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ミシャはぽつりぽつりと語り始める。涙を流さぬ、その代わりのように。
ミシャは物心付いた時には、孤児院で世話になっていた。
ミシャの最も古い記憶は幼い自分に視線を合わせるシスターが、強い力で両の肩を掴んで、口腔に隠されたまだ柔らかな毒牙について決して他言せぬように、強く戒められたこと。
そして何かあればこのお兄さんを頼りなさい、とフーゴを紹介されたことだった。
毒の牙。
それ自体が悪いわけではない。
だが例えば抜き身の剣を持って歩いている人物がいたら、普通の人はそれを避ける。その人物が、それを使わないと公言しても、やはり避けるだろう。何かあるかもしれない、という警戒心は人を生きながらえさせてきた重要な直感である。
一部の亜人族だけが身に有する毒とはそういうものだった。知られることは、猜疑の目を向けられることと同じである。
ランタンにしてみれば毒も、探索者の腕力も、魔道使いの魔道も似たようなものだと思う。
だがこの世界の人の多くはそうは考えない。
先天的な要素と後天的な要素には、超えられぬ境がある。
後者は身に修めた業であり、前者は生まれ持った業である。
望む、望まざるに関係なく、たまたま偶然、身に宿っていることに意味を見出しているのかもしれない。
毒を有する出生には謂われのない噂が付きまとうのが常のことだった。例えば不貞の子であるとか、罪人の子であるとか、災いをもたらすとか、祖先に魔物がいるだとか。
まだ幼かったミシャは具体的なことは何一つわからなかったが、怖い顔のフーゴを見て、この牙のことを他人に語るまいと心に決めた。
神妙な顔をして頷くミシャに、フーゴは表情を緩めた。
ミシャと同じようにフーゴも蛇人族で、そして毒牙を有していた。
ほら、見てみろよ。
そう言ってフーゴは口を開けて牙を見せ、次はお前の番だぞ、とミシャの頬をぐにと掴んで口の中を覗き込んだ。
ふうん、俺のとは形が違うな。まだちびだ。いいか、これは俺たち二人だけの秘密だぞ。誰にも言うんじゃないぞ。
そう言われて、シスターたちに知られている事なんて頭の中からなくなった。
二人だけの秘密。その言葉はくすぐったかった。
ミシャは恥ずかしがって頷き、フーゴはミシャの頭を撫でると、孤児院の仲間たちにミシャを紹介した。
フーゴは年長の孤児だったが、最年長というわけではなかった。けれどみんなから一目置かれていて、そんなフーゴに世話を焼かれるミシャはすぐに孤児院に溶け込むことができた。
幼子であろうとも、孤児院では協調性と自立性を求められた。日の出とともに目覚めれば一人で布団を畳み、服を着替える。それから仲間と協力して、その時々の当番である食事や、洗濯や、掃除、礼拝の準備といった仕事を行う。
神へ祈りを捧げ、満腹には到底足りない質素な朝食を済ませると、それから屑鉄を拾いに出かけたり、屋台食器を回収したりする。そしてそれを換金し、シスターに渡すことが日々の勤めだった。
フーゴは皆をまとめる立場にあり、集めた諸々を然るべき場所で換金する役目を担っていたし、また別の孤児院や、そういったものに属さない子供との揉め事の解決役だったし、怖い大人たちの接近にはいち早く反応して皆を逃がす役目もこなしていた。
フーゴの仕事ぶりに、ミシャは幼いながらもひどく感心し、そして誇らしく思った。
「あの当時だからフーゴは十歳とか、十一歳とかそれぐらい。大人っぽくて、頼りがいがあった。毒牙のことでは神経質で、叩かれたこともあったけど、厳しくするのは私のためだってそう言ってくれて、やっぱり優しかったし」
孤児院での生活は苦しくとも、その中で幸せを見つけていた。
懐かしむように、言葉はゆっくりと穏やかに紡がれた。
そうやって語られてきた昔話が、不意に止まった。
裸のミシャはランタンにすべてを語ろうとしていた。
だからランタンは急かさなかったし、ここでやめようとも言わなかった。
ミシャに向き合って、ミシャが再び話し出すまで待っていた。
