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カボチャ頭のランタン  作者: mm
07.Let Me Kiss You
172/518

172 迷宮

172


 迷宮は、その迷宮ごとに独特の雰囲気を持つ。

 探索者ギルドから事前に迷宮の情報を得ることはできるが、迷宮から感じる雰囲気は人それぞれだ。

 客観的な意見はありがたいが、それも主観的な感覚があってこその客観性である。

 初回の探索は、あくまでもその迷宮の雰囲気を掴むための様子見である。

 だから十二時間の探索時間があっても、その全てを進行のために使うわけではない。

 三時間分進んで、同じ時間掛けて戻る。残りの六時間を迷宮口直下で寝て過ごしたり、その付近でぶらぶらして迷宮の空気に身体を慣れさせたりするのだ。

 高い山を登るとき、その低酸素に身体を慣れさせるように。

 次の探索のために。

 ランタンたちは結局四時間ほど迷宮を進んだ。

 往路には魔物が出る。復路には疲労が積もる。怪我さえなければ、進行速度は行きも帰りもそれほど変わらない。

 四時間の探索は、予定よりも距離を稼ぐことはできなかった。足場の悪さもその一因ではあるが、悪すぎると言うほどではない。

 問題は魔物の出現頻度だ。

  戦闘を含めた四時間の行軍。その間に三度、魔物の群に遭遇した。これほどの出現頻度は稀である。

 一度目は剣頭魚と角蟹。二度目は剣頭魚。三度目は剣頭魚と虎牙魚、そして近付くと爆発する水草。

 一体一体は強力な魔物ではないが、常に群れをなしていた。

 個の強さではなく数を(たの)む面倒な種類の高難易度迷宮だった。ランタンとしては少数の強力な魔物が出現するようなメリハリのある迷宮の方が好みである。だらだらと戦闘が連続するのは精神的に参ってしまう。

 とは言え迷宮はまだ序盤も序盤。中盤以降に強力な魔物が、大量発生していないとも限らない。高難易度迷宮とはそう言うものだ。

「ま、そん時はそん時だな」

「どうかした? ランタン」

「いや、独り言」

 これまでの道程を思い出しながら独り言ちるランタンに、リリオンは首を傾げた。そして傾げた首をぐるりと回して、大きく背伸びをし、年寄りのような溜め息を吐いた。

 残りの探索時間は八時間。これ以上は進まないので、最大で四時間この場に留まることができる。

 この時間を使って次回の探索のため、迷宮の性質を調べなければならない。

 現状の理解は魔物の出現頻度、そして歩行の困難さだ。リリオンも珍しく、早くも疲労を感じてしまったようだった。

 普段使わない筋肉への負荷がある。腿や脛の前側がぴんと張っているような感じがした。股関節と、腰の左右に怠さがある

 休憩は探索において重要な要素である。だがこの迷宮では休憩するのも一苦労だった。

 何せ足元は水である。寝転がることはおろか、座り込むことすらできない。背嚢から荷物を取り出すのも、それを胸側に回し、目一杯顎を引いてがさごそと中身を漁らなければならない。

 収納も考えないとな、とランタンは思う。

 背嚢の底からようやく水筒を取り出したリリオンが、砂漠でようやくオアシスに辿りついたというように水を飲んだ。

 ぷはと美味そうに息を吐き、急にけらけらと笑った。ランタンは足元に目をやる。笑いクラゲにでも刺されたのかと思った。

「いっぱいお水があるのに、水筒のお水しか飲んじゃダメなんて変なの」

 石炭の壁に囲まれているというのに、迷宮に流れる水は清らかだった。

 透き通っていて、冷たくて、変な臭いもしない。飲用可と探索者ギルドからはお墨付きが出ているが、推奨ではない。

 常用の飲み水にするのには勇気と、丈夫な胃腸が必要である。口を濯ぐぐらいはしていいかもしれないが。

「取り敢えず休憩できるようにしよう」

 ランタンが言うと、リリオンは頷いた。迷宮の環境をあらかじめ聞いていたので、事前に準備をしてきたのである。だがそれが使い物になるかどうかは、今これから明らかになる。

