"Esc"
二階からは、今なお数え切れない程の蝿の羽音が聞こえて居て
浴槽は、様々な種類の刃物でいっぱいになって居た
もう二階には行く気がしない
親の顔など好んで視たいとは思わなかったし、屍体に関しても同じだった
「どうする?」
「───学校、行くのか?」
『相棒』が、座って壁に背を預けたまま僕に言う
浴室の小さな窓から、既に朝の陽射しが入ってきて居る
夜は既に明けたみたいだった
「………もうさ」
「止めない?」
血で全面が粘液質になったレインコートを脱いで、浴室の床に投げ捨てると、床にへたり込む
『相棒』の隣まで、血と油の散らかった中をずるずると腰を滑らせて座った
「親二人殺すだけで、あんなに大変だったじゃん」
「すごい抵抗されてさ」
「学校なんてさ、きっと行っても何人も殺せないよ」
膝を抱えて、そこに顔を埋める
「…………少なくとも皆殺しは無理だよ」
「そうだな」
『相棒』が、浴室の床に煙草を擦り付けて消す
窓の外では世界が眼覚めていくようだったが、それとは反対に「僕たちはこれから滅びるのだ」という確信が有った
暫く沈黙が流れたあと、僕は立ち上がった
「絶対殺せるやつ、知ってるよ」
浴槽をがちゃがちゃと探り、ナイフを一本拾う
その過程で指が何カ所も深く切れたが、気にならなかった
「俺も知ってる」
相棒も、立ち上がると浴槽からナイフを拾い上げた
「そいつらをたった二人だけ殺すとさ、何の悩みも無くなっちゃうんだ」
戯けて両手を広げると、嗤う
悩みなんて、もう無くなり始めて居た
二人で着てるものを全部脱いで、向かい合う
双方ナイフを逆手に持って、握って居る
単純に、その方が突き刺せる気がしたからだ
どちらからともなく、僕たちは互いに対してナイフを振り下ろし、突き刺し、ナイフを捻じって傷口を広げ合った
興奮のせいなのか何の痛みも無い
ナイフを引き抜くと、もう一度お互いに振り下ろし合う
数分も経つ頃には二人とも胸や肩、腹が穴だらけになって居た
刃物が床に落ちる音が、同時に二つ
失血で立って居られなくなった僕たちは、お互いに向けて倒れ掛かった
額が触れ合って、
互いの指が肩を掴んで、
最後に唇と唇が重なった
君の唇が「あ り が と う」の形に動く
僕の唇も、きっとそう動いて居るに違い無かった




