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カボチャ頭のランタン  作者: mm
06.On The Origin Of Species
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 エドガーが持ち込んだ蒸留酒は加水すると白く濁った。

 同量の加水でぼんやりした白に。一割ほどの加水で最も白く、ミルクのように。一滴垂らせば、霞がかったような白さになる。

 竜の子種と異名されるそれは口噛み酒であり、草食竜種が反芻した雑穀によって作られる。男が飲めば精力が増し、女が飲めば子宝に恵まれ、丈夫な子が育つと言われている。

 お湯割りにすると青臭さを感じさせる独特の香りが立った。

 聞かされた製法と相まって、あまり飲む気にはならないが、エドガーに酌をして貰ったそれを断ることもできない。密室で、男ばかり三人も集まって飲む酒ではないとランタンは思う。

 だがランタンはぼんやりした白のそれをほんの少し舐めた。舌先が痺れる。これほど薄めても辛口の酒だ。味を確かめてから一口に含んだ。匂いに反してえぐみはなく後味はすっきりしている。だがやはり辛い。

 ベリレはミルクのように白いそれを一口で半分も空けて、親父臭く息を吐いた。

 三人で車座になり、中央に火精結晶コンロを火鉢代わりに使う。薬缶に湯を焚き、蛙の干物を炙った。

 日干しした蛙の脚は色硝子のようにカチカチだったが、熱を加えると不透明化し柔らかくなった。骨から簡単に外すことができる。

「女々しい食い方をするな」

 エドガーが蛙脚に歯を立て、そのまま食い千切って見せた。ランタンは骨から外した肉を繊維に沿って手頃な大きさに裂き、口に運んだ。

 一人が語っている間、二人は飲み食いしながらそれに耳を傾ける。

 王都を中心として、迷宮都市ティルナバンと反対方面、西側には草原と砂漠が混在する大地が広がっている。その乾いた大地を進み続けると竜種の住まう山脈にぶち当たる。大陸を南北に横断して横たわる山脈は、竜殺し伝説の舞台である。

 一般には山越え不能とされる険しい山々であるが、山向こうの隣国からこれを越えての侵攻が過去何度も確認されており、また山に住み着く竜種が人里を襲うのは隣国の手引きだと噂されることもある。

 そのため西に位置する大都市は軍事都市となっていた。

 周辺の街々は軍需に潤っているが、エドガーの生まれ故郷はそのおこぼれに預かることもできないような貧しい農村だった。

 若きエドガーは田畑を耕す生活に()み、生まれた村を捨てた。すでにその村はなく、親がいつ死んだのかもエドガーは知らない。それは取り戻せない後悔でもあり、だがそうでなければ今が存在しない選択でもあった。

 あれやこれやと噂される伝説の探索者の出生は、数多の探索者と同じく若気の至りである。今さら口にすることもできない、ありふれた昔話だった。

 エドガーは透ける白さの酒を飲み干した。

 ベリレの生まれた村は、山脈の麓であるがエドガーの故郷からはかなり離れている。山脈南端の山村は領主からも忘れ去られた閉鎖的な村である。交易物はなく、採集と狩猟によって生活が営まれている。村近くには(ほこら)があり、それは最奥に蛇竜を(いだ)く迷宮である。

 どういう訳か、同じ場所に何度も蛇竜の迷宮が生まれる。

 蛇竜は村の守り神とされていた。迷宮は崩壊と同時に多くの魔物を山に放ち、生態系を豊かにし、村民はその魔物たちを狩猟している。

 十年に一度、贄を捧げることが習わしだった。それを怠ると崩壊と共に蛇竜が現れ、周辺の生物を食い尽くし、村に厄災を振りまくと伝説では言われている。

 ベリレは贄として育てられた。生まれてすぐ親から取り上げられ、世話役以外の人間からも隔離されて育てられた。そうすることによって神性を保つのである。人は悪であると、村人は思っていたのかもしれない。

 ベリレが三つの時、エドガーは蛇竜を斬った。

 村に守り神はもういない。神を殺し、子供を掠う鬼の伝説が残されている。その時のベリレは三歳の身体をした赤ん坊であり、腹が減れば泣き喚き、寝小便を垂れる存在だった。おしめが取れたのはそれから半年も後である。