 水筒をしまい、代わりに取り出したのは環状金具だった。

 一方は環状になり、もう一方は太い釘のように尖っている。

「このへん?」

「もうちょい上」

「ここ?」

「ああ、そこでいいよ。ゴミ入るとあれだから、目つむってな」

 リリオンは金具を壁にあてがって、言われたとおりに目をつむった。リリオンの指を叩き潰さないように気をつけながら、ランタンは戦鎚を金具に振り下ろした。一発で半分ほど打ち込むと、リリオンを退かし、次の一打で根元まで打ち込んだ。

 ぱらぱらと黒い粉が舞って、少女はくしゃみをする。

「鼻も押さえとくべきだったな」

 鼻を擦って、リリオンは打ち込まれた金具を見上げた。

「大丈夫そう?」

「若干、脆い気がする。取り敢えず数を打ち込もう、場所のせいかもしれないし」

 それから幾つも環状金具を打ち込んだ。きちんと食い込んでいるのもあるが、打ち込んだ際に大きな亀裂を作ったものも、今に抜け落ちそうなものも、すでに抜け落ちて水中に沈んだ金具もある。

 ランタンはきちんと打ち込まれているものを選んで、環になった部分にロープを通し、色々と荷物を吊してみた。

「うわあ……、物凄く不安だ」

「……うん、落っこちそう」

 肩の荷が下りたというのに、肩が凝ることこの上ない。

 金具はしっかりと重量を支えているように見えるが、ほんの僅かに揺れるだけで、何とも言えない金具と石炭の擦れる軋みが聞こえてくるのだ。

 リリオンがお尻を突き出すみたいな中腰で、はらはらした様子で吊られた荷物を見ていた。いつでも受け止められるようにしているのだ。これでは少しも休まらないだろう。

 ランタンはズボンに丸く浮き出た少女の尻を触った。

「きゃ、なに?」

「お尻だなあって思って」

 リリオンはびっくりして小さな悲鳴を上げたが、その手を振り払おうとはしなかった。

 なぜならリリオンは、ランタンだなあと思って、ランタンに触るからだ。背中の緊張が解れ、少女は笑った。

「どうかな?」

「いい感じ」

「やった」

 やはりリリオンは疲れている。掌を押し返すような張りは、大臀筋の強張りだった。背の高さ、脚の長さの分、水辺を歩くことがランタンよりも大変だったのかもしれない。

 背嚢の中の荷物に大きな網があった。水棲系ということで投網を持ってきた、というわけではない。

 それはハンモックだ。

 座ってよし、眠ってよし、いざという時には投網によしという触れ込みで新しく購入した道具である。

 支持力の高そうな金具にそれを結びつける。

「うーん」

 複数の金具に荷重を分散してあるが、しかし長時間支えるのは難しそうだった。最初はいいかもしれない。だが眠っている最中に、どぼんといく姿がありありと想像できた。

 リリオンもそれを想像したのだろう。ハンモックを背に中腰になって、リリオンがいじらしい眼差しをランタンに向けた。

「座らなきゃダメ?」

「ダメ。だってリリオンの方が重いんだから」

「――女の子に重いなんて言ったら、嫌われちゃうわよ」

「リリオンに? それは嫌だな」

 ほら、とランタンはリリオンの手を取った。

「落っこちそうになったら抱きしめてあげるから」

「ほんとよ。ぎゅってしてね。絶対よ。落っこちなくても、ぎゅってしてくれる?」

「もちろん」

 リリオンが手を握り返し、ゆっくりとハンモックに腰を下ろした。

 ぎし、と音が鳴る。爪先はまだ水底に触れていた。リリオンがゆっくりと足を浮かせて、体重を掛ける。

「……無事よ」

「今のところはね」

