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「結、起きろ! 」
カーテンの隙間から朝日が差し込んでいる。
時間は7時ちょっと過ぎ。
学校は8時半からで、結の家から学校まで徒歩で30分かからないくらい。
まだ急ぐ程の時間ではないけれど、手錠に繋がれた俺をどうするつもりなのか、結に確かめないといけない。
俺が揺さぶると、結はころりと寝返りを打った。
髪がボサボサで、パジャマの隙間からお腹が見えている。
眠そうに目をこする姿が、可愛い。いや、今そんなこと考えてる場合じゃない。
「んー……もうちょっと寝る」
結はきっぱり言って、布団の中に潜って行った。
朝に弱いのは相変わらずだ。俺は結の布団を引っぺがす。
「うー…… 寒いよー!」
「結、夜に何度も布団蹴っ飛ばしてたぞ」
「えー? りっくん、起きてたの? 恥ずかしぃー……」
結が布団と一緒に俺を蹴るから、そのたびに起こされて結に布団をかけ直していた。
でも、結が気にしそうだから俺は黙っていることにする。
結は照れで目が覚めたのか、布団から起き上がって洗面所に向かう。
結が準備をしている間に、俺はキッチンで朝食の準備をした。
卵をフライパンに落として、上からハムとパンを乗せる。
キッチンの戸棚を探ると、レトルトの野菜スープがあった。
前に俺が家から持って来た物だから食べていいだろう。1人前を温めた牛乳で少し伸ばして2人分にしてカップにそそぐ。
居間のローテーブルに並べた所で、結が洗面所から出てきた。
顔を洗って、髪を軽く整えてる。少し眠そうだけど、さっきよりはマシだ。
「りっくんのご飯だー! ね、食べていい!?」
「いいよ。はい、いただきます」
「いただきまーす!」
結が嬉しそうに食べ始めた。
簡単な料理なのに、そんなに喜ばれると俺も嬉しくなる。
そして、結がご機嫌な隙を狙って、大事な話をする。
「結……俺たちは、学校に行かないとだよな」
「う? うん! 学生の本分は勉強だよ!」
「この手錠を付けたままだと、行けないよな?」
俺は右手を上げた。昨日の夜から結と繋がっている手錠の鎖がジャラジャラと音を立てる。
結も自分の手を上げて、手錠にやっと気付いた。
「それもそうだね……机に繋いどかないと」
結は自分の腕から手錠を外すと、テーブルの足にガチャンとはめ直した。
俺とテーブルが固い絆で結ばれる。
そうだけど、そうじゃない。
「俺は結と一緒に住むのはいい。風呂が怖いなら入ってる間に外で見張ってるし、夜に眠れないならずっと隣にいる。でも、学校には行かないといけないんだ」
「りっくん……それはわかるよ、でも……」
「でも?」
「……でも、手錠外したらりっくん、いなくなっちゃうんじゃ……」
結の声が徐々に小さくなる。
俺は俯きそうになった結の顔を覗き込んだ。
「結、俺はいなくならないよ」
「……本当?」
「ああ」
結が俺を見上げる。その目が、少し潤んでる。
「……わかった」
結が手錠の鍵を開けた。
かちん、と高い音がして手錠が外れる。
久しぶりの自由。
「りっくん、手首、大丈夫?」
「大丈夫だ。ちょっと跡がついただけ」
「ごめんね……」
結が申し訳なさそうに言って、俺はどこにも繋がれていない手で結の頭をわしわしと撫でた。
「気にするなよ。早く食べて行くぞ」
「うん!」
食器の片付けは帰ってからすることにして、俺も学校に行く準備をした。
卯月が持って来た制服を着て、鞄を持つ。
洗面所でいつまでも前髪をセットしている結を急かして、2人で玄関を出る。
朝の冷たい空気が俺と結の間にびゅうと吹き付けた。
「りっくん、一緒に家を出るなんて新婚さんみたいだね……! 」
結が大げさに照れた様子で、きゃあきゃあと騒いでいる。
何言ってんだ、と言おうとしたけれど、結の表情に少しだけ不安が見える。
結は、本当に心配なんだ。
手錠を外した俺が、このまま逃げてしまうんじゃないかって。
「行くぞ」
俺は結の手を掴んだ。
「え?」
結が驚いて俺を見る。
夜は手を繋いで寝ていたけれど、外で手を繋ぐなんて小学生以来だ。
「新婚なんだろ。でも、大通りに出るまでだからな」
「りっくん……」
結の目にじわりと涙が浮かぶ。
「泣くなよ! 」
「う、うん!!」
結が繋いでいない方の手で涙を拭う。
そして、俺の手をぎゅっと握り返した。
「ありがとう、りっくん」
さっきまでの不安そうな顔が嘘みたいに、明るい笑顔だ。
俺たちは手を繋いで、人通りのある朝の住宅街を歩く。
生意気な小学生の集団が、「恋人だー! ひゅーひゅー! 」とか俺たちの後ろで言っているのが聞こえる。
思っていた以上に恥ずかしい。
「ち、違うよー! 新婚なんだよー!」
俺がガキを蹴っ飛ばしてやろうかと考えている間に、結は笑顔で小学生に応じている。
いや、それも違うだろ。




