1 無気力
少し時間はさかのぼります。
王国のどこかにあるあばら屋の庭先で...ずっと目を瞑ったまま寝っ転がって動かない人間がいた。その姿はあまりにも無防備だったけれど、ときおりやってくる鳥たちが頭の上や、腕にとまっても何もしないところに彼の性格がにじみ出ているようにもおもえた。
「おーい、フューイくーん?」
と、どこか気の抜けたような声があばら屋の下の斜面の方から聞こえてくる。
すこしすると斜面の方から中年の男の姿がみえた。
上等な服を着て、たるみたいに肥った体を丸くしながら歩いてきた男はそのままドカッと、フューイと呼ばれた青年の前に座りこんで話を続けた。
「やあフューイくん。おはよう。今日は稀にみる雲ひとつない晴天だね。まあこんな日には昼寝をしたくなる気持ちもわからんではない。」
「アレックスさん...おはようございます...。」
フューイは寝っ転がったまま反応を返した。いつものことだった。
アレックスは10分ばかし空を眺めていると不意に、
「『六剣神』の一人、『紫電の剣神』であるキミに王命が下った。」
フューイは無反応だったがこれもいつものことで、アレックスは話しを続けた。
「結論から言うと、任務の内容は第一王女の護衛だとさ。今年で15歳になるらしい。その王女さまをヴェルサ火山まで連れてゆき、『火の儀』にくべる、らしい。」
その瞬間フューイの身体中から殺気をまとった強いオーラのようなものがアレックスを刺すように放たれた。
「『火の儀』とは...百年に一度王家の女性をヴェルサ火山に捧げる...身投げさせるというイカれた伝統のことですか?」
そう、『火の儀』とは王家の女性、慣例によれば王女に生きたまま火山の火口から身を投げさせ、「火と嫉妬の神」に死後の世界で仕えるという儀式で、これが建国期からつづいている。
もはや古びた伝説ではあるが、王国全土で信仰される宗派の説ではあたかもこれをおこなわないと、大災害がおこると布教され、正教会の権威の高さを鑑みれば、王家も従わざるをえない。むしろ王位継承争いに利用されることすらあった。
アレックスは何事もなかったかのように、
「まあまあ、キミは王女さまと懇意にしていたのは分かるけれど...王命というのは拒否すれば罰則の対象だ。そしてキミはことあるごとに儀礼を無視してきた。新年の儀礼、聖人誕生祭の儀礼、王位継承30周年の儀礼...。つまり、今度こそ王命をガン無視すればキミは『紫電の剣神』の座を罷免される、そういうことだ。」
「それに加えて、他の『六剣神』たちがキミの討伐のためにやってくるだろうね。キミはそこに存在するだけで圧倒的な脅威になりえる。王命を無視しまくったキミは王の敵となるし、貴族連中も黙っていてはくれないはずだ。」
「でも...」
渋るフューイ。
「ああ、もうさっさと起きれ!」
アレックスに首根っこをガシリと掴まれ、フューイは無理やり家に上がらされた。自分の家なのに。
◆ ◆ ◆
アレックスは半ば無理やりフューイをいすに座らせ、自分はテーブルを挟んだ向かいのいすに座った。
「とりあえず、話を聞く気にはなってくれてよかったよ。」
「いいか?そもそも『六剣神』ってのはシエラ王国の最高位騎士のことを指す。下知を下せるのは王のみ。つまるところ王の懐刀ってことだ...。それなのにキミは寝っ転がってま~あだらだらして!」
「...反省してますて......」
アレックスは不満そうに手を組んだ。
「任務の内容について今一度説明すると、まずキミは第一王女殿下つまり、「ルーシヴィンテ・レイス・シエラ」を監視するんだ。正確には護衛だけど、本質的には監視とほぼ変わりはない。」
フューイは自分のお腹のあたりが熱くなる事態を体験しつつあったが、口には出さなかった。
「さて、じゃあなぜキミが今回の任務に選ばれたかについてだけど...単純に王女殿下とお年が同じだったことがある。それと、キミは3年前まで王女殿下の護衛を務めたことがあるときいた。王女殿下と最期の話し相手になってやってくれ。」
「他には、キミの『紫電の剣技』は護衛にもってこいだった。少なくとも『剣神』のなかではね。」
「私の『金剛の剣技』は派手な技が多いし、背後に守るものがあると、どうしても難しいところがある。」
「まあ、そんなことで『六剣神』からはキミと俺とで、に決まった。納得出来ないことも多いかもしれないが、ここが我慢のしどころだ。任務期間が終わるまで王女殿下に異変がないか見張る。危険が迫ればこれに対処する。いいね?」
一仕事終わったような気持ちになったのか、アレックスは「ふうー」と息をついたが、何かを思い出したらしく。
「くれぐれも王女を助けようとするなよ。『火の儀』の伝承は王国の黎明期から続く最も重要とされる行事だ。これを邪魔するものは万死の値す、とずっと決まってる。」
「了解...」
フューイの心の内にはいろいろな感情が想い出と入り交じり、複雑な色を示しながら漂う本音が確かにうずまいていたが、王家に仕える最高位騎士としての意識がそれを縛り付けていた。




