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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

『婚約破棄された瞬間に前世の不良魂が覚醒したんだが、その勢い余って自分の腕を引きちぎりながら突如現れた魔王をボコボコにしてやった。~鋼鉄の義手を手に入れた俺に、変態王子が求婚してきてうぜぇ~』

作者: ナウ縫い
掲載日:2026/03/18

「メイア、君との婚約は破棄する。君が悪役令嬢なんて知らなかったよ……がっかりだ」

「……ッハ!? ナンダァ?」

 なんだ? 確かあいつらにバットで殴られて……。

「ん? その口調はなんだ、遂に本性を表したのか? メイア」

 その嘲笑うかのような口調、ちっとムカつくぜ。つか、ここはどこだ? キラキラとした照明しやがって、眩しくてしょうがねえ。まるでシンデレラに出てくる場所みてえだな。周りにいるやつらも豪華絢爛なドレスにスーツ……。っても、俺の知ってるデザインはねえな、どこかパチモン臭がすんぜ。

「不満があるのなら抵抗してみるが良いさ! まあ、君には無理だろうがね」

「ア?」

 無理だと? 納得行かねえな。っていうか、あいつは誰だよ。俺のことメイアとか言ってたか? こりゃまさか異世界転生ってやつなのか。さっきから胸にある違和感……、地面を見つめようとすれば胸がある。しまいァ……、アレがねえ。違和感があると思ったらそれかよ。

 つまりは、俺はメイアっていう悪役令嬢になったわけだ。ってことは、俺ァ……死んだのか。

「どうしたんだい? メイア! 何も言えないのかい?」

「……」

 金髪白スーツキザ野郎にはムカつくが、今はそんなの正直どうでも良い。俺はこのメイアってやつの身体に魂だけ転生しちまった、それは分かった。だが、俺はここからどうするべきか、それが重要だ。もしこれが夢だったら俺は無視していただろうがァ……、これは現実だからなァ。

 ハァ……。唇を噛むとイテェ、これは紛れもなく現実だァ。どうすっか、ったらまあ、目の前に居るムカつく野郎をぶっ飛ばす!

「さっきから色々とうっせえんだよ! キザ野郎ォ!」

「ッ!? ……」

 ビビってんじゃねえよ、キザ野郎。足元が震えてんぞ? んでもって周りの奴らもなんも動こうとしねえ……。余程コイツの権力が強えんだろうなァ。

《ポキポキッ》

「ひっ!」

 弱虫しか居ねえのかここは、軽く指を鳴らしただけでこれかよ。まあ、威圧感もあるんだろうが。つか、いきなり男みてえな雰囲気出したら驚くか。

 俺はキザ野郎を鋭い視線で睨みつける。

「フンッ! 睨みつけようが僕は怖くないぞ! 兵よ! その悪役令嬢を捕らえろ!」

 自分で煽っといて、いざ抵抗しようとしたら他人に縋るのかよ。カスだな。

「論外だ、カスだな、お前」

「何?」

「カスだってんだよ、人頼みの。キザ野郎、一つ教えといてやるよ、俺を敵に回したのは厄介だったなァ!」

 壇上に経っているキザ野郎はそそくさと逃げていくか……、まあ予想通りだ。んで、周りに居る甲冑着た兵どもは御大層に剣なんか持ってやがるが、実力自体は俺が倒してきた不良共に比べればカスばかりだ。分かるんだよな、そういうの。

「お前ら、さっさと捕らえろよ!」

 裏口から逃げてくその姿は滑稽だぜ、すぐに追いかけるから待ってろよ!

「「「ハァァァ!」」」」

 四対一か……まあ悪くねえ、三人だったら弱い者虐めになっちまうからなァ。ナイフよりも剣みたいな大物使ってくれて助かるぜ。ナイフみたいな小物は掴みづれえが、剣みたいな大物は掴みやすいんだよなァ。 今回も、

「盛大に掴んでやるよ」

 四方向から、同時に突かれる、これァ……、掴むよりも回し蹴りの方が楽か?

「ッ」

「なッ!」

 姿勢を低くして、右足を軸に一回転。足元がヒールだから地面に突き刺してやりやすい。スルッと一回転したらバカの十の完成だ。

「締まんねえなァ……。ま、良いか。さてと、キザ野郎はどこだ?」

「あ、あの」

「ア?」

「ひっ……、メイア様! ありがとうございます!」

「あ?」

 コイツ……、敵じゃねえな。脅されてた側か? ひょっとしてここにいる奴ら全員……。

「私たち、ロイ様に脅されていたんです!」

 泣きながらってことは、本当か。嘘泣きかそうじゃねえかはまあ分かるんだが、全員ってのが引っかかるな。青髪、純白のドレス、改めて異世界に来たんだと実感するが、もう一つだ。ここにいる全員同じ色のドレスとスーツを着てやがる、大体三〇人くらいか?

