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あれは目ではなく排泄口だった。
尻に空いた穴なのだから、なるほど不思議なことはない。
ベリレのそれが尻の右側についているわけでもなく、もちろんその排泄口は寄生虫のものである。普通に考えればそうだろう。寄生虫はベリレの尻を奥へ奥へと食べ進めている最中だったのだから。
あのあとベリレは腰が抜けてしまって脱衣所にへたり込んだ。それを根性無しと罵ることはできない。
ランタンも自分がそんな目にあったら、まず間違いなく腰を抜かすだろうと思う。もしかしたら泣き出してしまうかもしれない。目撃者の立場でも腰は抜けかけた。
リリオンに連れられてやって来たシュアは、嗜虐的な笑みを浮かべておっかない医療道具をベリレに見せつけた。
だがベリレはそれを恐れるよりも、自分の肉体に住み着くものをより恐れた。
シュアが迷いなく使ったのは、細いかぎ針のようなものだった。それを穴に突き入れて、ぐりぐりと捩って中にいるものを巻き付け、ずるりと引きずり出したのだ。
引きずり出したそれはかぎ針ごと瓶の中に納められ、ほらどうだ、と横たわるベリレの眼前に置かれた。
失神こそしないがしばらく茫然自失となっていた。
それも仕方ないだろう。おっかなびっくりその様子を見ていたランタンも、それが姿を現した時には茹だった肉体が一気に冷たくなった。
それはミミズに似て、線虫に似て、ヤマビルに似ていた。
線状の全身は青みがかった灰色で半透明の白濁した粘液に覆われていた。
弛緩した身体は三十センチほどになり、伸縮自在に伸び縮みした。最長で五十センチにもなり、最短ではその五分の一以下になった。通常の太さは一ミリ程度で、縮んだ時でも三ミリを超えることはない。
瓶の中でうねうねと動き、かぎ針から自力で脱出すると瓶に張り付いて蓋を目指した。先端に吸盤状の口吻を有していて、蓋の裏側に吸い付くと身体をよじって蓋を外そうとさえした。
シュアが封印処理していなければ逃げ出していたかもしれない。
それには知能があった。少なくともランタンにはあるように見え、それが恐ろしかった。
だがシュアはそれほど恐れてはいないようだった。
それは魔物であった。
昆虫系迷宮に時折現れるそうだが、ランタンは幸運にもこの魔物と遭遇したことはなかった。昆虫系迷宮がそもそも好きではないので、その機会に恵まれなかっただけかもしれないが、この魔物自体滅多なことでは人前に姿を現すことはない。
だがどこかでその噂を聞いたことはあった。
ベリレの尻に住み着いていたことからもわかるように寄生型の魔物だからだ。
探索者には脳食いと呼ばれて忌み嫌われる魔物だ。
普段は別の魔物の肉体に潜み、最終的には寄生主の脳内へ、精神的ではなく物質的な脳内へ侵入する。
脳に住み着いた脳食いは寄生主を駆り立て、探索者に襲いかかる。
そしてそれは探索者にも寄生することがある。寄生された探索者は攻撃性や猜疑心が増すなど精神的に不安定になる。最終的には完全に自我を失い、発狂して無差別に暴れるようになる。
脳食いを外科的に除去することは可能だ。だが脳内への侵入を許した場合は、脳食い自らが侵食した脳の代わりをつとめているので、うまく除去できたとしてもまず脳機能に不可逆的な損傷を負うことは避けられないし、大抵は除去後数日間の内に死亡してしまう。
目撃例の少なさの割に探索者に忌み嫌われるのにはこのような理由があった。
しかしシュアに言わせると、極めて好ましい側面もあるということだった。
例えばこの魔物は宿主に寄生する際に、皮膚に口吻を突き刺しタンパク質や脂肪を溶解しながら身体の奥深くへと侵入することがある。
この際に用いられる唾液には溶解成分だけではなく麻酔成分も含まれている。
