルーが率先して働き、通路二本分の広さを確保する。ランタンはその間に魔道式の構成をああでもない、こうでもないと頭の中で固めていく。

 ランタンは、よし、と小さく呟くと高温に熱した戦鎚で魔道式を地面に焼き付けていく。

 まず三人が入れる円を描き、それを覆うように通路の広さを目一杯使った円をもう一つ描く。

「えーっとこうだったかな?」

「……あの、ランタンさま、下書きなどをしてはいかがでしょうか」

「面倒臭いからいい。時間ももったいないし」

「はあ、さようですか」

 ルーは頷き、リリオンと視線を合わせて笑った。

「せっかちですわね」

「せっかちさんなの」

「――あれ、ちがったかな。ど忘れしちゃったな。ここは後回しにしよう」

 ランタンはぶつぶつ言いながら円と円の間を魔道式で埋めていく。

「あ、思い出した。こうだ。たぶん。まあ大丈夫だろう」

 そんなランタンを二人は不安げに、しかしただ見守るしかなかった。

「よし、できた」

 ランタンが書き上げた魔道式はルーの身体に刻まれた魔道式の刺青と構成は似ていたが、圧倒的に密度が薄かった。

「集合して」

 式を踏まないように二人は円の中心へと近付くが、爪先立ちになって接地面積を減らす努力を必要としなかった。

「これはどんな魔道式なの?」

「威力の増大に決まってるじゃん」

「決まっておりますか」

「もちろん。あとは二人が丸焼けにならないように結界的なあれ」

「あれ」

「あれですか。どれでしょう」

「どれでもいいよ。――目を瞑って、呼吸はしないように。網膜とか喉が焼けちゃうかもしれないから」

「大丈夫なの?」

「リリオン、ルーさん」

 あからさまに不安げなリリオンと、それを隠していることが丸わかりのルーに向かってランタンは微笑んだ。

「まかせて」

「うん」

「はい」

「僕の後ろにくっついて」

 リリオンはまったく従順にランタンの背中に抱きついた。不安にしがみつくのではなく、身体を委ねるようにすっかり安心している。そんなリリオンの後ろにルーが身を寄せる。

「――いく」

 ランタンが囁くと、少年の身体から紅炎が吹き上がった。それはランタンの、そして後ろにくっつく二人の身体を蛇のように這ったかと思うと、螺旋を描きながら戦鎚を伝った。

 先端に火が灯る。鎚頭がぐらぐらと煮立つ溶岩のように赤光に輝いた。

 それと同じ目の色をしているランタンは、戦鎚を魔道式の起点に叩き付ける。戦鎚が保持していた熱量が地面に刻まれた魔道式へと流れ込んだ。

 破壊が辺り一面に広がった。




 爆発的な大気の膨脹による衝撃波によって壁は見るも無惨に破壊された。

「あんまり壊れなかったな」

 ランタンは不満気に瓦礫を蹴飛ばした。

 魔道式が適当だった所為だろう。威力増大の効果はあまりない。だが強烈な衝撃波が吹き抜けたというのに、三人の身嗜みはほとんど乱れていなかった。多少耳鳴りがうるさいが、結界としての効果は十全に発揮されたのかもしれなかった。

