第7話 逃避行のはじまり
夜明けの空が、淡く紅く染まりはじめていた。
王都の外れ、霧の森の入り口で、
ユリウスとセラは馬車の影に身を潜めていた。
「……本当にいいのですか?
ユリウス様がいなくなれば、王国が――」
「それでも構わない」
ユリウスは短く答え、セラの手を強く握った。
その瞳には、迷いも恐れもなかった。
「俺にとっての“国”は、もうおまえだ。
この手を離したら、二度と戻れなくなる」
「ユリウス様……」
セラの胸が痛いほど高鳴る。
彼の言葉が、心の奥の深い場所に染み込んでいく。
――この人は、本気なんだ。
そう思った瞬間、涙があふれた。
ユリウスはそれをそっと拭い取り、静かに笑った。
「泣くな。これからやっと、自由になるんだ」
* * *
王都を離れると、風が優しく吹き抜けた。
城の白壁も、石畳も、もう二人を縛るものはない。
途中、森の小道で馬を止めると、
ユリウスはセラにマントをかけてやった。
「寒くないか?」
「はい……でも、少し怖いです」
「怖くて当然だ。
俺も、おまえがいなかったらきっと震えていた」
その一言に、セラの心が溶けていく。
ギャップのある彼の言葉――
あの完璧な王子が、いまはただの一人の青年として笑っている。
「……ユリウス様、こんな顔もされるんですね」
「“様”はいらない。
これからは、ただのユリウスだ」
「……ユリウス」
その名を呼んだ瞬間、
ユリウスの青い瞳が柔らかく光を宿した。
「もう一度、呼んでくれ」
「……ユリウス」
彼は小さく息を吐き、微笑んだ。
「その声があれば、俺はどこまでも行ける」
風が花の香りを運び、木々の間から月が覗いた。
静かな森の中、二人だけの世界が広がる。
* * *
夜、焚き火の炎がゆらめいていた。
セラは少し離れた岩に腰を下ろし、火の揺らめきを見つめていた。
ユリウスはその隣に座り、そっと彼女の肩を抱く。
「これから先、どんなことがあっても……
俺はおまえを守る」
「私も、ユリウスと一緒にいたい。
それだけでいい」
その瞬間、風がふたりの髪をなでる。
夜空には無数の星が瞬き、
まるで彼らの新しい運命を祝福しているようだった。
* * *
朝が来た。
小鳥の声で目を覚ますと、
セラの頬に、ユリウスの指が優しく触れていた。
「おはよう、セラ」
その声は、まるで祈りのように静かで温かい。
セラは微笑み、彼の手をぎゅっと握り返す。
「……おはよう、ユリウス」
朝の光が差し込み、ふたりの影がひとつに重なる。
逃避行の朝は、穏やかで、そして確かな希望に満ちていた。