そのため宿主は肉体を溶かされていることに気がつけず、脳食いの寄生を許してしまうのだ。
この麻酔成分は魔道的に解析、再現されている。ランタンが常用している塗り薬も、あるいはこれが元になっている可能性も大いにあった。
また役に立つのは唾液ばかりではない。
全身から分泌される粘液にも麻酔成分があり、また治癒促進作用も確認されている。
脳食いの排泄物は自らが掘り進めた穴を塞ぐ役割があった。そうやって侵入した痕跡を隠すのだ。
この排泄物に含まれる成分の中には、つい先日リリオンの腕をぴったりとくっつけた接着剤の元となった成分もある。
だがその接着剤は水溶性である。
腕の傷が閉じるまでリリオンは右腕を水につけることができなかったし、長々と湯に浸からなければベリレの尻の穴を発見することもできなかっただろう。
ランタンが風呂に誘わなければ、ベリレは今頃、脳食いに乗っ取られていたかもしれない。
ともあれ脳食いにはもしかしたら人を助けるすべての要素が含まれているのかもしれない。
ランタンにとって、探索者にとっては忌み恐れるべき存在である脳食いだが、シュアにとっては極めて価値のある研究対象であるようだった。
しかしベリレはこの寄生魔物をどこでもらってきたのか。
除去手術を行った、彼女曰く手術と言うほどでもないらしいが、シュアは冗談めかして碌でもない淫売宿にでも行ったんじゃないかとベリレをからかっていたが、この点にかんしてはかなり不思議がっていた。
脳食いの構造的特徴の研究は進められているが、その正体は未だ謎に包まれている。
地上部で脳食いが発見された例は、崩壊と同時に出現した魔物に寄生していたもの、そして探索者によって、意識的、無意識的にかかわらず運び込まれたものがほとんどだからだった。
どのように増えるのかという点は完全に謎に包まれている。
脳食いは感染するが、その場合は元の寄生主から乗り移ることになる。卵を産み付けるわけでも、分裂するわけでもない。雄雌があるかも不明だ。
取り敢えずベリレと行動を共にした騎士団、これが使用した馬と竜種の全頭、口にした食料と飲料の検査が行われることになった。
もし万に一つ脳食いの寄生が流行してしまっては、極めて恐ろしいことになる。
騎士団全体に注意を促すように警告が出され、彼らが派遣された土地の領主たちにも情報は伝えられた。
だがどれほど真剣に動くかは、その領主の性格と余裕による。検査には人も時間も金も掛かる。
例えば寄生源は水源の可能性もある。
脳食いの寄生方法は皮膚を食い破ってばかりではない。例えば食料や飲料と一緒に体内に取り込まれることもあれば、尿道口や肛門から侵入されることもあった。
そうやって侵入した脳食いは、肉を食い破ることは滅多にしない。それは脳食いにとっても効率の悪い手段なのだろう。
脳食いはそのままうねうねと身を捩って腸から胃へと遡上し、胃壁から食道をよじよじよじ登って、咽頭を通り過ぎ、鼻腔上壁を穿孔して脳下垂体を橋頭堡に頭蓋骨内へと侵入する。
シュアの淫売宿の例は、実際にそういう寄生例があるからだった。
ある探索者が浴場併設の娼館を利用し、まったく無関係の娼館利用者にこれを移したのだ。
長く迷宮に行っていない素人の体内からこれが発見されて、事実が解明するまで酷い混乱があったという。ちなみにその娼館は悪い噂によって潰れてしまったのだとか。
なぜその脳食いは寄生先を移したのか、それは元の探索者の肉体に別の脳食いがいたからだった。
つまりもしもベリレの身体に二匹以上の脳食いが寄生していたとしたら、風呂を媒介としてランタンにもこれが寄生している可能性があった。
「リリオンとお風呂入ればよかった……」
「そんなこと言わないの」
徹底的に身体を調べられてしまった。リリオンにも見せたことがないような所まで、シュアによってあらためられしまった。
