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カボチャ頭のランタン  作者: mm
05.Sunrise
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 血止めと包帯で傷を塞いでもらい、痛み止めを魔精薬で流し込んだ。訓練を終えると裂けた皮膚に痛みが思い出され、殴られた跡は骨の内から熱が噴き出すようだ。

 疲労は背筋を伸ばすのも億劫なほどであるが、同時に心地良くもある。

 ランタンはそれでも、一先ずの勝者として毅然と顔を上げた。

 訓練とは言え戦闘の残滓がありありと残っている。

 熱気、汗の匂い、血の香り、地面に散った血飛沫が砂埃に塗り潰されていく。

 騎士たちへ礼を伝えると、ランタンにズタボロにされた者たちから怨嗟の声が上がった。

 それは笑い声と、シュアの荒療治による悲鳴が入り交じっている。

 訓練中は命を狙っているようにも思えた気性の荒い彼らだが、なかなか気のいい連中のようだ。

「ランタン、それにリリオンも好きなときに訓練に参加していいぞ。毎日やってるわけじゃないが、レティシアさまを連れてきてくれたら毎日やってもいい」

「毎日やったらあなたの仕事が成り立たなくなりますよ。この様では」

「うるせいやい!」

 騎士たちの有様は死屍累々であり、その中を這い回るシュアは医者と言うか邪術によって死者蘇生を祈る死霊術士のようである。

「大丈夫だ、俺も治癒魔道の真似事位はできる。この程度の怪我など、怪我の内に入らない」

 シドはさらりととんでもないことを言ってのけた。いや、だがこの男ならばやりかねない。シドはそういった底の知れなさを持っている。背から錫杖を抜き取ると、それをぐるんと一回転させた。

 金で作られた先端の輪に十三の遊環ゆかんが通してあり。杖の回転に合わせてシャクシャクと音を響かせる。

「あ、隊長――やめ」

 痛みに文句を垂れていた騎士の一人をシドは標的に定めたようだった。騎士は慌てて両手で口を押さえたが、シドは腕の隙間を縫って錫杖の石突を騎士の喉元に突き入れていた。皮膚を押し込み、喉仏を砕く寸前まで深く。

 シドは魔道ばかりではなく体術杖術の心得も相当にあるようだ。

「ぐ――ごふ」

 騎士はぐるんと白目を剥いて、口を押さえたまま身を硬直させた。さながら口から魂が飛び出すのを押さえ込むように。シドはそれを見て満足気に頷いた。

「これで明日には骨折も治るだろう。お前もやってやろうか?」

「結構です」

 ランタンは一も二もなく拒否した。

「遠慮しなくてもいいぞ」

 どこからどう見ても治癒魔道ではなく物理攻撃による追撃、百歩譲って介錯である。騎士は安らかな顔をしており、それが死に顔か寝顔かの区別をつけるのは辛うじて上下する胸のみである。

 シドは冗談とも本気とも取れる表情でじっとランタンを見た。

「シュアさんにしてもらいましたから大丈夫。――シュアさんありがとうございました」

「ああ、どういたしまして。でもなランタン、医者として言わせてもらえばこの後の仕事とやらは――」

「あ、もう行かなきゃ。ごめんなさい、先に失礼しますね」

「おい、こら、待て――」

 シドが錫杖を鳴らして隙を窺ってくるし、シュアの小言も長引きそうだったのでランタンは逃げ出すようにして下街の広場を後にした。

 リリオンの手だけを掴んで歩き出したのだが、当然のようにベリレも付いてくる。

「はあ、大変だった。ベリレっていつもこんな訓練してるの?」

 騎士の実力は様々だったが、最低でも中堅の探索者以上の実力を有しているのは間違いない。一対一で負ける気はしないが、それなりの手練れである。それにシドの実力は、その一端に触れただけでは量りきれない。

