第4話 花に誓う想い
青い薔薇の咲く秘密の庭。
あの夜のことを、セラは何度も思い出していた。
――「おまえに触れると、王子でいられなくなる」
ユリウス・ルーヴェンがそう言ったときの瞳。
冷たい青ではなく、痛いほど熱を帯びた光。
それはきっと、
彼の中で誰にも見せたことのない“心”の色だった。
けれど、翌朝。
その優しさは、まるで夢のように消えていた。
* * *
「……殿下?」
王宮の庭園に向かうと、ユリウスが立っていた。
だがその表情は、昨日の穏やかさを微塵も残していない。
「おまえの仕事は今日で終わりだ」
「え……?」
あまりに突然の言葉に、声が震える。
「理由を……教えてください」
「王家の庭は、平民の少女が立ち入っていい場所ではない。
――俺が間違っていた」
淡々と告げる声。
まるで、心に壁を作るように。
「そんな……! 私、なにか失礼を……?」
「ない。おまえは何も悪くない。
だからこそ、これ以上は――関わってはいけない」
ユリウスは視線を逸らした。
その横顔は、苦しげで、どこか自分を責めているようだった。
セラは堪らず、彼の名を呼ぶ。
「ユリウス様!」
一瞬、その名に反応するように彼の肩がわずかに動く。
けれど、すぐに背を向けた。
「……その呼び方をするな」
「どうしてですか!?」
「おまえがそう呼ぶたびに、俺は王子でいられなくなる」
静かな声だった。
でも、その一言で胸が張り裂けそうになった。
青い瞳の王子は、
そのまま振り返らずに去っていく。
* * *
日が暮れても、セラは庭に残っていた。
青い薔薇の前で、膝を抱える。
「……ユリウス様」
名前を呼ぶだけで、胸が痛い。
でも、涙の代わりに微笑んだ。
「私、知ってます。
この薔薇は、誰かの“願い”がこもってる花。
――だから、願いますね」
セラは両手を合わせた。
震える唇で、誰にも届かない祈りを紡ぐ。
「どうか……ユリウス様が、笑えますように」
涙が落ちて、青い花弁の上に光る。
その瞬間、風がひとすじ吹き抜けた。
まるで、
遠くから誰かの心が呼応したように。
* * *
同じ頃、ユリウスは王の間にいた。
「……殿下。例の娘との接触は、控えられましたか?」
侍従の問いに、ユリウスは冷たく答える。
「ああ。もう終わりだ」
だが、指先はわずかに震えていた。
頭では理解している。
身分も、責任も、未来も違う。
彼女といることは、すべてを壊すことになる。
それでも――
目を閉じると、浮かぶのはあの笑顔。
花の香りに包まれたあの日の柔らかい声。
“殿下も、花を愛でる優しい方ですもの”
思い出すたび、胸が痛む。
「……セラ」
声に出した瞬間、抑えていた感情が零れそうになる。
ユリウスは拳を強く握りしめた。
「……これが、王の血を継ぐということか」
青い瞳が、夜の闇に沈んでいく。
だがその奥では、確かに光が揺れていた。
――もう二度と会わないと決めたのに。
どうしてこんなにも、彼女を思い出してしまうのだろう。
* * *
夜の王宮。
窓辺の青薔薇が、風に揺れた。
互いを想う心が、
まだ見ぬ夜空の下で静かに交差していた。