医療行為だとはいえ、それは極めて屈辱的な羞恥を感じることだった。
おかげで身体に余計な穴が空いていないことは確認されたが、必要な穴が必要な数だけ空いていることもばっちりと確認されてしまった。
「おかげでベリレくんが助かったのよ」
リリオンがいかにも甘い手つきでランタンの頭を撫でた。ランタンはリリオンの腰にしがみつくように抱きついて、うつぶせに寝転んでいる。
「お腹痛い」
「おトイレ行く?」
「でないよ。もうなんにも」
しかし侵入痕は確認されなかったが、それは炎症か擦過傷として現れるらしい、ランタンは念のため虫下しを使用していた。
朝夕の二回服用で、今日で三日目になる。
出し過ぎで、前にも後ろにもひりひりと痛みがあった。
これほど落ち込んでいるランタンも珍しい。
なにせズボンの上げ下ろしが面倒なので、リリオンのワンピースを身につけている始末だった。しかも下着も身につけず。状況が状況でなければまるっきり変態の装いである。そういうことを気にする余裕も失われている。
しかしこれでも多少はましになった。
初日はあまりの痛みに世を恨んだ。屋敷にトイレは幾つもあったが、なぜか一つのトイレの優先権を争ってベリレと激闘を繰り広げた。ベリレも余裕がなかったのだろう。
レティシアが仲介に入ることでどうにか講和条約が結ばれたほどだった。
そして二日目はトイレに住み着いた。口にしたものは三十分以内にすべて排出された。
こんなことなら内臓をひっくり返してごしごしと洗った方がましだと思った。腹痛の痛みは、冷たい脂汗と世界に対する憎悪が湧く。何故自分がこんな目に遭わないといけないのか、とそう言うことを考えさせられるいやらしい痛みだった。
単独探索の痛みに少し似ているかもしれない。よりにもよってそれと比べてしまうほどだ。
「今日でお終いだからね。明日の朝にはきっともうごはんも食べられるわ」
リリオンは優しい顔をしている。ランタンの頼りない重さを腹一杯に感じながら、すっかり乾燥し艶を失った黒髪に指を通し、身体を丸めて後頭部に口付けをした。
風呂に入っていないから、濃い匂いがする。脂っ気はまるで足りないが、それでも蝋燭みたいな甘い匂いがした。
毛先がちくちくと頬を刺し、柔らかく鼻を擽った。
「ふぇ、――くしゅっ」
「……大丈夫か?」
「うん」
ランタンはちらりともこちらを見ない。ずっとリリオンの腹に顔を埋めている。
リリオンは手の甲で鼻を擦って頷いた。
ランタンからは水分も油分もすっかりと失っている。
虫下しは強力な殺虫剤であり、下剤であり、利尿剤だった。
多少効きすぎているのは、ランタンの小さな身体と強力な探索者という相反する要素のせいだった。探索者用の調合がランタンの腹はお気に召さなかったようだ。しかし身体に合わせれば効果を発揮しない可能性もある。
腹痛は懐かしい痛みだった。かつてはよく腹を壊した。一時期は闇市どころか、まっとうな屋台での買い食いすら自殺行為のように思っていた。
その懐かしさが、単独探索を想起させたのかもしれない。
リリオンは脇に置いた小瓶の中身を掌にとって伸ばした。
それは乳液だった。花びらと、木の実を搾って作った油に純水を混ぜて練ったものだ。
掌にしっかり伸ばすと、リリオンはそれをランタンの髪に撫でつけた。髪から首筋に、そして背中にと場所を広げていく。
脳食いの餌になってしまうので、魔精薬どころか通常の食事も摂取していないランタンは哀れなほどに細かった。もともと脂肪を溜め込むタイプではないから、余裕のない身体はちょっとしたことであっという間に削れてしまう。
こうやって定期的に水分と油分を補給してやらなければ、ランタンの肌は紙のように裂けてしまうのだった。