 そんな騎士たちと一対一を繰り返せば嫌でも実力がつく。

「まさか、いつもあんなに激しかったら仕事にならない。今日はランタンがいたから張り切ってたんだと思う」

 騎士たちはこの治療を受けたらその後、仕事が入っている者は軽く汗を拭うだけで持ち場へと向かい、そうでない者たちは公衆浴場へ足を運んだり、汗も汚れもそのままに酒場へ雪崩れ込むこともあれば、娼館や情婦の所へしけ込みもう一汗流すこともあるらしい。

「あーもう、リリオンの前で変なこと言わないでよ。ベリレもそんなことしてるわけ? いやらしい」

「するわけないだろっ!」

 リリオンもベリレもそれほど汗を流したことを気にはしていないようだった。ランタンも少し不快ではあるが我慢はできる。迷宮では汗も拭えないことは日常茶飯事だ。公衆浴場はどうにも行く気にはならないし、娼館なんてもっての外だ。

「張り切らなくていいのに迷惑な。あーあ、準備運動で疲れちゃったよ」

「でも負けなかったじゃないか」

「まあね。ベリレには悪いけど、あれぐらいならね」

 ベリレの言葉にランタンは自慢げに答えた。

「わたし、勝ったり負けたりだったわ……」

「俺も」

 余裕の微笑みを浮かべるランタンに対して、リリオンは項垂れるように肩を落とした。

 訓練の前半はランタンばかりが戦うのではなく、予定通りに各々一対一を繰り広げていた。ランタンはそれとなく二人の戦いに目を向けていたのだが、確かに二人は負けたり勝ったりを繰り返していた。実力的には勝ち越しておかしくないと思うのだが。

「ベリレの場合は手の内が読まれてるって感じかな。打ち合い、鍔迫り合いは徹底的に避けられるでしょ? 力比べで勝てないことはみんな判ってるみたいだし、棒術よりも剣術は二段三段落ちるみたいだしね。あとは搦め手に弱いね。良くも悪くも素直かな」

「むう、そうか」

「わたしは?」

「リリオンも素直だね。戦いじゃもっと意地悪にならないと。あとは腰が引けてた」

 ランタンがくすりと笑うと、リリオンはちょっとだけむくれる。ランタンは宥めるように腰を撫でてやった。

 腰が引けていたのは騎士たちに対する恐怖心と言うよりは、真剣を使った訓練に対する躊躇なのだろう。魔物や敵対する人間に対して躊躇なく振り下ろされる剣が、騎士相手にはどことなく遠慮がちだった。

「どうして笑うの?」

「だって歴戦の騎士相手に勝てるって意識があるからこそのへっぴり腰でしょ? ベリレの場合はその逆もあるのかも。負け慣れてるとは言わないけど、精神的に自分を下に置いてる。それに比べたら、うーん、どっちがましだろうな」

 怪我をさせてしまうかもしれない、と言うのは傲慢さではなく、優しさである。

 一番初めにリリオンと手合わせをした時を思い出す。グラン工房の煤臭さが不意に香ったような気がした。

 ランタンはリリオンに強さを見せつけて、少女の躊躇を取り払った。そして騎士たちはリリオンの躊躇を払うほどの強さを見せることはできなかった。それはリリオンが成長した証でもある。

「例えばさ、もし今度があったら、どうやったら怪我をさせずに勝てるかって工夫をしてみたら? それをするには相手をよく見て、相手をよく知らないといけない。なかなかいい訓練になると思うよ。視野も広がるし」

