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「大昔に放置された坑道だろうから落盤がないか不安だったけど、大丈夫そうだ。」
フューイは独り言をポツリという。
実際この坑道は三百年は前に掘られたものだろうから奇跡に近かった。そこらじゅうにキノコかカビからしきものが繁茂していて、汚いったらありゃしないが、背に腹は代えられない。
風の通り道をめがけ一昼夜進んでゆくと、明かりが見えてきた。
「外だ~~~~~!」
ルーシィがグウッっと体を伸ばして、
「グボギッ!」と威勢のいい音をならして、「~~~~~~」と悶える。
(この人も大概だな...)とフューイも思わないでもなかったが、すぐに気持ちを入れ替え、
「おそらくここはヴェルサ火山の北東地点かと思います。まずは北西に進んで、スロイドまで逃げましょう」
「スロイドってどこ?」
「王都から...一ヶ月ってとこでしょうか。そこそこ大きい街です。陶磁器が有名だったはず。そこの人混みに紛れてやり過ごしたいところです。」
あたりは暗い灰色に赤く色づいた広葉樹で囲まれている。ヴェルサ火山地帯特有の風景だ。
北西へ歩きはじめてすこし、ルーシィに疲れが見えはじめた。
(そういえば落ちてから2日ほど経ったかな?)
フューイ、ルーシィともに健脚だけれど、2日も休みなしで歩き続けてはいつか倒れてしまう。休みが必要だった。
「フューイぃぃぃ...休みはまだぁ?」
と、本人もいっている。
「うーん、どこか休める場所を探したいですね。」
と、少し先に煙がたっているのが見えた。
(誰かすんでいるのか...?こんな何にもない場所に?)
このあたりの土地は火山灰でうめ尽くされていて、普通の植物は生存できない。それを食べる動物もいない。
その場所で、暮らすのは無理がある。
が、考えてもしようがない。そこに向かうことにした。
◆ ◆ ◆
煙のもとへ向かうと、爺さんが何かを焼いている。
「すみません、たまたま通りかかった旅の者なのですが...」
無反応。
「あの…」
すると、爺さんは今しがた気づいたように顔を上げて、目を見開いた。
そして、地面に指で文字を書いた。
『耳が悪い』
「おじいさん、耳が悪いんですか?」
「姫様、耳が悪いならそれも聞こえませんて...」
あ、そっか!と口をおさえた。
フューイは地面に書いた。
『少しの間泊めてもらえませんか?』
少し考えてから、
『構わんよ』
と、爺さん。
「助かりましたね、姫様。久しぶりに屋根の下で寝られそうです。」
「おじいさん、ありがとうございます。」
だから、聞こえないって...
と、ここでフューイは何かを思いだし、ごそごそと荷物を漁る。
(あった)
取り出したのは粘土板だった。それに拾った木の枝で文字を書いて意志疎通を図る。
『ありがとう』
そう書くと爺さんはニコニコして露骨に上機嫌になって、小屋に手招きした。
上げてもらった。
部屋の内装は質素そのもので家具はベッド、テーブル、イス、本棚だけで他は何もない。炊事場は外につくってあるらしい。
ただその中で目を引いたのは大量の紙の束だ。部屋の壁際にズワーと並んでいる。図や数式が書いてあるから、この人は数学者なのかもしれない。
いいじゃないか、人里離れた場所に暮らす孤独な数学者。おとぎ話の賢者みたいだ。
と、思ったフューイだが数学者ではないらしい。
火山だ。
彼は地質学者らしい。そして研究対象はヴェルサ火山。だからこんなところに住んでいるらしい。
ちょっとガッカリした気分になったけれど、さすがに自分勝手なので自制した。
少し筆談をかわす。
『名前は?』
『レイとルゥ』
とっさに偽名を使ってしまった。悪いとは思うが万が一のためだ。
『どこからきた?』
『南』
嘘はいっていない。
『旅の目的は?』
『世界を見て回ること』
この国で最後に戦争が起きたのはかなり前だ。それくらいの旅人ならゴロゴロしてる。
そんなところで会話は終わった。
◆ ◆ ◆
爺さんに毛皮を貸してもらい、床に寝そべる。ここ数日のせいで心の整理がまだ落ち着いていない。
ルーシィは自分の身より妹たちのことが心配だった。
自分が逃げたことであの子たちが火山へ連れられてしまうのではないか、不安だった。
...よく眠れない。昔から寝つきはいい方ではなかったけれど、今日は特にそうだった。
(少し風に当たろうかな...)
抜け出して外にでる。十分ばかり星空を眺めていた。
(とても綺麗...)
星星は宝石のように光っている。ここ数日のルーシィたちの苦難など霞んでみえるように。
「キャッ!」
背中をいきなりトントンと叩かれたのでビックリした...
みるとあのじいさんだった。抜け出した音を聞かれたのかな...
「どうしたんだぃ......」
目を見張った。
二度ビックリだ。
「耳が聞こえるんですか?」
「いや、静かな夜に耳元でしゃべってくれるから分かるが...普段はわからん」
「そうですか...」
沈黙。
「悩みでもあるのかね?」
少しぎこちないしゃべり方だった。
「ええ、まあ」
自分が姫なんて死んでも言えない。
「...ヴェルサ火山の言い伝えを知っているかね?聞いてみるとこれが意外と面白い。」
「はあ...」
とうとうと長話が始まった。
かつて『炎と嫉妬の神』がいた。彼女はヴェルサ火山地帯を特に縄張りにしていた。そして世の中の大半を嫌っていた彼女だったが数少ない好きなものがあった。子供だ。子供のかわいさが彼女の好物だった。
しかし、ある日火山に連れられてきた子供が言ったんだ。
神様って思ったよりカッコ悪いのね
と、
神様は怒り狂った。そして子供を嫌いになった。だから今でも15歳未満の者は山に入ってはいけないこととなっている。
「どうかね?炎の神は身勝手だと思ったかね?」
「え、ええまあ」
「しかしワシが本当に興味があるのは生け贄のことだ。」
「生け贄候補がいなくなったらどうするのか、ということだ。」
「今は候補がいるさ。けれどね、もしその候補が事故か事件かで死んだり...」
「逃げたりしたら...」
「あの野暮ったい教会連中はどうするのか、とね」
ルーシィは喉がヒュウッと鳴ったのがわかった。




