理由
ミリアの怒声はまずシュバルツにとんだ。
「妹が婚約しただけでいつまで固まってるつもり?シュバルツ!」
「シュバルツ!」の声で彼はやっと我に返ったようだった。
小さく「え」と呟いている。おそらくだが本人に自覚はないのだ、まったく。
「とにかくその呆けた顔をどうにかして。そう、よくできました」
シュバルツは驚いたのかすっかりミリアの言うとおりになっている。
「シュバルツはとりあえず自分の部屋に戻りなさい。ここから屋敷まではちょっと距離があるし、まだ留学から帰ってきたばかりなんだから今日は城に泊まるんでしょう?
リディアには後日責任もって私があわせてあげるから。・・・・・・今日じゃだめなのか、って顔ね。あんたその顔でリディアにあうつもりなの?」
リディアのいう「その顔」の意味が分からなかったのかシュバルツは自分の顔に手をやった。
傍目から見ればシュバルツの顔は普段と変わりないように見えるが、今の衝撃と、旅の疲れもあったのかミリアやアシュレーから見ればその顔ににじみ出る疲れは明らかだ。
ましてリディアともなれば、その顔を見るだけでリディアも同じだけ疲れたようになってしまうだろう。
それをシュバルツも想像したのか、すぐに「分かった、今日はあきらめるよ」というとミリアやアシュレーに「じゃあ」と軽く挨拶をして自分の部屋へと帰っていった。
シュバルツが出て行った後、部屋には沈黙とミリアのためいきだけが残った。
それはお互い何を話して良いか分からなくて沈黙しているわけではなく、ただたんにミリアの疲れからくるもののようだ。
「ぶ、ははははははは!」
そんな暗い雰囲気から場違いなほどの明るい豪快な笑い声が部屋に響いたのはそれからすぐのことだった。笑い声の主がミリアなわけはもちろんなく・・・。
「アシュレー」
ミリアのとがめるような声音はしかしアシュレーには聞いていない。
相変わらず豪快に口を大きく開け、顔を天井の方に向けて笑っている。
「だ、だってミリアお前はほんとにもうなんて言うか・・・・・・馬鹿じゃねえの」
ひーひーいう間にアシュレーは言葉を紡いだ。
対するミリアはその台詞にアシュレーが爆笑する理由が分かったのか恥ずかしそうに俯き「それ以上言わないで」と小さく呟いている。
それすらもいまのアシュレーには笑いのツボらしく苦しそうにおなかを押さえている。
その笑い方は尋常じゃなく、やはり彼も緊張していた分たがが外れたのだろう。
「お前ってさ、昔からシリアスで緊迫した雰囲気が苦手で良くかんしゃく起こしてたけど・・・・・・まさかそれが今でも直ってないとは」
「お前ほんっと平和ぼけしてるもんな」とアシュレーは笑った。
そうなのだ。この場合の「そう」はミリアの名誉のために言うがけっして「平和ぼけ」を指しているわけではない。
ただミリアは「そういう雰囲気に慣れていない」。
基本明るく素直なミリアの周りでシリアスな空気ができるわけがなく、(リディアは明るくはないが、ミリアが近くにいるときに悲壮なオーラを出すことはほぼない)
そういう状況になりそうになったときでもミリアをなんだかんだで溺愛してる侍女達がそれを許すはずもない。
王からも一人娘として溺愛されていることが知れ渡っているため、社交の場で嫌がらせを受けることもない。(ちなみにミリアには兄が三人おり、いずれもミリアを溺愛している)
(そんな周りから完璧に守られたミリアがなぜこうおてんばに育ったのかは謎だ)
しかしその彼女の欠点が、その完璧に守られすぎたために起こったシリアスな雰囲気に対する「パニック」だった。
次回ミリアの過去編です。