第9話 青の約束
夜明けの空が灰色に染まるころ、
ユリウスは冷たい石の牢にいた。
手には鎖、肩には傷。
だがその瞳は、まだ光を失っていなかった。
「……セラは無事だ」
自分に言い聞かせるように呟く。
あの最後の瞬間――
彼女の瞳には確かな強さが宿っていた。
「必ず、生き延びてくれる」
そう信じていなければ、立っていられなかった。
* * *
一方その頃。
森を抜け、荒野を越えた先で、
セラ・フローレンはひとり、小さな街の宿にいた。
血の滲む足。
冷たい風に震える体。
それでも、涙は流さなかった。
「ユリウスが……生きてる。
そう信じないと、きっと壊れてしまう」
宿の窓辺に立つと、遠くに王都の尖塔が見えた。
その光が、かすかに夜空へ伸びている。
「――行かなきゃ」
セラは拳を握りしめた。
逃げるのではなく、取り戻すために。
たとえこの身がどうなっても、彼を救いたい。
* * *
夜、セラは古びた街道を歩いていた。
背中には小さな荷物。
腰には、かつてユリウスが残してくれた短剣。
風の中で、彼の声が聞こえた気がした。
「おまえを信じている」
胸の奥が温かくなる。
その瞬間、ひとすじの流星が夜空を横切った。
「……ユリウス、もう少しだけ待っていてください」
セラの瞳が、夜の闇に負けないほど強く光った。
* * *
そのころ、王城では――。
リオネル王子が、兄の囚われた地下牢を訪れていた。
彼は静かに扉を開け、ユリウスの前に立つ。
「……兄上。あなたがここにいること、誰も納得していません」
「当然だ。王家の掟を破った」
「ですが……王はまだ迷っておられます。
“あなたを処刑するか、幽閉にとどめるか”」
ユリウスは小さく笑った。
「俺の命など、どうでもいい。
ただ――セラだけは、守ってくれ」
その言葉に、リオネルの瞳がわずかに揺れる。
「……兄上は、彼女をそこまで?」
「ああ。
俺の名も、地位も、未来も……全部捨てられるほどにな」
その瞬間、
リオネルは小さく息を吐き、目を伏せた。
「分かりました。
兄上の“愛”がどれほどのものか、
確かめてみたくなりました」
彼はそう言い残し、牢を後にした。
* * *
夜風が吹く王都の城門。
その影の中を、一人の少女が歩いていた。
フードの奥で輝く瞳――セラだった。
彼女は静かに門番をやり過ごし、
まるで影のように城の中へ消えていく。
手には、ユリウスから贈られた“青い指輪”。
それが、月の光を受けて淡く光った。
「待ってて……ユリウス」
その声は風に溶け、
まるで彼の心へ届くように、夜の空へ消えていった。




