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「では行ってくる」
早寝早起きとは言わないが、それでも充分に睡眠をとるようになったレティシアの肌つやは磨かれた宝石のようだった。
「いってらっしゃい」
祝福はもう済ませてあった。レティシアは頬に触れて、その指を唇に当てた。
「しゃーい!」
リリオンがにこやかに、追い出すような勢いで手を振った。レティシアが苦笑しながらそれに応える。一キロ先からでも見て聞こえるようないってらっしゃいだ。
背を向けて屋敷を出る一団を見送りながら、ランタンは王権代行官を少し哀れに思った。
気合い充分なレティシアに、グラウスにダニエラを初めとした重臣たち、それになぜだかエドガーにそのお供のベリレもいる。
ネイリング家の家臣団は人族も亜人族も入り交じっているので、さながら百鬼夜行のごとくだった。物凄い威圧感がある。
レティシアはこれから王権代行官との食事会なのだが、そのついでに代行官の真意を問い質す、というわけではなかった。
何の確証もなくそのようなことを聞くのはいくら何でも不敬が過ぎる。
今日はただ話し合いをするだけだ。もちろん探りは入れるが。
例えば現状のいいように使われている状況を変えるための話し合いだった。
ネイリング騎士団の周辺領への派遣は公的な命令ではないので本来ならば拒否をしてしまっても、もっと言えば無視をしてもいいものだった。
だが唯々諾々とそれに従ってしまった前例があると、これを拒否するのが難しくなる。
もしかするとレティシア一人では言いくるめられてしまうかもしれないので重臣たちで脇を固めるのだ。
家臣団は王都でドゥアルテの補佐をしていた百戦錬磨の人材たちである。それがレティシアに頼りにされてやる気を出しているのだからもう手がつけられない。
そんな彼らが、このような場では相手をびびらせた方が勝ちなのだ、と街の喧嘩の必勝法のようなことを大真面目に言うのだから面白い。エドガーを連れて行こうと提案したもの彼らだった。
人亜一体、文武両道のネイリング。それを意識付けるには充分すぎる集団だ。見ているだけで胸焼けしそうだった。
ランタンは中に混じるベリレの尻をぽんと叩いた。ランタンはにっと笑った。
「ちゃんと怖い顔してるんだぞ」
「――どうだ?」
「いいね。胸の傷も見せたらどう?」
牙を剥くように笑ったベリレは、どんと三日月の火傷痕を鎧の上から叩いた。ちょっと前まで尻から虫が出てきて怯えていた男とは思えなかった。
最後尾にリリララがいた。集団から一歩外れて、どこか軽やかに歩いている。
スカートから飛び出たちょこんと丸い兎の尻尾をランタンが掴まえる。
「んだよ」
リリララは尻を振ってその手から逃れる。
「レティの隣じゃないの?」
「あたしみたいなちんちくりんは隅でひっそりしてるのがお似合いだよ」
もしかしたら拗ねているのかもしれない。ランタンは赤錆の目を覗き込んだ。
「隣に行けばいいじゃん。その方がレティも嬉しいよ」
少し心配するように言うとリリララは悪戯に笑った。
「ばっか、あたしが目立つところに行ってどうするんだよ。仕事がし辛いだろ」
両手を胸の辺りに持ち上げると、いかにも手癖の悪そうに十本の指を動かした。
リリオンが猫のようにその手を掴まえる。踊りでも踊るかのように指を組んで、ゆらゆら揺らした。
「お仕事頑張ってね」
「おうよ、任しとけ。なんなら玉座でもかっぱらってきてやろうか」
「興味ないね。それより美味しそうなごはんが出てきたら包んで持って帰ってきてよ。高そうなの」
「わたしおかし! 甘そうなの」
「まったく好き勝手言いやがって。期待せず待ってろ。お前らもあんまり遠くまで行くなよ。探しに行くのが大変だから」
二人が下街に散歩へ行く予定があるのを知っているリリララはそう言うと、いつまでも握っているリリオンの手を振り払い小走りで家臣団の最後尾に合流した。
