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カボチャ頭のランタン  作者: mm
08.In The Deep Haze
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 今日も迷宮崩壊戦を一つこなした。

 最終目標(フラグ)も出たが高位探索者でのみ構成された探索班が同戦場にあり、それほど苦労はしなかった。

 個々の実力があり、きちんと連携の取れる探索者集団が一つあると戦闘はかなり楽になる。そして彼らの邪魔をするような探索者がいなければもっと楽だ。

 ランタンの役割は彼らに最終目標を丸投げすることであり、彼ら以外の探索者を統率し、通常個体の魔物を追い回して彼らが最終目標にのみ集中できるように戦場を構築することだった。

 そう自分に言い聞かせたはずなのに、最終目標に止めを刺したのが自分だというのは不思議な話だった。

 しかしやってしまったものはしかたあるまい。通常個体の掃討を済ませても、まだ倒しきれなかった彼らの落ち度だ。もちろんそんなことは言わなかったが。

 ランタンは戦闘終了後、嫌味を言われそうな気配を察知したので早々に迷宮特区を離れ、南門を抜けて下街側に出た。

 門の脇に背中を預け、盗品市さながらである目抜き通りの露天市の賑わいに目をやった。

 ランタンはフードを被って静かにしているが、視線だけはどこか落ち着かない。

 いつも持ち歩いている探索用の時計に頻繁に目を落とした。

 王都で購入した懐中時計はランタンの手には大きかったので騎士祝いも兼ねてベリレに渡した。程良い大きさの時計が正確に時間を刻んでいる。ランタンは五分ごとに時計を気にしていた。

 誰かを待っているようだった。

「あ」

 一人、門を駆け抜けて行く姿があった。門詰めの騎士が何事かと反応する。ランタンは背を預けていた壁から身を起こし、視線がその背中を追いかけた。

 頭二つ高い長身に、鼻から下を隠すベールが怪しく、腰に吊した大刀の二振りが山鳥の尾羽のようだった。

 見間違えるわけもなくリリオンだ。

 どこまで行くんだ、と呆れる。

 ランタンが身振りで騎士に知り合いだと告げる。騎士は訝しそうにしたがランタンの顔を見ると、しぶしぶと下がった。彼らからするとランタンは厄介な相手だ。ネイリング家の客分であることは周知の事実で、さらにはレティシアの情夫という噂も囁かれている探索者だからだ。

 ランタンが追いかけるとリリオンは慌てて急停止し、大刀の鞘で周囲を薙ぎ払いかねない勢いで振り返って、周りの人たちから嫌な顔をされている。慌ただしく辺りに視線を彷徨わせる。

「おい」

 ランタンが声を掛けると下を向き、わあ、と声を上げた。

 灯台下暗しとはこのことだ、とランタンは身を以て実感する。

「お、おまたせっ」

 わざとならばまだしも、本当に見えなかったようだった。

 リリオンの息は上がっている。

 ベールを外して、鼻を啜った。急いでやってきたのだろう頬が赤く、息が白かった。

「そんなに待ってないよ」

 深呼吸みたいにほっと胸を撫で下ろす。

 現場は違えどもリリオンも迷宮崩壊戦に参戦してきたのだ。早く終わった方が待っていようという約束で、待ち合わせをしたのだ。

 ランタンを待たせるのも、リリオンを待つのも二人は不慣れだった。外で待ち合わせなど初めてのことで、どことなくぎこちない雰囲気がある。

 二人とも少し黙って、互いの身体に視線を走らせた。

 怪我らしい怪我はないが、互いに外套を青い血で汚している。それはまだ乾ききらず、湿って黒ずんでいた。

「なんだか久し振りね」

 下街の市を歩くのは久し振りのことだった。

 相変わらず猥雑極まりない雰囲気があり、変わらず活気があった。

 真っ当な市ではまずお目にかかれないような物も売っているが、だからといって購買意欲がそそられるかといえばそうでもない。

 腹ごなしに何かを食べようかと思ったが、檻の中で大鼠が共食いをしているのを見て食欲が失せた。

 鼠肉の露店だ。襤褸布の幟に、激安満腹、鮮度抜群、下街四大珍味と書かれている。初耳だ。残りの三つの珍味はいったい何だろうか。

 店主が乱暴に檻を蹴っ飛ばすと、鼠は文句を垂れるように鳴いた。注文が入ると店主は手早く檻を開け、赤子ほどもある大鼠の首根っこを掴んで引きずり出す。

 そして泣き喚く暇も与えず頸椎を捻折った。鮮やかな手つきだ。副業で暗殺者をしているのかもしれない。そう思わせるぐらいの技だった。

 痙攣する大鼠を見て、場違いな歓声が上がった。上街からの冷やかし客だ。中流以上で、側にいる男は案内役兼護衛だろう。毛筋ほども表情を動かさず、依頼主の財布を狙う掏摸に目を光らせている。