「ランタンって――」

「ランタンっていつもそんなこと考えてるのか!?」

 リリオンの言葉を遮ってベリレがランタンの肩を掴んだ。

「いつもって訳じゃないけど視野を広くってのは意識があるよ。最終目標(フラグ)は一対一だけど、迷宮の道中は基本複数で、僕は一人だからね」

 ランタンが懐かしむように呟き、ベリレは難しげに溜め息を吐いた。

 戦闘中にあれやこれやと考えるのは難しい。距離の利も、一度ひとたび動きを止めてしまえばたちまちに失われてしまう速度で脅威は突っ込んでくる。

 リリオンが丸く頬を膨らませて、ランタンの肩に留まるベリレの手をぴしゃりと叩いた。

「もうっ、わたしが聞きたかったのに!」

「痛っ、そんなこと言われても。――あの、ご、ごめん」

 むうと見つめるリリオンの視線に負け、ベリレはでかい背中を丸めて、頭上の熊耳を萎れさせた。

「どっちが聞いたって答えは変わらないよ」

「……それでも、わたしが聞きたかったの」

「ふうん、それじゃ何でも聞いていいよ。はい、どうぞ」

 ランタンが戯けるようにリリオンに質問を促すと、リリオンはぱっと笑ったものの何を聞いていいものかと考え込んだ。握った拳を胸の前に持ち上げて、下手くそなスキップみたいにぴょんぴょんと跳ねている。

 銀の三つ編みが背中で躍り、ベリレの瞳がその先端を追って左右に動いた。

「えっと、えっとね」

「あと三秒で打ちきりです。さん、にい、い」

「お昼ご飯! ――お昼ご飯何食べる?」

 リリオンはわざわざ手を上げて、大きな声で叫んだ。辺りの人々が何事かと視線を向けて、恥ずかしそうに下げられたリリオンの手をランタンは掴む。

 少し熱っぽい。

「二人が食べたい物で良いよ。でも、その前にグランさんの所ね。ベリレ、走るよ」

 ランタンは好奇の視線に耐えかねてその場から走り出した。




「仕方ねえだろ、俺の身体は一個しかねえんだからよ。それにお前のは素材の加工待ちだ。馬鹿高え工賃請求してやるからな」

「それはネイリング家へどうぞ」

 グランが額の汗を掌で拭い、革の耐熱手袋を嵌めたままランタンに指を突き付けた。ランタンたちの装備製作にかかりっきりになっているグランは以前にも増して炉の熱に焼けた赤い顔をしており、長時間工房に籠もりっぱなしであるようだった。

 もちろん武器の仕上がり予定日は十日以上先であることは承知している。けれどレティシアやベリレの武器がほぼ完成していると聞くと、グランの苦労も理解できるがランタンとしては後回しにされたような気分になってしまう。

 不服そうな表情をするランタンをリリオンが宥める始末である。

「どうだ?」

 ベリレはほとんど完成していると言っていい槍を手に、感動に打ち震えている。

 エドガーの竜骨刀を思い出させる独特の白。それは多頭竜の頸椎である。

 再生能力を暴走させた多頭竜は幾百幾千もの頭部を生み出し、それが絡み合い一つの巨大な顎門となった。グランはその顎門を丁寧に解体し、六体の幼竜を選りすぐった。

 一体につき頸椎の数は七節。それを繋ぎ合わせ十四節としたものを縒り合わせて三重螺旋を描いている。石突きは竜牙の削り出し。穂先は竜角の金属変成で、左右に鉤が迫り出しており百合の花のようでもあった。

 竜骨槍。

 ベリレはグランの問い掛けに馬鹿みたいに何度も頷いて、それに頬ずりをせんばかりに喜んでいる。

「大切にします!」

「おう、でも感動してくれるところ悪いんだが、まだ完成じゃねえから戻してくれ。長さや重さはどうだ? 穂先の雰囲気は? 硬さは、撓りは?」

 ベリレは巧みに槍を振り回して、それの使い心地を確かめている。

 ランタンを宥めていたリリオンも、目の前で嬉しげな姿を見せつけられて羨ましくなってしまったようだった。すると今度はランタンがリリオンを宥めはじめた。

「今はリリオンの装備を作ってくれてるんだから。楽しみだね」

「うん!」

 そして勝手知ったるとでも言うように、工房に陳列してある装備品を選び始めた。

「三つぐらい持っとこうかな」

「じゃあわたしも、そうする」

「別にいらないでしょ? なに? 二刀流とか三刀流にでもなるの?」

 ランタンは自分のことを棚に上げ呆れたように呟く。剣が無造作に突っ込んである棚をがさごそと漁るリリオンは一瞬動きを止めて、何故だか無表情にランタンを見つめた。

「ひみつ」

 リリオンはそれだけ言うと再び棚を漁り出す。

 ランタンも適当に戦鎚や戦棍、それに手斧を引っ張り出した。斧は刃が厚く、ほとんど打撃武器の様相を呈している。鎚や棍よりは柄が短くその分だけ取り回しがよさそうだ。零距離の格闘戦では使い勝手がいいかもしれない。