脇腹に当てていたタオルが、湯面に浮かび揺蕩っている。ランタンがそれを掴もうと手を伸ばすと、ミシャがその手を握った。タオルはもう手の届かないところへ流れてしまった。
ランタンは指を絡めてミシャの手を握る。
「ある日ね、みんなの態度が急に変わったの」
孤児院の暮らしは楽なものではなかった。ある者は病に倒れ、ある者は逃げ出し、ある者は罪を犯し、ある者は殺された。だが養子にもらわれたり、奉公に出たり、嫁いだり、新しく仲間に加わった者もいる。
ミシャは新参者ではなくなっていたし、最年長になったフーゴに頼るばかりでもなかった。ミシャが八つの時だ。
理不尽なことも多かったが、それでも幸せを感じられることもあった。
みんなを仲間だと、家族だと思っていた。
それでも毒牙の秘密はずっと守っていた。
蛇人族であることは知られていたから、毒牙を邪推するようなからかいもあったが、ミシャは相手にしなかった。それもフーゴの教えだった。
むきになれば負けだ。反応するから面白がって、余計にからかってくるんだ。へらへら笑って、馬鹿じゃねえのって顔してろ。
まさにその通りだった。
共同生活の中では秘密を知られそうになることもあったが、それでもミシャの毒牙は誰にも気付かれることなく、二人だけの秘密は二人だけのものだった。
けれど、それがどういう訳かみんなに知れ渡っていた。
もちろんミシャは誤魔化したし、しらを切ろうとした、馬鹿じゃねえのって顔をした。
だが駄目だった。疑いではなくて確信だった。
そして事態の収束を図ってシスターがそれを認めた。今まで仲良く暮らしてきた事実があり、ミシャに牙があってもそれは変わらないと語ったが無駄だった。今まで牙を使わなかったという実績は、これからも牙を使わないという事と同義ではなかった。
主観のみの確信に客観性を与えた分、むしろ状況は悪化した。
シスターは神に仕え、神を学び、神の教えを伝える代弁者である。
神さまから迫害の許可をもらったも同然の子供たちは残酷だった。
まず挨拶を返してもらえなくなり、食事の時に席を離され、共用だった生活雑貨にミシャ専用の物ができて、すれ違う時息を止められた。
寝る場所が物置に代わり、院内で起こった不始末がミシャの所為になった。
毒牙があることと、誰かの物がなくなったことや、他所の孤児に屑鉄を横取りさせられたことに、ありもしない因果を結びつけて。
「一番傷ついたのは言葉で、その次が暴力。でもフーゴだけは変わらなかった。二人きりの時に優しくしてくれた。前よりももっと優しかった。みんなと一緒に私のことを殴ったりしたけど、俺までばれたらお前をかばえなくなるって、しかたなかったんだって。……たった一人、私だけの味方だと思った」
ミシャの手が痛いほどに握られる。手の甲に爪の剥がれた指先が、突き刺さることも出来ずに擦りつけられる。
「小さい子は私のことを本当に怖がってた。蛇が化けているんじゃないかって。けど大きい子は、そうじゃなかった」
毒牙に纏わるあれこれの噂を半分信じて、半分馬鹿にしていた。けれどそれは迫害を止める理由にはならなかった。ミシャを小突いたりすることは度胸試しで、それは次第に過激化していった。
思春期ならではの性的関心に端を発した、集団心理による欲望の肥大と道徳心の抑制。
――本当にうつるか試してみようぜ。
言葉と、それをつかず離れずの距離で見ているフーゴ。
公然のものとなった秘密は、確かにすべての人間に共有された。
抵抗したミシャは思わずその男子を噛み、ミシャは名実ともに恐ろしい蛇の化け物になった。
「それからすぐよ。私がお母さんに引き取られたのは。厄介払いだった。シスターは優しかったけど、他の子たちにするみたいに抱きしめてくれることはなかったし、院長先生とは結局一回も口をきかなかった。だから丁度良かったの」
どうして、とミシャは言った。それが何に対しての言葉かわからなかった。
ミシャはもう一度繰り返す。声は震えた。
「私、知っていたの。でも聞けなかった」
ランタンくん、とミシャはランタンに抱きついてきた。縋り付くみたいにして、そうしないと肉体を保てないというように、身体のすべてをランタンに預けた。
