第5話 閉ざされた扉の向こうで
王宮の門が閉ざされてから、
セラ・フローレンの時間はゆっくりと止まっていた。
花を束ねても、風を感じても、
心のどこかがぽっかりと空いている。
――ユリウス様。
名前を呼ぶたび、胸の奥が痛む。
会いたいと思っても、もう王宮の門は越えられない。
けれどその夜。
小さな花屋の扉が、静かに叩かれた。
「……こんな時間に?」
戸惑いながら扉を開けると、
そこに立っていたのは――
ユリウス・ルーヴェンだった。
「……殿下……?」
夜風に髪を揺らしながら、彼は静かに微笑んだ。
けれどその瞳の奥には、張り詰めた決意が宿っている。
「入れてくれ。……誰にも気づかれる前に」
セラは何も言えず、ただ頷いた。
* * *
部屋の中は花の香りに包まれていた。
ユリウスはしばらく何も言わず、
窓辺の花を見つめていた。
「この香り……覚えている。
おまえが王宮にいたとき、いつも持ってきていた花だ」
「……はい。あの庭の花を、こっそり分けてもらって」
セラがそう言うと、ユリウスは小さく笑う。
「やはり、おまえは強いな。
俺が遠ざけたのに、まだこの花を大事にしている」
「だって……諦められないんです」
セラの言葉に、ユリウスの表情が揺れる。
「王子と平民。
そんな関係、どうにもならないと分かっていても……
それでも、ユリウス様を想ってしまうんです」
その一言で、ユリウスの理性が崩れた。
「……俺だって、同じだ」
低く、かすれた声。
彼は一歩、セラに近づく。
「おまえを見ていないふりをするのは、もう限界だった」
気づけば、彼の手がセラの頬を包み込んでいた。
その指先は震えていて、どれほど葛藤してきたかを物語っている。
「……ユリウス様」
その呼びかけに、彼は小さく目を閉じた。
「この声を、どれだけ夢に見たか分からない」
次の瞬間、距離がふっと消える。
世界の音が遠のき、花の香りと鼓動だけが重なった。
* * *
どれくらい時間が経ったのか、分からなかった。
ただ、ユリウスの腕の中はあたたかくて、
何も恐れるものがないように思えた。
「……こんな夜が、永遠ならいいのに」
セラの呟きに、ユリウスは小さく笑う。
「永遠にはできない。
でも――守ることなら、できるかもしれない」
「え……?」
「もう誰にも、おまえを傷つけさせない」
その言葉は、静かな誓いだった。
外では、夜明け前の鐘が鳴り始める。
それが二人にとっての“新しい朝”の合図のように響いた。
* * *
ユリウスは扉を出る前に、もう一度セラを見つめた。
「次に会うときは、
“王子”ではなく、“男”として会いに来る」
そう言い残し、彼は夜の闇へと消えていった。
扉が閉まったあとも、
セラの胸には確かに温もりが残っていた。
――これは、終わりではない。
きっとまた、彼は戻ってくる。
その想いが、花よりも静かに、
けれど確かに、心の奥で咲き続けていた。