「ちょっと重いけど、まあいいか」

「坊主は本当にじっとしていられない質だな」

 難しい顔をして呟いたランタンに、ベリレとの相談を終えたグランが声を掛けた。ランタンは身体ごと振り返る。

「装備がないなら大人しく休んでおけよ。誰も文句は言わんだろう」

「文句を言われないからこそ、自分から動き出さないとダメなんです。身体が鈍るのなんてあっという間ですから」

「はあ、ご苦労なこったな」

 グランは溜め息交じりにランタンに貸与した戦棍をひったくった。

「曲がりました」

「罅までいってる。これは、――魔道か」

 衝撃の痕跡を撫でて、グランは顔を顰めた。

「いい威力だな。貧弱な装備で無茶するんじゃねえよ」

「手加減されましたけどね」

「……これ以上の魔道を受けて保つのは在庫がないぞ」

「そこまでのものは望みませんよ。そんなにひどい戦いをする訳じゃありませんし」

「焦ってもいいことはねえぞ」

「別に」

 焦ってなんか、という口答えが喉に張り付いたように音になることがなかった。

 ランタンは小さく咳払いをして、粘っこい唾を飲み込んだ。

 訓練で汗を流し、工房まで走ってきたため実際に喉は渇いている。それに空腹も。

 リリオンがふとお腹を押さえた。

 ぎゅるぎゅるぎゅる、と指の隙間から溢れるように盛大に腹の虫が鳴いた。リリオンは火がついたように頬を赤らめる。

「お、すげえ音だな」

 グランは恥ずかしがるリリオンを無遠慮に笑い飛ばして、小さく丸まった少女の背中をばんばんと叩いた。

「飯がまだなら、うちで食ってくか?」

「武器防具、装飾品、それに食事まで。なんでもありますね」

「娘がよ、最近よく作ってくれるんだよ」

「エーリカさんが? あ、もしかしてお店を大きくしたのってエーリカさんと同居するためですか?」

「まさか、そんなに親バカじゃねえよ。なんでか最近暇を見ちゃやってくんだよ。あいつも暇なんかねえだろうに、ったくよお」

 グランはぶつぶつと憎まれ口を叩いていたが、どうにも満更ではないようだった。リリオンとベリレを手招きして、根は遠慮がちなランタンの退路を塞いでしまった。

 工房には職人たちの休憩所を兼ねた食堂が併設されており、机には平たいパンが積み重ねられ、ランタンが丸ごと茹でられそうな大鍋が火に掛けられていた。薄く茶色に色づいた透明なスープにじゃが芋、人参、玉葱、それに豚肉がごろごろとしている。

「わあ、いい匂いがする」

 リリオンとベリレが遠慮なくそれに飛び付き、さっそく大盛りにしている。

「腹が減っては戦はできぬって言うしな。じゃんじゃん食えよ。無茶するんならするなりの用意をせんとな」

「無茶するなってついさっき仰ったのに」

「言ったけどどうせ聞かねえだろうがよ、坊主は」

「――ランタンはどれくらい食べる?」

 お玉を片手にリリオンが嬉しそうな笑顔で尋ねた。

「山盛り一杯で」

「まかせて!」

 大鍋に向かう背中が、妙に様になっていてランタンは頬を緩める。

「人参少なめがいいな」

「好き嫌いはダメよ」




 装備を整え、腹ごしらえを済ませるとベリレにリリオンを預けてランタンは独り迷宮特区に足を運んだ。たかだか数週間、足を踏み入れなかっただけなのにいやに懐かしく感じた。

