第2話 「再会の花園」
あの日から、何日もたった。
市場で出会った“青い瞳の王子”。
その人の声も、指のぬくもりも、
どれだけ時間が過ぎても、まだ胸の奥に残っている。
セラ・フローレンは花を束ねながら、小さく息をついた。
「……まさか、あれが夢じゃなかったなんて」
あのあと、本当に王宮から使いが来たのだ。
“王子殿下のご希望により、花園の手入れに協力してほしい”と。
もちろん断る理由などない。
けれど心臓が落ち着かないのは、きっと仕事のせいじゃない。
――また、あの人に会うかもしれない。
セラは胸の前でそっと手を握りしめ、
王宮の白い門をくぐった。
* * *
王宮の庭園は、まるで別世界だった。
見たことのない花々、澄み渡る噴水、
そして静かな風の音さえも、どこか神聖で。
けれど――その中心に、彼はいた。
「……来たのか」
振り向いた瞬間、
ユリウス・ルーヴェンの青い瞳が、まっすぐセラを捕らえる。
光を反射して、まるで宝石のようにきらめいていた。
「せ、殿下……!」
「そんなに緊張するな。命までは取らない」
わざと冷たいような声。
でもその瞳は、前より少しだけ柔らかい。
「花の世話を見せてくれるんだろう?」
「は、はい……!」
セラは震える手で籠を持ち直し、花壇の前に膝をつく。
土に触れると、心が落ち着く。
花たちの匂いに包まれながら、自然と笑みがこぼれた。
「花は、嘘をつかないんです。
ちゃんと見て、話しかけてあげれば、すぐに元気になるんですよ」
その言葉に、ユリウスが小さく目を細めた。
「……不思議な奴だな」
「えっ?」
「誰にでも怯まずに話す。俺が王子だと知っても、怖がらない」
「だ、だって……怖くなんて、ありません。
殿下も、花を愛でる優しい方ですもの」
そう言うと、ユリウスの唇がわずかに動く。
「優しい……か。そんなふうに言われたのは初めてだ」
その声には、ほんの少しだけ寂しさが混じっていた。
セラは思わず顔を上げ、そっと微笑んだ。
「じゃあ、これが初めてですね。光栄です」
その笑顔に、ユリウスの喉がかすかに鳴った。
次の瞬間――
「……無防備だな」
「え?」
気づけば、彼の手がセラの頬に触れていた。
指先が髪をすくい、花びらを拾うように優しく撫でる。
「殿下……?」
「髪に花のかけらがついていた。……嘘だが」
「えっ、えええっ!?」
ユリウスがわずかに唇の端を上げる。
その表情は、まさに“完璧な王子”ではなく、
どこか楽しげで、少し意地悪だった。
「おまえが驚く顔、なかなか面白い」
「ひ、ひどいです……っ!」
「そうか? 俺は悪くない。
おまえが、そんな顔を見せるからだ」
青い瞳が、冗談とも本気ともつかない光を宿す。
心臓がどくどくと高鳴り、セラは言葉を失った。
しばらくして、ユリウスが小さくため息をつく。
「……仕事の邪魔をしたな。続けろ、セラ・フローレン」
名前を呼ばれた瞬間、胸の奥がくすぐったくなる。
“セラ”。
あの完璧な王子の唇から、自分の名前が落ちるたびに、
世界が優しく色づく気がした。
「……はい、殿下」
花びらのように頬を染めながら、セラは微笑んだ。
そしてその笑みを見つめる王子の瞳には、
ほんの少し、熱を帯びた光が宿っていた。




