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カボチャ頭のランタン  作者: mm
10.The Under Dark
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 一緒に寝よう、なんて恥ずかしい言葉を恥ずかしげもなく言えたのはレティシアが本当に疲れていて、それでいて自分で立ち止まることができなくなっていたからだった。

 それは口説き文句ではなく、気遣いの言葉だった。リリオンを世話役に就けたのも、最近は少女の母性に触れ、不本意ながらもそれに癒されてしまっているランタンなりの気遣いであった。

「おまたせー!」

 だと言うのに。

「あれ、なんかむしろ疲れてない?」

 リリオンに腕を引かれて部屋に連れて来られたレティシアの様子は、長い労役を終えたと思ったらまた別の労役場に連れて来られた囚人のようだった。心身ともに疲弊しきっている。

 甘い言葉に誘われてのこのことやって来た自分に呆れているのかもしれない。しかしそれにしても大変な疲れようだった。

 湯上がりのぴかぴかに磨かれた宝石のような肌が、その雰囲気にまるで似合っていなくて少し面白い。

 レティシアはうつむいた顔を持ち上げるように髪を掻き上げた。髪はまだ湿っているようで重たそうだ。しっとりと深い色合いは、どこか退廃的な雰囲気がある。

「湯疲れでもした?」

 ランタンが尋ねるとレティシアは溜め息を吐くのも面倒そうに肩を落とした。

「ランタン、……君はいつもあんな事をされているのか」

 そしてそんなことを呟く。

 ランタンは首を傾げた。

 レティシアを引っ張ってきたリリオンが、首輪を外された犬のようにランタンに駆け寄ってくる。

 ランタンは胸に飛び込んできた少女を抱きとめ、そのままベッドに腰を下ろした。リリオンの髪もまだ濡れていた。銀の髪が深雪のように白い。

「あんな事って?」

 言葉でレティシアに尋ねながら、視線でリリオンに尋ねた。

 風呂場で一体どのようなことをしたのか。磨かれた肌からは、リリオンがしっかりと役目を果たしたことしか読み取ることができない。

 ランタンはリリオンの髪に指を通した。

 身体がぽかぽかと暖かい分だけ、濡れた髪の冷たさが際立った。

「言わずともわかるだろう。自分がいつもしてもらっていることだ」

「あのね、あのね、わたしね、ちゃんとレティのことぴかぴかに洗ってあげたからね!」

 リリオンは胸の中で上目遣いにランタンを見上げる。

 あんな事とは、つまり身体を洗ってもらうことのようだった。それによってレティシアは疲労したのだ。けれど、女同士なら別にいいんじゃないの、とランタンは思う。

 男の気持ちが女にわからないように、女の気持ちも男にはわからないのだった。

「それでね、髪の毛もね、身体もね、全部、ぜーぶんきれいにしてあげたのよ!」

 リリオンは一気に捲し立てたかと思うと、ぴたりと唇を結んで黙り込んだ。口角が上向き、期待をするように笑みを作る。

「おー、そうか。ご苦労」

「えへへへへへ」

 一言褒めるだけで、リリオンはこれほど嬉しいこともないというように表情を蕩けさせた。

「でも、片手落ちだよ。髪はちゃんと乾かしてこないと。髪が濡れたままだと風邪を引くからね」

 リリオンは身体を離して、くるりと振り返った。レティシアが肉食獣を前にした小動物のように身を竦める。

「ぜんぶやってあげるからね!」

「遠慮する」

「どうして? ぴかぴかになったでしょ? 髪を洗うのも上手だって言ってくれたじゃない」

「それはだな――」

 レティシアは歯切れ悪くもごもごと言い訳のようなことを呟く。じりじりとリリオンが距離を詰めた。

「よかったね、レティ。リリオンに全部してもらえて、僕だってそんな一から十まではしてもらわないよ。せめて髪と背中を流してもらうぐらいかな」

 ランタンはぶらぶらと脚を揺らして他人事のようだった。

 レティシアが途端にしかめっ面をする。逃げ腰だったのを一転して、攻勢に出る。爪先に重心が移ったのがわかった。

「おい、どういうことだ?」

 リリオンの視線が泳いだ。腰を落として今にも突進しそうだったのに、それが急にへっぴり腰になった。