 ベリレは蒸留酒を胃の底に叩き込んだ。

「下らないことを聞いていい?」

「なんだ?」

「親と会ったことないんだよね」

「ああ」

「会いたいとか思う?」

「たまにな。見てみたい、会ってみたい、話してみたいと思う。でもふとどうでもよくなる。それでまたぶり返す。繰り返しだ。今はあんまり考えない時期だな」

 見たことも、会ったこともなくても、親が居ることをベリレは疑ってはいない。

「ふうん、そっか」

「……それだけか?」

「下らない質問だったでしょ。付き合わせて悪かったね」

 ランタンはそう言って酒を喉奥に注いだ。

「ほら、ランタンの番だぞ」

 舌打ちをする。探索者すら容易に酔わせる酒だ。

「――なんで二人とも生まれた所から何だよ」

「エドガーさまに何だよとは何だ」

「独り言だよ」

「で、生まれは」

「迷宮」

 空にしたコップを再び満たされ、ランタンは吐き捨てるように言った。

「なかなか洒落が効いてるな。よし、これからはそう名乗れ」

「本気にしますよ。奴隷出身よりはましでしょうし――最初の記憶は、奴隷小屋の一室」

 竜系迷宮でもちらりと話したことだ。

 だがランタンは自らを思い出そうとするように、心の底に沈めた記憶を浮揚させる。

 ひんやりとした石の壁、幾人もの爪を剥がしたのであろう、ささくれ立ち掻き毟られ、それでも厚みを失わない木の扉。足元に備えられた餌を与えるための隙間からは冷気と、足音が入り込んでくる。ランタンよりも頭二つ高い位置に、監視用の鉄格子。

 よじ登ってどうにか見た外の景色。合わせ鏡の鏡像のようにずらりと並んだ扉の群。夜通し聞こえる壁を引っ掻く音。すすり泣き。怒声。悲鳴。いびき。咳。意味不明の独り言。

 それが世界の全てであり、奴隷商に従うことが世界の理だった。

 ランタンが初めて触れた人間は、簡単に言えば屑だった。第一印象はなかなか拭うことができない。ランタンは今でも人間がそれほど好きではない。

 その奴隷商は非合法のものだったのだと思う。奴隷は商品であり、財産だった。罰せられることはあっても、手酷く傷つけられることや、殺されることは普通ないはずだった。だがそこではそうではなかった。傷物も扱う奴隷商だった。

 迷宮とは別種の極限状態で奴隷は狂気に犯されていく。人間性を繋ぎ止めるために娯楽を求めている。ランタンは格好の餌食だった。反応はあってもなくてもどちらでもよかった。

 ただ身綺麗な子供をからかうことが楽しいというように、下卑た言葉が投げかけられることはしょっちゅうだったし、ランタンの部屋の向こう正面や、斜向かいの部屋は特等室とされた。鉄格子を覗こうものならば、言葉だけではなく、視線だけではなく、体液が飛んでくる。

 特別な商品だった。

 今思えば、初めからそうだった。つまり持ち込んだ人間はランタンを特別視していた。

 あらためて口にすることで、ランタンはその可能性に気が付く。一度言葉に詰まり、だが何事もなかったように続けた。

 どこから連れて来たのか。だがそれは考えても無駄なことだ。誰に連れて来られたかも知らない。

 むやみやたらに乱暴にされることもなかった。だがランタンも反抗は許されなかったし、身体の痣が増えたり減ったりすることはあっても、なくなることはなかった。

 役に立ったこともある。会話の仕方と、立ち振る舞いと、必要最低限の知識を得た。

 ランタンが言葉を区切って顔を上げると、ベリレが視線を逸らした。どういった反応でも正解ではない。その反応も仕方がないと思う。だが面白くはない。

「この話って楽しい?」

「楽しくはない。もっとこう探索者として活躍しだした頃とか、リリオンと出会った頃の話とかあるだろ。それをしろよ」

「自慢話なんて聞きたくないでしょ」

 リリオンと出会ってからの話は、恥ずかしくてこの話よりもし辛いかもしれない。

「まあ楽しくはないが、知ればお前の見方は変わるよな」

「可哀想がりますか?」

「さて、それは人それぞれ。ただお前に納得はするさ。人への警戒心、色事や男への嫌悪、ともすれば誘っているように取られ兼ねん言動。理由がわかる。理解が深まれば、得体の知れ無さが薄れる。知らぬは怖い」

