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俺は結の手を引いて、教室を出る。周囲の視線が痛い。教室がざわついてる声が聞こえる。
でも、今は結を落ち着かせることが先だ。
人がいない外階段に向かった。
ここなら、ゆっくり話せる。
「結、落ち着いたか?」
結がゆっくり顔を上げる。目が赤い。泣いてたのか。
「……うん」
結が小さく頷く。でもまだ不安そうだ。
「三崎は、ただジャージを借りに来ただけだ」
「……本当?」
結が俺を見る。その目はまだ怯えているようだった。
「ああ。中学の時から、よく忘れ物して借りに来てただろ」
「そうだったね……で、でも! りっくんの匂いがするって……」
「あれは、卯月の匂いのことだよ。三崎は、俺のことはどうでもいいけど卯月が大好きだろ? 」
「そっか……うん、そうだね」
結が少し安心する。でも、まだ元気のない顔をしているから、俺はポケットからスマホを取り出して、結に渡した。
「結、心配ならここにある連絡先、三崎のも他の人のも、消していいよ」
結の目が大きく見開かれる。
「そ、そんなの、悪いよ……! 」
「結が安心するなら、安いもんだろ」
「……いいの?」
「ああ」
結が俺のスマホをこわごわと受け取る。
そして、迷いながらもSNSを開いて少しずつ連絡先を消し始める。
三崎、クラスの女子、中学の同級生……
交換したから登録しているだけで、ほとんど連絡を取っていない。
だから俺は気にしていなかったけど、結の手は震えている。
「りっくん……ごめんね」
「気にするな」
「ありがとう、りっくん」
俺はスマホを受け取る。連絡先はほとんど消えてる。残ってるのは、家族と男友達だけ。
まあ、いいか。困ったら卯月に聞けばいいし。というか、卯月が全部把握してそうだし。
「行くぞ」
「うん」
結が俺の手を握る。さっきより、少し安心した顔だ。
*
教室に戻ると、なんだか俺と結を見るクラスメートの目が生暖かい。
てっきり、他のクラスに乗り込んで騒いだ結が責められるかと思っていたのに。
「何があったんだ?」
嫌な予感がして、変わらず本を読んでいる羽月に尋ねる。
「竜胆、大丈夫?」
「ああ。結も落ち着いた。なんか、雰囲気おかしくないか?」
「俺からクラスのみんなには説明しておいた。佐倉は身内に不幸があって、今、精神的に不安定になってるって」
「そっか……」
結が忌引きで長く休んでいたのは知られていることだ。
母親を亡くして一人ぼっちになった、というのは結だって知られたくないと思う。
でも、結の状況をわかってもらうために、身内に不幸があったくらいなら説明した方がいい。
「羽月、ありがとう」
「そしたら、鬼丸が『りっくんが結ちゃんを献身的に支えてて、同棲を始めた』って言ってた」
「は?」
俺は鬼丸を見る。鬼丸は机に突っ伏して寝てる。
「鬼丸! 何言ってんだ!」
俺が鬼丸の頭を叩く。鬼丸が顔を上げる。
「ふぁ~……何?」
「同棲って何だよ! 」
「え? だって、りっくん、結ちゃんと一緒に暮らしてるんでしょ? 同棲じゃん」
「違う!! お、幼なじみだから、心配で家に行っただけだ!! 」
「ふーん……そうなんだ」
鬼丸が否定も謝罪もせず、また寝直す。
「りっくん、優しいね~」
「ずっとガキだと思ってたのにさ……」
「いつの間にか、女子を支えるような男になったんだ」
「成長だね。超感動。さすがりっくん」
女子も男子も俺を温かい目で見てる。
「…なんだよ、この空気!」
卯月がいたせいで、中学まで俺は同い年のクラスメートの中でも弟扱いだった。
そして、同じ中学の生徒が多いせいで、高校でも同じ扱いを受けている。
全然納得できない。
そのとき、教室にいた三崎が俺のジャージを机に置いて、結と向き合った。
「結、さっきは、ごめんね。結が嫌なら、りっくんに借りるのやめるよ」
「ううん! 私こそ、ごめん……」
「結、りっくんのこと、大好きなんだね」
俯いて黙った結に、三崎は空気を変えるように明るく言った。
結は顔を赤くして、小さく頷く。
「……うん」
それってもう、告白じゃん。
と、クラスが盛り上がりかけたが、三崎は結の肩を力強く抱えた。
「何かあったら、言ってね! 私、結の味方だから」
「…….ありがとう、一夏」
三崎のおかげで、結の公開告白はうやむやになる。
結と三崎も自分のクラスに戻って行った。
が、残された俺に向けられる視線は、生暖かさと好奇心と、一部の独り身の男子から憎悪が込められている。
どうなる、俺。