「これで、ですか」

 ルーが辺りを見渡して、呆れたように呟いた。

 もっと入念に魔道式を構築し、その記述にふんだんに宝石や貴金属を用いたとしてもこれほどの破壊を顕現させるのは困難だった。

「天井抜けてないし。んー、通路に衝撃が分散したかな」

 上は四階分が貫かれているが、穴の大きさはそれなりに広がったぐらいで、青空はまったく見えなかった。

 背後の横断壁は微動だにせず、だがそれに跳ね返った衝撃波によって横壁は左右とも数えるのも億劫なほど破壊し尽くされている。

 ランタンたちの前方には広々とした空間が広がっている。

 どことなく虚無感があった。

 何もない空間が広がっている。燃え滓がちらちらと燻っていて、それが鬼火のようだった。だが動き出しはしない。意思のない、ただの炎の破片に過ぎない。

 破壊するべき壁や、進むべき通路が失われて、同時に目的も失われてしまったように錯覚した。

「……リリオン、どうした?」

「耳がきーんってするの」

「ほら」

「ん」

 ランタンが鼻を抓んでやると少女は耳抜きをした。

「なおった」

 ぱんと膨らんだほっぺたが満足気に萎む。

「取り敢えずどこら辺まで壊れたか見に――」

 視界の先で、もっとも遠いところにあった炎の破片が、ふっと消えた。燃焼し尽くしたのではなく、何かに飲み込まれるように。

「ランタン、水の音がするよ」

 リリオンが鶴のように背筋を伸ばして呟いた。

 ランタンとルーが耳を澄まし、目を凝らす。

 確かに水音がした。だが聞き慣れない音だ。

 いや、はたして本当にそうか。聞き慣れない音だが、どこかで聞いたことがある気がする。ランタンは記憶を手繰り寄せる。

 破壊によってどこからか洩れ出したという感じではない。

 ぽたりぽたりと滴る音ではない。だがかといって流れるような音でも、寄せて返す音でもなかった。

 蝸牛(かたつむり)蛞蝓(なめくじ)に足音があったら、あるいはこういう音なのではないかというような。

不定型生物(スライム)――!」

 それは(さざなみ)のように、地面そのものがうねって近付いてくるようだった。

 まん丸とした個体ではなく、べたっと重力に押し潰されたように平べったい。一個体なのか、それとも複数個体が集合しているのか、あたり一面に広がっている。

 浸水したようだ。

 まさか亡霊でも、寄生虫でもなく不定型生物が出現するとはランタンも思っていなかった。

 一つ一つ蝋燭を吹き消すように炎の破片が飲み込まれていって、闇が近付いてくるようだ。

「ふっ!」

 ルーの震脚が地面を破壊してめくり上げ、三人を取り囲むように鼠返しを形成する。

 あっという間に肉薄した不定型生物は、鼠返しに阻まれて三人を迂回する。だが取り囲まれてしまった。

 辺り一面が不定型生物で覆われている。

 ランタンは警戒心を最大限に高める。ぴんと張り詰めた意識が不定型生物の動きの隅々までを警戒する。

 いつこの魔物が水柱のように立ち上がって襲ってくるかと三人は身構える。

 だがいつまでたってもその気配はなかった。

「……おそってこないね」

 一番早く集中力を切らしたリリオンがぽつりと呟く。竜牙刀の先で不定型生物をぴちゃぴちゃと掻き混ぜた。

 人を襲うことは魔物の本能のはずだった。だがこの不定型生物はランタンたちに見向きもしない。

 一心不乱に瓦礫を貪り食っている。

 改造されている。ランタンはそう思った。王都の地下下水道での出来事を思い出す。

 黒い卵の研究者はそれぞれ独立しているが、しかし情報の共有がまったくないわけではない。不定型生物の研究者はランタンによって捕らえられたが、その研究内容は受け継がれるか、それ以前から黒い卵内部で共有されていたのかもしれない。