「説明しろ、お前」

「はい……、えっと私はリリです」

「ああ」

 って、喋り方にツッコめよ。

「リリ、っつったか。ったく、泣いてねえでシャキッとしろ。まずは状況だ。あのロイとかいうカス、何が目的でこんな真似しやがった?」

 リリと名乗った女は、俺の変わり果てた口調に一瞬目を丸くしたが、背後に転がっている兵士どもの無惨な姿を見て、慌てて背筋を伸ばした。

「……ロイ様は、メイア様を『悪役』に仕立て上げることで、自分の支持率を上げようとしていたんです。ここにいる私たちは、家族を人質に取られて……。今の茶番に拍手を送るよう命じられていました」

 なるほどな。典型的な小悪党のやり口だ。

 自分の光を強くするために、他人に泥を塗って影を作る。おまけに周りの観客まで無理やり味方に引き込んで、逃げ場を失くすたぁ……。ヘドが出るぜ。

「反吐が出るな。てめえの玉座を汚さねえために、女を一人吊るし上げかよ。……おい、リリ。アイツはどこへ逃げた」

「お、奥の貴賓室にある秘密通路へ向かったはずです! でも、そこにはロイ様の直属の騎士団が控えていて……」

「騎士団だぁ? 上等だ。鉄屑が増えるだけだろ」

 俺は首の骨をバキリと鳴らす。

 ドレスの裾が邪魔くせえが、幸いにもスリットが深く入ってやがる。

 俺は迷わず、その高いヒールをガツンと床に叩きつけ、飾りだけの宝石を蹴り飛ばした。

「おい、お前ら。人質だか何だか知らねえが、ここで縮こまってても何も始まらねえぞ。せいぜい、その高い服を汚さねえように隅っこで震えてな」

「め、メイア様! 本当に行くのですか?」

「ああ。あいつのツラ、一発殴らねえと寝覚めが悪くてしょうがねえ」

 俺は背を向け、キザ野郎が消えた扉へと歩き出す。

 胸の重み、慣れない重心、そして視界に映る白い手。全部、俺じゃねえ。

 だが、この拳に宿る「不快感」だけは間違いなく俺のもんだ。

 扉を開ければ、そこには銀色に輝く鎧を纏った男たちが十数人。

 抜剣の音が重なり、鋭い殺気が通路を埋め尽くす。

 真ん中でふんぞり返っているロイが、顔を引き攣らせながら叫びやがった。

「来い! 来るな! この化け物め! お前たち、何をしている! その女の首を跳ねろ!」

「化け物、か。良い響きじゃねえか」

 俺は口角を吊り上げる。

 前世でバットを持って追いかけてきた連中より、こいつらの方がよっぽど弱そうに見えるのは何でだろうなァ。

 足元の石畳を思い切り蹴り上げ、俺は加速する。

 悪役令嬢だか何だか知らねえが、地獄を見せるのは俺の番だ。

「ひっ、来るな! 化け物! 野蛮人め!」

 奥の通路からロイの情けねえ悲鳴が響く。

 その前に立ち塞がるのは、さっきの門番崩れとは気合の入り方が違う重装騎士どもだ。全身を金属で固めて、手にはご立派な盾と長剣。

 普通なら、令嬢一人でどうにかなる相手じゃねえ。……普通ならなァ。

「野蛮人? 褒め言葉として受け取っとくぜ、カス」

 俺は一歩、踏み出す。

 先頭の騎士が、唸りを上げて剣を振り下ろしてきた。

 真っ向から受けるほどバカじゃねえ。俺は最小限の動きでその刃をかわすと、騎士の懐に潜り込む。

「悪いな、そこァ空いてるぜ」

 硬い甲冑の隙間、喉元に掌底を叩き込む。

 ゴボリ、と嫌な音がして騎士が膝をつく。

 間髪入れずに、横から突き出されたもう一振りの剣。俺はそれを、左手の平で「払う」んじゃなく、刀身の横を思い切り叩いて軌道をズラした。

「なっ……! 素手で剣を!?」

「驚く暇があるなら、自分のケツの心配でもしてなァ!」

 がら空きになった脇腹に、ドレスの裾を翻して回し蹴りを叩き込む。

 ヒールの先端が、甲冑の継ぎ目に深く食い込んだ。

 金属がひしゃげる感触。悪くねえ。この身体、見た目に反してバネが利きやがる。

「ガ、ハッ……!」

 二人目が沈む。

 残りの騎士どもが気圧されたように足を止めた。

 そりゃそうだろうよ。ドレス姿の女が、素手で重装騎士をなぎ倒してんだ。悪夢にしても出来が悪すぎる。

「おい、どうした? 騎士団様が令嬢一人にビビってんのかよ。……次はどいつだ。まとめてかかってこいよ」

 俺は指をパキパキと鳴らし、ロイを睨みつける。

 アイツはもう、腰が抜けたのか通路の壁にへばりついてやがる。

「あ、あああ……。魔法だ! 魔法を使え! そいつは呪われているんだ!」

 ロイの叫びに呼応して、騎士の後ろにいた魔道士らしき野郎が杖を掲げた。

 杖の先が光り、熱風が渦を巻く。

 魔法、か。異世界っぽくなってきやがった。だがなァ、

「チャージが遅えんだよ、ボケが」

 俺は床に転がっていた騎士の剣を、足の甲で跳ね上げる。

 それを空中で掴み、回転の勢いそのままに魔道士の杖を目掛けて投げ飛ばした。

《バキィィィィンッ!》

 派手な音と共に杖が真っ二つに折れ、練り上げられていた魔力が暴発する。

「ぎゃああああ!?」

 自爆した魔道士が吹き飛び、通路は爆煙に包まれた。

「……ふぅ。煙てぇな」

 煤で汚れた顔を手の甲で拭い、俺はゆっくりと歩を進める。

 煙の中から現れた俺の姿に、ロイは完全に戦意を喪失したらしい。

