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大通りに出ると人が一気に増える。
同じ高校の生徒もいるから、俺は結の手を離そうとした。
「……りっくん」
結が俺の手をぎゅっと握る。
「もう学校に着くぞ」
「うん……でも、もうちょっとだけ」
結の声は不安そうで、何かに怯えているようだった。
そんな風に言われて手を離すことはできなくて、結の手を握り直す。
周囲の視線が若干気になる。
さっきまでの囃し立ててくる小学生とは違って、囁き声が聞こえてくる。
「あれ? あの二人、手ぇ繋いでない?」
「マジで? 付き合ってんのかな」
これは、さっきよりも恥ずかしい。
学校の門が見えてきた頃に、結の手が名残惜しそうに離れた。
「休み時間に、りっくんの所言ってもいい?」
「ああ、教室で待ってる」
結と俺は違うクラス。隣の教室だけど、手が離れるとすごく距離が遠く感じる。
手を振る結を見送って自分の教室に入ると羽月と鬼丸がいた。
羽月は中学からの同級生で、鬼丸は高校からよく一緒にいる奴。
「おはよう、竜胆」
本を読んでいた羽月が、顔を上げて言った。
眼鏡をかけて頭良さそうな見た目をしているが、実際に成績優秀で学校の勉強以外にも趣味で本を読んで勉強している。
「おはよう。丸は、また朝から寝てるのか? 」
俺は羽月の横で机に突っ伏している鬼丸の頭を突いた。
「あ~……おはよう、りっくん」
鬼丸は顔を上げて目をこする。
寝癖が付いた髪で眠そうな目は半分も開いていないが、それでもイケメンだ。
「竜胆、昨日、佐倉の家に泊まったんだって?」
「……羽月、何で知ってんだよ」
「朝、学校に行く時に卯月に会った。『りっくんがちゃんと登校してるか教えて』だってさ」
「あいつ、俺を見捨てたくせに……! 」
薄情な姉に俺が唸ると、眠くて半分も話を理解していない鬼丸が口を挟んでくる。
「えー? りっくん、結ちゃんと同棲し始めたの?」
「同棲じゃない。監禁だ」
「同じだろ?」
「全然違う! 」
俺が言うと、話が長くなりそうだと察した鬼丸は寝直した。
「佐倉、大丈夫かな……」
羽月が呟いた。
羽月は、結が母親を亡くして一人ぼっちになったことを知っている。
羽月の言葉に、俺はため息をついた。
この後、俺はどうなるんだろう。今日は結の家に帰るとして、明日も明後日もずっとか?
家に戻ったらまた手錠を付けられるのか?
まぁ、スマホは一度取り上げられたが、結がテーブルに置いたままにしたのを回収して俺の手元に戻っている。
何かあれば卯月に連絡をして迎えに来てもらおう。本当に来てくれるかどうか、あんまり頼りにしていないけど。
そんな事を考えていると、隣のクラスの女子、三崎が教室に入ってきた。
三崎は中学からの同級生で、卯月と特に仲が良かった。
「りっくん! ジャージ、貸してー! 体育なのに忘れちゃった!」
三崎はてへぺろ、みたいな顔をする。
こいつはよく忘れ物をして、中学の時も卯月によく借りに来ていた。
「女子か彼氏に借りればいいだろ」
「やだ! だって、りっくんの家の服っていい匂いするんだもん」
「キショいこと言うなよ」
「うるさいなぁー! 卯月の匂いー懐かしいー」
三崎は俺のジャージに顔を埋めて深呼吸をしている。
まだ着ていない洗い立てのジャージだし、三崎がキモいのは前からだから放置した。
そのとき、ガラッと教室のドアが勢いよく開く。
結が駆け込んで来ると、俺のジャージを抱きしめている三崎を見た。
「……りっくん」
結の声が、震えている。
結は俺と三崎の間に割り込んで、俺の腕に両手でしがみついた。
「だ、だめだよー!!」
結が叫ぶ。
三崎は不思議そうに首を傾げた。
「りっくんは、りっくんは私のなんだから!!」
結が俺の腕をぎゅっと抱きしめる。
その手が震えてる。顔を真っ赤にして、涙目になってる。
急に飛び込んで来た結に、教室は静まり返った。
「りっくんは……私の、なんだから……」
結は泣きそうな声で呟いた。
俺が他の女子と仲良くするのも、俺が離れていくのも、結は全て怖がっている。
「え……結、どうしたの?」
三崎が困惑して、教室がざわざわし始める。
「佐倉さん、泣いてる?」
「竜胆と佐倉さん、付き合ってんの?」
「でも、『私のなんだから』って…」
周囲の声が聞こえる。結は俺の腕から離れない。
「結、三崎は俺のジャージを借りに来ただけだ」
「……」
俺が説明しても、結はふるふると首を横に振って俺の腕から離れようとしない。
羽月がそっと俺の腕を突いた。
「悪い。後、頼む」
俺は羽月に後の事を任せて、結を連れて教室を出た。