 歓声一転、喉から尾の付け根までを一気に開き、肛門ごと内臓を抜くと今度は悲鳴が上がった。血の色が濃い。魔物の血が混じっているからだろうか、心なし紫がかっている。

 皮を引っ剥がし、尾を切り、口腔から背骨を縫うように串を打ち、塩を振る。それでも動いている鼠を見てもう言葉も出ない。それは生命の残滓ではなく、ただの反射だが、知らぬ者が見れば生きているように見える。

 そして火の中に放り込んだ。何とも乱暴な料理だ。

「まだ蛙の方が食えるな」

「そうかしら、鼠も美味しいわよ」

「お腹が空いていればね」

 ランタンは肩を竦めて、その露店を通り過ぎた。

 昔は鼠も食べられたが、今はもう食べられない気がする。

 適当に冷やかしながら歩いていると人波に揉まれてリリオンと離れてしまった。リリオンは頭二つ抜けているので合流するのは容易い。

 そんな風に思っているとランタンは途端に絡まれてしまう。もう、あるいはずっと前から、他人の目にはリリオンがランタンの保護者に見えるのだろう。

 ランタンは慣れた手つきで破落戸(ごろつき)を締め上げる。

「へっ、へっへっへっ」

 薄ら笑いが鬱陶しいので失神させる。口臭は麻薬常習者のそれ。会話は無意味だ。

「これ幾らになりますか?」

「幾らにもならんよ」

 適当な露店の主に破落戸を突きだして人身売買を持ちかける。冗談とわかっているのだろう、店主は面倒臭そうに答えた。ランタンは破落戸を店の前に転がす。

「商売の邪魔だ」

「まったくですね。これ迷惑料です。あとこれを。幾らですか?」

「一つ、銅貨二枚。三つ買ってくれるんなら銅貨五枚でいいよ」

「ふうん、一個でいいや」

 ランタンは破落戸の懐から迷惑料を払い、自分の財布から銅貨二枚を払って髪飾りを一つ購入した。

 リリオンは人混みに流されて、もうずいぶんと先の方へ行っていた。魔物の群を突っ切ることはできても、人の流れに逆らうことはできないようだ。首だけで振り返って、ランタンを探している。

 ランタンは人混みの隙間を縫って、あっという間にリリオンに追いついた。腕を掴み、流れから引き上げて、さっそく銀の髪を花の髪飾りで飾った。華やかに赤いが、やはり安っぽい。

「これで遠くからでも目立つね」

 今度は離れないように手を繋いだ。

 リリオンが大きくなるにつれ、次第に手を繋いで歩きづらくなってきている。巨人の血がリリオンをどれほど大きくするのかわからないが、その内にランタンが背伸びをしなければ手を掴めなくなる日が来るかもしれない。

 二人は市を見て回った。

 昔は食べられていたものがどれもこれも腹を壊しそうに見える。環境に適応したと言うべきか、しかし再び元の環境に適応し直すことができるかと問われれば、それはなかなか難しいような気がする。

「竜種だって」

「王都にもあったな。流行か?」

 リリオンが指を指す。幟には、幼竜各種取り揃え、とこれ見よがしに書かれているが、檻や木箱に閉じ込められているのは蜥蜴や蛇、蝙蝠だった。

 どこでも人々は商魂たくましい。

 市の賑わいは、もう少し下街の奥へと進んでも変わらなかった。

 以前ならば、ここいらは善良な一般市民はそこにある悪徳の気配に足が竦んで引き返すか、あるいは尻の毛まで毟られて泣いて帰るか、引きずり込まれて屍すら晒せぬような有様になっていた。

