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結の家。
いつものように夕食を作っていた。
今日は結と一緒に作ったハンバーグ。結が張り切って泣いているけれど、不安そうに何度もひっくり返している。
「りっくん、これ、焼けてるのかな……? 」
「フタして放っておけば大丈夫だ」
「うーん……焦げちゃわない? 」
「それなら、煮込みにしよう」
買っておいたトマト缶を開けて、中身をフライパンに入れて適当に塩胡椒をする。
結は生焼けも焦がすのも健康に悪いと不安がるから、しばらく煮込んだ方が安心するだろう。
「りっくん、さすがだね! 」
結が嬉しそうに笑う。しかし、結がふと笑顔を消した。
「りっくん」
「ん?」
「りっくんは、ずっと一緒だよね?」
結が不安そうに聞いてくる。
「ああ、ずっと一緒だよ」
「本当?」
「本当」
結が少し安心したように笑った。でも、その笑顔はどこか不安定だ。最近、結はこういう確認をよくする。俺が答えるたびに安心して、でもまたすぐ不安になる。そのループが続いている。
結が片付けをしている時、チャイムが鳴った。
「誰だろう」
結が不思議そうに言う。来客が来るには遅い時間だ。
俺がドアを開けると、卯月と羽山が立っていた。
「卯月? どうしたんだよ」
「りっくん、ちょっと話がある」
卯月が真剣な顔で言う。そして、俺が返事をする前にズカズカと部屋に入って行った。
羽山が大人しく卯月の後ろにいるから、羽山が卯月に何か言いつけたんだろうなーと嫌な予感がする。
「卯月、どうしたの?」
結は驚いた顔で卯月を迎えた。
「結、ちょっと話があるの」
卯月が結を真っ直ぐ見る。結が不安そうな顔をしたが、小さく頷いて卯月とリビングに座った。
「話って、何? 」
「結、最近、りっくんに依存しすぎ」
卯月がど直球のストレートに言う。
俺は思わず羽山を見たけど、目を逸らされた。
「い、依存なんかしてないよ! りっくんが好きなだけだもん! 」
「好きなのと、依存は違うでしょ! 」
結がすぐに反論するが、卯月が打ち返す。
卯月と口喧嘩をすると誰にも勝てない。しかし、結は諦めずに更に反論する。
「違わないもん! りっくんと一緒にいたいのは本当のことだもん」
「結、最近りっくん以外の人と全然話してないじゃん。三崎とも」
卯月が指摘すると、結が黙った。
「なんでそんなにりっくんにしがみつくの? 大した男でもないのにさぁ。結、自分がどういう状況だか、わかってる?」
「わかんないもん……」
結は膨れた顔で俯いた。
「私はわかるよ。結は、お母さんが亡くなったから、不安になってる」
「卯月、やめろ」
俺が言っても、卯月は俺を一睨みで黙らせた。
「やめない。結のためだもん。結は、お母さんが急に死んじゃったから、りっくんもいなくなるんじゃないかって不安になってる」
「そう、だよ……」
結がぽつりと話し始める。
「だって、普通に話してたのに。帰ったら、もういなくなってた……何で、どうしてって……」
結が顔を上げると、目に涙が浮かんでいた。
「結、りっくんが本当に死んだら、どうするの?」
卯月が真剣な顔で聞く。
「え……」
結が驚いた顔をする。でも、きっと結は何度も考えていたはずだ。
俺がいなくなることを怯えて、手錠を繋いだり監視したりしていたんだから。
「今のままの状態でりっくんがいなくなったら、結、今度はもうショックで生きていけないでしょ? そんな状態でいいの?」
卯月が問いかける。結は何も言えない。
「後悔しないように、正直に甘えるのはいい。でも、依存するのは違う」
結は涙が溜まったまま、そっぽを向いた。
まだ卯月の言葉を素直に受け止められないようだ。
卯月はふぅとため息をついて、結の手を握る。
「結、お母さんが亡くなって、ちゃんと泣いた?」
「え……」
結が驚いた顔をする。
「泣いてないでしょ。私、知ってるよ。お葬式の時も、結、泣いてなかった」
「それは……」
結が言葉に詰まる。
「泣いたら、お母さんが本当にいなくなっちゃうって思ったから?」
卯月が優しく聞く。
今度こそ、結の目から涙が溢れた。
「うん……泣いたら、認めちゃうことになるから……お母さんが、もういないって」
「でも、泣かなくても、お母さんはもういないんだよ」
卯月がはっきりと言って、結の涙がぱたぱたと床に落ちた。
「うん……わかってるよ……」
「じゃあ、泣こう。ちゃんと悲しもう。りっくんじゃなくても、私もいるから」
卯月が結を抱きしめた。
「うん……」
卯月の肩に顔を埋めて、結が声を上げて泣き出した。
母親が死んでから、結がちゃんと泣いたのを見るのは初めてだ。
羽山が俺の肩を軽く叩いて、玄関の方を示した。
外に出ろ、ということだ。
俺は少し迷ったが、立ち上がって羽山と一緒に玄関を出た。ドアを閉める前に、卯月が結の手を握るのが見えた。