「……よく言うよ」

「この歳になってようやくさ。もっともそれでもお前は未知のものだが。そう言う意味ではベリレ(これ)もそうだったな。――ほれ、そこまで言ったら最後まで話せ。迷宮では半端だったからな、お前の()()()()()はあてにならん」

 本気半分、それが都合のいい逃げ口上であることをエドガーは見抜いていた。

 互いの関係性によって、ランタンの記憶は増減する。たしかに迷宮往路で口にした時よりも、多くを語って良いと思っているし、だからこそ惨めな記憶も口にしたのだ。

「些細なことでも判れば、お前の原点をもっと前にずらせるかもしれんぞ」

 異世界。

 だがそれを口に出すことができない。何か大きな力によって制限されているわけではない。嫌いな物を食べようとすると、嘔吐(えず)いてしまい飲み込めないのと同じぐらいに、どうしようもなくそれを言葉にすることができない。

「リリオンにも言ってないんだけど」

 聞かれたら答えただろうか。聞かないのはリリオンの優しさか、それとも言わせないように自分がしているからか。

「だからどうした」

 エドガーは促したがベリレは小さく、言いたくないなら、と呟く。弟子の小さな反抗を喜びながら、エドガーは叱るようにベリレを叩いた。

「お前まで甘やかしてどうする。お前がせんでも、どうせ女どもがこれを甘やかすんだ。その上、男同士で馴れ合うなど碌なことにはならんぞ。――第一リリオンに言うとか言わんとかは俺たちには関係がない」

「先に知ったと聞いたら、ずるいずるいって拗ねますよ」

「ほう、自分で言うか。拗ねたらあやせ、お前の役目だ。それにここに他の耳はない」

 秘密の話をするのに竜籠は都合がよかった。

 だがランタンはそれを言わない。

「店名は知らないです。客はもう知ってるでしょう。場所は、たぶん貧民街の外れの外れか、もしかしたら都市外だったのかもしれないけど、その頃の記憶って本当に曖昧で。お店も今はもうなくなってるはずだし」

 その日、ランタンは爆発能力を身に付けたのだ。

 奴隷商たちはその日まで、教育あるいは調教以上の負荷をランタンの肉体に与えようとはしなかった。何が彼らを突き動かしたのか、獣欲に身を任せた理由をランタンは知らない。

 四肢を押さえつける無数の手。鳩尾に押しつけられた膝。口の中にねじこまれた指の塩気、首を絞める掌の厚み。獣声と大差ない卑語。順番決めの小競り合い。怒張する男性器のおぞましさと、()えた臭い。自らに向けられる()()と言う言葉。歯が必要か不要かという相談。首を絞めると締まりがよくなると言う実感のこもった会話。

 覚えていることは幾つもあった。

 いざ貫かれる瞬間に湧き起こった強烈な反抗心と、それに突き動かされる抵抗行動。躾ではなく、叩きのめすための暴力。抵抗がまるで無意味だと悟り、理解する己の肉体の貧弱さとそれに対する失望。

 衝動。

 反抗、敵意、嫌悪、殺意、憎悪。

 あらゆる負の感情によって、爆発は開花したのかもしれない。

 何もかもを焼き、吹き飛ばし、消し去るために。

 覚えているのはそこまでで、開花の瞬間をランタンは知らない。意識を失い、目覚めた時には全てが幻だったように何もなくなっていた。

 それからしばらくの記憶も曖昧だ。

 歩き、下街に流れ着き、襲ってきた者をどうやったのか返り討ちにして、探索者の登録料を賄ったのだ。

 あくまでも身を守るために相手を殺した。だがそれは言い訳である。ランタンは自分の身体が餌になることを知っていた。幾許かの金銭のために、無意識的に隙を見せて、誘い殺したのかもしれない。

