監禁生活、始まりました③
いくら幼馴染とはいえ、一緒に風呂に入るのなんて数年ぶりだ。
まさか、そんな展開があり得るのか。
いや、きっと、結は寂しさのあまり混乱しているだけだ。俺に手錠を付けて監禁するくらいだし。
そんな状況に付け込んでラッキースケベを享受するような男になり下がりたくない。
結に泣きつかれたとしても、断固拒否しよう。
そう決心していたけれど、結が風呂に入っている間、俺は脱衣所で壁の方を向いて待っているように指示された。
「りっくん、いるよね?」
風呂場から結の声が聞こえる。
「いるよ」
「本当に?!」
「本当に。いる」
俺は脱衣所のクリーム色の壁紙を眺めながら答えた。
俺の手錠は、風呂に入っている結の腕に繋がっている。
「りっくん、ごめんね。寒くない?」
「……」
「りっくん? いなくなった?!」
「いるから。大丈夫。寒くない」
「本当にごめんね!」
俺は結がとんでもなく臆病なことを思い出していた。
ホラー映画を見た後は、怖くて電気が消えている所には行けないし、電気を点けたら恐ろしい存在がいるかもしれないと考えると点けることもできず、よく動けなくなって震えていた。
「りっくん、今からシャンプーするから、絶対にいなくならないでね!」
「実況中継しなくていいって」
「だってシャンプーだよ!? 背後に何かいるような気がするじゃん……それで、振り返っても何もいないんだよ……でも本当は……本当は、上にいるんだよー!! あー!怖いー!!」
「結、近所迷惑だろ」
勝手に想像して怖がっている結に、俺はため息をついた。
一人でお風呂に入るのがよっぽど怖いらしい。
でも、俺は一人暮らしをしたことがないけれど、知らない家で夜でも一人きりになるのは寂しいんだろうというのはわかる。
それで、結のことだから少しでも怖い想像をしたらどんどん怖くなって、まともにお風呂に入れなかったんだろうなと思った。
「りっくん、いるよね」
「いるよ。俺は待っているから、ゆっくり入ってろよ」
「ありがとう!」
結の声が、さっきより明るい。少し楽しそうにも聞こえる。
俺がいるだけで、結は安心してるんだ。
それなら手錠で繋がれて脱衣所で待ってるのも、シチュエーションがそこらのホラー映画よりも恐怖だけど、まぁ悪くないか。
「りっくん、湯船にちょっと入ってもいい? 待たせてるのにごめんね」
「いいよ。100数えろよ」
「ありがとう! 気持ちいいよ!」
「良かったな」
結が子どものように「いーち、にーい」とゆっくり数を数える。
手錠の鎖の分、風呂場の扉に隙間ができて、湯気と一緒に結の声がはっきり聞こえた。
子どもの時から結の声は変わっていない。卯月みたいな力強さはないけれど、丸くて優しくてミルク色の湯気みたいだ。
結が100まで数えた所で、結が風呂場から出る前に俺は脱衣所の外に移動する。
しばらくして、ようやく結が出てきた。ピンクの少し大きめのパジャマ姿。
濡れた髪をタオルで拭いてる。
「りっくん、お待たせーお風呂空いたよ」
「じゃあ、俺が入るから手錠を外してくれ」
「ううん。今度は私が脱衣所で待ってるよ」
「え?」
俺は驚く。結が首を傾げる。
「りっくんも、一人じゃ怖いでしょ?」
「いや、俺は平気だけど…」
「でも、りっくんだけに待たせるのは悪いよ。私も待ってるから、ゆっくり入ってきていいよ」
結が笑顔で言う。俺は何も言い返せない。というか、結がいると逆に落ち着かない。
「あのさ、結……」
「うん?」
「俺は平気だから。リビングで待っててくれ」
「やだ」
結があっさり言う。
「やだって……」
「りっくんが寂しいと困るから」
「俺は寂しくないよ」
「ううん、寂しいよ! それにね、水ってお化けを引き寄せるっていうんだよ……お風呂上りで体も髪も濡れている私は、お化けの絶好の餌食だよ……! 一人でいたら攫われちゃうかもしれないよ……あー!!怖いよー!!!」
「わかった。待ってていいから、叫ぶな」
俺が許可した途端、結は脱衣所の隅にちょこんと体育座りをした。
自分が怖いから離れたくないっていうのが結の本音だ。
結は俺にさせたのと同じように、壁を向いている。
正直、結が脱衣所にいる状態で風呂に入るのは恥ずかしすぎる。
でも、結を追い出すわけにもいかない。覚悟を決めて、手早く服を脱いで風呂場に入った。
「りっくん、いるよね?」
今度は結が脱衣所から風呂場に声をかけてきた。
「ああ、いるよ」
風呂場の扉を隔てているから、少し恥ずかしさが紛れた。
さっきまで結が入っていた風呂場は、まだ湯気で曇っている。
甘いシャンプーの匂い。結の髪と同じ匂いだ。
そんな空気に包まれていると、嫌でもドキドキする。
やばい。これ、やばい。
ドキドキするのと同時に、罪悪感を感じる。
結のプライベートな空間に侵入してる気がする。実際には同意なしに監禁されてる俺が被害者なんだけど。
「あ、りっくん! シャンプー買ってあるよ」
「うわー!!」
ガラリと音を立てて風呂場のドアが開いた。
「りっくん、私には叫ぶなって言ったのに。やっぱりりっくんも怖いんだ」
「開けるなよ!! スケベ!!」
「スケベって……ちょっと前まで一緒にお風呂入ってのに」
「ああ、もう……わかった! シャンプーありがとう!」
俺は釈然としない顔をしている結からシャンプーを受け取って風呂場の扉を閉めた。
なんだか、ドキドキしているのは俺一人だけみたいで、馬鹿らしくなってくる。
「りっくん、いるよね?」
「ああ、いるよ」
「ゆっくり入ってていいからね。入浴剤、入れたんだよ!」
「そっか、ありがとう」
まぁ、結が楽しそうだからいいか。