 ランタンは突き出た丸い小さな尻を、爪先で撫でるように蹴り上げた。

「ひゃんっ」

 リリオンがびっくりして跳び上がる。

「いつもランタンにしてるからって言ったじゃないか。だから私は」

「……いつもじゃないもん。いつか、ランタンにしてあげたいって、言ったんだもん」

「私はかなしいぞ。いつからそんな嘘つきになったんだ」

「ぴかぴかにしてあげたかっただけだもん」

 リリオンは巣穴に逃げ込むようにランタンの胸に顔を埋めた。

 唇を尖らせて、不満と不思議をまぜこぜにして囁く。

「ランタンもレティも、どうして洗ってもらうのが嫌なのかしら」

「嫌って言うか恥ずかしいんだよ。男は。女の人は知らないけど」

「わたしはね、とっても大好きよ!」

「そうなんだ」

「うん、ランタンの手で洗ってもらうとわたし、とっても気持ち良くて、ふわふわした気持ちになって、ぴかぴかになるのよ。わたしじゃだめだったのかしら……?」

 最後にちょっとかなしそうにぽつりと零す。

「いや、リリオンは上手だよ。髪と背中しか知らないけど」

「じゃあ今度はぜーんぶやってあげるね」

「その前にレティでもう何回か練習しなよ」

「うん、わかった!」

「こらこら、わかるんじゃない」

 ランタンがレティシアの表情を窺うと、レティシアは疲れたと言うよりも悟ったような表情をしていた。

 おかしいな、ゆっくり休んでもらおうと思っていたのに、これではまったく裏目に出ている。

「リリオン、――よいしょっ」

 ランタンは胸に抱いたリリオンを、裏投げするようにベッドに放り出した。

「さて」

 そして遠くにいる友人を呼ぶようにレティシアに手招きをする。

「レティ、髪やってあげる。まかせて、いつもリリオンにしてるから」

 レティシアは悟った顔を一転して煩悩に染めて、のこのことリリオンのいた位置に納まった。

 風呂上がり特有の、汗ではない湿った匂い。上昇した体温に炙られた肌が、洗い流されたはずの女の体臭を微かに浮かび上がらせる。

 それも一つの要因だった。

 リリオンの方が背は高いが、膝の間に納まるレティシアの方が肉体の存在感があった。体重はもしかしたら同じぐらいか、あるいはレティシアの方が重いかもしれないが、太っているわけでは決してない。

 高貴な顔の造作や誰もが羨むような胸の膨らみはもちろん、丁寧に丁寧に削り出したような腰のくびれでさえもが、女としての厚みとなっているのだ。

 ランタンがくらくらとした夢心地でいると、それを邪魔するように背後でリリオンが文句を上げる。

「わたしはー? わたしの髪もぬれてるよ」

「わたしは自分でしなさい」

「ぶー」

「タオルと櫛持ってきて」

「はーい」

 ごろごろと転がって移動し、ベッドから下りたリリオンは言われたものをランタンに手渡した。ごくろう、とランタンは頭を撫でてやる。くすぐったそうに笑った。

 座ったままでそれをすることはできないので、ランタンはベッドの上に膝立ちになった。

「なんか緊張してる?」

 レティシアの首を揉んだ。びくんと身体を震わせる。

 首の筋肉が硬く強張っているのは、これからされることへの期待と不安だけでではなく、蓄積した日頃の疲労のせいでもあった。迷宮探索に、あるいはリリオンやベリレとする組み手にでも誘おうかなと思う。

 動くことによって溜まった疲労は動かないことで癒されるが、動かないことで溜まった疲労は動くことで発散される。ランタンは自分の経験上、そう思っている。だがレティシアにはそんな暇すらない。

「ほら、僕にまかせて」

 ランタンは悪魔のように囁く。レティシアをこの部屋に連れて来させ、この場所に座らせた声だった。

 声に合わせて髪に隠された項に触れるランタンの指が、妖しく動いた。

「んっ」

 レティシアは甘い声を出して背筋を脱力させた。やろうと思えば頸椎を損傷させることもできる。そういった技術の応用だった。

「結構うまいんだよ、僕」

 そう言うだけのことはあった。

 紅い髪を一房、手に取った。湿っているからか金属的な重みがあった。それでいて波打つうねりが強い。それは炎を思わせる。炎の扱い方は、ランタンの最も得意とすることの一つだった。

