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婚約破棄された夜、冷酷公爵は私だけを離さない

作者: 結城斎太郎
掲載日:2026/05/08

 夜会の空気が、一瞬で凍った。


「エレノア・フォン・リスティア!! お前との婚約を破棄する!!」


 高らかに叫んだのは、王太子アルベルト。


 シャンデリアの灯りが揺れる中、貴族達のざわめきが広がっていく。


 私は静かに扇を閉じた。


「……理由を伺っても?」


「理由など決まっている!! お前は冷酷で、愛情もない女だからだ!!」


 はぁ?


 いや、待ちなさいよ。


 どの口が言ってるの、この男。


 私は笑いそうになる口元を必死に抑えた。


 だって、つい昨日まで王都の高級宿で、子爵令嬢ミレイユと抱き合っていたのを知っているから。


 しかも、隠す気ゼロ。


 従者まで呆れてたわよ。


「アルベルト様ぁ……エレノア様みたいな怖い女じゃなくて、わたしみたいな可愛い女の子の方がいいですもんねぇ?」


 甘ったるい声を出しながら、ミレイユが王太子の腕にしがみつく。


 うわ、見てるだけで頭痛がする。


「そうだ!! 私は真実の愛を見つけたのだ!!」


 真実の愛。


 便利な言葉ねぇ。


 不倫の免罪符にでもなると思ってるのかしら。


「……承知しました」


「なっ?」


 私が即答すると、逆にアルベルトが固まった。


 なんで驚いてるのよ。


「婚約破棄を受け入れます」


「ま、待て!! もっとこう……泣くとか!!」


「なぜ?」


「えっ」


 いや本当に、なぜ?


 困惑している王太子を見て、周囲も微妙な顔になっている。


 そりゃそうだ。


 誰がどう見ても浮気した側が悪い。


「ただし」


 私はゆっくりと顔を上げた。


「王家より贈られた宝飾品、土地、契約書類、全て返還していただきます」


「なっ……!?」


「あと、私の名誉を傷付けた件についても正式に抗議いたします。証人は十分おりますので」


 アルベルトの顔色が真っ青になった。


 そう。


 私は最初から知っていた。


 この男が馬鹿だってことも。


 ミレイユが金と地位しか見ていないことも。


 全部。


 全部知っていて、ただ耐えていただけ。


 リスティア侯爵家のために。


 でも――もう終わり。


「では、ごきげんよう」


 踵を返した瞬間。


「――随分と面白いものを見せてもらった」


 低い声。


 空気が変わる。


 貴族達が一斉に道を開けた。


 そこにいたのは、黒髪の男。


 氷の公爵。


 レオンハルト・ヴァルディア。


 戦場では“黒氷”と呼ばれる英雄だった。


「レオンハルト公爵……」


「王太子殿下。随分と醜悪な茶番でしたね」


「き、貴様!!」


 アルベルトが怒鳴る。


 でもレオンハルトは気にした様子もない。


 ただ、まっすぐ私を見た。


「エレノア嬢」


「はい」


「あなた、行く場所は?」


「……ありませんわね」


 実家は王家との関係を優先するだろう。


 私は既に切り捨てられた後だ。


「なら、来ますか」


「……どこへ?」


「私の屋敷へ」


 ざわり、と会場が揺れた。


 え。


 ちょっと待って。


「私が保護しましょう」


 いやいやいや。


 何を言ってるのこの人。


 でもレオンハルトは真顔だった。


「ちょうど、妻を探していた」


 さらっと爆弾を投げるな。


「……公爵様」


「嫌ですか?」


 その瞬間。


 なぜか少しだけ、不安そうな顔をした。


 氷の公爵が。


 それを見た瞬間、私は吹き出しそうになった。


「ふふっ」


「……?」


「いいえ。嫌ではありません」


 むしろ。


 王太子なんかより、ずっとまともそうだ。


 ◇


「なんでぇ!? なんであの女が公爵様に気に入られるのよぉ!!」


 翌日。


 王都中に噂が広がった。


 婚約破棄された令嬢が、公爵に溺愛されている――と。


 ミレイユは発狂していた。


「アルベルト様!! なんとかしてください!!」


「う、うむ……」


 だが王太子も余裕がない。


 なぜなら。


「王太子殿下」


 冷たい声が響く。


 レオンハルトだった。


「不貞の証拠を陛下へ提出しました」


「……は?」


「加えて、横領、賄賂、軍費流用についても」


 空気が凍る。


 アルベルトの膝が崩れ落ちた。


「な、なんでそれを……」


「あなた、舐めすぎなんですよ」


 静かな声。


 でも、そこにある怒気は本物だった。


「エレノア嬢を傷付けた時点で、私はあなたを許す気はありません」


 その言葉に、私は目を見開いた。


 レオンハルトは私の前では穏やかだった。


 けれど今の彼は違う。


 完全に敵を見る目だった。


「ひっ……」


 ミレイユが怯える。


「あと、あなた」


「えっ」


「エレノア嬢のドレスを盗んで売りましたね?」


「な、なんで!?」


「調べました」


 終わった。


 ミレイユの人生が終わった音がした。


 ◇


「……公爵様」


「なんです?」


「やりすぎでは?」


「全然」


 即答だった。


 怖い。


 この人、敵に回しちゃいけないタイプだ。


 でも。


「あなたは優しすぎます」


「え?」


「本来なら、もっと怒っていい」


 レオンハルトが私の髪を撫でる。


 大きな手。


 熱が伝わる。


「あなたはずっと耐えてきた」


「……」


「だから今度は、私が守ります」


 心臓が跳ねた。


 ああもう。


 なんなの、この人。


 反則でしょう。


「……公爵様」


「レオンでいい」


「じゃあ、レオン様」


「うん」


「私はそんなに可愛げのある女ではありませんよ?」


「知っています」


 にっこり笑われた。


「そこが好きだ」


 無理。


 勝てない。


 ◇


 数日後。


 アルベルトは王太子の地位を剥奪された。


 ミレイユも社交界から追放。


 全て終わった。


「後悔してるか?」


 庭園で、レオンが聞いてくる。


「何をです?」


「王太子を捨てたこと」


 私は少しだけ考えて。


 笑った。


「まさか」


 風が花を揺らす。


「むしろ感謝しています」


「感謝?」


「婚約破棄されたから、あなたに会えたので」


 一瞬。


 レオンが固まった。


 その後、耳まで真っ赤になる。


 あ。


 この人、照れるんだ。


「……反則だな」


「どちらがです?」


「全部だ」


 そう言って、彼は私を抱き寄せた。


 強く。


 逃がさないみたいに。


「エレノア」


「はい」


「愛している」


 その言葉は、驚くほど真っ直ぐだった。


 もう二度と。


 偽物の愛なんていらない。


 私は彼の胸に額を預け、小さく笑った。


「私もです、レオン様」


 夕暮れの庭園で。


 ようやく私は、幸せになれた。


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