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巻き戻った悪役令息の被ってた猫  作者: いいはな


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 カミルと名乗った男を無事に学園長室へと案内したルイは、精も根も尽き果てたとばかりにぐったりとしていた。

 何せあのカミル、方向音痴の域を越えるほどの方向音痴であった。後ろについてきていると思い後ろを振り返ると姿が消え、それならばと会話をしながら横並びに歩いているとふとした沈黙が降りる会話の切れ目に姿が消え、次こそはと凝視しながら歩いているとほんの一瞬気が逸れた隙に姿が消える。最終的にカミルの腕にルイがしがみつきながら案内した。色気もへったくれもない接触ではあったが、お昼の時間がとっくに過ぎており、誰からも見られなかったことは不幸中の幸いだった。ルイはこれ以上の悪名はいらないと切に願っていたので。

 思えば、校舎裏で会った時に何時間も彷徨っていたと言った時に疑問に思うべきだった。確かに貴族が通う学園というのもあって敷地面積はそれなりに広いが、そこまで複雑な作りではないし、あちこちに案内板が張り出してある。いかに初めて来たと言っても学園長室などというわかりやすい部屋を探すのに数時間かかるわけはないのである。

 もはや才能と言ってもいいほどの方向音痴を学園長室の前へとたどり着いたときは、学園長室から後光が差しているかと思うほど達成感に満ち溢れていた。

 そして、アドレナリンがドパドパと出ていたルイは何度もお礼を言うカミルを我が子を見守るような気持ちでもって優しく見送った。

 そうしてとっくに午後の授業など終わっていたため、清々しい気持ちで帰路へとついたルイはすっかりと失念していた。カミルの言った()()()()()という約束を叶えてもらっていないことに。

 ああ、今日は一段と疲れたな、明日もまた友達づくりを頑張ろう!と暖かい布団へと潜り込んだ瞬間に、カミルが何でもすると言っていたことをはっと思い出し、思わず布団を跳ね除けて起き上がった。そして思わず頭を抱える。

「何のためにあんなに苦労したかを忘れるなんて!」

 そう、ルイはカミルに友達になることをお願いするつもりだった。

 長い間猫を被り、上辺だけの付き合いをして来たルイにとって友達の作り方など本の中でしか見たことのない遠い世界のことだった。今更焦って友達を作ろうとしたところで、現実は都合よく小説のようにはいかない。挨拶をしたところで相手が心を開いてくれるわけでもないし、猫を被ることをやめたところで、次は何をするのかと警戒と疑いの目がなくなることはない。

 まだまだルイは諦めてはいなかったが、ここ一ヶ月全くと言っていいほど手応えを感じられない。むしろそれまでの評判が邪魔をして訝しげな視線が増すばかり。そんなところに、この国で有名で学園でも悪い意味で名の知れているルイを知らない人物がのこのこと目の前に現れた。しかも、律儀に何でもするという約束まで目の前に垂らしてきたのだ。多少人相に難があるとはいえ、ルイにとってはまさに鴨ネギ。

 あとは食べるだけといった状態だったにも関わらず、まさかの食べることを忘れた。ルイ・コレット一世一代の大失態である。

「明日の朝一に声をかけることができれば、もしかするかな……?」

 そう言って無理やり自分を納得させて布団へと再び入るが、なかなか寝付けない。

 今や学園ではルイの話は格好の的である。朝から晩までひそひそひそひそ。ルイが現れるとこれ見よがしに耳打ちを始める。そんな場所でルイ・コレットの名前と悪評を聞かずにいるのはまさに至難の業。きっと次にルイがカミルに声をかける時は、今日のようにはいかないことをルイは薄々察していた。尾鰭がつき過ぎてもはや別の話でも聞いているのかと思うほど脚色された噂話を聞いて、快くルイの友達になってくれる人間がいるとは思えない。

「まあ、何でもするって言ったのはあっちなんだから、地の果てまで追いかけても友達になってもらうけど。」

 ……ルイはどちらかというと執念深い方である。言うまでもないが。

 しかし、ルイとて嫌がる相手を連れ回すのは何となくモヤモヤする。できれば、お互いの合意のもとの関係になりたいと思っている。まあ、拒否されても友達にならないという考えはルイの中には微塵もないが。こちとら時間がないのである。どうせ一年限りの友達なので、多少の居心地の悪さには目を瞑ってもらうしかない。