 ランタンの指には体温と違う熱量があった。

 タオルと指を使い髪を乾かしながら、丁寧に櫛を通していく。

 背筋だけではなく、レティシアのからだから緊張が抜けていった。

 レティシアの隣で、いつもはそれをしてもらえる少女が羨ましそうな顔を隠そうともせず、頭を掻き毟るみたいにして乱暴に髪を乾かしている。

「リリオン」

 ランタンは視線を寄越しもせずに言った。

「はーい」

 リリオンは返事をして、丁寧に髪を梳かし始めた。長い腕をいっぱいに伸ばして櫛を通している。全体につけると少し重くなりすぎるので毛先にだけ髪油を馴染ませる。もう慣れた手つきだった。

「余所見しない」

 そんなリリオンが気になるのか、レティシアが首を動かそうとしてランタンに旋毛を押さえられる。

 そんな風にされたことは、今までの人生できっとないのだろう。もしかしたら他人が旋毛に触れたことは初めてなのかもしれない。レティシアは、う、と妙な呻き声を上げる。

 レティシアは恥ずかしそうにうつむいた。

「うつむかない」

 だがランタンはすぐに髪を引っ張って顔を上げさせる。いつもリリオンにしていることだった。

 髪を梳かしているリリオンは気分が良くなって、すぐに頭をふらふら揺らすのだ。その度に叱られて、その度にリリオンは、だってだって、と言い訳をするのだがレティシアは文句一つつけなかった。

 それどころかそんな雑な扱いの果てに、すっかりと気が緩んだのかうつらうつらとし始める。

 これがリリオンだったら耳の一つでも引っ張って起こしてしまうのだが、ランタンはレティシアをそのままにした。

 だが手入れを終えて暇になったリリオンが、そんなレティシアにちょっかいをかけ始める。

 毛先を一房、筆のようにまとめるとレティシアの鼻の下をくすぐった。

「う、ううん……」

 レティシアは嫌がるように首を振り、何度か鼻を啜った。

 それが面白いのかリリオンが必死に笑いを噛み殺しながら、執拗にくすぐり続ける。

「こら、意地悪しない。疲れてるんだから、このまま寝かしてあげよう」

「貴族のお仕事って大変なのね」

「――よし、もういいかな」

 リリオンにするときの癖で、終わりを告げるようにレティシアの頭を一撫でする。するとレティシアはその一撫でに、すべての意識を奪い取られて眠りに落ちた。

 脱力した首が頭部の重さを支えきれずに、がくんと激しく船を漕ぐ。

 レティシアはその衝撃に目を覚ました。

「――はっ、うん、あー、いかん。眠ってしまった」

「……」

「……」

 ランタンとリリオンが目を合わせる。

「ベッドの上だよ、寝ちゃいけないなんてことはないと思うけど」

「――せっかくベッドの上で寝られるんなら、せめて身体を横にしたいじゃないか」

 レティシアは欠伸混じりに言った。たったそれだけで、しばらくまともに眠っていないことがわかった。眠らないことが癖になっているのか眠気を飛ばすみたいに首を振ると、梳かしたばかりの髪が重さを感じさせずにふわりと広がった。

 目の端に映った己の毛先を視線が追いかける。レティシアはいつの間にかつやつやに整えられた髪を撫でて感嘆の吐息を漏らす。

「ランタンは探索者を辞めても髪結いとしてやっていけるな」

「その時はレティに雇ってもらお」

「いつ探索者を辞めるんだ?」

 レティシアはわざとらしく真面目な顔をして尋ねた。ランタンも同じような表情を作って応える。

「探索する場所がなくなったときかな」

 リリオンがランタンの背中に抱きついて、もっと真面目な顔をして口を開く。

「ねえねえ、だれが真ん中で寝るの? わたし?」




 真ん中で寝るのはわたしではなく僕だった。

 男としてこれほど幸せなこともないだろうと、ランタンは思う。

 ランタンはベッドの真ん中で仰向けになり、右にリリオンが、左にレティシアがそれぞれランタンの方を向いて横になっている。頬に触れる視線がこの上なくくすぐったいが悪いものではない。

「もー、ランタンったら甘えんぼさんなんだから」

 妙に嬉しそうな声を出して、それこそ甘えるようにリリオンが腕にしがみついて身体を寄せてきた。

 ランタンはリリオンの抱擁からするりと腕を抜き、レティシアの方へと寝返りを打った。

 リリオンが背中にしがみつき、不満の声を上げた。ランタンは押し出されるようにレティシアの胸に納まった。

 暗闇の中でなお明るい緑の瞳が眠たげに微笑む。

「甘えん坊だな」

「そうかもね」

 ランタンは満更でもなさそうに頷いた。リリオンに甘えるよりも、レティシアに甘えることはランタンにとっては葛藤の少ないことだった。押し返すような、包み込むような、女性特有の柔らかさを顔いっぱいに感じる。

