幼馴染がヤンデレ化
結の新しい家を訪ねたのは、引っ越しの翌日だった。
インターホンを押すと、すぐにドアが開く。
「りっくん! 来てくれたんだ!」
佐倉結――俺の幼馴染は、いつも通りの笑顔で俺を迎えた。
「ああ、様子見に来た」
結は、唯一の家族である母親を亡くしてまだ1ヶ月も経っていない。
葬式の日、俺の母さんが結を抱き締めて泣いてた姿がまだ頭から離れない。
「どうぞ! 狭いけど」
1LDKのマンション。一人暮らしなら十分な広さだ。
でも、あの広い一軒家で育った結には、窮屈な気がする。
通されたリビングはソファとテーブルだけで家具は少ない。
まだ段ボールが積んであって、壁は真っ白なままだった。
前の家には、結と結の母さんの写真がたくさん飾ってあった。旅行、誕生日、入学式。
全部、もうない。
「お茶淹れるね! 座って!」
結が明るい声で言って、キッチンに消えた。
俺はリビングのソファに座った。
結は無理してる。
絶対に、無理してる。
キッチンから結がお茶を淹れる音が聞こえる。
妙に丁寧だ。結は嫌なことがあると、やたら家事をする。昔からそうだ。
「はい、どーぞ」
結が湯呑みを差し出す。手が少し震えてた。
「結」
「ん?」
「ちゃんと寝てるか?」
結の笑顔が一瞬固まった。
「え? う、うん! 全然平気! むしろ快適!」
嘘だ。目の下にくまがある。
「ご飯は?」
「食べてる! 昨日もりっくんのお母さんがおかず持ってきてくれたし」
「そっか。母さん、心配してた」
「うん…みんなに、迷惑かけちゃってる」
結が俯く。
「迷惑じゃないって」
俺は慌てて言った。
「母さんも父さんも、卯月も、家はみんな結のこと心配してるんだよ。家族だと思ってるから」
「…ありがとう」
結が顔を上げる。目が潤んでる。
ここで泣かせたら、結はまた自分を責めてしまうかもしれない。
「あのさ」
俺は立ち上がって、結の前に立った。
「困ったことがあったら、なんでも頼ってくれ」
「りっくん……」
「だってお前と俺は――」
幼馴染なんだから。
そう言おうとして、言葉が止まった。
本当は違う言葉が言いたい。
「お前のことが好きだ」って。
でも、今じゃない。今こんなこと言ったら、同情だと思われる。
「うん……ありがとう!」
俺が黙っていると結が微笑んだ。
まだ涙が残る笑顔は寂しそうで――
がちゃん。
「え?」
右手首に冷たい感触。
見ると、手錠がかかってる。反対側はテーブルの脚に繋がっていた。
「……結?」
顔を上げると、結がにっこり笑っていた。
さっきまでの寂しそうな顔は消えて、満面の笑み。
「りっくん、『なんでも頼ってくれ』って言ったよね?」
「あ、ああ…言ったけど」
「それなら、ずっとここにいて」
「は?」
「だいじょーぶ!ご飯もお風呂もトイレも。ぜーんぶ結が面倒みてあげるから!」
結が手錠の鍵を握って、天使みたいな笑顔を浮かべている。
脳内で警報が鳴った。
「お、おい、結! 待て! これ冗談だろ!?」
「冗談じゃないよ? 本気」
「本気って……こ、この手錠、いつの間に!?」
「りっくんが立ち上がった時。真面目な顔してる時、隙だらけだから」
結は鍵をポケットにしまった。
「ちょ、待て! 外せって!」
「やだ」
「やだじゃねぇ!」
テーブルを引っ張る。びくともしない。
このテーブル、クソ重い。
「結、頼むから……」
「あ、そうだ。りっくん、スマホ借りるね」
「は? なんで?」
「GPS共有したいの。いつでもりっくんの居場所が分かるように」
「いや、今ここに物理的に拘束されてんだけど!?」
「何があるかわかんないからね。念の為だよー」
念の為?ってことは、将来的には解放する気があるのか?
いや、そういう問題じゃない。
俺は結に取られる前にスマホを出して速攻で母さんに電話した。
三回コールで繋がる。
『どうしたの?』
「母さん! 助けて! 結に手錠かけられた!」
『……手錠?どんな遊びしてるのよ』
「俺もわかんないんだけど、家から出さないって言われた!」
『あー、結ちゃんなら大丈夫よ。あんたよりしっかりしてるもの』
「いや、そういう問題じゃなくて!」
『それに結ちゃん、一人で大変でしょ? 面倒見てもらいなさい』
「逆! 逆だから!」
ぷつん。
電話が切れた。
「嘘だろ…」
次に姉の卯月に電話する。
双子の姉なら、さすがに助けてくれる。
『りっくん? どうしたの』
「卯月! 助けて! 結に手錠かけられて、捕まってる!家に帰れないんだ!」
『ふーん……帰って来ないなら、りっくんのゲーム借りていい?』
「は?」
『本体持ってないけどやりたいゲームがあるんだよねー』
「いいけど。それよりも俺を助けーー」
『ありがと!大丈夫。データ消したりしないから。部屋から勝手に持ってくね』
ぷつん。
また切れた。
「嘘だろ……」
スマホを見つめたまま、唖然とする。
「お話、終わった?」
結が満足そうに微笑む。
「みんな、私たちを応援してくれてるね」
「応援!? これのどこが!?」
俺が手錠を引っ張ると、鎖がじゃらりと重い音を立てる。
「俺の自由は!?」
「ここにあるよ」
結が俺の頬を撫でた。
「りっくんは、私のそばにいる自由を手に入れたんだよ?」
「それ自由って言わねぇから!」
俺の叫びは、誰にも届かなかった。
こうして俺の軟禁生活が始まった。
まだこの時の俺は知らなかった。
これが「軟禁」なんて生易しいものじゃないことを。
そして、この手錠が、俺と結の関係を決定的に変える、最初の一歩だったことを。