そしてリリオンがランタンを撫でている間に、ランタンもリリオンを撫でていた。
腰にしっかりと回されていた腕が解けていた。尻に敷かれた手はその丸みを無意識的に撫でていた。
温かさや柔らかさ、つまり気持ちの良さは痛みを無視するには丁度良かった。
そして求められることはリリオンの喜びだった。
ランタンは撫でながら、もぞもぞと顔を動かした。臍よりも下の、腹の一番柔らかいところにランタンの吐息が感じられた。
それは湿っぽい熱と、その深部にある臓器に強く心地がいい痺れをもたらした。
リリオンは落ち着かなくて膝頭を擦りあわせるように、もじもじと腰を揺すった。
腕を伸ばして、襟元から忍び込ませた手を奥に進める。ランタンを下腹部のより深くに招き入れるみたいに背中を丸めて、一生懸命腕を伸ばす。指先に脂肪の柔らかさが触れた。
尻だった。
ランタンがそうするように、リリオンもそれを好き勝手に弄んだ。
ランタンは珍しくこれを嫌がらなかった。
リリオンは、これぐらい弱っていればいいのか、と考えていた。
抱きついて離れないし、触っても怒らない。それは素晴らしいことだ。
食事に下剤を仕込むなんてことはしないが、万に一つ何があるかはわからないので使った薬の名前と用量をシュアに教えてもらおうと、頭の片隅に書き留めておく。
「ランタン、あおむけになって」
背中側をたっぷりと堪能したリリオンは、優しく肩を揺すった。
「ランタン、ね」
ランタンはしばらくうだうだしていたが、いかにも億劫そうにごろんと身体を半回転させた。
リリオンはランタンの頭に枕を差し込んだ。
ランタンは眠たそうな目をしている。眼窩は落ちくぼみ、鼻筋が削ったように細い。眉間に血管が透けている。唇はかさついて、端々が剥がれていた。
「おでこ」
ランタンの前髪を掻き上げる。顔全体に乳液を擦り込んでいく。ランタンはされるがままにしている。口紅を塗るみたいに、唇も何度も往復する。つい思わず、捲れた皮を剥いてしまった。
「――あ、ごめんなさい。血が出ちゃった」
「いいよ」
ランタンは寝言みたいに呟いた。白く膜を張ったような唇の一部に、鮮血が滲んだ。
リリオンは引き寄せられるように顔を寄せた。
ランタンは顔を背ける。
「うつるかもしれないよ」
「もう平気よ。変な穴も空いていなかったし、全部出しちゃったんでしょ?」
「でも」
「わかったわ。じゃあわたしが診察してあげるね」
「なんにもわかってない……」
気怠げに呟いたランタンを余所に、リリオンはベッドから下りて色んな小道具を掻き集める。
そして再びベッドによじ登った。
「では今から始めます。まずお熱を計ります」
頭突きをするみたいに額を合わせる。
「なるほどなるほど。では次はお口を開けてください。あーん」
魔道光源で照らして、覗き込む。
「なるほど、ふむふむ。心臓の音を聞くので服を脱がしますね」
リリオンのワンピースはランタンには縦だけではなく、横も大きかった。肩からずり下げるとランタンの華奢さがあらためて目立った。
露わになった胸にリリオンはコップを置き、耳を当てた。だがすぐにコップを外して直に耳を当てる。
「ふうむ、なるほど。うんうん」
なんで結果を言わないんだろう、とランタンは思うのだが、それを口に出すのも面倒臭かった。
「それでは最後に変な穴が空いていないかを調べます。ランタン、脚を広げて」
「いやだよ」
「ランタンが大丈夫か調べるためなのよ」
「大丈夫だから。いいから」
ランタンがさすがに抵抗をすると、リリオンは意味深に笑った。
「うふふ、大丈夫なのね。ランタンが今、自分で言ったのよ。大丈夫だって」
リリオンは言うが早いか、さっとランタンの唇を奪った。
「はめられた……、ああ、もう」