幾つもの馬車が連なっている。それは戦列そのものだった。そのまま戦場に放り込んでも、まったく違和感がないし、きっと問題なく活躍するだろう。
そういう集団だった。
「あー、おっかない。怖い怖い」
朝、レティシアを自室から送り出す場面を家臣の一人に目撃されたランタンは、その時の眼差しを思い出してうんざりした。
ここの古い家臣たちは皆、レティシアを娘のように思っている。レティシアを目の中に入れても痛くない親馬鹿な男親だ。
怒りでも憎しみでもない、冷酷なほど値踏みするような、覚悟を問うような眼差しだった。
馬蹄の響きと車輪の軋みが朝の街を駆け抜けていく。砂埃が立ち上がり、それが消える頃には馬車の背中は一つも見つけることができない。
リリオンは太陽に背伸びするように、大きく振っていた手を下げた。
「行っちゃった。どんなごはんが出るのかな?」
「さあ、なんだろうね。大型竜種の丸焼きとかじゃない? なんたって王家だし」
「へえ、迷宮のごはんみたいな物を食べるのね」
ランタンとリリオンは屋敷の中に一度戻って、少し遠出をする用意を調えて再び外に出た。
リリオンは竜牙刀と銀刀を交差させるように背負っている。背嚢は背負っておらず、腰に巻き付けたポーチが枕のように大きかった。リリオンはさっそく後ろ手にその中を探って、飴玉を一つ口の中に放り込んだ。
ランタンは途中の屋台でオレンジを一つ買った。皮を擦るといい匂いがする。
「ほら」
「んー、いい匂い。おいしそう」
「飴を食べ終わったらね」
ランタンが言うが早いか、リリオンはばりばりと飴玉を噛み砕いた。
「見て、あー」
リリオンが口を開けて、恥ずかしげもなく口内を晒した。健康そうに真っ赤な口内だった。喉奥がひくひくと動いている。雨漏りするみたいに唾液が溜まる。置き場を探すように舌が右左に揺れた。
「見たけども」
「ん。もう飴ないよ」
「ふうん」
「ほら」
「わかったから」
ランタンは急かされるままにオレンジを半分に割った。皮が詐欺みたいにぶ厚かった。緩衝材みたいにふわふわして白い。濃い色の実はこれまたぶ厚い薄皮に包まれている。種も大きいし、一房に二つも三つも入っている。
「はずれだ」
下街に入る。
ランタンは一つ外して、再び開かれた口の中に放り込んだ。それから自分も一つ食べる。
「でも甘いわ。ちょっと、んー、すっぱい」
「どっちだよ。――あ、ほんとだ。甘くて酸っぱい」
「ねー」
甘さの後に遅れて酸味が来た。
二人は同時に薄皮を吐き出した。その中の果汁だけがすっかりと吸い尽くしてある。
口の中に種が残った。
「種、どっちが遠くまで飛ばせるか競争ね」
「まってまって」
リリオンが口の中で舌を動かしている。
「いいよ」
「せーの、っ!」
「やったー! わたしの勝ちよ!」
背の高さの分だけリリオンが有利だった。少女はぴょんぴょんと跳びはねて無邪気に喜ぶ。
「じゃあ優勝したリリオンに賞品です」
「わーい」
ランタンが渡したオレンジの残りをリリオンは素直に喜んで受け取った。
「あれぇ? もう中身ないよ、皮だけよ」
丁寧に閉じられた皮を開いてリリオンは不思議そうに首を捻った。ランタンが意地悪をしていることに気が付いていないのだ。本当にランタンが間違えてしまったのだと思っている。
「ねえ」
「……指、べたべたしちゃったね」
物凄い罪悪感にかられたランタンはごく自然にオレンジの皮を奪い取ると、それを遠くに放り投げて話を逸らした。リリオンは自分の指先を躊躇うことなく口に含んだ。
「べたべた、甘い」
それからランタンの手を取る。
「ちょっと舐めた手で触らないでよ」
「甘い」
「舐めないで」
ランタンは舐められた指を外套で拭う。
「ランタンの方が甘い気がする」
「気のせいだよ」