 リリオンが更に不満の声を上げる。顔を見ずとも、頬を膨らませたのがわかる。

「リリオン、悪いな。今夜のランタンは私のものだ」

「ずるい。いいな、いいな」

 リリオンがランタンの腰に腕を回し、身体を揺らした。ベッドのバネが怪しく軋む。それが楽しいのかリリオンはもっと身体を揺らす。

「こら、暴れるんじゃない。ランタンが潰れてしまうだろ」

 レティシアはそう言いながら声を上げて笑い、リリオンと奪い合うみたいにランタンの頭を胸に抱え込む。

「わたしのよ、持ってかないで」

 リリオンは拗ねたような口調で、けれどそれはままごとを演じるようなものだった。いつもは二人のベッドに、三人でいる非日常を楽しんでいるのだ。吐息にきゃっきゃっと笑い声が混じる。

 ランタンはされるがままに身を委ね、レティシアはそれに付き合い、当のリリオンは早々に体力を消耗したらしく大人しくなった。不意に大きな欠伸をする。

 ランタンはリリオンの方を向かされていた。

 レティシアとの奪い合いにリリオンは勝利したのだ。それが譲られた勝利であるとも気が付かずに勝利に酔いしれ、もう目蓋も開けられない始末だった。

 大きく無防備な欠伸をする。

「おやすみ」

 ランタンは言って、唇が閉じると同時に頬と唇の境目に口付けをした。

「……うん、……や、……なさ、……い……」

 リリオンは途切れ途切れに言って、力尽きて夢の中に落ちていった。

 ランタンは少しの間、少女の寝顔を見つめて少し乱れた髪を整えてやった。それから寝返りを打った。

 レティシアはまだ起きていた。

「寝れそう?」

「どうかな。昼に飲んだ茶がまだ効いているから。しかし、これもいつもか?」

「まさか、レティと一緒だからはしゃいでただけだよ」

 レティシアは眠たそうだったが、けれど寝付けないようだった。残してきた仕事が気がかりなのかもしれない。

「仕事、まだ残ってたんだよね。余計なお世話だった?」

「まさか、うれしいよ。本当は、私がしなければならない仕事というわけでもないんだ。部隊の編成はシドにまかせてもいいし、私がいなくなってもグラウスにまかせれば万事上手くいく。私の百倍は経験があるからな」

「とは言ってもまかせられない?」

「んー」

「信用の問題? それとも自分がしないと気持ちが悪いから?」

 前者は一般論だがネイリングの直臣に限って言えばその心配もないだろう。後者はランタンがようやく自覚する悪癖である。だがそのどちらでもないようだった。

 レティシアが視線を泳がせた。ランタンはその視線を追いかける。

「日に日に自分の不甲斐なさを実感するんだ」

「よくわからない」

「軍隊の維持にこれほど金穀が必要だとは思っていなかった。実家からの援助がなければとっくに破産してる」

「……でもそれは、織り込み済みのことでしょ?」

「うん、そうだな。最初っからおんぶに抱っこのつもりだった。でもその中で少しぐらいは負担を減らせるものだと思っていたんだ。それがなあ、とんだ思い上がりだ。私はただの小娘でしかなかった」

 維持するだけならば、レティシアをこれほど悩ませることはなかっただろう。各領地への度重なる出撃命令が湯水のように金穀を消費させるのだ。

「私には基盤がないからな、自由になる領地がほしいよ」

「そんなこと言って、そしたら余計に悩むことになるよ。きっと」

 ランタンが言うと、レティシアは嫌そうな顔をした。

「グラウスのようなことを言う。でもまあそうだろうな。領地を得たからと言って、湯水のように金が湧くわけでもないからな」

 事実、領地を持つ貴族は年々、騎士団の維持が難しくなってきている。

 かつての戦国時代の名残から大きな軍事力を有することはその領地の名声と独立性を高める意味を持つが、今現在の騎士のするべきことの多くは領内で起こる争いの解決だ。例えば野盗であったり、魔物であったり、野生動物であったりの相手をすることが。