 そんな少々過激なことを考えているうちにルイはストンと眠りに落ちていった。








「やっちゃった!!!」

 今ルイは学園の廊下を爆速で駆けている。それはもうルイの体感では隼もかくやと言うほど全力で。

 昨晩色々と考え込んでしまい少し寝不足だったルイはあろうことか学園へと向かっている馬車の中で寝落ちた。あんなに寝にくいところはないというのに!御者も何とかルイを起こそうとしたが、一度寝ると中々起きないルイを一度で起こすことができるのはベスくらいであり、御者では公爵令息を引っ叩くこともできないため、このような悲劇が起きてしまった。無理な姿勢で寝たことによる節々の痛みに呻きながらようやく起きたルイが見たものは、今にも泣き出しそうな御者といつもよりだいぶ針の進んだ時計だった。一瞬で眠気と痛みが吹き飛び、御者へと一言謝罪を述べてからルイは学園へと走った。

 授業が始まる直前で誰も生徒のいない廊下を走り抜け、ルイの人生史上最大の力で持って素早くドアを開け、コソコソと自分の席へと着席する。ひしひしと自分へ集まる視線を感じながら、まだ教師が来ていないことに安堵する。それと同時に朝一にカミルへと声をかける作戦が失敗したことを感じ落胆した。

 はあ、何だか最近、何もかもがうまくいかないような……。

 そうこう考えているうちに、どうやら運良く少し遅れていたらしい教師が教室へと入ってくると同時にルイは驚きに目を見開く。

 教師の後ろを少し離れて歩いている赤髪に睨むような目つき、そして相変わらず宝石のように輝いている黄金の瞳を持つ男。

 忘れもしない、友達候補のカミルだった。


 

 教師から紹介をされ、軽く自己紹介を終えたのち始まった授業は到底集中できるわけもなく。ぼうっと上の空になりながらぼんやり斜め前の方を眺めていた。授業など関係なく話しかけたかったが、生憎とカミルの案内された席はルイの対角線上の席だった。

 ならば休み時間にっ……!

 どこかデジャヴを感じさせる決意は、前回と同じくまたしても失敗に終わった。

 授業の終了を告げるチャイムが鳴り、教師が出ていったと同時にルイは立ち上がり、カミルのもとへと向かった。しかし、それより一歩早くカミルの席の周りの生徒がカミル包囲陣を完成させる。とくにご令嬢方の連携が凄まじく、ルイなど間違っても割り込めるものではなかった。強面でも美形は美形。婚約者を探す目的も持っている貴族方は息つく暇もなく質問攻めにしていた。

 それを尻目に無念の敗走をまたしても決め込んだルイは次の授業の休み時間も同様の囲い込みに怖気付き、第二の我が家となった校舎裏でもそもそとランチをしていた。

「大丈夫……。きっと、まだ、チャンスがあるはず……。」

「なにボソボソ言ってんだ?」

「ぴっ!」

 いきなり声をかけられ、驚き過ぎてお昼ご飯を落としかけるが、昨日のことが頭をよぎりかろうじて握りしめてことなきを得た。ほっと一息つくとともに、クツクツとなぜか笑い始めたお昼ご飯を台無しにしようとした不届き物に一言物申そうとばっと顔をあげたルイはそのまま固まった。

「っく……!ははっ、っふ、あははっ!あんた、いっつも昼飯落としかけてるな!そんな驚くことかよ!」

「か、カミル、様……」

 目の前で面白そうに腹を抱えている男はまごうことなきカミルだったが、その太陽の瞳を細めて屈託なく笑う姿は、あの睨みつけるような顔よりも何倍もマシだとルイは思った。

「ど、どうしてここに?」

「あ?……あー、そうだな、道に迷った。」

「えっ……。」

 その言葉で昨日のしんどすぎた数時間を思い出す。またあの時間を過ごすのかと思うと顔も引き攣る。

「ふっ、ははっ、そんな嫌そうな顔すんなよ。半分冗談だよ。」

 そんなルイに一度は収まっていた笑いが再び込み上げてきたらしいカミルはケラケラと笑う。

「半分って……。じゃあ残りの半分は?」

「あんたを探してた。……まあ、探してるうちにどこか分かんなくなって彷徨ってたらまたここに着いたんだけどな。」

「え、僕を?どうして?」

「どうしてって……、あんたと昨日約束しただろ?サンドイッチの詫びだよ。」

 今日は驚くことが多すぎるなとルイは考える。鳩が豆鉄砲を食ったような顔しかできないルイにカミルは気にしたようなそぶりも見せず話を続ける。

「それで?あんたはオレに何をして欲しいんだ?」

 そう言って軽く小首を傾げたカミルに慌ててルイは口を開く。

「……っと!ともだち!僕と友達になってください!!」

「……は?」

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