 ガタガタと歯の根が合わない音をさせながら、情けなく尻餅をついた。

「ま、待て……! メイア! 悪かった! 婚約破棄はナシだ! 君を王妃にしてあげるから、だから……!」

「王妃ぃ? そんな窮屈そうな椅子、こっちから願い下げだ」

 俺はロイの目の前までしゃがみ込み、その胸ぐらを掴み上げた。

「いいか、キザ野郎。俺はメイアだが、お前の知ってるメイアじゃねえ。……一度しか言わねえから、その腐った耳に叩き込んどけ」

 俺は拳を固め、渾身の力を込める。

「俺の視界に、二度とその面見せんな。……散れッ!」

《ドゴォォォォンッ!!》

 ロイの鼻柱に、俺の拳が深々と突き刺さった。

「……ハァ、ハァ……。ったく、ドレスっつーのは動きづらくていけねえなァ」

 鼻を鳴らして拳についたロイの返り血を振り払う。

 無惨に顔面が陥没し、白目を剥いて転がっているロイ。その周囲には、ピクリとも動かねえ重装騎士どもの山。静まり返った通路に、カツン、カツンと乾いた靴音が響いた。

「素晴らしい……! これほどまでの武、これほどまでの苛烈な魂! メイア、君は最高だ!」

「……ア?」

 背後から飛んできた、場違いに明るい声。

 振り返れば、そこにはロイとは格の違う豪華な装束を纏った男が立っていた。ロイが「キザ野郎」なら、こいつは「天然素材の王子様」って面構えだ。

 名前は確か……キリス。メイアの記憶か……、この国の第一王子だか何だか知らねえが、さっきの騒動をずっと見てやがったのか。

「メイア! 僕は今、確信したよ。君こそが僕の生涯を共にするに相応しい女性だ。愛している! 僕と結婚してくれ!」

「…………は? 何言ってんだお前」

 俺は心底、気色の悪いものを見る目で吐き捨てた。

 目の前で男を一人再起不能にした女を見て、「結婚してくれ」だぁ? 

 頭のネジが数本飛んでるか、よっぽどの変態かどっちかだ。

「さっき婚約破棄だのなんだの言われたばっかだってのによ。つか、お前みたいなキラキラしたのが俺の隣に並んでみろ、眩しくて眼球が腐っちまうわ。……悪いが、俺ァ男に興味はねえ。ましてや、こんなキモい愛の告白なんてヘドが出るぜ」

俺が唾を吐かんばかりに一蹴すると、キリスはショックを受けるどころか、さらに頬を赤らめやがった。……ダメだ、こいつ本物だ。

「フフ、手厳しいね。だが、今のロイの暴走を止めてくれたのは君だ。ありがとう、メイア。君のおかげで、この国の膿を出し切ることができたよ」

 キリスはそう言うと、懐から光り輝く透明な板――魔力伝達装置を取り出した。

 指先で板をなぞると、空中に魔法文字が浮かび上がる。現代で言うところのスマホか。

「ああ、僕だ。反乱分子のロイを拘束した。……いや、すでに戦闘不能だ。鼻が顔の中に引っ込んでるよ。……ああ、予備の騎士団を動かせ。広場の民衆と、人質にされていた者たちの保護を最優先に」

 テキパキと指示を飛ばす姿だけは、一応「王族」って感じがすんぜ。

 通信を終えたキリスは、再び俺に向き直って爽やかな笑みを浮かべた。

「さて、メイア。改めて君にお礼をしたいんだ。……こんな埃っぽい場所ではなく、僕の直轄地である『リル』の王宮へ招待したい。君のその傷ついたドレスも新調させよう。……付いてきてくれるかな?」

「……リルの王国、だぁ?」

 ぶっちゃけ、この場からバックレたいのは山々だ。

 だが、今の俺はメイアっていう女の体だ。身寄りもなけりゃ、この世界の常識も右も左も分からねえ。

 このまま野宿するにしても、このヒラヒラしたドレスじゃ不審者扱いされるのがオチだ。

「……チッ。しゃあねえな。メシと寝床、あと着替えを保証するなら行ってやるよ。だがな、勘違いすんじゃねえぞ。俺ァお前の女になる気はサラサラねえからな」

「もちろんさ。君の自由は僕が保障する。さあ、行こうか。僕の愛しいメイア」

「その呼び方やめろっつってんだろ、ブッ飛ばすぞ!」

 俺はキリスを睨みつけながらも、渋々その後に続いた。

 成り行きで転生し、ロイを殴り飛ばし、今度は隣国の王子のエスコート。

 前途多難すぎて、拳じゃ足りねえ気がしてきたぜ。やっぱバットがいるなァ……。


「……チッ、まだかよ。シケた面拝んでんのも限界だぜ」

 会場に戻った俺は、豪華な長椅子に踏んぞり返って舌打ちを漏らす。周りの連中は俺と目が合うたびに「ひっ!」と短い悲鳴を上げて蜘蛛の子を散らすように逃げていくが、リリとかいう女だけは遠巻きに、だがどこか崇めるような熱視線を送ってきやがる。

 数十分後、ようやく外が騒がしくなった。

 重厚な門を潜り抜けると、そこには十台以上の豪華な馬車がズラリと並んでいた。どれもこれも金ピカで、成金趣味全開だ。

「さあ、メイア。僕の馬車へ」

 キリスが当然のように俺の手を取ろうとするが、俺はその手をパシッと叩き落とし、一人で車内に乗り込む。

 馬車が動き出すと、窓の外では騎士や貴族どもが「メイア様、お気をつけて!」「我々の希望です!」なんて調子のいい声を上げながら見送ってやがる。さっきまで俺を「悪役」扱いしてたくせに、勝てばこれかよ。反吐が出るぜ。