 懐かしさはあったが、さすがに道に迷ってしまうほど彼方の記憶ではない。区画分けによって迷路状に区切られているが、道には一定の規則性があった。

 何人かの探索者に声を掛けられそれに返事をし、引き上げ屋や運び屋の営業を躱しながら、ランタンは目的の場所へと向かった。

 今日だけでも、崩壊を予定する迷宮は数十に及び、その中で未攻略迷宮は七つもある。

 ランタンが参加する崩壊戦の迷宮は、低難易度の水棲系中迷宮である。

 水棲系迷宮は希少性が高いが、発生したこれが攻略されることは更に珍しい。何せ水棲系の魔物が出現する迷宮は、迷宮内が水で満たされていることがほとんどだからだ。

 今回発生した迷宮は腰ほどの水深の浅瀬であったようだが、それでもやはりこれを攻略しようとする探索者は現れなかった。腰までだろうと水に浸かってしまえば体温は奪われ、装備の素材に関係なく機動力は半減し、進行、戦闘、休息、全ての面で攻略に影響を及ぼす。

 小迷宮ならば強行軍ができないこともないが、中迷宮となるともうどうしようもない。

 手つかずの中迷宮が崩壊すると迷宮は五十以上の魔物を地上に解き放つこともある。

 この迷宮では三十前後の魔物の出現が予想されている。これは中迷宮としては平均よりやや多めであり、つまり個の力ではなく数によって探索者に襲いかかる種類の魔物が主体であると推測できる。

 そしてその数の魔物に対して求められた探索者の数は二十名前後である。

 この募集は魔物の数に対して少ない。

 魔物の討伐はあくまでも手段であり、迷宮崩壊戦の目的は魔物を市街地に侵入させないことにある。崩壊戦は通常の迷宮探索ではまずあり得ない数の魔物が、それも複数種類に及んで同時出現する。それを防ぐためには探索者個人の武力よりも、数が求められる。

 にもかかわらず参加人数が少数なのは、やはり水棲系迷宮の特殊性からだった。

 水に棲まう魔物の多くは地上での機動力をほとんど持たない。出現する魔物のうち、その半数は出現と同時に無力化されると思って間違いない。

 最終目標の出現もない予測であったし、それ程困難な戦闘にはならないと思う。

 けれどランタンは少しだけ緊張もしていた。崩壊戦は初めてだし、一日で知らない集団に合うのが二度目である。

 迷宮の情報をギルドから与えられても、依頼を受けた探索者のことは何も知らされていない。実際に集まった探索者の数すらも教えられていなかった。

 依頼書は期限ぎりぎりまで掲示されていた。もしや定数に届かなかったのか、それとも数は足りるが戦力が足らないとギルドが考えたのか。前者ならばまだしも後者であったら気が重い。足手まといは数が増えるほどに邪魔になる。

「ふふ――」

 少し傲慢だったかな。ランタンは自分自身がおかしくて思わず笑ってしまい、仮面を被るように頬に笑みを固定した。

「――こんにちは」

 迷路の先を抜けて迷宮口に辿り着くと、すでに探索者が集まっていた。五人組が三つ、四人組が一つ。どうやらランタン以外の探索者は探索班(チーム)単位で依頼を受けたようだった。

「僕が最後かな?」

「ええ、そうです」

 ギルド職員が二人いたが、これらは観測手であり戦力に数えることができないのでランタンを含めた二十名で今回の崩壊戦は行われるようだ。戦力はさておき数は足りている。

 この都市で活動する全ての探索者にランタンは顔も名前も知れ渡っている。十九名の探索者が一人残らずランタンの登場に驚きを露わにした。

 探索者は個人主義者でありながら、全体主義者でもある。

 探索で最後にものを言うのは個人の力であるのだが、仲間がいなければ探索は基本的に不可能だ。それ故に探索班は指揮者の意志が全体に大きく反映される。

 一人の指揮者は戦力を不安に思っていたのかランタンの参加を快く受け入れてくれた。

 彼は顎髭の渋い猫人族であり、彼の率いる四名の探索者も種族の違い、血の濃淡はあったが全てが亜人族だった。指揮者を含めた男性三名に女性二名で全員がランタンに対して友好的であり、ランタンはまったく顔に覚えがなかったがレティシアと出会った酒場にいたようだった。