リリオンはランタンの唇を舌先でなぞった。それはそれは丹念に、自分が塗り込んだ乳液をすべて舐め尽くすみたいに。それからしっかりと唇を押しつけた。自分の持っている柔からさや瑞々しさのすべてを渡すみたいに。
「あーんして、もう一度」
ランタンは口では嫌がったが、極めて従順だった。
リリオンはたっぷりと時間をかけて、ランタンを味わい尽くした。
思わず夢中になってしまったリリオンは、ランタンの身体に乳液を塗り込んでいる途中だったと言うことを思い出して、しまったという表情をする。
「ランタン、続きをするからね」
「また?」
ランタンはそう言って投げやりに口を開いた。
「そうじゃなくて、ああん、もう」
それは味わい尽くせるものではない。そしてどれだけしても飽きるものでもなかった。
リリオンはもう一度、同じことを繰り返した。
リリオンはランタンの裸体に乳液を伸ばした。
かさつく肌は砂漠のように水分を吸い込んでいく。粉噴くほど白い肌はほどなく柔らかさと透明感を取り戻した、しかしそれもどれだけ持つだろうか。次にこれをするのは三時間後ぐらいだろう。リリオンは今からそれが待ち遠しかった。
ランタンは大型動物みたいにのろのろと身体を起こすと、ベッドから下りた。
「おトイレ?」
「いや、水」
サイドテーブルにある水筒を傾ける。ごくごくと飲むと腹痛の呼び水になることを知っているので、ランタンはそれを頬に溜め、体温と同じぐらいに温まったものを染み込ませるように少しずつ嚥下する。
「ふう」
リリオンはベッドの上を這って、その縁から身を乗り出した。腕を伸ばして、ランタンのスカートを掴む。裾は結んであるので、丈は膝下ぐらいになっている。
脹ら脛の柔らかそうな細さは、いかにも少女のようだった。
そこだけ抜き出してみれば、女の格好をしているランタンはまったく女のようだ。
だがどうだろう。一歩退いて、全身を眺め回してみると、普段よりもどことなく男らしさが目立つのは。
男装をしているとランタンの中にある少女めいた要素が強調される。だが女装をするといつもは華奢な印象の身体付きもどこか骨張って見えるし、繊細さばかりが目立つ顎の輪郭にも鋭さが滲んでいる。
やっぱり男の子なんだな、と思う。きっと女の子でも好きになるのだろうけど。
「おしり。ランタンの」
「こら、変態。めくるんじゃない」
下着を身につけていないので、スカートをめくると真っ白な尻がすぐ目の前にあった。
リリオンは、へへへ、と笑った。
「それに僕のじゃない尻が出てきたら怖いだろ」
他の所は痩せてしまったが、ここはまだまだ触った印象そのままに柔らかそうだ。
「それでランタンも、ベリレくんもびっくりしちゃったのよね」
孤児院に遊びに行った時、男の子が女の子を追いかけ回してスカートめくりをしていた。それを見てリリオンは酷く軽蔑をしたものだが、スカートのひらひらがいざ自分の目の前に現れたらめくらずにはいられなかった。
きっとあの男の子はあの女の子が好きなんだろうな、と思う。
そして隠されているものをあばく喜びと言ったら、未踏の迷宮を攻略す喜びに通じるものがある。
「ねえ、ランタン」
「ええい、離せ。引っ張るんじゃない」
「ねえ」
ランタンは抗うが、リリオンは歯牙にも掛けない。多少動けるようになったようだが、まだ弱っているままだ。
「ランタンはわたしのスカートをめくりたいと思ったことはないの?」
「……ない」
「ほんとう?」
答えるまでの一瞬の間が、ランタンの嘘を物語っていた。
リリオンはベッドから下りて、通せんぼするようにランタンの前に回る。そしてスカートの裾を膨らませながら、くるりとステップを踏んだ。犬や猫の前で玩具を揺らすみたいに。
足首丈のスカートが広がり、リリオンのほっそりとした脛が視界に入り、ランタンは思わずその裾を掴まえた。
「……」
「……」
「……」
「……」