 あるいはまた別の研究者による独自研究か。

「上からも来ます、わっ!」

 ぽたりと一滴、不定型生物の滴が天井の穴から滴った。

 ルーの右脚が真っ直ぐ真上に蹴り上げられた。滴がぱんと弾けて、霞のように消え去る。

「ランタンさま、リリオンさま。取り敢えずあちらに移りましょう」

 ルーは二人の腰を抱くと、まさしく重力を感じさせず天井へと足場を移した。

 視界が逆さまになるが、気持ち悪さや違和感を感じなかった。重力がまったく逆転している。地面から天井に向かって重力が働いている。

「ふわあ、すごい。変なの」

「こら、変とか言わない」

「お気になさらず。我ながら変だと思っておりますから」

 世にも珍しい重力魔道の使い手であるルーは微かに笑う。

「ですが両腕が使えませんので、不定型生物への対処はお願いいたします。くっついてくださるのなら、その限りではありませんが」

「まあ、対処って言っても襲いかかっては来なさそうだけど。何のために出てきたんだ」

 ルーに腰を支えられながら、スライムが現れた方向へ天井を歩いて行く。

 不定型生物は途切れずに続いていた。爆心地から遠ざかるにつれて壁の破壊が不完全になっていく。ひび割れた壁の隙間に不定型生物が入り込んでいる。

「ちょっといい?」

 リリオンに手を繋いでもらって、ルーの重力制御範囲外に出る。ランタンは不定型生物が染み込む壁の罅を覗き込んだ。

「補強、……というか、擬態。いや」

 ランタンは戦鎚で壁を叩く。不定型生物ごと壁はぼろりと崩れた。

「修復してる」

 地下下水道の時は不定型生物による人間の複製だった。だがここの不定型生物は貧民街そのものを構成している。壁の罅に染み込んだ不定型生物はそこで固体化していた。

 死んでいるのか、それとも生きているがもう二度と動くことができないのか、違和感なく壁の一部となっていた。

 ルーに抱えてもらって不定型生物が途切れるところまで駆け抜けた。

 確保してきた不定型生物の欠片を三人でいじり回す。

「石になっておりますわね」

「かわいた泥みたい」

「水をかけたら元に戻ったりしないかな。しないな」

 水筒の水をかけるが、欠片は欠片のままだった。ただ床に溜まった水たまりに浮いているだけだ。

「なんでこれが急に出てきたのか」

「それはもちろんランタンさまの所為でしょう」

「なおしに来たのよ。ランタンが壊すから」

「普通に壁を壊しても来なかったじゃん」

「破壊の範囲によるのではないでしょうか? もしくは熱に引き寄せられたか」

「きっかけはそうかも。じゃあ目的はなんだろう?」

「うーん」

 迷宮のようだ、とランタンは思う。迷宮では魔精による修復が行われる。それが不定型生物によって再現されている。だが不帰の森の人造迷宮とは違う。

 ここは魔精が濃くはない。

「貧民街を維持するためですか」

「たぶん、そう。やっぱり中で何かをしてるんだよ」

 足元には不定型生物が這ってきた痕跡である、湿り気が残っていた。これを辿っていけば何かに出会える、少なくとも不定型生物の巣に辿り着くことはできる。

 ランタンたちは足元を照らしながら走り出した。

 濡れているのは表面だけで、積もった砂を払えばすぐに乾いた地面があったし、時間が経てば経つほど痕跡を追いかけるのが難しくなることは目に見えていた。

「――いよいよ何かお出ましって感じだ」

「四つ足ですわね。犬か猫か、そのような」

「後ろからも来るわ」

「前の潰して。すぐに追いつく」

 リリオンが肩に竜牙刀を担ぎ先頭に出る。ランタンは入れ替わり、ルーに抜かされ様に呟いた。

「お願いします」

「おおせのままに。といっても、出る幕はないように思いますが」

 ランタンは反転して、背後を振り返った。

 犬だった。暗闇が形を作ったような獰猛な姿をしている。毛の生えていない黒い皮膚は何重にも(たる)んでいて、やや潰れた鼻は豚のようにも見える。だが脚はすらりと長く、体格がよかった。

 八頭が軽やかに駆けてくる。唸り声は低く重い。

 静寂に満ちていた貧民街が俄に騒がしくなる。虚無だった空間に、戦いの臭いが満ちてランタンの表情が生き生きとする。魔犬の息遣いが血生臭く臭う。

 首輪が付いているわけでもなし。だがどこからか放たれてやって来たのだと思った。

 これらは魔物だが、ただの魔物とは違った。雰囲気がどことなく違う。躾けられている感じがする。牧羊犬のように、侵入者を追うための犬だ。

 ランタンは群の鼻先に戦鎚を突き入れた。

 爆発。

 衝撃波が先頭二頭の頭部を粉砕し、その後ろの隊列を崩す。もっとも影響の少なかった最後尾が一足飛びに飛び掛かってくるが、ランタンには追いつけなかった。

 ランタンは迫り来る魔犬の群と等速で後退し、永遠に縮まらぬ距離を駆ける哀れな魔犬は常にランタンに頭部を差し出すしかない。

 処刑人のようにランタンは首を刎ねる。

「お早いお帰りで」

「なんか挽肉があったけど」

 二人に追いついたランタンは、紫に染まった竜牙刀を担ぐリリオンをちらりと見た。リリオンは無言で、鼻の下を伸ばすように唇を噛んで恥ずかしがっている。

「褒め言葉じゃないよ」

「えっ!? ちがうの?」

「泥水かと思って踏み付けるところだったよ」

「じゃあ次はもっと上手くやるわ」

 それから何度か魔犬の群に襲われたが、三人は代わる代わる足を止めることなくこれを撃退した。不定型生物による地面の湿り気は目を凝らさなければ見つけられないほどに乾き始めたが、もっとよく目を凝らせば魔犬の足跡を発見することができた。

 いざとなればもう一度辺り一面を破壊し尽くして不定型生物をおびき出せばよい。

「ランタンさま、その死体どうされるおつもりですか?」

「解体して、寄生虫がいないか確かめようと思って」

「ランタン、行き止まりよ」

 再び壁があった。三人が足を緩める。

「ほんとだ。でもまず解体する。先に確認しといて。ルーさんの指示に従うこと」

「はーい」

 ランタンは慣れた様子で魔犬の頸部を切断した。血の色は紫だった。高濃度の魔精によって汚染されている。だが寄生虫が出てくることはなかった。

「出てこないか」

 リリオンとルーはそんなランタンを尻目に、突き当たりの壁を叩いたり撫でたりしている。

 その周辺にはかなりの頭数の魔犬が暮らしていたと思われる痕跡があった。隠しきれない獣と糞尿の臭気がある。だが不思議と食べ滓や、排泄物は落ちていなかった。

「金属ですわね。異様に硬いですが」

「こっち隙間があるよ」

「あら、ほんとですわね」

 突き当たりの壁と横壁の間にある隙間を、リリオンが頬をくっつけて覗き込んでいる。

「こら、危ないよ」

 横断壁にあったような突起が見当たらない、つるりと磨かれたような金属で、どれだけ撫で回しても掌に引っかかりがない。かなりの工作精度だった。表面は平らではなく、僅かに曲がっている。