下街には幾つか水場がある。落とし穴のようになっている涸れ井戸から、釣瓶や手漕ぎポンプが整備されているまで様々なところに点在している。
それらはそれぞれその辺りで幅を利かせている集団によって管理されているが、そんなことはランタンの知ったことではなかった。
「お腹壊すかもしれないから飲むなよ」
「はーい。じゃあ次はわたしやるね」
「乱暴にするんじゃないぞ」
リリオンが手漕ぎポンプを上下させた。
透明で濁っていない、変な匂いもしない水が蛇口から放出される。ランタンは手を洗った。それを邪魔する者はいなかった。暴力的に排除したのではない。
無断使用されないように男の見張りが立っているが見て見ぬ振りをしていた。
この辺りでランタンは神に等しかった。触らなければ祟りはない。
「よし、ありがと」
ランタンはリリオンと、見張りの男に笑いかけた。笑みの質は違ったが。
そしてポーチから銅貨を取り出し弾いて男に渡した。
使用料ではない。ただの施しだ。使いやすく井戸をきちんと手入れしているのは好ましい。
「ねえ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
ランタンたちを透明人間のように扱っていた男は話しかけられてぎくりと身を強張らせた。触らなければ祟りはない。しかし無視するのはどうなのだろう。そんなことを考えているのかもしれない。
「最近、貧民街に手が入ったでしょう? それで何か困ったことってある?」
「……ほとんど、ない」
「揉め事も?」
ランタンが更に問い質すと、男は怖々頷いた。顎先から汗がぽつりと垂れた。
「そりゃ、多少はある。縄張り争いとか。けど懸念してたほどじゃない」
男は言葉を切って、お前がいた頃より平和だよ、と極小さな声でぼそりと呟いた。ランタンが小首を傾げると、慌てて視線を逸らし早口で捲し立てる。
「この辺りでラリってる奴らより余程ましだ。ちゃんと働いてるしな」
「……廃虚解体?」
「ああ、けっこういい金になる。貧民街出の奴らは結構、真面目だ。からかってもあんま怒んねえし。ちょっと――」
男は人差し指でこめかみをこつこつと叩いた。
「――遅れてるのかもしんねえけど」
「ふうん」
「やつら自分で自分のやさをぶっ壊してんだからな」
ははは、と男は乾いた笑いを漏らした。愛想笑い丸出しだった。
ランタンは銅貨をもう一枚くれてやって井戸から離れた。
二人はそのまま下街を南下して、貧民街を目指す。
しかしその前にもう一つ寄る場所があった。
待ち合わせの場所に辿り着けるだろうか。
廃虚はどれも似ている。
まだ取り壊されていない、しかし今にも崩れそうな廃虚の屋上に腹ばいになり、南の方を眺めると貧民街の威容が霞んで見える。
今日は風もあまりないのに砂埃が多く立っている。
それは取り壊されつつある貧民街が出した垢のようなものだ。
レティシアが驚くほど進んでいないと言っていた解体作業は、しかしこうやって遠くから眺めると着々と進められているのがわかる。
ただ貧民街があまりにも巨大すぎて、そこで作業する人足たちが働き蟻のように見えるのだ。
魔道や重機の運用はされていなかった。
もっとも大きな破壊力を有する道具は丸太を横倒しにした破壊鎚だろうか。十人一組でそれを支え、壁に突貫していく。
危機意識はあったものではない。崩れた壁に何人かが下敷きになっていた。しかしそれも慣れっこのようだった。
進められている解体作業の中でも、もっとも巨大な破壊の痕はランタンの爆発痕だった。
自分自身それを放ったときはかなり気持ちが良かったことを憶えている。だがあらためて目にするそれは、貧民街に対する傷跡としてはほんの膝小僧をすりむいたぐらいのものだった。
驚くほど進んでいないというのは、作業を放置しているのではなく、作業量そのものの膨大さから出た言葉だった。
残りの作業量は今の解体速度から逆算すると五十年ぐらいはかかるんじゃないかと思う。