 下街再開発計画が立ち上がっており、その前に一目見ておこうという物好きと、再開発に伴う労働需要の増加を見込んでやってきた人々が下見にやってきているのだ。

 こういった見物客の財布を目当てに、あまり乱暴なことをして客足が遠のく方が損であると、多少知恵の回る仕切りの連中がお触れを出したようだった。

 だがそれにも限度がある。

 ある場所を境に人の数はぐっと減る。

 しかし一般客への悪質な振る舞いを制限するお触れが届かぬ場所にあっても、ランタンの悪評は玄人連中の耳の奥にまで届いているようだった。

 かつて下街で暮らしていた時、ランタンは自らに襲いかかる火の粉を払うのに手加減をしたことは少ない。

 そのせいだろう対応は悪くなかった。さすがに盗品と違法薬物の売人は興味を示されるのを嫌がったが、食べ物屋は愛想がよかった。

「へへえ、これは迷宮最深部より地上に姿を現した、六つ脚の大牛でごぜえます」

 なんだその口調、と思わないでもないが、ちょっと表情を変えるだけで過剰に反応されるので顔には出さない。

「ふうん、いつ頃仕留めたの?」

「たしか十日ほど前に、いや、ですが古肉じゃあございやせん。肉ってえのは冷てえ場所に仕舞っておくと、不思議と美味くなるのでござんす」

「十日っていうと、リリオンが倒した奴じゃない?」

「そうかも」

 その日帰ってきたリリオンは頬を上気させて、自らの武勇を語ったのだった。たしか三本角で六つ脚の赤牛だったか。真っ向勝負で頭蓋を唐竹割りにした。戦利品として角と背肉を持って帰ってきた。

 二人でそんな話をしていると店主は、これは奇遇なこともあるもので、と半信半疑だったが、その内にだらだらと汗を流し始めた。リリオンの腰に吊された獰猛な二振りが今さらながら目に入ったというように、へへへへへ、と愛想笑いを大安売りする。

 本当に最終目標(フラグ)(クラス)の魔物肉かは疑わしいが、鼠の肉でも蛙の肉でもなさそうだったので、これを買うことにした。

 金串に大振りに切った肉を幾つも刺し、塩を振って焼く。一串の量は大鼠の五分の一以下だが、値段は一串で五倍もする。やはり最終目標級の肉ではない。普通の魔物肉であっても十倍はする。

 二人はあるだけの肉を買った。金貨を一枚弾いて渡す、過分であるが釣りをもらって小銭が貯まるのも邪魔なので、酒を一瓶つけてもらった。ランタンとしては果実水の方が好ましいが、無いものを用意しろとはさすがに言わない。