 向かい合わせの席に座るキリスを、俺は野良犬でも見るような鋭い視線で睨みつける。だが、この男は動じねえ。それどころか、聖母みたいな慈愛に満ちたスマイルを浮かべてきやがった。

「どうしたんだい? そんなに僕の顔を見つめて。……ああ、あまりの格好良さに言葉を失ったのかな?」

「……お前みたいな奴は、臭いんだよ」

 俺が心底嫌そうに鼻にシワを寄せると、キリスは一瞬キョトンとして、自分の脇の匂いを嗅ぎ始めた。

「……そんなに汗臭いかな? 一応、最高級の香油を使っているつもりなんだけど……」

「ア? チゲェよ……。胡散臭いんだよお前」

 俺の勘が告げている。前世で数多の修羅場を潜り抜けてきた俺には、大抵の野郎の「裏」が見える。だが、このキリスって野郎だけは底が見えねえ。裏があるのか、それとも本当にただの天然ボケの変態なのか……。俺の最も苦手とする、読めねえタイプの人間だ。

「ははは! 胡散臭いか、手厳しいな。……だがメイア、君がそうやって警戒するのも無理はない。今のこの国――『オー大国』で起きていることは、異常だからね」

 キリスの表情から、ふっとおふざけが消えた。

「君が悪役令嬢に仕立て上げられ、ロイがあれほどまでに暴走した理由……。あれは単なる性格の不一致じゃない。今、この国の王子たちの間で、特定の魔力に侵されることで発症する『感情暴走』が流行しているんだ」

「感情暴走だぁ?」

「ああ。『ドーン』と呼ばれる負の魔力に精神を汚染されると、元々持っていた傲慢さや残虐性が何十倍にも膨れ上がる。……そしてその原因は、暗躍を始めた『魔王軍』にあると言われているんだ」

 魔王軍。

 いよいよ本格的にファンタジーな単語が出てきやがった。

 つまり、あのロイのカスっぷりも、何者かに仕組まれた結果だってのか。

「君を嵌めようとしたのも、国を混乱させるための布石だったんだろう。……メイア、君はただの被害者じゃない。魔王軍の計画を拳一つで粉砕した、イレギュラーな英雄なんだよ」

「英雄とか、柄じゃねえんだよ……。俺はただ、ムカつくツラを殴りたかっただけだ」

 窓の外に流れる景色を見やりながら、俺は拳を握り直す。

 魔王だかドーンだか知らねえが、俺を巻き込んで不快な思いをさせたツケは、きっちり払わせてやる。

「いやあ、しかし驚いたよ。まさかこんな男らしい性格だったなんてね。今までの乙女は嘘だったわけだ!」

 キリスが感心したように、キラキラした目を向けてきやがる。その屈託のねえ笑顔が、余計に俺の神経を逆なでしやがった。

「あ? いや、それは――」

 言いかけて、言葉が詰まった。

 ……「中身が入れ替わった」なんて、信じるわけねえよな。だいたい、元々の『メイア』がどんな女だったか、俺はこれっぽっちも知らねえ。

 だが、さっきのロイの言いぐさからして、これまでは猫被って大人しくしてたんだろうよ。その化けの皮が剥がれたどころか、中身が「不良の俺」に挿げ替わったなんて、説明するのもダルい。

「……フン、そうだよ。今までのは全部、お前らみたいなお花畑野郎に合わせた『お芝居』だ。悪いかよ」

 俺はふんぞり返り、行儀悪く馬車の座席に足を組んだ。ドレスがはだけて膝が見えてやがるが、知ったことか。

「まさか! むしろ今の君の方が、何倍も情熱的で魅力的だよ。……その、少し荒っぽい口調も、僕を射抜くような鋭い視線も。……ああ、心臓の鼓動が止まらないんだ!」

「キモいんだよ、いちいち。……おい、さっきの『ドーン』とかいう魔力の話だ。それ、感染症か何かなのか?」

 俺は話を強引に逸らした。こいつの恋愛脳に付き合ってると、リルの国に着く前に俺がこいつを窓から投げ捨てちまいそうだからな。

「はは、照れなくていいのに。……『ドーン』の話だね。正確には感染ではないんだ。対象者の心にある『弱さ』や『欲望』を増幅させる負の波動、と言えばいいかな。魔王軍の幹部が、このオー大国の要人たちに密かに浴びせているという噂があるんだよ」

 弱さや欲望の増幅、か。

 あのロイのカスっぷりも、元々の種火に魔王軍が油を注いだ結果ってわけだ。

「……つまり、この先もああいう『暴走したバカ』が次々出てくるってことか」

「その通りだ。だからこそ、メイア。君のその力が必要なんだ。……魔力を物ともせず、純粋な『拳』で現実を叩き伏せる君の存在がね」

 キリスは真剣な眼差しで俺を見つめる。

 胡散臭い野郎だが、その瞳の奥にある危機感だけは本物に見えた。

「ま、寝床とメシの恩返しだ。目の前で騒ぐ奴がいたら、魔王だろうが何だろうが、まとめて沈めてやるよ」

 俺がそう吐き捨てると、馬車がガタンと大きく揺れた。

 それと同時に、外から騎士たちの怒号と、金属がぶつかり合う激しい音が響いてくる。

「何事だ!?」

 キリスが窓から外を伺う。

 俺はニヤリと口角を上げた。どうやら、退屈な馬車旅はここまでらしい。

「おい、キリス。……お出迎えだぜ。魔王軍だか何だか知らねえが、早速『ドーン』の臭いがしやがる」

「おい、外はどうなってやがる!」

 馬車の揺れが止まり、外の騒音が不気味な静寂に変わった。俺の問いかけに、さっきまで御者台にいたはずの使用人からの返事はねえ。……チッ、殺られたか。ドス黒い殺気が、馬車の木の壁を透過して肌にピリピリと刺さりやがる。