破壊鎚が人を変えてまた運用される。
塵から生まれるみたいに人足の数は多いが、それでも人海戦術と言うには少し物足りなかった。
「死ぬほど邪魔だな」
ランタンがぽつりと呟くとリリオンが同意を示した。
貧民街の解体には物足りないが、警備員としての役割には充分だった。
ランタン一人でならばどうにでもなるが、リリオンを連れてとなると正面切って貧民街に乗り込むのは難しいだろう。
何のために屋根に這いつくばっているのか。リリオンの背中にある巨大な二刀は悪目立ちしていたし、銀の髪は陽光を反射している。
「死ぬほど邪魔だな」
「ほんと、いっぱい人がいるわね」
「……」
ランタンはもう一度繰り返そうかと思ったけれどやめた。
「まあ正面から入らなければいいだけだし」
ティルナバンの南側に扇状に広がる下街。貧民街は扇に描かれた模様のように横たわっている。
騎士団が管理下に置いた北側は貧民街全体から見るとごく一部でしかない。貧民街を包囲するにも人員が足りない。そのためもっと南下すれば、貧民街に入り込むのは難しくはない。
だが南下するというのは都市部から離れると言うことで、つまりは貧民街としての濃度が極めて高くなるということだった。
そちらは騎士団も、探索者も近付かない
以前ジャックに連れられて貧民街内部を散策してうんざりするような目にあったが、より酷いものを見る可能性もあった。
何がどうなっているのか、まったく想像ができない。北側に住んでいた住人で貧民街を捨てられなかった者たちが、南側へと移住して内部が混乱している可能性も大いにあった。
人の手が入っている分、ランタンは迷宮よりもこれを危険視していた。
ランタンには竜紋短刀がある。あるいはレティシアの個人副官という立場を認識している騎士があそこにいるかもしれない。そういった物や立場を使えば正面から入ることもできるだろう。
だがそれらを使用すれば公的な行動になってしまう。そして責任はレティシアが被ることになる。
正面から入っても迷惑を掛けずに行動できればいいのだが、ランタンにはそれをできる自信がない。甘えればレティシアは喜んでくれるが、貧民街でベッドの中のように振る舞うことはできない。
「でも正面から入れればそれに越したことはないんだよね。真ん中辺りまで一本道ができてるんだから」
「がんばれー」
リリオンが屋根から応援を送った人物が、正面から貧民街に近付いていく。すぐに鳶のような警笛が鳴らされた。
「うわ、一人相手に集まりすぎだろ」
それは傭兵探索者のルーだ。ルーはすっかりアシュレイの信頼を勝ち得たようだった。
レティシアから貧民街探索計画を聞かされたアシュレイは、これにルーを同行させるようにレティシアに頼んだのだ。
彼女はほんの十分ほど前にこの場で落ち合い、探りを入れてくると一人で行ってしまった。
ランタンとリリオンと違って、彼女の顔は割れていない。
「あっ、囲まれちゃった。大丈夫かしら?」
「大丈夫だよ」
ランタンは確信を込めて言う。
傭兵探索者は命を少しでも安く買い叩こうとする探索者を相手に商売をしている。この程度の詰問は物の数ではない。
ルーの大きく柔らかな身振り手振りは、相手の警戒心を緩める作用がある。自然に大げさな表情は信用を得るためのものだろう。彼女の大きな口はどこか幼さを感じさせる。この距離でさえ口角が上がっているのがわかった。
ルーは取り囲まれたが、すぐに解放された。
しかし友好的に別れたという感じではない。責任者らしき騎士は何度かルーを振り返った。
ルーはその視線に気が付いているのだろうが、まったく気付いた素振りを見せずに油断した背中を向けている。
「けんもほろろって感じだな。よほど近付かせたくないのか」
「けんもほろろ」
リリオンが人語をまねる鳥のように繰り返した。
ルーは貧民街側から死角になる壁に身を隠すと、こちらに向かって大きく手を振った。
