変化
変化とは、いつの時も訪れるもの。変化のない人生などない。
ただ、その変化をいいものにするか悪いものにするかは、その人次第だ。
「本当に行くの?」
大きな屋敷の広い玄関から今にも雨の中出て行こうとする少年の背に向かって少女は呼びかけた。
少女の名はリディア。少年の名はシュバルツ。
正真正銘の双子である。
少年は何も言わなかった。いや、いえなかったのだろう。なぜなら彼は、今まさに彼女を一人、この広いだけで何のぬくもりのない屋敷に置いてきぼりにしようとしているところなのだから・・・。
「何とか言ったらどうなのよ!いつもあんたはそう。一人逃げるんだわ」
私をおいて。そうは続けられなかった。少年がやっと重い口を開いたからだ。
「逃げるんじゃない。リディア分かってくれ。今のままじゃ僕らも、この家も未来がないんだよ。だから僕は行く。たとえ結果君をおいていくことになっても。」
少年はそういって、口を引き結びまっすぐな目で双子の妹を見た。
対する彼女はその視線を受けて、瞳が揺れている。
二人は、双子と言った事実そのままに真よく似ていた。
今にも輝き出しそうなプラチナブロンドの髪に、愁いをたたえるアメジストの瞳。
今までの人生の中でこの二人が離れることなど、あり得なかった。
しかし今、運命は二人を別れさせようとしている。
「・・・だったら、私もあなたと一緒に連れて行って。」
「それはできないって何回も言っただろう。旅じゃないんだ、リディア。今の僕には君さえも守ってやることはできない。絶対に君を守れる力をつけて強くなって帰ってくるから。
だからお願いだ、僕を信じて待っていてくれ。」
「そんなの・・・そんなのあなたの勝手な言い分じゃない。私のことを少しでも思ってくれているならそんなこといえないはずよ。いつ帰るかも分からない人のことを信じて待ってくれ、なんて・・・。」
「君のことはずっと思っているよ。」
「ちがう」
そう言うと彼女は彼の方へと近づいていき、間近で彼のことをにらんだ。
「分かるはずだわ。あなたと私の絆は、双子だというだけのものではないと。」
そのまましばし見つめ合った彼らだが、先に目をそらしたのは彼の方だった。
「・・・僕らは血のつながった双子で、お互いにとってたった二人の肉親だ。」
沈黙が二人を包んだ。やがてリディアは固い声で告げる。
「・・・わかったわ。あなたがそういうのなら、私もあなたを待ったりしない。」
「リディア。」
「あなたが!」
いきなり大きな声を出す彼女に驚いたのか、彼は一歩下がった。 おとなしい彼女が大声を出すなんて、普段ならほとんどないことだったからだ。それだけ彼女の心が乱れている証でもある。
リディアも彼の反応で気づいたのか、一息ついて、一端気持ちを落ち着かせてから続けた。
「私はもう妹には戻れない。あなたが私に妹を望むのなら、私はあなたを待つことはできないわ。あなたの望むようには。」
ごめんなさい、と顔をうつむけたリディアは小さくつぶやいた。
その表情は髪の毛に隠れて見えない。 それを見た彼は苦悶の表情をその端正な顔に浮かべる。
抱きしめたい・・・でもそれは、ゆるされないことだった。
「僕は行く。」
そうしなければ、彼らに未来などなかった。
扉を閉める音の後残ったのは、細い肩をふるわせて泣く、少女の嗚咽だけ。
このときリディアもシュバルツも14歳と若かったが、運命はすでに回り始めていた。
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ここはアルカリナ王国首都ラグラス。城を中心として、城下町がぐるりと城を守るように張り巡らされている。そのため、城下町のどこからでも大きい城はよく見え、市民は毎日城下町から城を眺めて生活しているので自然と城に親しみを覚える市民も多い。
「なんだかこの頃退屈ねえ」
そう話すのはこの国の第一王女、ミリア。本名をミリア・セバスツアーノ・アルカリナといった。
そんな彼女は金髪碧眼の愛くるしい少女であり、その輝く金髪は太陽の光を浴びて人々の目を思わず細めさせてしまうほど輝く。
また王女とは思えぬほど親しみやすい空気をまとっており、国民達に人気がある。
そのため、ミリアは国民たちの間では「太陽の姫」と呼ばれていた。
しかし、お節介な性格から今までにも様々な事件を起こし、城のものを困らせてきたトラブルメーカーでもあった。
侍女は苦笑しながら今日何度目かになる慰めの言葉を口にした。
「リディア様がこのごろお忙しいからでしょう」
「そう!リディアよ!あの子ったら女の子なんだから騎士になんかなれるわけないのに剣や弓の練習ばかり。一体何が楽しくてあんなことを一生懸命やってるのかしら」