「メイア、下がっているんだ。僕が――」

「やめとけ。お前じゃ足手まといだ。……俺が行く」

 キリスの手を撥ね退け、俺は馬車の扉を蹴り開けた。

 外の空気は、血と、何か腐ったような魔力の臭いで満ちていた。護衛の騎士たちは全滅……じゃねえな、ロイの部下みてえに、何かに操られているように虚ろな目で地面に伏せっている。

 その中心に、そいつは立っていた。

 夜の闇に溶け込むような、漆黒のローブを纏った男。顔はフードで深く隠されているが、その手には、不気味な紫色のオーラを纏った黒い剣が握られていた。……ただの剣じゃねえ。あれがロイを狂わせた『ドーン』の源泉か。

「……ほう。まさか、令嬢の体に『転生者』が入り込んでいるとはな」

 フードの奥から、地を這うような低い声が漏れた。

 転生者。……コイツ、俺の正体を見抜きやがったか。

「なるほどなァ、物分かりが良いカスで助かるぜ。……だったら、話は早い!」

 俺は地面を爆発させるような勢いで蹴り、一気に間合いを詰めた。

 ドレスの裾が邪魔くせえが、今の俺にはメイアとかいう女の、人間離れした身体能力がある。前世の比じゃねえスピードだ。

 挨拶代わりの右ストレート。だが、男は微動だにせず、首をわずかに傾けただけでそれをかわした。

「チッ!」

 間髪入れずに左のボディ、そこから顎を狙ったアッパーの連撃。ボクシングのコンビネーションだ。だが、男は黒い剣を動かすことすらなく、まるでダンスでも踊るかのような滑らかな動きですべての拳を紙一重で回避しやがった。

「コイツ……、やりやがるなァ!」

 俺は思わず口角を吊り上げた。冷や汗じゃねえ、熱いモンが体を駆け巡る。

 拳がダメなら、足だ。

 俺は右足軸に鋭く回転し、ドレスを派手に翻しながら遠心力を乗せた回し蹴りを放つ。狙いは首筋。

 男は初めて剣を動かし、その刀身で俺の蹴りを受け止めた。

《ガキィィィンッ!》

 金属音が響き、俺の足に痺れるような衝撃が走る。だが、止まらねえ。

 蹴った足をそのまま地面に着けず、反動を利用してバックステップ。男が反撃に出るより早く、再び地面を蹴り、今度は低空のタックルに見せかけた、膝への前蹴り――と見せかけて、軸足を狙ったローキック!

「ぬっ……!」

 男の体勢がわずかに崩れた。

 そこだ!

 俺ははだけたドレスの隙間から、折れた騎士の剣――キリスの馬車に乗る前に拾っておいた鉄屑――を抜き放ち、逆手に持ち替えて男の喉元へ突き刺す!

《ガァァァンッ!》

 男は間一髪で黒い剣を戻し、俺の刺突を防いだ。

 だが、その衝撃で、男のフードが音を立てて後ろへ捲れ上がった。

「……? なんだァコイツ。人間じゃねえのか?」

 現れたのは、青白い肌に、血のように赤い瞳。そして、額から生えた二本の禍々しい角。

 前世の不良映画には、こんなデザインの野郎は出てこねえ。

「貴様、我の攻撃をこれほど見切るとはな。……よかろう、名乗ってやる。我こそは、魔王軍を統べる者……魔王ガルバディアスだ。貴様、やはり転生者だな?」

 魔王。

 さっきキリスが言ってた、元凶のトップが目の前にいやがるってわけか。

 俺が鉄屑を構え直した、その時だ。

「なッ! お、お祖父様? ……なぜ、あなたがそこに? 生きていたのですか?」

 馬車の中から、我慢しきれなくなったキリスが飛び出してきた。

 その顔は恐怖と、信じられないものを見た驚愕に染まっている。

 キリスは魔王――ガルバディアスを見て、絶叫した。

「三〇年前に戦死したはずの、オー大国の先々代国王……、僕の祖父上ではありませんか!」

「…………はぁ? 一体どういうこった、こりゃあ」

 俺は構えを解かずに、隣に並んだキリスを睨んだ。

 魔王が、こいつのじいさん?

 話が複雑すぎて、俺の脳ミソがパンクしそうだぜ。

「肌の色、瞳の色……、色々とお変わりになられても、お顔だけはそのままです。……何故ですお祖父様! なぜこんなことをするのです!」

 キリスの声は震えてやがった。憧れの英雄か、慈愛に満ちたじいさんだったのかは知らねえが、目の前の化け物が身内だって事実に、こいつの心はへし折れかけてる。だが、魔王――元国王のじじいは、冷徹な赤い瞳で孫を見下ろした。

「許せキリス。これが私の目的なのだ。それ以上でも、それ以下でもない」

 その言葉が終わるか終わらねえかの刹那。

 視界が歪んだ。瞬間移動か? じじいの姿が消えたと思った次の瞬間、キリスの背後に音もなく現れやがった。

《ガッ……!》

 手刀一閃。キリスは声も上げられずに、糸の切れた人形みたいに崩れ落ちた。

「……さて、転生者よ。邪魔者は眠らせた。少し話をしようか。貴様ほどの魂、魔王軍に迎え入れても――」

「んなこと、どうでも良いんだよ。話だぁ? そんなもんは、そのニヤついたツラをへし折ってからにしてやるよォ!」

 俺の我慢は、とっくに限界を突破してやがった。

 ロイのカス野郎に舐め腐った口叩かれたのも、この慣れねえドレス姿も、全部お前の差し金なんだろ? だったら、責任取って殴られやがれ!

