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現代恋愛の短編作!

学年一の美女が、ある時から僕をチラチラと見始めた話

作者: 葉月いつ日
掲載日:2026/02/03

 僕は、犬が嫌いだ。


 幼稚園の頃、近所の公園で、買ってもらったサッカーボールを蹴っていた時に、突然現れた野良犬に腕を噛まれてしまった。


 とても怖かった。

 でも、どうしてか“怖がる姿を見せるわけにはいかない“と思った記憶だけが残っていた。



 ◆〜第一章:隠し続けた傷跡〜◆



 六月の風は、少しだけ湿り気を帯びていた。


 優駿高校二年生の教室。

 窓際の席に座る僕、堺町碧さかいまちあおいは、少し緊張した面持ちで、自分の右腕を見つめていた。


 幼稚園のあの日。

 公園で突然襲ってきた野良犬の鋭い牙が、僕の右腕に深く食い込んだ。


 あの時の激痛と、肉を引き千切られるような恐怖。

 それ以来、僕は犬が嫌いになり、そして自分の腕に残った醜く歪な傷跡を“呪い“のように隠し続けてきた。


 小学校の六年間、僕は夏休みでも頑なに長袖を脱がなかった。

 林間学校の川遊びでも、僕だけはラッシュガードを喉元まで閉めていた。


 中学校の三年間も、体育の時間以外は常に学ランやジャージを羽織っていた。


「碧は暑がりじゃないんだな」と笑われるたび、僕は曖昧な笑みを返して、右腕を背後に隠した。


 僕にとって、この傷を見られることは、自分の弱さや惨めさを曝け出すのと同じだった。


 高校一年生になってサッカー部に入部しても、その徹底ぶりは変わらなかった。

 練習中は常にアームカバーを装着し、更衣室でも誰よりも早く着替え、右腕を人目に晒さないように細心の注意を払っていた。


 そんな僕の鉄壁の守りを崩したのは、現・親友の安西裕也だった。


 一年前の夏、部室でのことだ。

 当時、少しヤンチャだった裕也は、頑なに腕を隠す僕を面白がり、悪ふざけで背後から僕を羽交い締めにすると、強引にアームカバーを剥ぎ取ったのだ。


「なんだよ堺町、そんなに隠して……うわ、なんだこれ、気持ち悪っ!」


 剥き出しになった歪な傷跡。

 裕也の無邪気で残酷な言葉が、僕の胸を深く抉った。


 一瞬、部室にいた全員の視線が僕の腕に集中した。

 僕は顔を真っ赤にし、震える手でアームカバーを奪い返すと、逃げるように部室を飛び出した。


 だが、裕也は単なる意地悪な奴ではなかった。


 翌日から、彼は何度も僕に謝りに来た。

 そして、ピッチの上で共に泥にまみれ、激しいパス交換を繰り返すうちに、彼は僕の最大の理解者になった。


「あのアームカバー剥ぎ取った時は悪かったよ。でもさ、一年間お前のプレー見てて思ったんだ。その傷、お前がサッカーで戦い抜いてきた証みたいで、今はむしろ強そうに見えるぜ」


 裕也のその言葉があったからこそ、僕は今日、この教室で初めて半袖のシャツを着る決意ができたのだ。


「おい、碧。本当にやるんだな?」


 横から声をかけてきた裕也が、ニカッと笑う。


「うん。裕也のおかげで、少しだけ自分を許せるようになった気がするから」



 ◆〜第二章:視線の正体〜◆



 意を決して半袖になった僕だったが、やはり周囲の反応は気になった。


 クラスの連中が「堺町、半袖珍しいな」と声をかけてくる。

 その視線が右腕に及ぶたび、僕は全身の毛穴が収縮するような緊張を覚えた。


 その中でも、ひときわ熱を帯びた、そして執拗な視線があった。


 佐々岡萌奈ささおかもえな


 “学年一の美女“と称される彼女が、自分の席からチラチラと、何度も僕の右腕を盗み見るように視線を送ってくるのだ。


(やっぱり、どうせ興味本位で見てるんだ……。珍しくて、気味が悪いんだろうな)


 僕は視線を逸らし、教科書に目を落とした。

 彼女のような華やかな存在からすれば、僕の腕にある醜い古傷は、ただの“観察対象“でしかないのだろう。


 裕也はそんな僕の様子を察して、「気にするな、お前の腕はカッコいいよ」と小声で励ましてくれたが、僕の劣等感はすぐには消えなかった。


 その日から、萌奈の視線は僕を追い続けた。


 移動教室の廊下、昼休みの購買、そして授業中。

 ふとした瞬間に顔を上げると、必ずと言っていいほど彼女と目が合う。


 彼女はハッとして視線を逸らすが、またすぐにチラチラとこちらを見てくる。

 その繰り返しに、僕は次第に追い詰められていった。



 ◆〜第三章:あの日、あの公園で〜◆



 迎えたサッカーの公式戦。


 二年生でレギュラーに抜擢された僕にとって、負けられない一戦だった。

 スタンドを見上げると、クラスの連中が応援に来ていた。その中に、萌奈の姿もあった。


「キャプテンの応援か……」


 サッカー部のキャプテンは、誰もが認める文武両道のイケメンだ。

 彼が萌奈に告白したという噂は、学園中の誰もが知っていた。


 だが、試合が始まっても、萌奈の視線がキャプテンではなく、ピッチの端にいる僕を追っていることに気づいてしまった。

 ミスをするたびに、彼女に傷を見られているような錯覚に陥る。


(そんなに、この傷がおかしいのかよ……)


