第6話 月下の誓い
王城の回廊を、ユリウス・ルーヴェンは一人で歩いていた。
夜の帳が下り、月の光が白い石畳を照らす。
胸の奥では、もう決意が静かに燃えていた。
「……このままでは、何も守れない」
王族としての血。
責務、名誉、未来――
そのすべてが、セラを遠ざけるための鎖になっていた。
だが、それを断ち切る覚悟が、今ようやく固まった。
* * *
「兄上、また抜け出すおつもりですか」
声をかけてきたのは、弟のリオネル王子だった。
月明かりの中で彼の金の髪が揺れる。
「……見逃してくれ」
「できませんよ。
あなたが“彼女”のもとへ向かうのを止めなければ、
王家全体が揺らぎます」
静かな声だったが、ユリウスは迷わなかった。
「俺は王子である前に、人間だ。
心を持たぬ王族など、王ではない」
「兄上……」
「セラは俺に生きる意味を教えてくれた。
それを失うなら、王冠などいらない」
その言葉に、リオネルは目を伏せる。
そして、ゆっくりと道を開けた。
「……でしたら、どうかご武運を。
兄上の生き方が、いつか正義になることを願います」
ユリウスは短く頷き、夜風を切って駆け出した。
* * *
そのころ、セラ・フローレンは灯りの消えた花屋で、
一輪の白い花を抱えていた。
「もう会えないのかな……」
そう呟いたとき、外で何かが軋む音がした。
扉を開けると、月光の下に彼が立っていた。
「ユリウス様……!」
セラの瞳が潤む。
ユリウスは言葉もなく、彼女を抱きしめた。
「来てはいけないって、分かっていたのに……
あなたの顔を見た瞬間、全部どうでもよくなりました」
「セラ……」
その声が震える。
彼の指先が、彼女の髪を優しく撫でる。
その仕草があまりにも切なくて、セラの胸が締めつけられた。
「俺は決めた。
王族を捨てても、おまえを守る」
「……そんなこと、できません……!」
「できるさ。王冠を手放すだけだ。
それで、おまえが笑うなら本望だ」
ユリウスの瞳に、迷いはなかった。
月の光が二人を包み、影がひとつに重なる。
「セラ、俺と一緒に来てくれ」
「……ユリウス様」
セラは唇を噛み、そして――小さく頷いた。
その瞬間、夜空に流星が走る。
二人の運命が、ゆっくりと交差した。
* * *
翌朝。
王城に、第一王子の姿はなかった。
残されたのは、王冠と一枚の手紙。
“真の王とは、血ではなく、愛を知る者だ。”
それを読んだリオネルは、静かに微笑んだ。
「兄上……どうか、幸せに」
その祈りは、まだ知らぬ二人の未来へと届いていく。




