初恋
そいつに出会ったのはまだお互いほんの小さな子どもの時だった。
第一印象は「人形みたいなやつ」。
きれいな背中まである長い銀髪を、結ぶことなく垂らし、白いレースを多くあしらったドレスを着たそいつは表情を持っていなかった。
いや、今ならあいつは人見知りなんだってことが分かってるからそうは思わないけどな。
でもそんなこと知らない俺には、端正な顔に何の表情も浮かべないあいつは人形のように見えた。
しかしその思いはすぐ打ち崩されることになる。
そいつと同じ銀髪を持った「あいつ」が部屋に入ってきたとたん、今まで何も感情を移していなかったそいつの目や、表情が輝きだしたからだ。
そのあまりの変わりように俺は愕然とした。
そして、そのあまりの輝きに、そいつからもう目が離せなくなっていた。
今思えば、このときもう俺はお前に惚れてたんだろうな、「リディア」。
「アシュレー、リディアの様子が変なの」
珍しく深刻な様子で部屋に入ってきたミリアは開口一番こういった。
「は?なんだよいきなり」
「だから、リディアがこの頃変なんだってば。なんか心ここにあらずって感じで。前からあんまり明るい娘じゃなかったけどこの頃ますます暗くなっていって」
「はあ」とため息を一つして俺は座っていたソファから立ち上がった。
「とにかく座ったら。立ちっぱなしじゃはなせないだろ」
いつもはミリアの話なんかろくに聞かずに聞き流す俺だがリディアのこととあってはそうも言っていられない。俺はとにかく話を聞いてみることにした。
俺たちは応接室のように小さな机を挟んで二つ置いてあるソファに向かい合って座った。
すぐに使用人が紅茶を運んでくる。
紅茶を一口飲んで落ち着いたらしいミリアは、今度はゆっくりと話し出した。
「シュバルツが帰ってくるって聞いてからなの、リディアの様子がおかしくなったのは」
「そりゃ双子なんだから6年ぶりの再会にそわそわしたりするだろ」
「私も最初はそうなのかと思ってたわよ。でもそうならもっとうれしそうな表情―いやあの娘の場合は表情はほとんど変わらないから―うれしそうなオーラをしてるはずでしょ。
なのにあの娘ったら日増しにまとうオーラが暗くなっていくの。
ねえ、あんたからもあの娘に聞いてみてくれない?
何をそんなに悩んでるのか。あんた一応あの子の護衛任されてるんだから。」
「一応・・・ってあのなあ。お前が聞けばいいだろ」
「聞いたわよ、何回も。でもあの娘、大丈夫しか言わないんだもん」
俺はその言葉に引っかかりを覚えた。あいつが大丈夫っていうときはたいてい大丈夫じゃないことが多い。だいたい何もなやんでない人間が大丈夫なんて言わないだろう。
「・・・分かった。聞くのは良いけど・・・でもミリアにも話さないのにあいつ俺になんか打ち明けるかな」
そこがいちばん難しいところだ。
「そうね」というと思っていたミリアだがしかし予想に反してあいつは首を縦に振った。
「話すわよ。だってあの娘がいちばん信用してるのはあなただもの」
「・・・・・・」
「まさか気づいてなかったの」
・・・・・・気づいてなかった。てかなんでミリアにそんなこと分かるんだよ。
不本意にも、ちょっと心が浮き立つ。
言葉にはしなかったが、顔にばっちり現れていたらしい。
「その顔はなんで私がそんなこと知ってるんだって顔ね。まったくうれしそうにしちゃって。腹が立つわ。そりゃね、伊達に長くあの娘の親友やってませんから。分かるわよそのくらい」
「やじゃないのか。その・・・お前より俺の方が信用されてるっての」
「勘違いしないで。あんたは確かに信用されてるかもしれないけどいちばんあの娘に好かれてるのは「わたし」よ。とにかく頼んだから。近衛隊隊長アシュレー・ワグナー殿」
最後の台詞を言ったあと「ふんっ」と笑ってミリアは部屋を出て行った。
「いちばん信用されている」その台詞が本当なら、どれだけうれしいだろうか。
しかし俺は知っている。リディアは、「あいつ」意外に決してあの頃のような輝く笑顔は向けないのだ。
その事実を考えると多少へこんだが、その考えを振り払い俺はとにかくリディアのところに行ってみることにした。