亜人族わたしたちの区別をつけるのは難しいかもしれないけど、つれない子ねえ。お姉さん悔しくなっちゃう」

「えっと、ごめんなさい」

「たらふく奢ってもらったんだから、そんなこと言うなよ。お前も酌もせず飲みまくってただけだし」

「うるさいわよ」

 彼らはずいぶんと仲が良さそうで、雰囲気もよかった。戦いを前に怯えも気負いもないようだ。

 一人の指揮者は女で、四名の男の探索者を率いている。

 魔道使いのようで短杖を腰に下げており、鍔の広い帽子を被った法衣姿はランタンが思い描く魔女そのものである。女が率いる探索者は、よく躾けられている猟犬のように行儀がよく、一言も発せず表情も動かさず整列している。女はよく通る声で、よろしく、と言ってそれっきりだった。友好的でもなければ敵対的でもない。ランタンとしては気が楽な相手だ。

 一人は指揮者と言うには頼りない感じがする青年だった。やんちゃそうな容貌に精一杯の虚勢をはっているが、運び屋上がりの探索者ではなく、つるんでいた仲間と共に一足飛びに探索者となったらしく、それなりに場数を踏んだ探索者に囲まれて居心地が悪そうだった。

 ランタンを一目見て、ほっとしたのは戦力が増えた事への安堵ではなく、自らよりも弱そうな少年が名を馳せている事実に根拠のない自信を抱いたからかもしれない。ポケットに手を突っ込んだまま、胸を反らしてランタンを見下ろした。

「よろしく」

「おう!」

 威嚇するような挨拶にランタンは肩を竦める。

 そして一人の指揮者は人族の男であり、三十半ばぐらいの大男だった。鍛え込まれたというにはやや脂肪がつきすぎているようだったが、彫りが深くて眼光が鋭いのでどことなく貫禄がある。探索者と言うよりは野盗であり、彼らが率いる四人の探索者も似たり寄ったりで親玉とその配下という印象が強い。

「ふんっ、獣に、女に使われる屑どもに、新人(ルーキー)、――それにこいつかよ。外れ引いちまったぜ」

 男は不満を隠そうともせずに唾を吐いた。

「俺の足引っ張るんじゃねえぞ。――てめえも!」

 ランタンを睨みながら怒鳴ったかと思うと、男は新人探索者の肩を乱暴に叩いた。励ますようにではなく、それはただの暴力である。新人は大きく体勢を崩して尻餅をついて呆気に取られている。骨は折れていないだろう。だが一足遅れてやって来た痛みに腕を押さえた。

 痛みに呻く。

 男たちはそれを見て下品に笑った。新人探索者は完全に呑まれていて、尻餅をついたまま立ち上がれない。

「戦闘前に何してんの? 馬鹿じゃないの? 貴重な戦力だよ」

「へっ、こんなもん囮にもなりゃしねえよ。おい観測手スポッター、もういいだろ」

 男はランタンを押し退けるようにして観測手を振り返った。探索者同士の争いは御法度だがこの程度では争いと呼べない。

 観測手は男を落ち着かせ、ランタンに支給品の活性薬を一瓶手渡した。他の探索者はすでに受け取っているようで当たり前にそれを服用している。亜人の探索班と男の探索班はそれぞれ更に別の薬を自前で用意している。