「これ、柱ではありませんか」

「この角度だと、かなり大きそうだ」

 となれば、するべきことは周辺の捜索であり、そのためにするべきはランタンによる大破壊だった。

 二度目は魔道式を使わなかったが、結果は一度目とたいした差はなかった。

 辺り一面が尽く破壊され、壁の向こうで待機していた魔犬の死体や生き残りが見つかったり、ただの壁だったものが巨大な円柱であると確認ができたり、リリオンとルーの髪が少し乱れたりしたぐらいだ。

 三人は不定型生物の出現を警戒しながら、その円周をぐるりと回って入り口がないかを確かめる。

「なるほど上から来たのか」

 三人が円柱を見上げると、闇の中から不定型生物が円柱を伝って落下するような勢いで滑り落ちてくるのを確認できた。

「では上を目指しましょうか」

 その不定型生物をやり過ごし、ルーに手を引かれて円柱の壁を歩いて上る。

 ルーの手はしっとりと吸い付くような肌触りだった。なんとなくその印象が己の靴底にも影響をしているような気がした。

 リリオンは頻繁に背後(した)で蠢く不定型生物を見下ろし、その度に絶景でも見たように溜め息を漏らした。

「貧民街にこんな高いところあったっけ?」

「どうでしょう。外側から見ると、ちぐはぐでいまいち全景を掴ませないところがありますからね」

 円柱の天辺に到達したが、不定型生物どころかなにもいなかった。

 円柱は貧民街の中に立てられた一種の塔だった。屋上の直径は三百メートル以上あるだろうか。壁は微かに傾斜し、下に行くにつれ大きくなっているのが屋上から見下ろすとよくわかった。

 かなり巨大な塔だ。塔の天辺は貧民街の内部に収まっていたが、しかし三人のように壁を伝ってこなければ辿り着けないようになっている。どことも繋がっていない。

 ランタンのような無茶をしなければ、もしかしたらとは思っても、塔だと知ることはできないだろう。

「なんだここ」

「なんにもありませんわね」

「――ここ! ふたがあるよ! ふた!」

 屋上を駆け回っていたリリオンが、その中心付近で手を振って二人を呼んだ。

「ほらここ。音が違うの。ほら」

「ああもう、抜けるかもしれないだろ。危ないからやめてよ」

 蓋の上で飛び跳ねるリリオンをランタンは慌てて諫める。暴れないようにしっかりと手を繋いで、隣に引き寄せた。

「確かに蓋ですわね」

 リリオンの着地音は内部が空洞であることを告げていた。

「入り口、なのかな?」

「きっとそうよ。早く開けてみましょ! なにがでるかなあ?」

「なんかあったらどうするんだよ」

「――? それを探しに来たんじゃないの?」

「……そうだった」

 不思議そうにリリオンに見つめられて、ランタンは曖昧に笑って誤魔化した。

「わたくしが開けますわね」

「僕がやりますよ」

「いいえ、わたくしが。その代わりと言っては何ですが、もしもの時には助けてくださいませ」

 ルーに見つめられ、ランタンは頷いた。

「わかりました」

 わたしが見つけたのに、と呟くリリオンの手を引いてルーから少し距離を取る。

 ルーが蓋に手を掛ける。蓋に鍵はしてなかった。穴に被せられているだけだ。

 ゆっくりと持ち上げられ、ずらされる。

 何も出てこなかった。

 いや、音があり、光が洩れ出してきた。

 そして何を見たのか、ルーが驚いたような表情を作った。

「こちらを見てくださいますか。これは一体……」

 不可解極まりないというようにルーが躊躇いがちに二人を呼んだ。

 二人は顔を見合わせ、同時に中を覗き込んだ。

「――人がいっぱいるわ」

「これは、街か……?」

 見ているものも、自分が口に出した言葉もまったく現実味がなかった。

 繋がれた手。リリオンが不安げに指を絡めて、柔らかい爪が手の甲を引っ掻いた。

 その甘い痛みは確かに現実だった。

 そして貧民街の中にある塔の、その中に街があるのもまた現実だった。


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