「フーゴだったの。秘密を、ばらしたの」
火照った身体の中に溜め込まれ続けた、熱い息が声になってランタンの耳朶を揺らした。
どうして。
それは結局、フーゴに問い質すことも出来ずにアーニェに引き取られ、それでもなお忘れることが出来ずにずっと一人で抱え込んできた自問自答だった。
悪意からばらしたのかもしれない。あるいは自分から目を逸らすための生け贄として。それとも情状酌量の余地のある理由があったからかもしれない。あるいはフーゴ自身も、その問いかけを持っていたかもしれない。
なぜ自分は他人と違うのか。あの男が最後の最後まで抱え込んでいた不満は、疑問そのものだ。
普通の人生を歩む者がいる一方で、何故、自分の人生はこうなっているのか。
ミシャは一人で、それを尋ねにフーゴに会いに行ったのかもしれない。
ミシャの初恋は、きっと。
ひたすらに、どうして、と繰り返される言葉が、答えが永遠に失われてしまったことを告げていた、
ランタンはしっかりとミシャの身体に腕を回し、少女のすべての重さを胸に抱きしめた。
肉体の触れ合いは孤独を癒し、心を落ち着かせる。
ちょっと気まずい。
どれほどかわからないが、感覚としては長い間ミシャを抱きしめていたと思う。胸の中のミシャはもう、どうして、を繰り返してはいなかったし、泣きもしていなかった。
ただ耳まで真っ赤にして、大人しくランタンに抱きしめられていた。
なんだこの状況、と思う。
男女が裸で抱き合うという状況は、あらためて考えても普通の状況ではない。
リリオンのように身体を擦りつけるようなことも、しがみついてくることもなかった。のぼせたような短い呼吸が、どうして、に取って代わって繰り返されている。
下手に動くと、肉体の柔らかさが強く感覚されてしまう。
「ミシャ」
「ランタンくん」
名前を呼ぶと、名前を呼び返してくる。状況は一向に打開されない。状況の色っぽさとは裏腹に、ランタンはひどく焦っていた。
どうしよう、とランタンが困り出すとミシャはようやくランタンから離れた。いかにも名残惜しく、ゆっくりと。
柔らかく潰れていた胸が丸みを取り戻し、湯の中であってしっかりと重みを感じさせた体重が失せていく。それでも手は繋いだままだった。
「ありがとう、ランタンくん」
「――何が」
ミシャもランタンも照れ隠しをするように、小さな声で言葉を交わした。
「ずっと、ずっと知ってほしかった。でも、言えなかった」
「うん。でも」
意地悪な気持ちになったのは、やはり恥ずかしさの誤魔化しだろうし、今まであった艶めいた雰囲気を掻き混ぜるためだった。
「リリオンたちには、教えてたでしょ?」
ランタンは唇の隙間を覗き込む。
「それのこと」
ミシャは前歯で下唇を噛んで、しかたなかったのよ、と言うように頷いた。
レティシアがランタンと接触するに当たって、リリララが事前にランタンの周辺の身辺調査をした。その過程でリリララはミシャの口腔に毒牙があることを知った。
それを黙ってはいられない。
毒牙を有する人たちは、それによって受けた差別の影響から、ひどい人間不信に陥っている可能性が高く、他者に対する攻撃性が高い傾向がみられる。
「さっき、噛んだので二回目。でも、そう、噛んだ事実は変わらないわ」
「正当防衛だよ。身を守る術があるなら使うべきだよ。後悔しようと。死んだら後悔も出来ない」
そしてその攻撃性は表立ったものではなく、大抵の場合は隠されていているが、ふとした瞬間に牙を剥くことがある。蛇人族は情が深く冷静であるとされているが、同時に冷酷な性質も持ち合わせているとされている。
出会った当初感じたリリララのミシャに対する半端な態度はそれに起因するもののようだ。
「リリララさんに、切っ掛けをもらったの。四人で飲んだ時に、お酒の力も借りて、リリオンちゃんに見せた。あの子、やっぱりすごいわ」
「牙があるからって、変な目では見ないよ」
「目をきらきらさせるものだから、私びっくりしちゃった。でも、本当にびっくりしたのはそこじゃないのよ」
