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「結、もう出る時間」
キッチンに篭っている結に声をかける。
結が弁当を作る時は俺が一緒にやっていたけど、一から全部一人で作ってみたい、と結が言い出したのは昨晩のことだ。
いつもより朝早く起きて、朝食もそこそこに弁当作りを始めた結だが、家を出る時間を過ぎている。
「りっくん! 出来た! りっくんの分!」
結が俺に弁当の包みを渡す。
結は制服を着て学校に行く準備は出来ているが、髪はセットされていない。
いつもは二つに結んだり三つ編みをしたりしているのに、起きて簡単に結んだだけの状態だ。
「結、髪は?」
「うーん……学校で結ぶよ」
「そしたら、俺がやるよ」
「え……いいの? 」
「ああ、お弁当の御礼。くしはあるよな」
「うん! ありがとう!」
俺はよく卯月の髪をセットするのをやらされていたから、一通りのセットはできる。
学校に着いて、廊下の鏡の前で結の希望に沿って髪を結ぶ。
「あのね、途中まで編み込みで最後がお団子になってるのがいい」
「こんな感じか?」
「うん! それで、顔の横に髪がぴょこんって出てるのがいい」
「こういう事?」
「おおー……りっくん、すごい……」
ヘアゴムと櫛を使って、結の髪を結ぶ。
授業を受けるだけなのに凝った髪型だと思うけど、弁当の御礼だ。
それに、ぶーぶー文句を言う卯月よりも、素直な結の方がいい。
「朝からいちゃついてるなー」
「やめとけ。面倒だから絡むな」
登校して来た鬼丸が俺と結を眺めていたが、羽月が鬼丸の背中を押して教室に押し込んだ。
俺は最後にヘアピンを付けて、結の髪型を完成させる。
「はい、できた」
「りっくん、ありがとう! あの……お昼休み、教室に行ってもいい?」
「ああ、でも授業中は……」
「連絡しない! ルールは守るよ!」
「よし。じゃあ昼休み、待ってる」
「うん!」
結は手を振って自分のクラスの教室に入って行った。
それを見送って、俺も自分の教室に入って席に着く。
「竜胆、まだ佐倉と住んでるのか?」
羽月に聞かれて、俺は頷いた。
「ああ、ルールも決めたし、手錠も基本無しになったし、平穏だ」
「平穏」
羽月は俺の言葉を繰り返して、眉をひそめる。
「俺は、あんまりそうは思わないけど」
羽月はそう言っているが、どうせ羽月は卯月と繋がっている。
やばいと思ったら卯月が家に来るはずだ。
卯月が何か言っているのか、と尋ねようとすると、俺のスマホに通知が届いた。
結からだ。
『りっくん』
授業中は連絡しないルールだ、と返事をしようとすると、それを察したように結から連絡が続く。
『まだ授業始まってないよ』
『そうだな』
『お弁当、楽しみにしててね』
『わかった』
結からウサギのスタンプが届く。
「隣の教室にいるのに」
「羽月、乙女心がわかってないなー」
渋い顔をしている羽月を、鬼丸が諭める。
しかし、羽月は深刻な顔をしていた。
「佐倉は、昔から甘えただと思ってたけど、このレベルはおかしい」
「私もそう思ってた」
羽月の言葉に勝手に乗ってきたのは、三崎だ。
「また何か忘れたのか」
「そう。数学の教科書。大丈夫、結が嫌がるからりっくんには面倒をかけない。ね、羽月?」
「できれば俺にも迷惑をかけないでくれ」
羽月は仕方なく鞄から教科書を出して三崎に渡す。
「結と、最近全然話してないもん」
三崎も羽月の真似をして深刻な顔をしている。
教科書を借りに来ただけなのに。
「結、引っ越しもしたから忙しかったんだろ」
「忙しいっていうか、りっくんとばっかり話してるよ」
三崎が俺を見る。
なんとなく、俺が責められている。
「まあ、そうだけど」
「結、前はもっと色々な人と話してたのに」
「うん……」
「最近、変わったよね」
三崎が心配そうに言う。
「……変わってないよ」
「変わるだろ」
俺が言い訳のように言うと、羽月が俺の甘えを打ち消すように言った。
そうだ。結は母親がいなくなって、一人ぼっちになった。
多分、何も変わらないわけがないんだ。