「死ねッ、クソじじい!!」

 俺は全身のバネを使い、弾丸のような右ストレートを繰り出した。

 その瞬間――脳裏に、俺のもんじゃねえ記憶が濁流のように流れ込んできやがった。

(……巡らせなさい、メイア。血の代わりに、この熱を。心臓の鼓動に合わせて、大気の力を練り上げるのよ)

 記憶の中の『メイア』の声だ。

 コツは掴んだ。前世の「喧嘩の理屈」と、この世界の「魔力」が噛み合う感覚。

 俺の右拳に、バチバチと火花が散るような高密度の光が宿る。

「らァッ!!」

ドゴォォォォンッ!!

 空気が爆ぜる音がした。

 じじいは黒い剣で防いだが、その衝撃波で周囲の木々が薙ぎ倒される。

「ほう、この短時間で魔力付与エンチャントを覚えたか。だが、甘いな」

 じじいの黒い剣が蛇のようにしなり、俺の喉元を狙う。

 俺はそれを、左腕に纏わせた魔力で強引に弾き飛ばした。火花が散り、ドレスの袖が燃え上がるが、構うもんか。

「甘いのはどっちだ! 足元、空いてんぞ!」

 低い姿勢から、魔力を乗せた左足で地を穿つ。

 バキィッ! と地面が裂け、土塊がじじいの視界を遮った。

 その隙に俺は跳躍する。重力なんて無視だ。ドレスのスカートを派手に翻し、空中で一回転。

 踵にすべての魔力を集中させ、脳天目掛けて振り下ろす!

「『烈火・踵落とし』だァ!!」

 ドッガァァァァァァァンッ!!

 じじいは瞬時に魔力の防壁を展開したが、俺の蹴りはその壁をガラス細工みたいに粉砕した。

 衝撃でじじいの足元の地面が直径三メートルほど陥没する。

「ぐっ……おのれ、これほどの出力……!」

「まだまだ終わらねえぞ、おらァ!」

 着地と同時に、今度は拳の連打だ。

 左、右、左、そして魔力を練りに練ったボディブロー!

 殴るたびに、俺の記憶と魔力が同調していく。

 ただのパンチじゃねえ。一発一発が岩を砕く大槌のような重さを持って、じじいのガードをじりじりと削り取っていく。

 じじいの黒い剣が俺の肩をかすめ、鮮血が舞う。

 だが、その痛みすらも今はガソリンだ。

「ハッ、いいぜ……。これだよ、この感覚だ! 異世界に来て一番、生きてる実感がしやがるぜ!」

 俺は血を吐き捨て、ニヤリと笑った。

 メイアの華麗な魔力操作と、俺の泥臭い格闘センス。

 反吐が出るような運命だか、魔王だか知らねえが、まとめて俺の拳でブチ壊してやるよ!

「ハッ、剣を捨てたか。潔いじゃねえか、ジジイ!」

 俺は血の混じった唾を吐き捨て、地を蹴った。

 魔王もまた、禍々しい黒色の魔力を両拳に纏わせ、真っ向から迎え撃つ構えを見せる。

互いの拳が空中で激突した。

《ドゴォォォォンッ!!》

 衝撃波が円形に広がり、周囲の土煙が吹き飛ぶ。

 拳と拳が噛み合い、骨が軋む音が耳の奥で鳴り響く。

 重い……。一発一発が鉄球を叩きつけられているような衝撃だ。

 数合、拳を交わしたところで、俺は一気にバックステップで距離を取った。

「パワー勝負も悪かねえが……それだけじゃ芸がねえよなァ!」

 俺はニヤリと笑い、重心を極限まで低くした。

ボクシングのような構えから一転、今度は足を主体とした変幻自在の構え――。

メイアの記憶にある「舞踏」の足捌きと、俺の「喧嘩キック」をミックスさせてやる。

「行くぜ、ジジイ。付いてこれるかよ!」

 弾丸のような踏み込み。

 魔王が迎撃の右ストレートを放つが、俺はその拳を潜り抜けるように体を沈め、軸足を払うような低いローキックを叩き込む。

「ぬっ……!」

 じじいの巨体がわずかに浮いた。そこだ!

 俺は反転し、遠心力を乗せた後ろ回し蹴りを側頭部へ。

 ガードした腕ごとじじいを吹き飛ばすが、止まらねえ。

 着地した瞬間に、バネのように体をひねって今度は二段蹴り。

 一発目でガードを弾き、二発目で鳩尾を貫く!

