監禁生活、始まりました②
「りっくん、ご飯できたよー」
「おー」
結がソファ前のローテーブルに皿を並べる。
俺も手伝おうかと思ったけど、手錠をかけられている状態で食事の準備まで手伝ったらこの監禁に同意しているみたいになりそうだ。
一応の反抗として、結を手伝わないでおく。
「りっくん、ドレッシングは胡麻だよね」
「ああ……」
俺が手伝わなくても、テーブルは夕食の準備がしっかりできていた。
あとは結が座るのを待つだけと思っていたら、結のスマホに着信があった。
「あ……りっくん、ごめん! 先に食べてて……もしもし? うん! 今から? いいよー」
「誰か来るのか?」
結の用事が終わるまで食べるのを待っていようと思っていると、インターホンが鳴った。
結はすぐにオートロックを解除して玄関に向かう。
「卯月!」
「結、こんばんは」
卯月、俺の双子の姉。
二卵性なのに顔はよく似ていて、黙って座っていると区別がつかないと言われる。
なんだかんだ言っても、唯一の姉弟だ。
やっぱり俺を助けに来てくれたのか!?
それか、ゲーム機の起動方法がわからなくて聞きにきたのか?
「りっくん、いる?」
「うん、いるよ! 上がって!」
賑やかな声と共に足音がリビングに近付いて卯月が入ってきた。
俺を見る。
次に、手錠を見る。
そして、吹き出した。
「ウケるんだけど。本当に監禁されてるー!」
「そうだよ! だから助けて!」
卯月はリビングに入ってきて、手錠を興味深そうに覗き込んだ。
「へー、結構本格的! 結、どこで買ったの?」
「ネットで。意外と安かったよ」
「私も一本持っておこうかなー」
嬉しそうに答える結と話しながら、卯月は鞄から何かを取り出した。
俺の高校の制服だ。ブレザーとズボンとシャツ。綺麗に畳まれている。
「りっくんの制服、持ってきてあげたよ」
卯月が制服をテーブルに置く。俺は呆然とする。
「…え?」
「明日から学校でしょ? いくら監禁されてても、サボりはダメ! 」
「いや、待て。俺、帰る気なんだけど」
「無理だと思うよ」
卯月があっさり言って結を見る。
結は笑顔で頷いた。
「りっくんは、ずっとここにいるよ!」
「……嘘だろ」
項垂れた俺の背中を、慰めにしては強すぎる力で卯月が叩いた。
「結、りっくんの世話、大変でしょ?」
卯月が尋ねると、結は首を横に振った。
「全然! 楽しいよ」
「そっか」
卯月が俺を見る。その目が少し意地悪そうに笑っている。
「りっくん、嫌そうじゃないじゃん」
「嫌だよ!」
俺は反射的に否定したけど、卯月が俺の手元を見る。
テレビのリモコンが俺の横に置いてあるし、お茶のコップがあるし、手が届くところにお菓子が積まれている。
さっきまで俺がテレビを見ながらくつろいでいた明らかな証拠。
「じゃあ、なんでソファでくつろいでテレビ見てたの?」
「それは……」
言葉に詰まる。確かに、くつろいでた。自分の家のリビング以上に。卯月がにんまりと笑う。
「ほら、満足してるし」
「してない!」
「嘘つき。あ、これ、りっくんの好きなお菓子だ。最近売ってないんだよね」
卯月がテーブルの上に置かれた煎餅の袋を指さす。
子供の頃から食べていたのに、最近はネット通販か遠くのスーパーでしか見つからないやつだ。
「結、買ってきたの?」
「うん! りっくんが好きだから」
結が嬉しそうに答えて、卯月が俺を見る。
「至れり尽くせりじゃん」
「……」
何も言い返せない。
結は俺の好きなものを全部把握している。お菓子も、ドレッシングも、テレビ番組も。
幼い頃からずっと一緒だったから、当たり前なのかもしれないけど。
俺が黙っていると、卯月がため息をつく。
「まあ、いいけど。ねえ、結」
「うん?」
「りっくんのこと、好き?」
結の顔が一瞬で赤くなる。
俺も驚いて、卯月を見る。何を聞いてるんだ、こいつは。
「え、あ、その……」
結が俺をチラッと見る。そして、小さく頷く。
「……うん」
俺の心臓が跳ねる。
え。今、なんて。
俺が聞き返す前に、卯月が満足そうに頷く。
「だと思った。りっくんも、結のこと好きでしょ」
「は!? 誰が!?」
俺は慌てて否定したけど、卯月が呆れた顔をしていた。
「あんた、分かりやすいもん。結が引っ越してから、毎日通ってたじゃん」
「それは心配だったからで……」
「ふーん」
卯月が俺の言葉を信じてない目で見る。
そして立ち上がって、結の方に向き直った。
「結、掃除も洗濯も出来ないダメな弟だけど、りっくんのこと、よろしくね」
「うん!」
結が嬉しそうに答える。
それで満足したのか、卯月が玄関に向かう。
「ちょ、待て! 助けろよ!」
「やだ」
「姉ちゃん!」
卯月が玄関で靴を履く。ドアを開ける。振り返る。
「あ、そうだ。りっくん」
「なんだよ」
卯月の表情が真剣になる。さっきまでの笑顔が消えて、冷たい目で俺を見る。
「結、泣かせたらゆるさないから」
「……」
卯月の目が、本気だ。結を守る気、満々だ。
「分かってるよね?」
「……分かったよ」
卯月が笑顔に戻る。
「よろしい。じゃ、また来るね」
ドアが閉まり、静寂が戻る。
俺はソファに座ったまま、天井を見上げる。
「……マジか」
「卯月、優しいね。りっくんの制服のついでに、おかずも持って来てくれたよ!」
優しいのか? あれが?
俺を見捨てて帰っていったのに。
「俺を帰す気ゼロだったな……」
薄情な姉に絶望して呟くと、結がくすっと笑う。
「だって、りっくんはここにいるから」
「……」
結が俺の腕に抱きつく。
柔らかい感触と、結の甘い匂いが近い。ドキッとする。
「ねえ、りっくん」
「ん?」
「ご飯、冷めちゃうから食べよ」
結が立ち上がって、俺の手錠を外してくれる。片方だけ。
もう片方はテーブルの脚に繋がったまま。
「それでさ、りっくん」
「うん?」
「ご飯食べたら……」
結が少し恥ずかしそうに俺を見る。
「お風呂、入ろ?」
俺の手が止まる。
「は?」
「一緒に……ダメ?」
結は頬を赤くしてそう尋ねて、首を傾げる。
その上目遣いが、反則すぎる。