 二人は一串ずつ片手に持ち、残りは包んでもらう。懐に呑むと温石(おんじゃく)の代わりになった。

 思いの外、上等な酒が出てきた。瓶だけが上等で中身が粗悪品の可能性もあったが、味はそれほど悪くはない。喉を潤し、肉を食みながら歩く。

 市をすっかりと外れる頃には身体がぽかぽかとしてくる。




 何があるわけでもなかったが久し振りの下街散策は面白かった。

 迷宮探索と迷宮崩壊戦を繰り返す日々はある意味充実しているが単調だ。

 痩せ犬と大鼠と牙蛙が三竦みになっている。石ころを投げて介入すると三匹は途端に争いだした。

 薬物中毒者が破落戸に喧嘩を吹っ掛けて、破落戸がのされる。薬物中毒者はその場で勝利踊りを舞い、どこからか現れた浮浪者が息を殺しながら破落戸の懐を漁っている。

 冬の空は高く澄んで、のどかな光景だった。

「あ、だめだ。屋根に穴空いてる」

「残念」

 廃虚は相変わらずそこかしこにあり、だが住める廃虚は日に日に少なくなっているようだった。

「でも、お風呂の天井も抜けてたよね」

「隕石が落ちてきたんだよ」

「隕石って?」

「空にあるお星さまが落っこちてくるの」

「へえ、お風呂に入りながらお空を見るなんて初めてだったわ。見たかったな、隕石」

「流れ星がそうだよ」

「流れ星なら見たことあるわ。じゃあ、ここをお風呂にしましょ。それで隕石が落ちてくるのを待つの」

「で、家の外に布団を敷くの?」

 ランタンはうんざりした顔を作ると、リリオンはころころと笑った。

「迷宮で寝るのと一緒よ。寝る時も隕石を探すのよ」

「落ちてきたらよく眠れそうだな。永遠に」

 再び下街に住むわけでもないのに廃虚を一つ一つ覗き込み、住めそうな部屋を探して評価を下し、どのように暮らすかを話し合った。

 雨風をしのげる部屋には時折、誰かが住んでいたり、身を隠していたり、死体が転がっていたりする。

 鼠どもが食事をしていたりもした。

 あちらでは人間に喰われ、こちらでは人間を喰っている。なんとも因果な光景はおぞましくもあるが、それ以上に哲学的な気分にさせられた。生命の営みそのものだ。

 リリオンは見てはいけないものを見たように、咄嗟に目を覆った。ランタンは少女の手を引いて部屋の外に出る。

「はあ、びっくりした」

 胸を押さえて息を吐くリリオンの背中を撫でる。恒常的に戦場に身を置き、人の死にも触れ、自身もそれを作り出したことがあるが、リリオンは本当にどきどきしているようだった。

 そんなことがありながらも性懲りもなくまた別の廃虚を覗き込んだ。

 生命の気配。

 大鼠よりも大きな影が驚いたように振り返った。僅かな光を反射して、大きな目が四つ輝く。

「……なにしてんの?」

 悲鳴も出ないほど顔を強張らせたそれらは知っている顔だった。孤児院の犬人族と猫人族の少女だ。場所は下街の西側だが、孤児院からはずいぶんと離れている。

「なあんだ、ランタンさまとリリオンさまか」

 安心したようながっかりしたようなそんな声で呟きながら、二人はとてとてと駆け寄ってきた。

「なんだとはずいぶんだな」

 二人の頭を撫でてやる。冬の毛はいかにも暖かそうでふわふわとしていた。尻尾がぱたぱたと揺れている。

「二人だけか?」

 尋ねると双子のように頷く。

 見たところ屑鉄集めをしているような雰囲気でもなかったが、かといって迷子のような雰囲気でもない。

「こんなところに二人だけで、シスターが心配するぞ」

「そうよ。悪い人にさらわれちゃうわよ」

 リリオンがお姉さんぶっていた。ランタンにそうする時の必死さがなく、ずいぶんと自然体だった。

 二人はぺたんと耳を萎えさせる。反省しているようだ。

「それでなにしてたの?」

「ねこ」

「猫?」

「うん、ねこ探してたの」

 猫人族の少女がそう言った。それは別におかしなことではないのだが、ランタンの感覚としては少しだけおかしい。この感覚は微妙なものだった。気にしない亜人族が多数派だが、例えば猫人族と猫を結びつけることを差別と感じる亜人もいる。

「探すの、手伝ってくれますか?」

「僕が探すと見つかるものも見つからなくなるからな」

「んふふ、ランタンは、ねえ」

 少女二人は小首を傾げる。自分だけがわかっているリリオンは得意気だ。

 相変わらず動物には好かれない。竜種と触れあえたので、動物との触れ合いを再挑戦したが、見るも無惨な有様だった。

 取り敢えず二人を廃虚の外に連れ出して、ランタンは首を巡らせた。

「鼠じゃダメか?」

「だめ」

「じゃあ蛙は?」

「いや」

「非常食にもなるけど」

「やあだー!」

 鼠も蛙も取り放題なのだが、二人はどうしても猫がいいらしい。野良犬ならそれなりに見かけるが、不思議と野良猫はそうそう見かけない。

 広い下街。広いだけならまだしも混沌としている。ここの鼠は猫をも補食するし、そもそも住人にとっては鼠も猫も貴重なタンパク源だった。闇雲に探し回って見つかるものではない。

 取り敢えずシスタークレアが心配しているだろうから、二人を孤児院に送っていくことにした。

 リリオンは犬人族の少女を、ランタンは猫人族の少女をそれぞれ肩車する。

「わあ、たかーい!」

「わあ、たかーい?」

「……ランタン、子供の言うことだから、ね」

 リリオンがそっと囁いた。別に何も言ってないじゃんよう、とランタンは口の中でぐちぐち言う。

 少女たちに他意はなく頭上できゃっきゃっしていた。

「――猫はこれぐらいの大きさでね」

「もう大人だな」

「それでしましまの模様なの」

「しましま」

「オレンジ色に黒い線よ」

「虎模様か」

「あとふわふわであったかいの」

「あなたたちみたいね」

「それでね、後ろの脚にお花の模様があるの。みぎの」

「ひだりよ」

「みぎよ!」

「ひだりよ!」

「あー、うるさい。どっちでもいいよ」

 二人の話を総合すると探している猫は、虎模様の成猫で、後肢のどちらかの付け根に縞模様が渦を巻いた花のような模様があるらしい。孤児院で育てているわけではなく、二人が外に遊びに出た時たまたま見つけ、それから時折、餌付けをしていたらしい。