「以前はおとなしい良家の子女の鑑のような方でしたのに」
そう二人が話したところで、他の侍女達も興味があったのか会話に入ってきた。
「リディア様が剣を突然手に取り始めてからもう6年」
「シュバルツ様がお家を出られてからよね」
「まるで何かに追われているように」
「きっとなにかおありだったのよ」
「シュバルツ様と言えば」
「今度こっちに戻ってこられるとか」
その言葉に今まで侍女たちの話を何となしに聞いていたミリアが目を見開いていすから立ち上がる。
「それ本当に?てか私も知らない情報をどこで聞いたの」
「私の実家がシュバルツ様の行かれたトリバーにあって、父の話によるとシュバルツ様がなんでもラグラス行きの船のチケットを手配していたとか」
ラグラスとは、アルカリナ王国の東に位置する港町の名前である。リディアやミリアが住むアルカリナ王国はルドリア大陸の東部に属しているが、海を挟んで隣にはルーラシア大陸がある。
そのルーラシア大陸の西部に属する国の港町が、トリバーだ。
つまり侍女の話は、シュバルツがおそらくもうすでにアルカリナ王国内にいるであろうことを意味しているのだ。なぜミリアに知らせが無かったのか不思議なくらいそれは重要な情報だった。
「もっと早くに教えてよそんな大切な情報!
とにかくリディアに伝えないと・・・・・・ちょっと行ってくる」
そういうとミリアは侍女達が止めるまもなく部屋の外へと走り去っていった。
侍女たちはふつうなら焦るところかもしれないが、そこは慣れたもので。
「リディア様は今確か剣の訓練中じゃなかったかしら」
「ご迷惑にならなければ良いけれど」
侍女達は一国の姫が廊下を全力疾走することをなんとも思っていないのだった。
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「リディア!」
リディアはその呼びかけに剣の素振りを止めた。
今日は剣の練習のために長い銀髪を高い位置で一つにまとめている。
リディアは普段から時々剣の指南役がいるときはのぞいて、一人で訓練をする。今日は一人の日のようだった。
リディアは今日も美しかった。ドレスではなく剣の練習用の簡素な服を着ていても尚。
太陽の光を反射して、まるでその光がリディアの長いプラチナブロンドの髪からこぼれだしているかのよう。いつも剣の練習以外は部屋にこもりがちなリディアだが、部屋にいるとき見せる儚げな様子とは違い、外で見るリディアは内から輝いて、強い。
それはひとえに、外と中では瞳に写す「色」が違うからであろう。
内では少しかげりを見せるアメジストも、外に出ると内なる熱により輝き出す。
外で見るリディアは強く、美しい。
一人で練習していても、ミリア以外声をかける者はいない。
その強さと、美しさに圧倒されてしまうからだ。
それは決して外見から来るものだけではなく、リディアの内なる決意のような熱から来るもので。
ミリアはいつも、もっと力を抜けばいいのにと思ってしまう。
本人には絶対に言わないが。
しかしそれと同時に、強くあろうと努力するリディアが、愛しかった。
***
リディアが声の主の方を向くと、ミリアはちょうどリディアの目の前にたどり着いたところだった。
主の名はミリア。この国の第一王女にしてリディアの無二の親友でもある。
ミリアとリディアは性格は真反対と言っても良いくらいだが、それが逆に良いのかよく気があった。
そんな彼女が走ってくるのはよくあることで。だからリディアは特に緊急事態だとは思っていなかった。
どうせ「厩舎で子馬が生まれたの」とかそのくらいだと思っていたのだ。
次の言葉を聞くまでは。
「シュバルツが帰ってくるわ」
リディアの手から、剣がカランと音を立てて落ちた。
「シュ・・・バルツが・・・」
「そうよ!帰ってくるの!良かったわね。一体何年ぶりかしら。もう早くリディアに知らせなきゃと思って飛んできたの」
その後も彼女はシュバルツにあえる喜びを喜々として語っていたがもうリディアの耳には届いていなかった。
最愛にして、もっとも憎い相手。自分を捨てた、彼が。
「シュバルツが、帰ってくる・・・・・・」
閉じたはずの扉が、また開こうとしていた。
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「6年ぶりだな」
そういって船から降り立ったのは耳にかかる程度の銀髪の髪を太陽の光のもと輝かした、紫の瞳の見目麗しい青年。
「リディアは、どうしてるかな」
そう呟いた彼の瞳は確かに揺れていた。
<第一話、終>
ミリアの外見を付け加えました。