 少しも休まっているという感じがなかった。リリオンの顔は緊張していて、ランタンの手の甲が白むほど手を握る力が込められた。

「これじゃあ、だめだな。別の方法を考えないと。立ち寝とか無理だし」

「うん、このままじゃお料理も作れないわ。せっかくランタンにご飯作ってあげられると思ったのに」

「今よりも重くなったら、それこそお終いだね」

 リリオンの手料理は惜しいが、調理いらずの携行食を持ち込む量は予定よりも増やさざるを得ない。

 魔物を食料にすることは難しそうだ。

 この調子では火を熾すことはもちろん、火精結晶を用いても料理は難しいだろう。さすがに魔物を生食する気にはならない。

 食べようと思っていた角蟹は甲羅を割ってみれば可食部はほとんどなかった。甲羅の厚さが数センチもあり、身は脂がのっているというよりは脂塗れという感じだった。もしかしたら鋏の切断力は油圧によるものかも知れない、と思えるほどに。

 石炭の燃焼実験も兼ねて、蟹の足を一本炙ってみたが、好ましい結果は得られなかった。

 茶色い殻が赤く色づいたところはよかったが、脂が流れ出して身はやせ細った。

 蟹の身には石炭の臭いが移った。

「重くなったら、ランタンは嫌?」

「どうなっても、嫌にはならないよ」

「ランタン」

 甘く名前が呼ばれた。ランタンの頬が緩む。

 リリオンが目を閉じて、ゆっくりと顎を上げた。身体から力が抜けた。

 白い喉が小さな呼吸を飲み込んだ。

 雰囲気はよかった。石炭、いや黒いダイヤの迷宮。打ち寄せる波の音。魔道光源の光が、ゆらゆらと揺れる。

 思いつきの約束事を、なぜ律儀に守っているんだろう。馬鹿みたいだ、と思う。

 だが、だからこそ。

 ぴん、と張り詰めた弦が切れるような音がした。

 理性の糸が切れた音かと思った。リリオンの全てが、ランタンにとっては魅力的だ。

 ハンモックが鞭のように弾け、金具の一つが水面に水柱を立てた。リリオンの身体が傾いたかと思うと、残りの金具も一気に抜けた。

「あぶないっ!」

 ランタンは咄嗟にリリオンの身体を引き寄せた。強く強く抱きしめ、そして身体を掴んだまま腕を伸ばし突き放した。ランタンはまともに転倒して、寝転がったまま赤ん坊を高い高いするようにリリオンを抱き上げた。

 リリオンが目を瞬かせた。

 腕だけで支えるリリオンの重さは心地良い。

「濡れた?」

「ううん、大丈夫だった」

「じゃあ、最悪よりも少しましだ」

 体温が水に流れる、水があっという間に染み込んできて、下着までぐっしょりと濡れてしまった。身体を起こすと、衣類に含んだ水の重さが水底に引きずり込もうとする無数の手のように感じた。

「あーあ、びしょびしょだ」

「はい、ランタン」

 差し出されたリリオンの手を取る。リリオンは一気にランタンを抱き起こした。ランタンは後ろ髪をぎゅっと絞る。

「わたしが、綺麗にしてあげるからね」

 リリオンが上着のボタンを外しに掛かった。人形の服を着せ替えるみたいに躊躇いなく。

 ランタンはされるがままにしていたがベルトに手が伸びると、さすがにリリオンの額を指で弾いた。

「僕はもう濡れたから、座りたい放題だ」

「ずるい」

「僕を脱がすんじゃなくて、自分が脱げばいいんじゃない?」

 替えの服を持ってきていないが、替えの下着はきちんと持ってきてあるのだった。




 下着だけを替え、結局、復路は生乾きの服を着ることになった。

 戦闘服はリリオンが渾身の力で絞ったのでしわくちゃになったが。水の重さはすっかりと無くなっていた。袖を通すとひんやりとはするが、歩いている内にしっかり乾きそれもなくなった。