 ハーフタイム、僕は耐えきれず、更衣室で逃げるようにアームカバーを装着した。


 後半、視界から傷を隠したことで、ようやく集中力が戻った。

 僕は裕也への絶妙なクロスを上げ、三得点に絡む活躍を見せ、試合は快勝した。


 試合の後、僕は一人で近所の公園に向かった。


 ここは、僕が幼稚園の頃に野良犬に襲われた場所だ。

 忌まわしい記憶の場所だが、同時に僕がサッカーの練習を始めた原点の場所でもある。


 僕はジャージを脱ぎ、半袖の姿でリフティングを始めた。


 一回、二回──。


 ボールの感触が右足に伝わるたび、試合の興奮を鎮めていく。


「……堺町くん」


 背後から声をかけられ、心臓が跳ね上がった。

 振り返ると、制服姿の萌奈が立っていた。

 僕は慌てて地面に置いたジャージを手に取り、右腕を隠すように羽織った。


「佐々岡さん……どうしてここに」

「今日の試合、すごかったね。堺町くんのアシスト、すごく綺麗だった」

「ありがとう。……キャプテンの応援、じゃなかったの?」


 僕はわざと冷たく言い放った。

 女子と話すのは苦手だし、何より僕のコンプレックスを凝視し続ける彼女とは、距離を置きたかった。


 萌奈は悲しげに首を振った。


「ううん。私は、堺町くんの応援に行ったの」

「どうして? 僕なんて、キャプテンみたいに……」


 萌奈が僕の右腕に視線を向けたのを見て、僕はついに──声を荒らげた。


「そんなに、僕の傷跡がおかしいのかよ! チラチラ見て、そんなに面白いか!?」


 沈黙が流れた。

 萌奈の大きな瞳に、みるみるうちに涙が溜まっていく。


「……違うの。そんなんじゃ、ないの……」


 悲しげな萌奈の表情を見て、一気に怒りが冷めた。

 同時に、女の子を泣かせてしまったという後悔が溢れてきた。


「あ……ごめん、いきなり大声を……」

「ううん。堺町くんが忘れてるのも、無理ないよね」

「え?」


 萌奈は一歩、僕に近づいた。


「あの日、この公園で……大きな犬が来た時。私の前に立って、守ってくれた男の子がいたの。腕を噛まれて、血がたくさん出てるのに、『大丈夫だよ、逃げて』って笑ってくれた男の子」


 僕の脳内に、あの日の記憶が鮮烈に蘇った。


 そうだ──。


 僕はただ噛まれたんじゃない。

 泣きじゃくる小さな女の子を背中に隠して、一歩も引かなかったんだ。


「その女の子が、私だったの。あの出来事の翌日、親の都合で急に隣町に引っ越しちゃってお礼も言えないまま、ずっと探してた」


 萌奈は僕の前に立ち、ジャージの袖に触れた。


「衣替えの日、あなたの腕を見て思ったの。堺町くんが、あの時に私を助けてくれた“アオイくん“なんじゃないかって」

「だから……僕のことをチラチラ見てたの?」

「変な風に見ちゃってて、ごめんね。でも、どうしても確かめたくて……私も、“アオイくん“という名前しか覚えてなくて、苗字が全然思い出せなかったの。それに……」

「それに?」

「それに……うちの学校、『アオイ』って名前の男子は四人もいるんだもん」


 僕は呆然とした。

 この傷は、僕にとって“隠すべき醜態“だった。

 けれど、彼女にとっては、僕を見つけるための“救いの証“だったのだ。


「堺町くん。……腕、見せて?」


 僕は躊躇いながらも、袖を完全に捲った。

 夕焼けに染まった歪な傷跡。

 萌奈は微笑みながら涙を流し、温かい指先でその痕を優しく撫でた。


「やっと会えた。……ありがとう、私のヒーロー」



 ◆〜第四章:新しい絆、新しい景色〜◆



 次の公式戦。

 僕の右腕には、新しい紺色のアームカバーが巻かれていた。


 それは、萌奈が「お礼と、これからの応援に」と贈ってくれたものだった。

 スタンドには、誰よりも大きな声で僕の名前を呼ぶ彼女の姿があった。

 驚いたことに、彼女も僕と同じ、お揃いのアームカバーを左腕につけていた。


「ヒーローと同じ印をつけて応援したいから」


 そう言って笑った彼女の姿を思い出し、僕は自然と口角が上がった。


 試合は終盤。

 一点を争う激戦の中、僕は右サイドを突破した。

 スタンドから、萌奈の澄んだ声が届く。


「碧くん、いけー!」


 その声に応えるように、僕はゴール左隅に豪快なシュートを叩き込んだ。


 ネットが揺れる。

 歓喜の爆発。

 僕は真っ先に彼女のいるスタンドを指差した。


 試合後の公園。

 夕闇が迫る中、僕たちは再びあのベンチにいた。


「碧くん。私、ずっとあなたのことを探してたけど……それは感謝だけじゃなくて、きっと、あの日からずっと、私の心には碧くんがいたんだと思う」


 萌奈の告白に、僕の心臓は激しく鼓動した。


「えっと……僕も、佐々岡さんが試合で応援してくれるのは、嬉しい……かな」


 二人は照れくさそうに笑い合い、どちらからともなく手を繋いだ。

 アームカバー越しに伝わる彼女の熱が、僕の右腕の傷を、何よりも誇らしいものへと変えてくれた。


 もう、隠す必要はない。

 僕の腕にあるこの傷は、最高の彼女と出会うための、運命の道標だったのだから。


              〜〜〜おしまい〜〜〜




貴重なお時間を使ってお読み頂き、本当に有難うございました。

興味を持って頂けたならば光栄です。


作者のモチベのために☆やいいねを残して頂くと幸いです。感想などもお待ちしております。

ブクマ頂けたら……最高です!

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