「ふうん」

 戦闘前の薬物による能力強化は、ランタンにはやはり馴染まないものである。ランタンが瓶を揺らして迷っていると再び男が突っかかってきた。

「待たせるんじゃねえよ。それとも甲種探索者さまには不要ってか?」

「そうだね。僕はいいや」

 ランタンは平然とそう言って薬を観測手に返そうとした。だが横から男の手が伸びてきてランタンの薬を乱暴に奪っていく。

「竜殺しの尻に乗っただけのインチキ野郎が、化けの皮が剥がれても知らねえからな。――おい新人、てめえはもう一本こいつを飲め」

「なんで……」

「先輩の言うことは黙って言うことを聞けや。カスみてえなてめえでも、これで囮ぐらいにはなれるってもんよ」

 男は蓋を親指で弾くと、新人の首を捕まえ無理矢理にそれを飲ませた。親切心ではない。

「やめろ。子供みたいなこと」

「うるせえよ!」

 男の目が血走って、彼の仲間たちも同じような症状を顔に表した。

「ランタン、そいつに何を言ってももう無駄だ。相手にするな」

 猫人族がランタンを落ち着かせた。

 男たちは活性薬の他に麻薬を服用したようだ。探索者としては珍しくもないことだったが、ランタンは眉を顰めずにはいられなかった。

「あんなのでまともに戦えるとは思えない」

「かもな。だから期待してるよ、大将」

「何ですか、その呼び方」

「こん中で甲種は大将だけだ。頼りにしてるぜ」

 猫人族が頼もしげに背中を叩いた。ランタンはそれに押し出されるように大きな呼吸を一つ吐き出して、気分を入れ替えるように深呼吸を繰り返す。

 観測手の一人が迷路を構成する石壁によじ登り、もう一人の観測手が迷宮に何かを投げ込んだ。

 さながら井戸に毒薬を投げ込んだように、そそくさとその場を離れる。

「ではご武運を!」

 それは迷宮崩壊を早める何らかの物質のようだ。それを合図にして探索者たちが戦いの気配を纏っていく。

 亜人族の探索班は全員が前衛戦士である。指揮者とそれ以外の区別がなく、集団でと言うよりは個人の集まりという雰囲気が強い。手に持つ武器に長物は一つも存在せず、ぐるると喉を鳴らして、網を張るような弧状の陣形に広がった。

 女の率いる探索班は、指揮者である女を守るような陣形だった。女が一つ後ろに下がって短杖を構え精神を統一する。その前に一人盾持ちが立ちはだかって、残りの三人は剣が二人、槍が一人で三角形を形成している。

 男の探索班は麻薬で興奮状態にあるのに基本的な構えだ。指揮者である男が一歩後ろに構え、それ以外は亜人の探索班とそれほど変わりない。やや列が歪であるが、そう思ったのは騎士団の整列を見たばかりだからだ。

 そして事もあろうに新人の探索班は、どの探索班より前に陣取った。

「前に出過ぎだよ。もっと後ろに」

 堪らずランタンが声を掛けるが、新人たちは後ろに下がろうとしなかった。

「ねえ――」

「黙ってろよ。新人の見せ場を奪うんじゃねえよ、インチキ野郎!」

「――あんたが嗾けたのか」

「アドバイスしてやっただけさ。最初に出現する魔物は、雑魚である可能性が高い。甲種探索者さまともあろう御方がそんなことも知らないなんて、まさかねえよな」

 にやにや笑った男にランタンは舌打ちする。

 こういう時、自由に動ける独り身はありがたい。ランタンは新人たちの補助をするために前に出ようと。

 新人が振り返って、ランタンに怒鳴った。

「馬鹿にするな! 俺たちだってもう探索者だっ、これぐらいっ!?」

 微かに地鳴りが聞こえたと思った瞬間、はっきりとした振動が足の裏に伝わってきた。

 迷宮が最奥から圧壊するように、あるいはそこにある魔精が土砂に変換されるように、迷宮崩壊が始まった。そこに棲まう魔物を押し潰し、あるいは追い立てるように、恐ろしい速度で迫ってくる。

 ランタンは戦鎚を手の中で回し、久々の実戦に集中しようとした。

「そういやあのでけえ女はどうしたんだよ。捨てちまったのか?」

 からかいの言葉を無視する。雑音など聞くな。集中しなければ。

 迷宮が溢れる。

 間欠泉のような水柱が吹き上がった。その中に幾つもの黒い影が見える。


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