「下街に入ったというのなら南側か。規模からして大店のようだが、客を追えない理由はなんだ。いや、それはほんとうに奴隷商だったのか」

 エドガーは独り言のように呟き、ランタンに視線を向けた。不意に眼帯を外すと、黒いほどに青い瞳の義眼が露わになった。

「何ですか」

「お前は保有する魔精量が極めて多い」

 義眼は魔精鏡に似た役割を持つのかもしれない。

「迷宮出身というのもあながち冗談ではないのかも知れんな」

 魔道の発現には、それに充分な魔精があることが条件だった。肉体の内側か、あるいは外側に。

 迷宮からもたらされた未解明の元素である魔精は、だがすでに人と強く結びついていた。人は魔精を宿して生まれてくる。出生時の魔精保有量の多寡は両親の魔精保有量や親和性と、母体が妊娠中にどれ程魔精を摂取したかに左右されると言われている。

 強い子を宿すためにわざわざ迷宮に出向く母親もいれば、赤子に魔が宿る、魔物になると言って探索者にすら近付かない母親もいる。

「どうでもいいです」

「親のこととか、気にならないか?」

 ベリレが赤ら顔でランタンを覗き込む。

「別に。さてどこまで言ったんだっけ、ええと、それでミシャと出会って、グランさんと出会って、探索者やって、リリオンと出会って、あなた方に出会って、今に至る。お終い、ちゃんちゃん」

「こら、端折るな端折るな。馴れ初めを語るのが恥ずかしいのは判るが」

「二人だって、初めの方だけだったでしょう。何で僕ばっかり」

 ランタンは半分ほど残った酒を空にして、ベリレに酌をするようにとコップを揺らした。

 へらりと笑うと、ベリレは戸惑いながらそれを満たした。表面張力が働くそれにランタンは口を持っていき、ずずずと啜る。

「うへえ、火ぃ吹く」

 ランタンは飲んで減った分、湯を足した。

「それでどうなんだ、リリオンの方は。旅に引き上げ屋の女まで連れて来おってこの小僧は。ちゃんと仲良くしとるか?」

「……おじいさま、結構お節介ですね」

「お前らは俺が若い頃と比べると――」

「年寄りみたいな台詞ですね」

「ランタン、失礼だぞ。なんて口を!」

「――お前()はどうにも奥手のようだからな。選り取り見取りだからとぐずぐずしているようでは愛想を尽かされるぞ。釣った魚には餌をやれ。どうだ、なんかないか? ベリレも向こうにいい娘はおらんかったか?」

「いえ、俺には」

「エーリカさんが気になるんだよね」

「なっ、ばっ、ランタン、馬鹿、ランタンっ! 俺は別に、何を勝手なことを言うんだ!」

「ほう、どこの女だ?」

「グランさんの娘さん。商工ギルドで働いている優しそうな人です。でも歳は倍ぐらい上だと思う」

「ほう、ベリレは年増好みだったか」

「胸が大きいの好きみたい」

「わああああっ、ランタン、うるさいっ! 馬鹿っ、ランタン、馬鹿っ!」

「うわ、なんだよ、やめろ」

 ベリレが飛び掛かってきて、ほろ酔いのランタンは呆気なく押し倒された。ベリレの赤ら顔を下から睨みつける。

「お前だってリリオンのおっぱい触ってデレデレしてたじゃないか!」

「リリオンのおっぱいとか言うなスケベ熊。むっつり野郎」

「ランタンの方がむっつりだ! レティシアさまのことも馴れ馴れしく呼んでるし、どういうことだ!?」

「どけ、重い、筋肉でぶ」

「黙れ、毛無しちび」

「なんだとー!」

「かかってこい、おらあっ!」

 ベリレが重石のように馬乗りになって吐きそうだった。ランタンは下からの攻撃を試みたものの、ベリレが質量でもってそれを押し潰す。

 酒に技が鈍っている現状、ベリレの質量はまさに暴力的である。ランタンの目が据わった。ベリレが拳を固める。

 その時、大きく竜籠が揺れた。

 気流に当たったのか、それとも二人の闘気に竜種が反応したのかもしれない。

「こら、暴れるな、酒が溢れるだろうが。――ったく恥ずかしがらんでもよかろう。男は年上に憧れる時期は必ずあるし、大抵の男は大小かかわらず乳房を好む生き物だ」

 エドガーがランタンの手からさっと酒を奪い取り、大小の幼獣のごとく暴れる二人を口で窘めたが、割って止めようとはしなかった。奪った酒を空にして、楽しげに目を細めた。

「エドガーさま違うんです。修行の身で女に現を抜かしているわけではないのです。ただちょっと優しそうな人だなって思っただけで」

「言い訳などせんでいい。まったく俺の弟子のくせに真面目な奴だな。まったく、その様子では何にもないようだな。――それでランタンの方はどうなんだ。レティと何かあったのか? リリララでも、引き上げ屋でもいいぞ。別に他の女でも」