 リリオンが手を伸ばし、ランタンの髪に触れた。乾いた髪はぱさぱさしている。指に巻き付けて、引き寄せられるようにランタンの背中に密着した。

 歩きづらい。項に呼吸が触れる。

「汗の匂い。でももう乾いたね」

「今はダメだよ。ちゃんと歩きな」

「はあい」

 振り返りもしないランタンに、リリオンは切なげな返事をした。水を蹴ってとなりに並び、澄ました顔を覗き込んで、不満気に頬を膨らませて前を向いた。

「ぶー」

 ランタンの澄まし顔が崩れる。

 往路に四時間、迷宮に対して、主に石炭の壁に試行錯誤を繰り返すこと一時間半、下着一枚で水遊びを三十分、復路をもう三時間も歩こうかと言うところだった。

 満足な休憩をとることができなかったが、進行速度は魔物が出ない分だけいくらかも速い。不安定な足場にも、二人はすでに慣れはじめていた。

 これが二日目、三日目となり、最終目標を倒した後になると帰路の一歩目を踏み出すのさえ億劫になるが、半日分の疲労程度では、探索者の足を止めるには至らない。

 だから二人の足が止まったのは、疲労のせいではなかった。ランタンは目を細め、リリオンは警戒する猫のように目を見開いた。

 光源を鶴嘴に引っ掛ける。

 迷宮口直下、始発点まではもうどれほどの距離もない。討伐した魔物が再出現している可能性は、時間的も、位置的にもほぼ零だろう。

 だが音が聞こえた。行きに歩き始めたときにはなかった音だ。

「あ、そっか。商工ギルドの人だ。坑夫さんが入るんだったな」

「なあんだ」

 迷宮に降りる直前までは憶えていたが、すっかりと頭から抜け落ちてしまっていた。

 リリオンはほっと胸を撫で下ろしたが、それでも無意識なのだろうするりとランタンの手に縋った。

 未知の状況への恐怖なのかもしれない。指の細さにそう思う。

 例えば魔物は迷宮にいて当たり前の存在だが、人はそうではない。異物である。

 異物な自分たちと、また異なる人間は魔物よりも余程に不思議な存在だった。

 まったく見ず知らずの人間が迷宮にいる。ランタンにとっても無視できないほどに違和感のあることだった。

 初体験だ。

 まだ色んな初めてがあるな、と思う。

 その奇妙な余裕は、きっと繋いだ手の薄さの所為だろう。リリオンの手はランタンの手よりも大きい。だが指は細く、掌も薄い。そんな手を握ると、ランタンは無性に格好を付けたくなるのだ。

 手を繋いで進むと、清らかだった水が次第に濁っていくのがわかった。石炭の黒さではない。土の濁りだ。

 一塊に混じり合った音が、一歩進むごとに解れていく。

 声。水を蹴る音。何かを水に落とす音。木が擦れ合う音。金槌の音。

 それを再び統合して聞くと、土木工事の音だと理解できる。

「わ、舞台みたい」

 王都で見た芝居を思い出したのだろうか、リリオンが歓声を上げた。

 迷宮口直下は円形にくり抜かれており、そこにぴったりの落とし蓋をするみたいに木製の足場が作られていた。

 水面から五十センチぐらいの高さで、どことなく桟橋を思わせる。板張りを張り付けたき組みは複雑に絡み合い、いかにも頑丈そうだった。

 その足場には二十名近い屈強な人影が蠢いており、一目見て採掘道具とわかるものと、一体何に使うのかわからないものが山積みになっていた。採掘自体はまだ始まっていないが、そのための前準備が進められていた。