リリオンが反射的に身を起こし、それに応えようとした。ランタンは慌ててリリオンの髪をぐいっと引っ張った。リリオンが再び屋根にへばり付く。
「何するのよ」
「目立つ真似をしない」
「口で言ってくれればいいのに……」
リリオンがいじけたように言った。ランタンは面倒臭そうに頭を撫でてやる。
ルーは腕を交差させてばつを作った。やはり正面から貧民街に入ることは不可能なようだ。
二人は屋根から降りて、約束の場所でルーと合流した。
「お疲れさまでした。駄目でしたか」
「ええ、取り付く島もないという感じでしたわ」
「けんもほろろ?」
「え? ええ、けんもほろろでした」
「そっかあ、けんもほろろかあ」
リリオンが舌足らずに繰り返しながら、腕を組んで満足そうにうんうんと頷いている。
「気にしないでください。けんもほろろって言いたいだけだから」
ルーは納得したように頬を緩める。
「それで何かを隠しているような感じはありました?」
「むしろ疑問と不安がいっぱいという感じでしたわ。おそらく部外者を貧民街に近づけるなと厳命を受けているのでしょうが、その理由を教えられていないのだと思います。それに命令の割に、人数を割いてもらっていない。そのちぐはぐさに苛立っておられるようです。ランタンさまがお顔を見せて差し上げれば、猜疑心で胃に穴が空いて倒れてくださるかもしれませんわよ」
「それはいい」
ランタンは肩を竦める。
「人足たちの様子はどうでした?」
「人足ですか? 真面目に働いておりましたわ」
「そうですか」
「なにか気になりますか?」
「……寄生虫のことは?」
「聞いております。ああ、ランタンさまは彼らが寄生されているかもしれないと危惧なさっているのですね。お話に聞く症状が出るのなら、あのような働きぶりは難しいと思いますわ」
「んー、やっぱりそうか。気にしすぎかなあ」
リリオンがランタンの背中に覆い被さった。後ろからぎゅっと抱きしめてくる。
「気にしすぎじゃないわ。だってにょろにょろ虫はすっごく気持ち悪いもの。ランタンは虫嫌いだもんね」
泣く赤子をあやすみたいにリリオンは身体を揺らした。
「たしかにリリオンさまの言うとおりです。気をつけるに越したことはありません。それにもし寄生されているとしたら、それこそ貧民街を探索しなければなりません。ですが骨の中を見せて頂くわけには参りませんから」
「中に入るしかないか」
ランタンは面倒臭そうに呟いた、
「大丈夫よ。にょろにょろが出てきてもわたしがけんもほろろに追い返しちゃうからね!」
「追い返さないでやっつけてよ」
「おまかせあれ!」
リリオンはランタンを抱えて、ぐるりと一回転する。
「気にしないで」
「はあ」
降ろされたランタンは、目を丸くするルーに何事もなかったかのように告げた。
「じゃあどっち側に回り込もう。ルーさんはこの辺に来たことは」
「お役に立てなくて申し訳ないのですが、あの時の記憶は曖昧でして。なかなか素面で来るような場所でもありませんし」
「そうれもそうか」
適当に戦鎚の倒れる方へと進もうか、ランタンがそんなことを考えているとリリオンが元気よく手を上げた。
「はいっ!」
「なに?」
「あっち」
リリオンは西側を指差した。
「なんで?」
「わたし、あっちの方知ってるよ」
思いがけないことを言われて、ルーに続いて今度はランタンの目が丸くなった。
「いつ?」
「ランタンと出会う前。夕陽が大きかったのおぼえてるもの」
「そっか、あっちから来たんだ。ルーさん、いい?」
「ええ、構いませんわ」
ルーには申し訳ないが二人だけで納得して、貧民街の西側に回り込むことにした。
「案内してあげるね!」
リリオンが膨らみかけの胸を強く叩いた。
「えほっ、けほっ」
「強く叩きすぎだよ」
むせるリリオンを見て、やっぱり東側にしようかとランタンは思う。