「ガッ……はあぁぁ!」

 魔王が吼え、黒い魔力を爆発させて俺を押し返そうとする。

 だが、俺は引かねえ。

 爆風を正面から受け流しながら、ドレスの裾を翻して空中で三回転。「メイア」の身体能力が可能にする、人間離れした超高速の連撃だ。

「おらァッ! らァッ! らァッ!!」

 左右のミドル、ハイキック、そして着地際のかかと落とし。

 上下左右、どこから飛んでくるか分からねえ嵐のような足技に、魔王の顔面から余裕が消え失せていく。俺の足先がじじいの顎を捉え、鮮血が夜の闇に舞った。

「変化球……というわけか。面白い。転生者の魂と令嬢の肉体、これほどまでに馴染むとはな!」

「褒めても何も出ねえぞ! 出るのは俺の拳と足だけだ!」

 俺はさらに加速する。魔力を足の裏で爆発させ、縮地のような速度でじじいの死角へ回り込む。

華麗なステップ。だが、その一撃一撃は岩を砕く破壊の塊。

 これが俺とメイア、二人で作り上げる新しい戦い方だ!

「これほどとは……、だが!」

 じじいが吼えた。

 俺の超高速の足技に圧されていたはずが、次の瞬間、視界から消えた。

 速え……!

 背後に回られたと気づいた時には、禍々しい黒い魔力を纏ったじじいの両腕が、俺の体を背後からガッチリとホールドしていた。

「ぐっ……! 離せ、クソじじい!」

 身じろぎするが、ビクともしねえ。万力みてえな力だ。

 じじいは俺の耳元で、執念深い声を響かせた。

「貴様のような転生者を呼び出し、我の人間殲滅の助け舟としようと思ったが、まさか勇者を呼び出してしまうとはな! ここで死ぬなら、それは無意味……!」

 じじいの体内の魔力が、異常な高熱を持ち始めた。

 周囲の大気がビリビリと震え、地面がメキメキと音を立てて裂けていく。

 こいつ、まさか……!

「ならば、ここで自爆してやろう! 勇者よ、我と共に地獄へ参れ!」

 魔力爆発。

 王城一つを容易く吹き飛ばすほどのエネルギーが、じじいの体内で臨界点を迎えようとしていた。

 普通なら、ここで絶望する。死を覚悟する。

 だがな、じじい。相手が悪かったなァ。

 俺は前世で、何度も死にかけた。バットで殴られ、ナイフで刺され、それでも這い上がってきた。

 痛み? そんなもん、とっくに忘れた。

 俺にあるのは、ただ一つ。「生」への執着だ。

 死んでたまるか。こんな異世界で、クソじじいの自爆に巻き込まれて、たまるかよォ!

「はっ! お前如きに……俺を殺せるかよォ!!」

 俺は吼え、残った全魔力を拘束されている両腕に集中させた。

 腕の肉が、骨が、魔力の負荷に耐えきれず悲鳴を上げる。皮膚が裂け、鮮血が噴き出す。

 だが、構わねえ!

「グッ、アァァァァァッ!!」

 俺は自分の両腕を、力任せに前方に引きちぎった。

 ブチブチブチッ! と、肉と靭帯が引き裂かれる悍ましい音が響く。

 大量の血しぶきが、じじいの顔面に、そして俺のドレスに降り注ぐ。

「何ッ……!?」

 じじいが驚愕に目を見開いた。

 自分の腕を引きちぎってまで拘束を逃れる。そんな狂気、魔族のじじいでも予想外だったろうよ。

 拘束が解けた瞬間、俺は血まみれの体で、残った右足を軸にコマのように回転した。

 腕の痛みなんて知らねえ。脳味噌が焼けるような熱と、生への執念だけが俺を動かしている。

「オラァッ!!」

 メイアの体内の、全魔力を、残った左足に込める。

 それはもはや光の奔流だった。ドレスの裾が完全に燃え尽き、俺の脚が眩い閃光を放つ。

 俺は渾身の力を込め、無防備になったじじいの胴体に、その回し蹴りを叩き込んだ。

《ドッゴォォォォォォォンッ!!》

 空気が、空間が爆ぜた。

 じじいの巨体が、音速を超えて森の奥深波へと吹き飛んでいく。

 その直後。

《――カッ!!》

 森の遥か彼方で、強烈な光が弾けた。

 続いて、鼓膜をブチ破るほどの轟音。

 魔王の自爆。その凄まじいエネルギーが、広大な森を一瞬にして消し去った。

「……う、あ……」

 視界が白く霞む。耳の奥で、キーンという不快な残響だけが鳴り響いてやがった。

 立っているのか、倒れているのかも分からねえ。ただ、全身を焼くような熱さと、その後から襲ってきた、凍り付くような虚脱感だけがある。

「んッ、僕は……。メイア、―――メイアッ! 大丈夫か! メイア!」

 遠くで、誰かが俺の名前を叫んでやがる。

 ……ああ、キリスか。生きてたのかよ、運のいい奴だ。

 声を返そうとしたが、喉が焼けてて音にならねえ。視界が急速に暗転し、俺の意識は深い闇の底へ引きずり込まれていった。

――脈はある。だが、この傷は……!

――すぐにリルの魔導医師団を呼べ! 聖水と高位再生魔法の準備だ! 急げッ!