 子供ながら孤児院でそれを飼育することが難しいとわかっていたようだ。自分たちが養われていることを知っているのだ。

「ま、見つけたら教えるよ」

「うん」

「その代わりさ、僕に一個教えてくれない?」

「なーに?」

「例えばさ、何かお祝い事で贈り物をもらえるとしたら何がいい?」

「食べ物」

「お肉」

 年頃の女の子が欲しがるものは何かと思って尋ねてみたが、返ってきた答えはあまりにも現実的なものだった。

「そっか、飯か」

 懐から串肉を取り出して、二人に渡した。まだ温かく、美味しそうな匂いがする。

 頭上で歓声が上がった。ついでにリリオンに一本、自分も一本食べる。残りは孤児院への土産にしよう。一人一本とはいかないが、串から外せばどうにかなるだろう。

 肩上の二人は串肉を食べるのに夢中でもう猫など探していなかった。

「虎模様、虎模様」

「本当に虎がでてきたらどうする?」

「ミシャの肩掛けがもう一枚増えるんじゃない」

 虎を倒すことができても、猫を見つけることはできない。

 リリオンがふと立ち止まり爪先立ちになった。

「いた?」

「あれ、ジャックさんじゃない? おーい!」

 リリオンが大きく手を振ると犬の少女が、わわわ、と慌てた声を出す。

「ちょっと降りな」

 ランタンは猫の少女を、そして犬の少女も抱き下ろした。誰、と目で尋ねて、二人は背中に隠れた。

「怖い人じゃないよ」

 リリオンが見つけたのは確かにジャック・マーカムだった。だんだんと近付いてくる人影に大理石(マール)模様の毛色がはっきりと確認できる。

「よう、久し振りだな」

「お久しぶりです、ジャックさん。先日はリリオンがお世話になったようで、その節はありがとうございました。ご迷惑をお掛けしませんでしたか?」

 ランタンが折り目正しく挨拶をすると、ジャックは肩を竦める。

「なんか企んでるんじゃないかと思えるな。――堂々としたもんだったよ」

「それはよかったです」

「もう、わたしのことはもういいでしょ」

 リリオンが照れくさそうに話を遮った。

「あ、お一ついかがですか? 毒は仕込んじゃいませんよ。肉の出所は不明ですが」

「貰おう」

 ジャックに串肉を一つ渡す。

 ジャックは冬毛のおかげで身体付きが一回りも大きく見えた。腰に差した大振りのナイフが二本から四本に増えている。一本は普通のナイフだが、残り三つはそれぞれ魔道が仕込んである。なんだか風格が増しているような気がした。

「いけるな、これ。それにしても節操がないな」

 ジャックは背に隠れる二人の少女を見て言った。

「それ違いますから、絶対に」

「冗談だよ。子守の依頼でもあったのか?」

「まあ、そんなところです。ジャックさんは、迷子捜しでしたっけ?」

「そんなもんだ。探すってほど探しはしないがな。どっかで姉ちゃん見てないか?」

「見てないです。ギルドの方はどうでした?」

「いたらこんなところ探してない」

「あ、やっぱり探してるんだ」

 ランタンが指摘すると、ジャックは嫌そうな顔をした。

「どこにいっちゃったのかしら? テスさん」

「どこかあてはあるんですか? よかったらお手伝いしますよ。この子らを孤児院に届けてからになりますが」

「ランタンさま、ねこは?」

「わたしたちもお手伝いする」

 背中に隠れていた二人が、それでもおずおずと手助けを申し出た。ジャックは碧い瞳を向けて、躊躇いがちに笑った。

「邪魔だな」

「あ、身も蓋もない」

「行く先は貧民街(スラム)だ。こんなちび助を連れてったら、あっという間に喰われちまうよ」

 ジャックは犬人族らしい大きな口で、串に残った肉を一気に頬張った。いかにも粗暴で、恐ろしげに。

 少女たちはランタンの足にしがみつく。

「ちび助って僕のことじゃないですよね?」

「……お前、空気読めよ」

 ジャックはごくんと肉を飲み込むと、大きく溜め息を吐いた。


来月も減更新かも……

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