 そしてそれを解決しても領土が手に入るわけでも、賠償金が手に入るわけでも、身代金が手に入るわけでもない。騎士団は金を稼ぐ存在ではないからしかたがないとはいえ、現実は厳しい。

 多くの領主は必要最低限の軍事力を残して王国や都市へ騎士団を出向させこれを養ってもらう代わりに、統帥権を王家へと譲渡している。これが必要になったときには議会へ出兵を陳情するのだ。

 そして騎士団どころか領地の維持すらも困難になりつつある貴族もいた。

「他の所みたいに押しつけちゃえばいいじゃん」

「馬鹿を言うな。そんなことをしたらネイリングの沽券にかかわる」

「でも、今はいいように使われてるでしょ? 原因の僕が言うのも何だけど、曖昧な状態は良くないよ」

 ランタンはおもむろにレティシアの胸をむんずと掴んだ。ふっくらとした脂肪層を突き抜けて、心音が跳ねるのが掌に伝わる。

「レティから断るのが難しいなら、僕が言ってあげようか? それとも僕に言えないことがある?」

 魂を掴まれたみたいに、レティシアはランタンに支配された。

 そしてそれがレティシアにとっての幸福であることは、その表情を見るだけで明らかだった。

「ないよ。なにもない」

「じゃあどうして? レティは何を悩んで、焦っているの?」

 ランタンが尋ねれば、レティシアは答える。

「ブリューズ王子の行動に疑問がある。例えば私が気にくわなかったとしても、これほどあからさまに使い潰そうとするのは浅慮と言うほかない、例えば貧民街が不可侵地域だったとはいえ、十何年もほったらかしにいていたのは灯台下暗しと言えどさすがに不自然だ。探索者ギルドへの干渉の仕方も些か性急だろう。他にも幾つかある。だが何をしたいのかがわからない。アシュレイさまも懸念しておられる」

「王さまになりたいんじゃないの? 前にそんなこと言ってたよね」

 レティシアは頷いた。

「だがもしかしたら正当な方法を選ばないかもしれない」

「謀反でも起こす?」

「かもしれない。だが戦力が足りないだろう。ティルナバン周辺領をすべて引き込んだとしても。それがわからないお方ではない。もちろん私の気にしすぎかもしれないし、実際に何かをしていて、けれどそれは王位継承にかかわらないことかもしれない」

 なにもわからない。

 だからレティシアは不安になって、そしてそういうときは動き続けることが唯一の不安から逃れる術だった。

「レティ、このことは誰かに相談した?」

「まだアシュレイさまとお話をするぐらいしか」

「じゃあ取り敢えずドゥアルテさんにお手紙を書こう。娘に頼られて嫌がる親なんていないよ。男親は特に」

 ランタンがそう言うとレティシアは驚いた。

 女の腹から生まれた実感がないことを悩んでいた少年の言葉ではない。

「だって僕、リリオンに頼られるの好きだもん」

 ランタンはそんなことをしれっと言いはなった。そして平然と続ける。

「もちろんレティにも。本当にどうしようもなくなったら僕がどうにかするから」

「どうにかって?」

「僕にできることは物理的な解決に決まってるじゃん。知ってるでしょ?」

「……ずいぶんと乱暴だな」

「だって男の子だもん。乱暴なのは嫌いだっけ?」

「好きだ。もっと、強くしてくれるか?」

 レティシアは身体を近づけて、ランタンの指が女の胸に突き刺さるみたいに食い込んだ。ランタンは何度かその指を動かして、密着させた身体の輪郭をなぞるように滑らせた。乱暴さとはかけ離れた、優しい手つきだった。

「いけず」

「でもこれ以上したら、ほんとに寝れなくなっちゃうでしょ?」

 掌に伝わってくる心音は、レティシアの身体を震わせるほどだった。

 三人で密着していることを差し引きしても、レティシアの身体は熱を持っている。二人に挟まれるランタンは蒸し焼きになりそうだった。

 物欲しそうな顔をするレティシアに、ランタンはうんと顔を寄せる。

「リリオンは、こうするとすぐ寝ちゃうんだよ。レティはどうかな?」

 おやすみの言葉を口付けと一緒に交換する。

「ぐっすり寝れそう?」

「……ああ」

「それはよかった」

 それからほどなくして二つの寝息を聞きながら、男としてこれほど幸せなこともないだろう、とランタンは思うのだった。

 枕をともにする女に安らぎを与えることは、ランタンを自分が一端の男になったように錯覚させた。


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