ランタンが小首を傾げると、ミシャは小さく笑う。
「ランタンくんの反応、リリオンちゃんの予想が大当たりよ。私の牙、かっこいい?」
「うん、かっこいい」
こちとら毛の一本だって生えていない。
「それに鱗だって綺麗だよ。星を散りばめたみたいだ」
牙の一つ、鱗の一枚ぐらい生えてきても罰は当たらないだろうに。
「あーあ、馬鹿みたい。ずっとずっと言えなかったのに」
「言ってくれてよかったのに」
ミシャはランタンの手を強く握り、ランタンを逃げられなくしてから、距離を詰めた。肩が触れる。
「ランタンくんのこと、信用してなかったわけじゃないのよ。きっと受け入れてくれるって思ってた。ふうん、そうなんだ、って。じゃあ迷宮行ってくるね、って、何事もないみたいに」
何度も何度も頭の中で思い描いたのかもしれない。
ミシャは台本を読むみたいにランタンの口調を真似する。あまり似てはいないけど。
「でも言えなかった。不思議ね、知ってほしければほしいほど、知られたくないって思うの。どうしてかな」
欲求が強ければ強くなるほどに、拒絶された未来が恐ろしくなる。
「みんなに背中を押してもらって、全部を見てもらって、ようやく言えた」
ミシャはすっきりとした表情をしていた。いつもみたいに、お姉さんみたいな顔だった。ランタンから手を離してじゃぶじゃぶ顔を洗うと、もう泣いていたことなんて少しもわからなくなった。
ミシャは大きく腕を伸ばして、背を反らした。裸だと言うことを忘れているんじゃないかと言うほど無防備で、ランタンが見たり見なかったりするのにもお構いなしだった。
「私ね」
ついでだから、みたいな感じでミシャは言う。
「嫉妬してた。リリオンちゃんとか、色んな人に」
「嫉妬?」
思いがけない言葉にランタンが鸚鵡返しにした。
「うん。リリオンちゃんと出会ってランタンくんは変わった。生死を共有する探索者は、私にはわからない強い絆で結ばれる。地上で待ってるだけの、私にはできないことだわ。私が、最初だったのにって、どこかで思ってた。私がランタンくんに、何かをしてあげたかったのに」
「ミシャには充分、助けられてるよ」
「ぜんぜん足らないわ」
「そんなことはないよ」
「足らないの」
欲求不満な声だった。ミシャは目を細めてランタンを見やる。
「そんな顔されても」
「ごめんなさい。わかってる。これはただの我が儘よ、私の。でも、何かしてあげたいって、ランタンくんには思うの」
「そんなに頼りなく見える?」
「違うわ。――ランタンくんが気になる男の子だからよ」
ミシャは独り言みたいに続けた。
「だから知ってもらいたかったし、知ってもらうのが怖かった。だからもっと知りたいと思うの」
「……例えば、なにを?」
知ってほしいという欲求はある。それがランンタンにその言葉を言わせた。
欲求はそれほど強いとは思っていなかったが、そんなことは決してないのだ。
打ち明ける機会の度に尽く口を噤んでしまう、ここではないどこかの記憶。
それは秘密にしていると言うよりも、それについて考える度に、それが真実かどうかがわからなくなってきたからだ。
記憶に、根拠がない。
「例えば、そうね。――ランタンくんの気持ちについて」
「僕の気持ち?」
「そう。……私のこと好き?」
「そりゃあ、好きだよ」
「ちょっと照れるわ。でも、うれしい。じゃあ。レティさまは?」
ミシャは一人一人名前を挙げていく。
リリララは。ベリレは。エドガーは。アーニェは。グランは。ジャックは。
彼らを好ましく思っている、と答える。それは疑いのないことだった。
「じゃあリリオンちゃんは?」
「好きだよ」
何を当たり前なことを、と言うようにランタンは答えた。だがそこで言葉は止まらなかった。
「――大切に思ってる。一番大切だと、思う」
ランタンは立ち上がって、風呂の縁に腰掛けた。ちょっと女の子みたいに膝を合わせて座って、四つ折りにしたタオルで隠す。背中を丸めると、筋肉の硬さがまでもが丸まり、本当に男かどうかも疑わしい柔らかい線を浮かび上がらせる。