 途切れ途切れに聞こえる怒号と、馬車の揺れ。

 それが、俺が最後に記憶した「戦場」の断片だった。


 翌日。

 高い天井、窓から差し込む眩しすぎる朝日。

 鼻を突くのは血の臭いじゃねえ、上品すぎて頭が痛くなるような花の香りと、薬の匂いだ。

「……クソ、生きてんのか、俺」

 重い瞼をこじ開け、体を起こそうとした。

 その時、異様な「重み」を感じて、俺は自分の両腕に目を落とした。

「……ア? なんだ、これ」

 そこにあったのは、血に染まった白い肌じゃなかった。

 鈍く銀色に輝く、精密な歯車と魔力回路が剥き出しになった「義手」だ。

 肩の付け根から先が、冷たい金属の塊に置き換わっている。

 指を動かそうと念じると、微かな駆動音ウィィィンと共に、金属の指が滑らかに、それでいて力強く握り込まれた。

「目が覚めたのかい、メイア!」

 扉が勢いよく開き、目の下にクマを作ったキリスが飛び込んできた。

 その顔は、安堵と、どこか申し訳なさそうな複雑な色が混じっている。

「すまない……。君の両腕は、魔法でも再生が間に合わないほどズタズタだったんだ。だから、我が国の最高技術を集約した『魔導義手』を装着させてもらった。……気に入らないかもしれないが、それがないと君は――」

「……いや、悪くねえ」

 俺は義手を目の高さに掲げ、何度か開閉を繰り返した。

 生身の腕より少し重いが、その分、拳に込める「硬度」は前の比じゃねえだろうよ。

 俺はベッドから足を下ろし、不敵に口角を吊り上げた。

「これなら、次からは自分の腕を引きちぎる手間が省けるだろ? 頑丈そうで、殴り甲斐がありそうだぜ」

「君という人は……。そんな冗談、普通は言えないよ」

 キリスは呆れたように肩を落としたが、その瞳には昨日以上の「熱」が宿っていた。

 魔王を、自分の祖父をブチのめした俺を、こいつはもう「令嬢」としては見てねえ。一人の「戦士」として、あるいはそれ以上の何かとして見てやがる。

「……あー、重てぇ。でも馴染むな、これ」

 ベッドから立ち上がり、鈍く光る銀色の義手を回しながら、俺はニヤリと笑った。

 生身の腕を引きちぎった時のあの熱い痛みは、もうねえ。代わりに、魔力のラインが腕の中を通るたびに、冷徹なまでの力が指先にまで充填されていく感覚がする。

「メイア……」

 キリスが、震える声で俺を呼んだ。

 さっきまでの王族としての冷静な面構えじゃねえ。顔を真っ赤にして、視線を泳がせながら、まるで初めて喧嘩を売りに来た新人ルーキーみたいな情けねえ顔をしてやがる。

「……ア? なんだよ、まだ何かあんのか。礼ならもういいぜ。メシと寝床、それにこの上等な『腕』をもらったんだ。借りは返したつもりだ」

 俺がぶっきらぼうに背を向けて窓の外を見ようとした、その時だ。

 ガシッ、と。背後から、キリスが俺の肩……いや、義手の付け根あたりを掴んできやがった。

「違うんだ、恩人として、リルの王族として感謝しているのは本当だ。でも、それだけじゃない!」

「……あ?」

「あんな……あんな凄まじい戦いを見せられて、自分の命を投げ打ってまで僕を、この国を救おうとした君を見て……。僕は、もう自分を偽れない!」

「あ?」

 キリスは俺の前に回り込むと、騎士の礼ではなく、一人の男として俺の目を見据えた。

「メイア! 中身がどれほど男勝りであろうと構わない、僕は君という魂に、その烈火のような生き様に……心底惚れてしまったんだ! どうか、僕の隣にいてくれないか。王妃としてではなく、僕の唯一無二のパートナーとして!」

「…………」

 静まり返る豪華な寝室。

 窓の外で鳥が鳴いてる音が、やけにデカく聞こえる。

 俺は義手を握り込み、しばらく沈黙した後――。

「……ハッ。お前、マジで言ってるのかよ」

「大真面目だ! 僕の全財産と、この命を賭けてもいい!」

「……バーカ。お前、さっき俺が自分の腕を引きちぎったの見たんだろ? んなイカれた女、普通はドン引きして逃げ出すもんだぜ。それを『惚れた』だぁ? ほんとに救いようのねえ変態だな、お前」

 俺はわざとらしく鼻で笑ってやったが、キリスの瞳は一向に揺らがねえ。

 ……チッ、これだから「読めねえタイプ」は嫌いなんだ。

 嘘をついてるようには見えねえ。むしろ、真っ直ぐすぎて眩しくて、こっちの調子が狂う。

「何度も言うが、俺はメイアだ、が。お前の期待するような『可愛い令嬢』になんて一生なってやらねえぞ。飯は沢山食うし、ムカつく奴がいればこの鉄の拳でブチのめす。それでもいいってのか?」

「それがいいんだ、いや、それこそがいいんだ、メイア!」

 キリスが身を乗り出してくる。

 俺は思わず一歩下がり、顔を背けた。

 ……心臓が少しうるせえのは、たぶん魔力がまだ安定してねえせいだ。そうに決まってる。

「……勝手にしろ。だがな、告白の返事は保留だ。まずはその『魔王軍』のカスどもを根絶やしにするのが先だろ。仕事もしねえ男に、俺の隣を歩く資格はねえぜ」

「! ああ、分かった! 全力を尽くすよ!」

 嬉しそうに顔を輝かせるキリス。

 ったく、調子のいい野郎だ。

 俺は新しい「腕」を強く握りしめ、窓の外に広がるリルの街並みを睨みつけた。

「魔王軍だかドーンだか知らねえが、この『鋼鉄の拳』……。最初に味合わせるのが誰になるか、楽しみだぜ」

「じゃあ、早速結婚を!」

「フン、シネ―ヨ」



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