「その前に弟子に退くように言ってください。お腹と背中がくっつきそう」

「ベリレ、吐くまで乗ってろ」

「はい!」

 エドガーは義手の指を擦り火花を起こし、酒に火を付けた。そしてそれをランタンのおでこに乗せた。鬼である。ランタンは慎重にベリレの太股を抓ったり叩いたりしたが、ベリレはびくともしない。

 本当に吐きそうだったが、口を割ったのはそのためではない。

「レティがそう呼べって」

「それだけか?」

「あと僕のこと好きなんだって」

 コップに灯った火が消えた。ベリレがぽかんと口を開け、呆気に取られている。ランタンはベリレの股ぐらから素早く抜け出し、コップが倒れるよりも早くそれを手中に収めた。

 酒の香りが強くなっている。ランタンは一気にそれを飲み干した。酒気は飛んでいるが、頭がくらりとした。

 空のコップをベリレの頭に乗せる。ベリレは魂が抜かれたような顔をしている。

 こいつは役に立ちそうにない。

 一方でエドガーは顎に手をやり、にやりと笑った。

「ほう、レティシアめ、なかなかやるじゃないか。それで、次期ネイリング公ともあろう御方がずいぶんと浮かない顔をしているな」

「ちゃかさないでください」

 エドガーがベリレの背部に腰を押し当てて活を入れた。ベリレは女のような声を上げて正気を取り戻し、目の前を落下する空のコップを慌てて胸に抱いた。

「嬉しくないのか?」

「……嬉しいから困ってるんです」

 ベリレがランタンの肩を掴んで、顔に酒臭い息を浴びせた。

「リリオンは、リリオンはどうするんだ!?」

「どうって」

 ランタンはベリレを押し返す。子供のようにぺたんと座り込んでいるとエドガーが尋ねた。

「リリオンに遠慮をしてるのか?」

「わかんない」

「なるほど、贅沢な悩みだ。――あれも初心な女だが、もういい歳だ。お前の手解きをするぐらいは訳ないだろう。まず()()をさせてもらったらどうだ? リリオンとする時に恥をかかん様に」

「……女の人のこと経験だなんて、そんな言い方したくない。それにリリオンだって、別にそう言うことじゃ……」

 ぷいと横を向いたランタンの顔をエドガーが鷲掴みにした。頬を掴み正面を向かせ、ごんと頭突きをする。とんでもない石頭だ。

「まあ飲め」

「もう充分飲んでますよ」

 ランタンは透明なそれを一口飲み、残りをベリレに押しつけた。

「ごちそうさまです、エドガーさま。……うっく」

「おう。さて、ランタンよ。気を使うのも大いに結構だが、奴らはその程度でへこたれる玉じゃないぞ」

「経験談?」

「まあな」

 やれやれとエドガーは肩を竦めた。

 エドガーの伝説には枚挙に暇がない。多くは荒々しい冒険譚や英雄譚であるが、数々の浮き名を流したことでも有名であり、恋愛譚の数々が語られている。

「おじいさまの話が聞きたい」

「うん」

「爺の(しも)の話なんてどうする?」

「参考にする」

 ランタンがぽつりと言い、ベリレが勢いよく頷いた。

 頭を回したせいで一気に酔いが回ったのかベリレの顔が赤い。火照っているのか服を脱いだ。汗に酒精が混じっている。師匠の艶話など恐れ多くてせがんだことなど無いのだろう、興味津々で前のめりになっている。

 ランタンは姿勢を正し、まあまあどうぞと酌をした。

 エドガーもさすがに苦笑している。

「ベリレの素直さは知っているが、……お前のそれは見かけだけだからな。参考にするなど、まったくどの口が言うのか」

 二人は床に座ったままで、エドガーはベッドに座り直す。

 一段高い所から二人を見下ろし、勿体ぶるように腕を組んだ。

「さてどの話をしてやろうか」

 経験の違いを見せつけられて、二人はぴんと背筋を伸ばした。


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