無言で視線を交差させ、リリオンは頷く。ランタンはゆっくりと腰を屈めた。ちょっとだけめくって、覗き込むみたいに。
ノックの音。
「――邪魔するぞ」
見計らったように入ってきたのはリリララだった。
いかがわしい体勢をしているランタンとリリオンを見て、驚きもしなかった。
「ほう、面白いことしているな。あたしも混ぜてくれよ」
つかつかと近寄ってきておもむろにランタンのスカートをめくる。
「へっへっへっ、いい尻してるじゃないか。おう、反応しろ。気まずいだろ。あたしの心遣いをなんだと思ってるんだ」
「もうちょっとだったのに」
「そりゃ悪い。次は最初から誘ってくれ」
「うん、――いたい」
ランタンはぞんざいにリリオンを叩いて黙らせる。次など無い。
「……何の用?」
ランタンは何もなかったかのように握ったスカートを手放した。
「その格好で睨んでも怖かないぞ。お嬢ちゃん」
「着替える」
「まあまあ、まてまて。ちょっとした検査に来たんだ。その格好の方がいい」
「検査?」
それならばさっきリリオンにしてもらった、とは言えない。
「シュアさんは?」
「あれはちょっと大忙し。あれでもうちの高位医務官だからな、使えるやつを遊ばせておく余裕はない。ベリレの尻から出たやつの同定が済んだ。食うのは脳じゃなくて脊髄だ。竜種は無事だが馬が何頭かやられた。人もベリレ以外にも被害がいる。まだ増えるかもしれん」
「脊髄」
「新種っぽい。ベリレは尻の肉が厚くて助かった。尻の穴ももう塞がりかけてる」
「そりゃよかった。それで検査って、どうして?」
「お前、前に骨の軍団と戦ったろ。レティと一緒に」
それはリリオンが単独探索に行っている時のことだ。
身体を動かしたくて、もっと正直に言えば暴れ回りたくてレティシアに連れて行ってもらった。
「行ったけど」
「それでいいの一撃食らっただろ」
「わたし知らない」
「たいした攻撃じゃないよ。ちょっと前のめりになりすぎただけだし」
「なら、いいけど。よくないけど」
リリオンは後ろからランタンを掴まえ、抱き寄せる。
怪我をしたのはどこ、と耳元で囁きながら身体を撫で回した。
「あの現場、お前が焼きまくった残骸から、似たようなのが見つかってたんだ。実は」
「脳食いっていうか、脊髄食いの?」
「そう。いままで判ってなかったんだけどな。死霊の残滓だとか、それこそ焼けた髄液だとか。骨野郎どもの背骨の穴に、繊維状のなんかがつまってたのよ。それがちょっと似てるっていうんで、お嬢がびびっちゃってね。シュアは忙しいし、お嬢は騎士団は再編成の真っ最中で現場を離れらんないだろ? シュア以外の奴らに身体いじられるのも嫌だろうから、あたしがこの役回りを買って出た訳よ。つーわけでベッドへ行こうぜ、お嬢ちゃん」
リリララはリリオンに目配せをした。ランタンは為す術無くベッドの上に運ばれる。
「ちょっと色んな所を見せてもらうだけさ。くらったのは脇腹だっけ。肝臓に入り込んでると厄介だな」
「外傷はなかったよ」
「そういう素人判断が一番危ないんだ。そうだ、雰囲気を出すためにあたしのことは先生と呼べ」
「わたしは、わたしはっ?」
「そうだな。助手だ」
「助手! はい、先生!」
「じゃあ押さえつけていてくれ、リリオン助手。さあて脱がしちゃうぞ。あれ、肝臓って右左どっちだっけ? まあいいか」
「よくねえよ」
「先生になんて口を聞くんだ。リリオン助手、口を塞げ」
「はい、先生」
はいじゃねえよ、と口にすることはできなかった。
リリララは容赦なくランタンのスカートをめくった。
「お嬢ちゃんとかと思ったら違うな」
脳食いも脊髄啜りも見つからなかった、
ランタンはただただ辱められた。
「……二人とも嫌い」
そしてランタンの機嫌が直るまでにかなりの時間と誠意を要することになったのは言うまでもない。
やりすぎたかもしれない