 どう声を掛けようか迷っていると、向こうから先んじて声が飛んできた。

「お戻りになりました」

 それは女の声だった。屈強な男たちの中にあって見劣りのしない体格をしている。作業が一旦止まり、幾つもの視線がランタンたちに注がれた。

「あ」

 栗毛の髪に、そばかすのある日に焼けた肌。女の顔にははっきりと見覚えがあったが、名前は出てこなかった。

 商業ギルドの、引き上げ屋派遣業の、エーリカの友人の、元探索者の。

「お久しぶりです。パティ・ケイスです」

 木訥とした朗らかな笑みも変わらなかった。

「ほんと、お久しぶりです。お元気でしたか?」

 名前を失念していたことなど微塵も感じさせず、ランタンはケイスと握手をした。ごつごつとした働き者の手だった。これにも覚えがあった。

「おかげさまで、なかなか忙しいです」

「みたいですね。こんな所に居ていいんですか?」

「エーリカに頼まれまして。まったく人使いが荒くて困ります」

 きっと顔見知りの人間が居た方がいいと考えてくれたのだろう。ケイスに案内されて足場を上がり、ランタンはリリオンを引き上げた。

「まあ、力仕事は全て本業ですからね」

 探索者に従うばかりが運び屋ではない。掘り起こされた石炭を運ぶのも運び屋の仕事である。

 坑夫たちの仕事の手が止まっていた。

 探索者とはそういう存在のようだった。

「僕らのことは気にせず、どうぞ作業の続きをして下さい。その辺で大人しくしているので、邪魔だったら言って下さい。退きます」

 時計を確かめる。ミシャの迎えまで二時間以上ある。

 ランタンとリリオンは積まれた荷物の片隅に腰を下ろし、互いにもたれ合うように力を抜いた。

 野営はどうしようか。ハンモックは我ながらいい考えだと思ったが、実際は使い物にならなかった。

 倍以上、値段も重量も嵩張るが防水布を買ってそれを使うしかない。なんにせよ携行食を購入しなければならないので、地上に戻ったらまず買い出しだ。

 ランタンはぼんやりとしながら予定を組み立てる。

「ねえねえ、ランタン。あれ線路じゃない?」

「あ、ほんとだ」

 軌条(レール)を坑夫たちが敷設し、荷車の車輪を嵌め込んでいた。

 リリオンは興味深そうに坑夫たちの作業を眺め、ランタンもぼんやりとそれを見ていた。

 石炭は迷宮路に沿って掘り進められるようだった。迷宮路の横幅を拡張するかのように、その壁を抉るように鶴嘴が振るわれている。

 一心に鶴嘴を振るう男。ひたすらに砕けた石炭を拾う男。だが兜を被ることもなければ、マスクをすることもなかった。

 あっという間に彼らの肌が、呼吸が、唾液が黒ずんだ。茶色の濁りが黒に押し潰されていく。

 リリオンが脚を伸ばして座り、爪先をばた足するみたいに揺らしている。ランタンは不意に立ち上がった。

「ベール持ってきてる?」

「うん、あるよ」

「じゃあ、しな。僕はちょっと手伝いする」

「わたしも、わたしもする」

「うん。あの路、使わせてもらえればちょっと楽だ」

 足元は水面から五十センチ、足場と同じ高さ、頭上はリリオンが直立できるほどの縦幅で坑道は掘られている。

 次の探索までにどれほど掘り進められるのかはわからないが、この坑道を歩かせてもらえるのならばいくらかも楽ができる。

 ランタンが手伝いを申し込むと、坑夫たちは驚きを露わにした。

 探索者は普通こんなことはしないのだという。例えば手伝いを頼めば、探索者の肉体は迷宮攻略のためにあるのだと嘯く。地上で弱者を小突くために使っている事実があろうとも。

「別に手間賃はいらないですよ。ただ次の探索で、ちょっとそこを通らせてもらえればいいなって」

 これも探索の下準備の一つである。

「いいですか?」

 ケイスに尋ねると、ケイスは坑夫の中で一番年嵩の男に視線を向けた。

「……働けるなら」

 今まで見たどの探索者よりも探索者らしくないのだろうランタンの小躯に、坑夫は難しく眉間に皺を寄せた。坑夫の腕とランタンの腕の太さを比べると、倍以上も違う。

 ランタンは戦鎚を抜くと、くるりと手の中でそれを回した。坑夫を押し退けて、彼らに注目される中で戦鎚を石炭壁に叩き付けた。

 どごん、と壁は崩壊する。がらがらと石塊と化した石炭が雪崩を起こし、鼻と口を押さえるハンカチが黒くなった。

「百人力だな、これは」

 坑夫は唸り、手伝いを受け入れてくれた。

 ランタンとリリオンはそれぞれ左右の壁に分かれ、どちらがより多くの石炭を採掘できるかの競争をミシャが迎えにくるまで続けた。

 地上に戻ると顔を真っ黒にした二人にミシャが驚き、買い出しの予定は急遽中止し屋敷に戻って風呂に入った。


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