湯の中から出ると、身体にひんやりと冷たい空気が触れた。身体が熱くなっているから、そう感じるだけかもしれない。
「リリオンのためなら、なんでもできるって思ってた。なんでもするって思ってた」
汗が滴になって顎から落ちる。ランタンは頬を伝った、滴の跡を払う。
「でも、それならミシャの事、追うべきじゃなかった。リリオン自身が望んでも危ないから駄目だって、リリオンに嫌われても、リリオンの安全を守るためなら、ミシャのことを無視するべきだった」
今、ミシャを助けたことに後悔はない。でももし、リリオンが死んでしまったり、ひどい怪我を負ったりしたらどうだっただろうか。ミシャなんて見捨ててしまえばよかったと、シーロの言う通りだと、思うだろうか。
きっと思わない。無力な自分への後悔だけがあるはずだ。
リリオンのことが一番大切だ。でもミシャのことも見捨てられない。レティシアからの愛情が惜しい。
矛盾だ、と思う。
人間として正しくない、と思う。
喉の奥に拳を入れられたみたいに言葉に閊えたランタンにミシャはさらに尋ねた。
「どうして? ランタンくん」
それは今までミシャが自分自身にしか向けることのできない問いかけだった。
「どうして、どうしてそんな風に、難しく考えるの?」
背筋が冷たくなった。肌に触れた空気が冷たい。
気のせいではなかった。
「わたしも知りたいっ!」
開け放たれた扉から空気が入り込んできて、白い湯気をまとめて吹き飛ばしていった。冷たい空気と一緒に飛び込んできた声が、天井に谺してわんわんと響き幻想的な音色に変化した。
湯気が集まって形を作った、白い妖精かと思った。
「なんで?」
ランタンは思わず呟く。
白いワンピースを身につけたリリオンが押さえきれないような笑みを浮かべて、ランタンに向かって駆け寄ってきた。水辺を走るように足元に飛沫を上げながら、蝶が羽ばたくみたいにひらひらと髪を揺らして。
そして最後の最後で素っ転んだ。
縁に座るランタンを巻き込んで、天井まで届く水柱を立てて、余波でミシャをひっくり返して、リリオンは湯の中に服を着たまま飛び込んだ。
この子はいつも一目散に駆け寄ってくる。
ランタンは腰にも届かぬ水位であっぷあっぷと溺れるリリオンを抱きあげて、沈むミシャを助け起こした。
濡れたワンピースは何もかも透けて見えていたし、身体にぴったりと張り付いて少女の輪郭をはっきりと浮かび上がらせている。
ランタンは口の中に入った水をぴゅっと吹いて、開け放たれた扉の向こう側でレティシアとリリララがばつの悪そうな顔をしている。
盗み聞きをしていたのだ。いや、あるいはミシャの背中を押してきたのかもしれない。二人は靴下を脱いで、こちらへ近付いてくる。
「やっちゃった……」
リリオンは裾を絞りながら呟き、けれどもやはり笑っていた。唇を噛んだり、鼻の下を伸ばしてどうにか堪えようとしていたが、どうしようもなく目を細めて、くすくすと喉が揺れる。
「人を突き落として笑ってないでよ。下水じゃなくてよかった」
「だって、んふふ」
リリオンは絞っても絞っても意味のない裾をいきなりたくし上げて、ワンピースを脱ぎ捨てた。そして下着からも足を抜いて裸になる。まったく躊躇いがなかった。
「わたし、一番なんだもん」
リリオンは誇らしげにして、その裸体をランタンに見せつける。
「うれしくて、うれしくて、笑っちゃうの。だってわたし、ランタンのこと大好きだもの」
知ってほしい、と思う。
自分のすべてを。
一瞬でその思いに心が満たされてしまった。
だが溢れそうになる感情を、ランタンは一度飲み込んだ。
ランタンはちらりと唇を舐めた。塩の味がして、淡く目を伏せる。湯船の縁に座り直し、膝に片肘を突いて、悩ましく唇を尖らせる。
その仕草に、見るものすべてが目を奪われた。
見つめられる唇が、舌打ちに似た呼気を吐き出し、みんながびっくりと肩を震わせた。
ランタンは伸び上がって、髪をぐしゃぐしゃにする。
「……どこから話すかな」
今度は驚かされたリリオンが唇を尖らせる番だった。
「最初から、ぜんぶ」
リリオンは意を決したように言う。
「最初から、ぜんぶ、ランタンのこと知りたい」